第1話 日常を崩す存在
日本各地から単端市に集まった不法移民者達。
虐殺の脅威から守るために、ナイン・パロルートは仲間と協力して彼らを月へ移住させた。
次なる冒険の舞台は今まで体験した事の無い世界。冒険者の集うアドベンチャーワールドである。
赤レンガ倉庫やランドマークタワーなど、有名な建物が立つ横浜市のみなとみらいに未確認生命体が現われた。
突如現れては暴れ出した生命体を前に人々は逃げ出した。駆けつけた警察官が銃で応戦したが、弾丸は効かずに反撃を喰らい、負傷者を出しただけだった。
遠くで逃げていく人々は思った。もしもこのまま怪物が暴れ続けたらやがて、この街どころか日本中が壊滅してしまうのではないかと。
しかし今、その絶望的な未来を打ち砕くべく、2人の戦士が現われた。
「くっ出遅れた!魔力を感じられなかったなんて!」
「帰ったらニュースのアプリを入れないとな」
ナイン・パロルートと黒金光太、現る。彼女達は魔法の杖ウェーブダッシュ・ワンドを使って、テレビの置いてあるリビングから放送局のカメラが落ちている現場まで電波を通ってやって来たのだ。
未確認生命体とは魔獣のことである。これまで魔獣が出現した際、ナインの額から生える一本角が魔力を感知していたのだが、離れた場所だったということもあって感知能力が鈍り、来るのが遅くなってしまったのだ。
「飛ばしていくぞ。来い!ミラク──」
「危ない!」
人の形をした魔獣の両目から光線が放たれる。ナインは光太を守ろうと咄嗟に動き、ウェーブダッシュ・ワンドを盾にした。
「怪光線ならぬ溶解光線ってわけか」
光線を喰らった装飾部分から杖が溶けていく。ナインはそれを魔法の杖を収納するウエストバッグに押し込んだ。
「杖ダメにしてどうすんだよ!あれくらい俺でも避けれたぞ!」
ナインは敵から目を逸らさずに親指で後ろを差した。彼らの背後にはまだ避難している人達がいたのだ。
「ここじゃ人を巻き込む!場所を変えないと!」
「だったらこのまま海に追い出そうぜ!そんで超人モード堅氷で海を凍らせて戦うんだ!」
「よし!その作戦で行こう!」
光太の提案を聞き入れたナインが魔獣に接近戦を挑む。再び放たれる光線を適当に出した杖で防ぎ、ナインは連続攻撃を打ち込んだ。
「ウォリャアアアア!」
光線を撃つだけが芸ではないようで、最初は押され気味だった魔獣も徐々に反撃の動きを速めていく。両者の攻撃が激突している時、光太は魔獣に意識を集中させた。
「…来た!」
光太が魔獣と繋がるという己の能力で敵の動きを止めた。その瞬間にナインは身体を捻り、フルパワーのパンチを放った。
「ウォリアアアア!」
その一撃を貰った魔獣は海の方まで飛んでいき、ナイン達もそれを追って走った。
「光太!超人モードだ!」
「ぶっ倒せ!ナイン!」
ナインは柵を飛び越えて海上に飛び出した。
そして空中に浮いたその瞬間、彼女の身体が蒼く変わる。そして海面が凍り付き、戦いのフィールドが出来上がった。
その名は超人モード堅氷。氷の力を備えたナインの姿である。
魔獣は氷の足場に着地すると、光線を連射しながら敵へ疾走。ナインは足元を砕いて両手を海に入れ、トゲ付きのボクシンググローブを纏った。
「来いよ!」
その場から動かず、ナインは飛んでくる攻撃を紙一重でかわした。そして魔獣が手前まで来ると懐に入り、強烈なアッパーカットで打ち上げた。
しかし魔獣は溶解光線を照射し、ナインの方へ頭を振り下ろした。
「アッチ!」
両手のグローブが液化し、熱くなった手をプラプラと揺らす。その隙に魔獣は背後へ飛んで距離を取った。相手が得意とする接近戦を避け、光線だけで戦うつもりだ。
「ナイン!」
歩道から見守る光太が叫ぶ。それは名前であり、彼女を強化するファーストスペルという呪文でもあった。
ナインは身体に力が沸き上がるのを感じると、バッグに手を入れて杖を2本抜いた。
「コオォォォ…!」
ナインの息吹で杖が凍る。そして左手の杖を振ると、氷の手裏剣が現われて魔獣に向かって飛んでいった。杖は魔法を発動したその直後、粉々に砕けてしまった。
「やっぱりエンチャントしたら使えるのは1度きりか」
魔獣は手裏剣を避ける。そして正面を向いた時、ナインの姿がどこにもなかった。
「行け!ナイン!」
光太の呪文を受けてナインが強化される。空中から現れたナインは、落下の勢いと氷の力を合わせた一撃を振り下ろした。
「ハンマー・ワンド!」
凍ったハンマーが魔獣を叩き潰す。足場となっている氷は海底まで根付き、魔獣を海中へ逃がさない。
魔獣は氷の槌と足場の間で腰と膝を折り、そのまま隙間も残さないほどに挟み潰された。
「倒したぞ!」
魔獣の撃破を確認し、ナインは歩道へ跳び上がり変身を解除。凍らせた海は瞬く間に解けていった。
戦いを終えた後、ナインは傷付いた街や人々を見て回り、自分の実力不足を恥じた。
「ちょっと平和が続いたからって気が抜けてた。ちゃんと情報にも目を向けていれば…」
「そう気に病むなよ。誰も死んでないみたいだし、それでいいじゃんか」
単端市に帰ろうとナインがバッグに手を伸ばす。しかし浮かない表情を見て、光太はファスナーを手で隠した。
「このままどっか行こうぜ。気分転換しにさ」
「だけどこんな状態じゃお店なんかやってないよ」
「北に横浜、南に中華街。出てきた場所がみなとみらいなんて、魔獣は気を遣ってるつもりなのかねぇ。とりあえず行こうぜ」
光太はナインの手を引いて、運転再開を見合わせる電車が停まった駅へ歩き始めた。