第2話 「もうゲームが始まってるんだ」
光太に連れられて僕は横浜を観光した。色んな場所を見て回ったおかげか、さっきまでの暗い気持ちも今は楽になっていた。
「他にどっか寄りたい場所あるか?」
「電気屋さん」
「いきなり普通の店だな。何か買いたいゲームでもあるのか?」
「ウェーブダッシュ・ワンドを壊しちゃったから新しく作らないと」
「あれってそんな簡単に作れる物なのか?魔法はよく分からないけど、相当便利な能力だったろあれ」
「分かんない。作ったの何年も前だし、お兄ちゃんに手伝ってもらったから」
この世界にある通信機器を利用して、何とかあの杖に代わる物を用意しておきたい。
僕達は最寄りの家電量販店へとやって来た。そこはかつて単端市にあった店舗の何倍も大きな建物だった。
僕達は1階から順に巡って、必要な物を見つけては購入していった。
「ワイヤレス製品ばっかりだな」
「7階は…」
どうやら7階はゲーム関連のようだ。その上の階が玩具コーナーで、もう見る場所はなさそうだ。
そうして下りのエスカレーターに向かおうとした時だった。
「ん…」
「どうかしたのか?」
「いや、何か変な感じがあっちの方から…」
得体の知れない不気味な力をこのフロアから感じた。その力を強く感じる方へ進んでいくと、大ヒット商品が並べられている棚に辿り着いた。
「ヘッドギアだな」
「あそこからだ…」
その棚の隣に設置された、10分間お試しプレイが出来るコーナーのヘッドギアから力が溢れていた。
「今の時間帯だとこのアドバンスセブンスっていうゲームの体験版が遊べるみたいだぞ」
「MMORPGか。ちょっとやってみるよ」
光太にバッグを渡して、近くにいた店員さんに声を掛けた。僕はヘッドギアを装着し、使用者向けのベッドで横になった。
この枕とベッド、さらには足元に畳んである毛布も含めて、ゲーミング寝具と呼ばれる商品のようだ。
それにしてもこんな店のど真ん中で横になるなんて恥ずかしいな。連れがいなかったら遠慮していた。
「お連れ様がゲーム中は、この専用アプリからメッセージを送る事が出来ます」
「アプリから出来るんですねえ」
光太はスマホを見せられながら解説を受けている。その会話を聴きながらゲームが起動するのを待った。
「ここは…そうか、もうゲームが始まってるんだ」
周囲にはタイトル画面が広がっていた。いや、タイトル空間と言った方が正しいか。全身で感じる物が一瞬で切り替わり、まるで別の場所にワープさせられたような感覚だった。
「それじゃあスタート…かな」
ゲーム開始の扉を通ると、僕は闘技場の様な場所に放り出された。
「武器を選択してください」
「うわぁ!?ウィンドウのくせに喋るな!」
正面に現れたウィンドウには剣、槍、戦斧の3種類が表示されている。その中から普段使っている武器に最も近い槍を選択した。するとウィンドウが消滅し、僕の手元に槍が出現した。
「おぅ、重いな…」
武器を握った瞬間、正面にある鉄格子の門が昇り始め、暗闇から尻尾が蛇のライオンが入場してきた。
「キメラか。同族同士、悔いの無い戦いにしよう…あれ?」
羽根が出せない。そう言えば角もない!?
そうか!ゲームの中だからキメラの力が使えないんだ!
「ガルルル…」
「かかって来い!」
いつもの感覚で槍を回転させようと腕を動かしたが、素早く回せなかった。
それにしてもこの槍、凄い重量だ。
「ゲーム外からメッセージが届きました」
「このタイミングでかよっ!」
メッセージウィンドウに視界を遮られた瞬間、ライオンが飛び掛かる。攻撃を避けようと横に跳ねるが、身体が思ったように動かせなかった。
分かったぞ。今の僕が動かしているキャラクターは、現実の肉体より運動能力が低い。だから病み上がりみたいに動きが鈍く感じるんだ。
「クソッ!身体が重い!」
ライオンは体勢を立て直す時間もくれずに再度攻撃する。ギリギリまで引き付けてから槍を地面に突き立て、それを軸に身体を回した。
「うっ!」
そうして回避したつもりが、尾から生える蛇に腕を噛まれてしまった。
この痛みはまるで本物だ!仮想現実だからってこんなところまで再現する必要ないだろ!どんだけスリル求めてるんだ!
「放せよ!」
蛇の首を槍で断ち、ライオンと距離を取る。尻尾をやられたことでライオンは怒り、ステータスが上昇した。
「槍以外に何かないのかよ!」
尋ねたつもりはなかったが、気を利かせたゲームシステムが視界を遮らないように音声で解説してくれた。
「左手の中指に炎の指輪が嵌められています。これを発動することで炎を発生することが出来ます。製品版ではアイテム──」
「これか!」
今まで存在に気付かなかった指輪をライオンに向ける。そして発動と強く念じると炎が噴き出し、ライオンを丸焦げにした。
「技、魔法を発動するとエネルギーポイントを消費します。数値が0に近付くほど疲労感が増していきます。エネルギーポイントは戦闘時以外での自然回復の他、アイテムを消費することで回復が出来ます」
「技!技は何があるの!」
「現在、ソニックスラストが使用可能です。基本は技を叫ぶ事で発動出来ますが──」
「ソニックスラスト!」
技名を叫ぶと身体が勝手に動き、狙っていたライオンに技を放ってトドメを刺した。倒したライオンは光の粒子となって僕の身体に吸い込まれていった。
「モンスターは倒す事で経験値となり、ドロップアイテムを落とします」
「まるで僕じゃない別の誰かが戦っているみたいな感覚だった…」
これが仮想現実世界での戦い…やっぱり好きになれそうにない。
「そうだ、光太から送られてきたメッセージは…」
戦いの開始直後に送られてきたメッセージには、ヘッドギアとゲームソフト、さらにはベッド代なども合わせて恐ろしい金額の数値が書かれていた。