最終話 「殺してやる!」
ナインと石動、それと月にいる狼太郎達の協力によって、単端市にいた人々は虐殺を逃れた。
その3日後、フェンスの外には大勢の過激派が集まった。彼らは目標である不法移民者が既にいない事を知らず、殺してやろうと息巻いて眼をギラギラと光らせている。自衛隊員は止めるような素振りこそ見せたものの、その時が来たら何もせずに彼らを見送るのだろう。
「結構変わったな」
「これでバッチリ!」
俺とナインはボロアパートの修繕を行った。抜け落ちそうだった階段を取り換え、屋根と外壁をペンキで塗り直した。それ以外に周囲のブロック塀も修理した。
ちなみにこれらの作業は全て自力で、魔法は一切使っていない。理由は特になく、ナインがこのやり方を望んだからだ。
「いや~ブロック塀が特に大変だったな」
「何回もレジに並んだから店員さん困惑してたね」
俺達は部屋に戻った。過激派が突入してくる日まであと2時間ほど。しばらくは外出を控えた方がいいだろう。
「ねえ光太、ゲームしようよ」
「いいぜ。最近忙しくて全然遊べてなかったからな~」
ナインはテレビの電源を点けてゲーム機を起動。彼女は白で、俺が黒のコントローラーを握った。
「…んが!」
どうやら夢中になって遊んで寝落ちしたみたいだ。座椅子で眠っていた俺に布団が掛けられていた。
「あれ?ナイン?」
部屋を見渡してナインを探す。すると窓際でカーテンを被って外を覗いている後ろ姿を見つけた。
時計を見て日付が変わった事に気付いた。リモコンを取ってテレビの入力を地上波に切り替えると、単端市に大勢の人が押し寄せているという速報が流れ始めた。
「外どんな感じ?」
「血眼になって探してる。ちょうど隣の家にガラスを割って入っていく人を見たよ」
「物騒だな…ここは大丈夫だよな?」
アパートが攻め入れられないように、電気で明るくして生活感を出している。
流石に住民がいる家にまでは上がり込んで来ないだろう。
「警察に電話はしたけど、単端市の名前を出した途端に対応が雑になったし来てくれないだろうなぁ」
その後ナインが言った通り、通報を受けた警察が来ることはなかった。
やがて外の騒音は大きくなって、眠れないくらいうるさくなった。退屈なので本を読んで時間を潰していると、扉をノックする音が聴こえた。
「石動さんか?」
「待って!」
玄関に向かった俺に制止を掛けるナイン。彼女はスマホを取って、石動にメッセージを送信。するとすぐに返信が来た。
「加奈子は部屋にいるって」
こんな夜更けに誰が来たというのか。出前は頼んでないし宅配なわけでもない。
何度も鳴るノックの音がやかましく感じたその時だった。
ドガァン!
「出てこいゴラァ!」
何者かが壁に穴を開けて怒鳴り声をあげた。ナインは玄関まで来て、穴に向かって叫び返した。
「やめてください!警察呼びますよ!」
「犯罪者はオメエらだろうが!外人どこに隠しやがった!」
「知りません!それよりも本当に警察を呼びますよ!やめてください!」
ナインはなるべく穏便に済ませようとしているが無理な話だ。こいつら、誰が見ても話が通じる人間じゃねえ!
「渡来人が日本に居座わってんじゃねえぞ!」
「このドア開けろォ!さっさと出て来い!」
「どけナイン!こいつら全員殺してやる!」
「うわあああ!?大丈夫だっていざって時は魔法で何とかするから!だから包丁降ろして!」
調子に乗りやがって!そんなに死にたきゃ俺が殺してやる!
「やってみろクソガキ!」
「やってやるよ殺してやる!表出ろゴラァ!」
「馬鹿!扉を開けようとするな!入ってくるだろ!」
ナインは俺を押さえながら、魔法の杖で穴を塞いだ。
「なんでやり返さないんだよ!」
「やり返したって向こうはやめてくれないよ!」
「どっちにしろやめねえよあいつらは!暇人なんだからな!」
正子から始まった単端市での騒動はその日の昼まで続いた。
どうして昼というタイミングで去ったのか俺には分からない。腹が減ったからか、外せない用事があったから。もしくは暴れ疲れて帰りたくなったのかもしれない。
結局これだ。ナイン達がどれだけ頑張ったところで、こういう連中がいるから平和にはならないんだ。
「気にすることないよ。どうせ暇な人達が集まっただけなんだから」
「そいつらの暇潰しのためにどうしてこんな思いしなきゃならないんだ!」
逮捕者は出ず、警察が動かなかった事は報道されなかった。そして、突如いなくなった不法移民者については、集団失踪という無理矢理な形でまとめられた。
彼らは失踪者達が月にいると知ったら月までリポートに出向くのだろうか。そこまでしなきゃならないとは、人を食い物にする職種の人達は大変なんだな。
「まあまあ、関係のない誰かが傷付くよりかはマシでしょ?」
「なんでそんな平気でいられるんだよ!」
「…僕だって凄くムカついてるよ。だけどその衝動に任せてやり返したら、結局彼らと変わらないじゃないか」
「分かってるさそれぐらい!分かってる!だけどよ…」
最後までやり遂げた俺達を待っていたのは薄汚れた現実だった。やがて単端市は話題に上がらなくなり、次にまた何かあるまで忘れ去られるのだろう。
話を続けていく内にナインの表情が曇っていることに気が付いた。自分勝手な話を繰り広げていた俺は反省して口を閉じ、不快な言葉を垂れ流しているテレビを消した。




