第17話 「国民全員かよ!」
「チッ」
テレビを観ていた光太が舌打ちをする。先日、デモ隊の前に落ちた彼の姿がニュース番組内で晒されていた。
デモ隊から物を投げ付けられている場面はカットされ、怒鳴っているシーンだけが繰り返されている。
女性のナレーターによる解説が終わるとスタジオへと映像が切り替わり、映像をバックにして大学の教授や専門家が会話を始めた。
「…光太テレビに出てるじゃん!スッゲー!」
からかってみたけど返事がない。今はあまり刺激しない方がいいだろう。
彼のことは放っておいて、明日この市内に雨を降らせるための雲を用意しないと。
「あのさあナイン」
僕の弄りは無視したくせにそっちから話し掛けてくるのか…
「あの時は助かった。あのままだと俺、フェンスを越えて人を殺していたかもしれなかった。止めてくれてありがとう」
「うん」
光太は壁から落ちた後にデモ隊と対面した。挑発された彼は、フェンスの向こう側にいるデモ隊を殺そうとして走り出し、駆けつけた僕がそれを止めた。
もしも間に合わなかったら、彼がやられていただろう。
他人の事を言える立場ではないけど、光太の精神面の脆さは危ういなぁ。今回みたいに怒りでブレーキが効かなくなったり、挫折したら中々立ち直れなかったり。
気にし過ぎかな…まあ、心が成長すればそれに伴って落ち着いてくるだろうし、大丈夫だよね。
「それじゃあ僕、雲を作ってくるね」
「いってらっしゃい」
靴を履いて玄関の扉を開けた時だった。
「ヌギャッ!」
「あっ!ごめん!」
ちょうど真正面にいたナッコーを扉で殴ってしまった。
「いってって…あっ!ナインさん!大変なんです!すぐ来てもらえませんか!」
どうやら彼女は僕に用事があったらしい。
僕は変装して、彼女と共にビオードという民族が集まる区域の壁まで移動した。
その区域に着いてまず、他の場所とは違う部分に触れた。
「どうして隣の区域と繋がるトンネルが塞いであるの?」
ビオードから別の区域に通るための穴が塞がれていた。これではせっかくの他民族との交流が断たれてしまう。
「パンデミックを避けるために私が塞ぎました。今朝、この区域にいる78人中37人から高熱の症状が出ている事を確認しました。このままではいつか死人が出ます!」
「感染症!だったら病院に連れて行かないと!いや、ここに医者を呼んだ方がいいのか!?」
「…ここにいる人達は不法移民者です。つまり区域にいる全員が保険無しで病院にかかるとなると、莫大な費用が必要になってしまうんです」
「お金なら僕らが用意する!魔法の力でいくらでも用意出来る!」
そう話したがナッコーは首を振った。そこには金だけでは解決出来ない問題があったのだ。
「圧力を掛けて、こちらから患者達を病院に向かわせるという手筈は整いました…だけど、受け入れてくれる病院が…ありません!」
「そんな!?そんな、んなぁ馬鹿な事あるわけ──」
「得体の知れない人種と同じ病院にいたくない。我が身惜しさに病院の前で暴れる集団を診たくない。どこの病院でも従事者か患者がそれを拒んでいるんです」
それじゃあここいる人達はこのままってこと!?
