第26話 手痛い反撃
アンテナ・ワンドの効果範囲は実際のアンテナよりも狭く、効果形状はドーム状に広がる。しかし今回、地上から遠く離れた宇宙に浮いた衛星と繋げるために、ナインは効果範囲を頭上に絞った。
ウェーブダッシュ・ワンドで電波を通って逃げる際ためには、最低でも宇宙船の内部まで走らなければならないのである。
「しつこいなぁもう!」
魔獣はナインのことをひたすら殴っていたが、光太の張るバリアによって全て防がれていた。
ナインは狼太郎とフェン・ラルクを先に宇宙船へ着かせるために、移動スピードを落としている。バリアを張る光太も彼女のペースに合わせて移動していた。
「ナイン、超人モードで行こう!」
「無理だよ!宇宙服が壊れちゃったらどうするのさ!」
「じゃあどうするんだ!」
一応、命懸けで戦う覚悟はしているという自覚はある。しかし下手に動いて呆気なく死ぬくらいなら、逃げて生き延びるという選択を選ぶのがナインなのである。
宇宙船に近付いたその時、魔獣が動きを変えた。ナインへの攻撃を中止し、彼女達の目的地に急接近したのだ。
「まさかあいつ!僕達の狙いに気付いたんじゃ!?」
「狼太郎!私を使え!」
フェン・ラルクはウォルフウィップという鞭に変身。身体を延ばして魔獣に絡み付き、尻尾を地面に突き刺した。
狼太郎達はハンドルとなる胴体を力強く握り、魔獣の前進を食い止めた。
「それでここからどうする!この感覚だといつかパワー負けするぞ!」
「光太!アンテナ・ワンドを回収しに行って!あれが破壊されたら帰れなくなる!」
光太はハンドルから手を離して全速力で船へ向かった。
「フェン!身体大丈夫か!?」
強気の姿勢を崩さないフェン。まだまだ身体を伸ばす事が出来るが、宇宙船に近付けないためにもこの長さを維持しておく必要があった。
「くぅっ…!」
しかし意思に反して身体は少しずつ伸びてしまう。魔獣はゆっくりと宇宙船に迫っていた。
「こいつ!光太を狙ってるのか!?」
魔獣が進もうと身体を向ける先には、杖を回収して宇宙船から離れていく光太の姿があった。
「光太!ウェーブダッシュでこっちに飛ぶんだ!」
「無理だ!お前のスーツと通信が切れている!多分魔獣が電波干渉してるんだ!」
電波障害が起こっていた事に端末を見てようやく気付いたナイン。通信が切れていても会話が出来たのはミラクル・ワンドで心が繋がっているからだ。
「そのまま繋いでおけ!俺が魔獣を自害させる!」
「ごめん!頼む!」
光太は魔獣と繋がり、その鎌で頭を切り落とそうと身体を操る。しかし魔獣の我が強く、彼は弾かれてしまった。
「も、もう一度だ!」
光太が頭を上げたその時、魔獣はフェンを地面から引き抜くという荒業で拘束を逃れた。
「逃げろ光太!」
ナインはバリア・ワンドで彼の身体を守った。強く念じて発生させたバリアはこれまで以上に強固な物だったが、魔獣の一撃はそれにすらヒビを入れた。
「やめろおおおお!」
「おい馬鹿!」
仲間が巨大な敵にやられているのを見て、冷静を欠いた狼太郎が走り出した。その瞬間、魔獣は彼に狙いを切り替えて急速接近した。
「危ないッ!」
ナインはホイールを回転させ、狼太郎のそばへ。そして彼を抱えて逃げようとするも間に合わず、左腕に攻撃を喰らった。
「ナイン!」
「うあああああああ!?」
魔獣に意識を集中させていた光太はバリアを出せず、ナインを守ることが出来なかった。
スーツは中破。さらに腕にも深い傷が開いた。
腕を失った経験のあるナインにとって、こんなのは軽い傷。しかしここは地球とは全く違う環境だ。この瞬間にも傷口から異物が体内へ入り込んでいるのだ。
「ナイン!?しっかりしろ!おい!」
ナインは呼び掛けに応じることなく、傷口を守ろうと必死に手で押さえていた。しかしスーツのアームで押さえては、むしろ逆効果である。
既に痛いという感覚を通り越して、焼かれるような熱さを感じていた。
(嫌だ!バリア・ワンドはどこだ!?)
足元には攻撃の際に破壊された杖が落ちているが、それにすら気付けない程のパニック状態だった。
刹那、思考をフル回転させたナインだったが助かる術がないと気付くと、次に自分が死ぬことを考え始めた。
(僕はこんなところで死んでしまうのか…まだ何もやり遂げてないのに!)
立派なサキュバスになるという目標は未達成。振り返るとすぐそこにスタートラインが見える程の成長しか出来ていない。
もしも力があればと、ナインは自身の非力を悔やんだ。
(この後、みんなどうなるんだろう…)
自分が死んだ後、光太達はどうなるのか想像する。
4人ですら苦戦するこの状況で1人欠けたら…
難しく考えなくても分かる。彼らは負けて死ぬ。そして残った仲間を悲しませることになるだろう。
(そんなの嫌だ!こんなところで終れない!)
悟りにも近い思考の末、ナインは生きることを望んだ。それも死を恐れたからではなく、ここで倒れられないという強い使命感によるものだった。
仲間を守らなければならない。自分の使命を取り戻したその時、傷口から光が溢れた。