第21話 「再び矛先が単端市に向いた」
時間は経ったはずなのに、殴られた顎が物凄く痛い。まさかあのナインさんに本気で殴られるとは思わなかった。
「嫌われ…ちゃったかな…」
私には私の使命がある。私情は挟んではいけない。実際、これまでそうして生きてきたはずなのに、今回ばかりは結構堪えた。
ナインさんという人物がこれまで見た中でも異質な存在だったからかもしれない。この世界では絶対的なアドバンテージになる魔法の力を持っていながらも、それを誰かを助けるために使おうとする意思を備えている。
人を助けられる財力を持っておきながら私腹を肥やすだけの人間なら嫌って程見てきたのに、彼女みたいなのが初めてだったんだ。
「仲良くなりたかったなぁ」
自室でへこたれてる暇はない。会うのが気まずいけど、事態がどう転んだか聴いておかないと。
早速、ナインさん達のいる部屋の前まで来た。
「石動さん、どうかしたのか」
扉を叩こうとしたその時、階段を上がって来た黒金君達と遭遇した。
私を見たナインさんは彼より1歩前に身体を出して、彼を庇うように立った。
「な、なにか用?」
「外出されていた様ですが、用件は?」
「医者が来たんだ。それでビオード族はインフルエンザだったって判明したから薬を配った。あと、他の区域の環境も整えたから、これで衛生面は問題ないと思う」
「一件落着ってわけ」
良かった。ここにいる人達は一応助かったんだ。
「黒金君、身体大丈夫なんですか?」
お前がそれを尋ねるのか。そう言うように、ナインさんの表情が険しくなった。正直、私もこんなことを尋ねるなんてどうかしてると思う。
「ちゃんと弾丸は抜いてもらったから大丈夫だ。あんまり気にするなよ。お互いにこうするしかないって思った事を実行しただけなんだから」
「本当にごめんなさい」
頭を深く下げて謝罪した。
「もう済んだことだ。この話はここまでにしよう」
もう済んだこと。本当にそうだろうか。
会話を終えて部屋に戻った後、私はおよそ7時間ぶりにネットに目を通した。
黒金さんの土下座とデモ隊の内ゲバがネットに流出し、特に後者がマスコミの餌食になった。
単端市からデモ隊に注目が移っているタイミングで医者達はここへやって来た。おそらくこれまでの展開は黒金君が狙って起こした物だ。別にこれを否定したりするつもりはない。実際に彼のおかげで救われた命があるのだから。
だけどこれで終わるはずがない。不法移民者が単端市にいるという問題は解決していないのだ。きっとこの一件もまた新しい騒ぎへ繋がる。
フェンスの外側にいる仲間と連絡を取るため、トンネルのある秘密の部屋に来た。
そこで停車していた運搬機に書類を載積。発進のスイッチを押して車両を見送った。それからおよそ40分後、返事を乗せて運搬機が戻って来た。
やはり、デモ隊へのバッシングは一時的な物のようだ。圧力でマスコミを止めることは出来ても、今や誰もが発信源になれるこの時代で情報を抑制することは出来ない。
デモ隊の次に黒金さんを叩き、そして最後は単端市へのバッシングに帰ってきてしまう。
「これは…」
追加の任務に関する書類が入っていた。現在行っているのは壁の中の状況報告とナインさん達の監視だ。新しく増えたところで特に問題はない。
パンデミックが起こったから、それの発生源についての調査だろうか。確かに、この時期にインフルは珍しい。
ビオード族がバイオテロを目論んでいた可能性もある。化学兵器がインフルに変異したとか、様々なケースを想定して動いた方がいいだろう。
「これって!?」
しかし、実際に与えられた指示は予想も出来なかった物だった。
魔法使いナイン・パロルートを利用し、1週間以内に単端市から不法移民者を一人残らず出国させろ。
それが私に与えられた、ここでの最後の任務だった。
「右翼的な権力者達が不法移民者への差別意識を増大させるようなデマを流したことで、再び矛先が単体市に向いた。さらに繋がりのある暴力団の構成員を中心に過激派の人間を集結させて…壁の中にいる移民者達を虐殺するだって!?」
こんなことがあっていいのか!?この時代にジェノサイドを起こすなんて正気の沙汰じゃない!
もしも虐殺が実行された場合、日本は暗黒の時代に突入することになる。
自国の民を殺されたと、不法移民者となった人々の戸籍を握る国々が弱みに付け込んで圧倒的に不利な要求をしてくるだろう。今度は国外にいる日本人が被差別者となり、歴史上稀に見る外交問題に発展する。
そしてどれだけ国内の情勢が悪化しても権力者の潤った生活に支障はない。自分達の一生が終わるまで、これまで通りに国を売る政策を続けていき、国民達は今まで以上に苦しい生活を余儀なくされるだろう。
「ナインさんの力を借りたとして、ここにいる大勢の人をどこへ移せばいいんだ!?」
帰国させたとして、母国から逃げ出して来たここの人達が無事に暮らせる保証はない。下手に動けば魔法の存在が公になってしまう。
地球の人がいない場所へ送るか?そんな場所がまだ残っているのか?そしてそこは人が暮らすことを許された環境なのか?
ここまで来てとうとう、魔法の力や人に対しての圧力では解決の出来ない問題が訪れてしまった。