第12話 もっと強く
ナインは2連続で負け続けた末のレベルアップで、任意で能力を引き上げる事が出来るステータスポイントを得た。
これをどう振り分けるべきか。ナインはフィールドの外にいたウドウに相談した。
「そうか、お前はスポーツ選手なのか」
「うん。未来のオリンピック選手って言われるくらいには」
「だとしてもおかしいだろ。壁を走って登れて木を飛び越える程の身体能力を持つ人間が現実にいるわけがない」
「うっ…だよね」
ウドウはこんな嘘に騙されるほど馬鹿ではないのだ。
「身体能力とゲーム内のステータスがほぼ同じ。お前、自分が人間がじゃないって言ってるようなもんだぞ」
ウドウは正解に辿り着いた。だからといって、自分は異世界から来たサキュバスで、現実世界に現れる魔獣と戦ってますと、本当の事を話しても信じてもらえないだろう。
「とにかく…これ以上ステータスを上げられない事情があるんだ。ねえ、何とかならないかな?」
「何とかならないかって…そんな半端な気持ちでこれからやっていけると思ってるのか。いいか、青い鯨が出ている時に負けたらそのプレイヤーは死ぬ。今このゲームには殺すことを目的に襲ってくるやつがそこらかしこにいるんだぞ」
ナインの見通しは甘かった。現実での戦闘経験が豊富だから何とかなるだろうと、楽観的だった事を自覚した。
「秘めた事情をこれ以上詮索するつもりはない。だが戦うと決めたのはお前だ。今は現実の事を忘れてここでの戦いに専念しろ。死んでしまったらそこで終わりなんだからな」
「はい…」
説教を受けたナインは意気消沈。それでもパワーアップするために渋々ウィンドウを出した。
「こっちで強くなったとしても、現実で違和感を覚える事はない。もしそんなデメリットが存在するんだったらダイブなんて技術は世に出回ってないさ」
「そうなの?」
「そうだ。だから迷わず強くなれ」
手に入れたばかりのポイントを全て筋力に振り分けた。これで強くなったかどうかは、実際に戦ってみないと分からない。
「それじゃあ行ってくる」
ナインは再びフィールドに立った。中では既にファイトマネー目当ての少女が準備を済ませていた。
「ふぅ…よし」
相手と言葉は交わさない。敵が槍を構えるのに合わせてファイティングポーズを取った。
試合開始直後、両者が正面へスタートダッシュを切る。先に攻撃をしたのは、リーチがある相手だった。
攻撃に反応して身体が動く。さっきまでなら腕を貫いていたはずの刃は、肌を浅く切るだけだった。
「うりゃああああ!」
傷付きながらも反撃を狙うナイン。しかし渾身のパンチを避けられて、さらに相手の柄で殴り飛ばされてしまった。
「いってぇ…!」
ナインはすぐに起き上がると、すぐそこまで迫っていた敵の突きを避けた。
次にどうするかと考え始めるその時には、相手は次の行動に移っている。こちらが一手打とうとすれば相手は三手四手と先を行く。そうして手数で押されていき、ナインは再び負けた。
これまでの戦いで反応は出来ていた。ステータスポイントを振り分けて強くなったことで、身体が思うように動くようになった。
こうして分かることが一つ。現実の自分が実力不足だということだ。
「ちくしょう…!」
負ける事は悔しかった。しかしナインの頬は上がっていた。
負け続けた悔しさが火を点けた。こうなったら意地でも勝つと、現実での不安を吹っ切ったのだ。
「ウドウ、武器をちょうだい」
「ようやくやる気になったみたいだな。何がいい?ナイフからライフルまで色々持ってるぞ」
「杖!ワンドがいい!」
「ワンド…だけどお前、まだ魔法を習得してないだろ。まずは知力にステータスを振る必要があるぞ」
「振り回せればいいの!」
そういうことかとウドウはワンドを投げ渡す。そのまま武器の所有権をナインへ譲渡した。
ナインは手頃な杖を振り回しながらフィールドの中へ。そして次に戦う相手と向かい合って構えを取った。
「勝負だ!」
「凄い演舞だったけどもしかして格闘家?だけどこの世界じゃ通用しないよ!」
試合がスタートし、ナインはこれまで通り正面へ駆ける。巨大な戦鎌が得物の相手はカウンター狙いか、ナインの接近に動じず武器を引いた。
そこでナインは杖を持ち直す。そして地面を突くというやり方で加速して懐へ飛び込もうとした。
だが相手のカウンターはただ武器を振るだけではない。相手がリーチに入った瞬間に身体が自動で動くという、ゲームシステムに依存した技なのだ。
「クレッセントカーブ!」
急加速したナインが技の発動範囲内に入った。身体が反応した相手は技名を叫ぶと、勢いよく鎌を振った。
左前方から迫る刃。だがナインは右腕と杖を犠牲にして刃を減速。身体を反らして三日月を描く攻撃の軌道から逃れつつ、足蹴りを放った。
「とりゃっ!」
右足での蹴りが頭部に命中させると、そこから身体を捻り左の踵を繰り出した。しかし二撃目は避けられて地面に墜落。相手も距離を取ってしまった。
たとえ己の身がどうなっても相手に勝つ。現実で続けてきた無茶苦茶な戦い方は、この世界での戦いと相性が良かった。
「うおおおおお!」
「風刃!満月胡蝶!」
離れた相手が戦鎌を振る。一見ただ振り回しただけだが、何かやったと思ったナインはすぐにその場から走り出した。するとさっきまで倒れていた場所が突然破裂した。
「初心者じゃないのか?」
「実況とかで観たんだろ。技名叫んでるし相手もまだまだ素人だな」
ガヤに意識を取られたナインの動きが乱れる。そして見えない攻撃で両脚が切断された。
「んのやろう!」
残った左拳で地面を殴る。せめて頭突きを喰らわせてやろうとしたナインだったが力は足らず、相手の半分にも届かないところに墜落。動けなくなったところで戦鎌を振り下ろされてナインはまた死亡した。
「な、何だったんだあいつ…」
賞金を受け取ったプレイヤーはそそくさと船内へ降りて行った。リスポーンしたナインは走ってフィールドに入るのかと思いきや、ウドウの元へ寄って行った。
「杖壊しちゃった!」
「安物だからな。ほら、新しく造ったやつだ。持ってけ」
「ありがとー!」
新しい杖をもらいフィールドに足を踏み入れるナイン。杖の感触がさっきと変わらないことから、また壊すんだろうなぁと薄々感じていた。
「さあ!次は誰だ!」
「…面白いやつじゃねえか」
それからも戦いを見守っていたウドウは、少しずつ彼女がどういう人物なのかを理解していった。