「だったらアノレカディアにいる医者を──」
「それは駄目です!」
「分っかんないなぁ!もう手段なんか選んでられないだろ!」
「これ以上異界の存在を日本に持ち込まないでください!この国はあなたが来る前から様々な問題を抱え込んで膨張状態だったんですよ!そこに異世界や魔法まで加わってしまったら日本はパンクしてしまいます!」
「日本日本って!他の国の事はどうでもいいのかよ!」
「私は愛国者です!そりゃあ人として、助けられんなら助けたいですけど、国が拒むんなら私もこの人達を見捨てます!」
「差別するっていうことが国の意思なのかよ!そこでデモやってるやつらで国民全員かよ!んなわけないだろ!助けたい人達だっているはずだ!恩を仇で返されたって構わない人だっているはずだ!」
「そう言ってるだけで何もしないやつらに一々構っていられませんよ!」
「なるほどな、事情はよく分かった」
横から妨げるように光太の声が聞こえて、僕達は冷静さを取り戻した。かなり大声で言い争っていたのか、壁の中にいる人達は不安そうにこちらを見上げていた。
「黒金君、あなたは──」
「こういう時こそ俺の出番だ」
光太はナッコーに接近した。それから腰に巻いているバッグに手を入れて、魔法の杖を探し始めた。
「杖の使用許可は出していませんが」
「だったらここから落とすなりして止めればいいだろ…多分これだな」
そうして光太が引き抜いたのは、相手に降伏の意思を伝える魔法の杖、ホワイトフラッグ・ワンドだった。
「おぉ一発!見てたかナイン!望んだやつを初回で引き当てたぞ!」
「これでどうするつもり!?」
「壁から落ちたあの日、俺は余計な事をしてここにいるやつらの印象を悪くした。だからその尻拭いをしに行ってくる。いいか、今度は梯子を垂らしてくれるだけでいい。絶対に何もすんなよ」
デモ隊がいる方に歩いていく光太に、ナッコーは背後から銃を向けた。
引き金に指が触れている!正気の沙汰じゃない!
「止まらないと撃ちますよ!」
「撃ったら許さない!」
「別に殺してくれて構いませんよ。ここで部外者に滅茶苦茶にされるよりマシですから」
なんて人だ!光太のおかげで魔獣から人々を守れたのに銃を向けるなんて最低だ!
「石動さん、あんた馬鹿だろ?」
「…」
「日本のため日本のためって言ってるけど、俺達が欲してる物をまるで理解してない」
迂闊に動けない今、二人の会話を眺めることしか出来なかった。
「所詮は甘い環境で育ったガキの戯れ言だと、参考として聞き入れようとはせずにノー返事。まあ自分達が大衆のために、陰で汚れ仕事をやってるって使命感で満足するような犬だ。その態度に文句を付けはしねえよ」
「ッ!」
「お前ら別班は指示を受けて動くだけ。言われた通りに動くお手本のようなラジコン人間様は国民の事を何も理解してねえみたいだな」
「…では尋ねますが、あなたは国民の望みを理解しているとでも?」
「当然だ!俺は部外者じゃねえ!屑と屑のセックスで産まれた純血の日本人だからな!いいか!国民が求めてるのエンタメだ!差別!論争!暴動!流血!情動を煽られるエキサイティングなエンタァァァティィィンメントゥッ!それを望んでいる国民に対しお前らは何だ!口先だけの平和!取り繕うための偽善!皆が望んでいるエンタメの邪魔をするな!日陰者は日陰者らしく引っ込んでろ!」
「何を言うかと思えば、それは歪んだ思想を持つあなただけの思い込みに過ぎない!」
「それはどうかな!とりあえず、俺のやることを黙って見て──」
パァン!
「加奈子ォ!お前ェ!」
光太が背中から撃たれた。
僕は銃を取り上げて、彼女の顎を殴り上げた。その瞬間、加減しなければ彼女を殺してしまうという事を忘れていた。
それくらい、目の前で起こった出来事が受け入れがたい、許せない光景だった。
「光太!大丈夫!?」
「いい…ナイン、俺をフェンス近くまで連れていけ」
「何しようとしてるか知らないけど、その怪我じゃ無理だ!」
「お前はここの人達を救いたいんだろ!だったら協力させてくれ!頼む!」
破滅的な事を語っていたけど、彼の本心は違うみたいだ。
「…傷穴だけは塞がせて」
もう加奈子にバッグは預けていられない。
バッグを取ろうとした時、少しばかり彼女は抵抗した。それでも無理矢理取り上げて、そこから糸を縫う魔法の杖を取り出した。
「こんなやり方でも止血にはなるだろうから…」
そして服ビリビリと破り、重ねた布を彼の傷穴を覆うように当てて、素肌に直接糸を通した。
「うっ!」
「貫通は…してないね。後で無理矢理弾丸取り除くから、覚悟しといてよね」
白旗を握る光太にどんな策があるのか想像も付かない。しかし彼がここの人を救ってくれると信じて、僕は肩を貸した。
「それじゃあ行こうか」
「あぁ…」
僕と加奈子じゃ無理だ。頼む光太、病に掛かった人を助けてくれ…!




