第18話 エンタメタイフーン!
ホワイトフラッグ・ワンドを選んだ光太にどんな策があるのか。
ナインは壁の上から、デモ隊と対峙する光太の姿を伺っていた。
「敵意はありません!どうか話を聞いてください!」
デモ隊は少しの間、白旗を振る光太を観察していた。だがしばらくすると以前同様、足元の石や空になったペットボトルを投げ入れてきた。
「敵意はありません!どうか話を聞いてください!」
光太は旗を振り続けて、自分の話を聞いてもらえるように頑張っていた。前のように怒り狂って突撃していくことはもうない。
それでも投げ付けられた物が当たる度、僅かに身体の動きが止まっている。
「うっ!お願いです!どうか話を!」
そこから光太は新たな行動に移った。一歩進んでしばらくしてからまた一歩と、フェンスに近付いているのだ。
(無茶しないでよ…)
そんなナインの懸念は届かなかった
光太はフェンスの前まで来ると、旗を咥えて登り始めた。
その時、デモ隊に乱れが生じたのである。まず、フェンスを登って来る少年を迎え討とうとする者、話を聴こうとする者に分かれた。
「ぐっ!」
フェンスを登りきった光太だったが、そのままバランスを崩して転落。それでもすぐに立ち上がって話を始めた。
「今、壁の内側にいる移民者の一部が病に侵されています。このままではパンデミックに発展し、大勢の死人が出てしまいます!どうか助けてください!お願いします!」
正座に移り、砂埃を立てないように旗を地面に置く。光太は腰を曲げて、土下座を披露した。
その姿は滑稽である。道端に転がる動物の糞のようだった。だがしかし、デモ隊は正面で土下座をさせるべきではなかった。せめてフェンスを越えさせなければ、光太もそこで諦めるつもりだった。
「どうかお願いします…ここにいる人達を助けてください!」
一人、近くにいた者が光太を蹴った。それに続いて隣にいた者は頭を踏んだ。
しかし、それを止めようと離れた場所からやって来た者が二人に接触。その者に押され、不快感を覚えた者達が暴れ始め、それを止めようとまた別の者達が動き出す。
このままではデモ活動どころではない。そう感じて各々が動き出し、自然とデモ活動は崩壊を起こしていった。
「どうかお願いします!あなた達の力を貸してください!」
周りで何が起ころうが構わず、懇願を続ける光太の姿は狂気的だった。その混沌っぷりを面白がった者は撮影し、SNSを通じて世界中に拡散した。
それ即ち、滑稽な土下座とデモ崩壊のエンターテインメント化である。この瞬間、狂ったように叫び続けている光太が思い描いていた通りに物事は動き始めた。
活動家達はバッシングの的となった。デモという正統性を感じさせる活動中に仲間割れを起こすという醜態を晒し、ネットはお祭り騒ぎとなった。
バイオレンスな映像は特に注目を浴び、人々を興奮させた後に規則違反であると削除。それからすぐに別のサイトでアップされた。
この流行に乗り自己顕示欲を満たそうと、SNSは論文チックなポエムで溢れかえった。それに反応した者がまた新しく作文を載せ、スパムアカウントが大量発生して見事にデモ隊の仲間割れはトレンドとなった。
政治に関心を持たない者もこれに反応。くだらないや、暴力は良くない、みんな死んでしまえ。辛辣な言葉ばかりだった。
無関係だった者を巻き込んでいく様はまるで台風。光太の行動は人々の感情を荒れ狂わす災害、エンタメタイフーンを巻き起こした!
そして暴動が発展した現場では自衛隊がそれを止めようと動き出し、遅れて警察もやって来た。
光太は静かにフェンスを越えて壁の前に立つ。すると姿を隠していたナインが梯子を掛けてくれたので、そこから壁に登っていった。
暴動に発展したという結果が気に入らないのか、ナインの表情は曇っていた。
「光太、これが君のやりたかった事なの…?沢山怪我人が出てるよ…」
「でもここにいる人達は救われる…それに良かったじゃないか。これで日本はここにいる人達を見殺しにすることはなくなった。だろ?石動さん」
顎を押さえた加奈子が立っていた。銃を握ってはいるものの、既に手遅れだと諦めて下を向いていた。
「移民者を見捨てなかった事で日本の誇りは守られ、彼らも死ななくて済む。丸く収まったな!よかったな、二人とも」
何を考えているのか分からせない光太は満面の笑みをを浮かべていた。
「医者は…今夜辺りに来るんじゃないか?受け入れられるようにしっかり準備しとけよ~…ハッハッハッハッ!」
ナインは思った。ここにいる人達を救って欲しかったけど、そのために犠牲者を出して欲しくなかった。
加奈子は思った。日本の誇りは守られたけど、そのために国民達の感情はかき乱され、平穏から離れてしまった。
そして光太は…
(ナイン、お前に出来ない事は俺がやる。それで大勢の人が傷付こうと関係ない…俺はお前の味方だ)
そうナインに語るように、心の中で自分の意思を繰り返し唱えていた。
まるで、自分がやったことは意味があることだと自分自身に言い聞かせるように。