第16話 「俺日本人だけど…」
不法移民者が集まった単端市。今では不法者の廃都市と呼称され、日本の一部とは思われていなかった。
「単端市を返せー!」
「犯罪者は国へ帰れー!」
今日も今日とて、フェンスの向こうでは活動家達によるデモが行われていた。
そんなプラカードを掲げたところで、壁の中にいる連中には見えないのに。
「単端市は犯罪者の土地ではなーい!」
「出ていけー!」
「出ていけー!」
喉を痛めそうな大声が拡声器によってさらに大きくなる。
だからそれも無駄だって。魔法で壁の中に厳しい声が届かないようにしてあるからさ。
見るに堪えない光景だった。
これに対して、石動からは一切関与するなと強く言われている。今もステルス・ワンドで姿を消して、壁の上から見下ろしているだけだ。
活動家の中には高校生が混じっていた。学生なんだから登校しろよ。俺は学校そのものがなくなったけどさ。
「あっ!」
立ち上がった瞬間、足が滑ってフェンス側に倒れる。左手で壁に掴まろうとしたが、そもそも左腕がなかった俺はそのまま地面へ落ちていった。
「いってえ…」
やっちまった。受け身を取ろうと杖を手放したせいで姿を見られた。
突然俺が現れた事で活動家達は困惑していた。
とりあえずナインにはメールを送ったし、しばらくしたら梯子を持って来てくれるだろう。
「…日本から出ていけー!」
どうやらフェンスの内側にいる人間は全員不法移民者らしい。活動家達は勢いを取り戻し、俺に向かってさっきよりも勢いのある声を浴びせてきた。
「俺日本人だけど…」
「…売国奴め!」
「犯罪者の味方をするなー!」
指摘したら言葉が変わった。
はぁ…こういう人間って話すだけ無駄なんだって石動言ってたけど本当だな。
「…なんだ?」
石が飛んできた…
は?石!?こいつら石を投げて来たぞ!殺す気かよ!っていうか暴力だろこれ!おい自衛隊!これも見逃すのかよ!
「や、やめろよ!おい!いてえよ!」
俺が何を言っても聞き入れず、フェンスの向こうにいるやつらは石を投げ飛ばしてきた。
そりゃあ戦う時に受けるダメージに比べたら何ともないけど…
「左翼はネットに籠ってろ!」
「わあああああ!」
「あああああああああ!」
ウゼエ!特に何も考えないで叫んでるだけやつ!お前覚えとけよ!
「いい気分だろうな!皆仲良く安全な場所から投石するだけだもんな!飽きたら学校に通って通勤して!んで刺激が欲しくなったらまたデモだ!ここにいない人間はちゃんと勉学に励んだり働いてるのにな?なぁ!?お前ら社会人として恥ずかしくないんか!」
「文句あるならフェンスから出て堂々と話せよ!」
「上等だあああああああ!」
言いたい放題しやがって!こうなったら一人でも多くぶっ殺してやる!
「やめろよ光太!」
「離せ!」
フェンスに向かって走り出したところを、タイミング悪く現れたナインに取り押さえられる。
いや違う。こいつは石から俺を庇ってくれているんだ!
「僕達はここの市民だ!それを証明する書類だってある!だから!…だからお願いです!一度石を投げるのをやめてください!」
「何やってるんだよ!やり返せよ!」
「そんなことしたらもっと酷くなるって!下手したら実力行使の口実にもなる!壁の中にいる人達を守りきれない!」
人が増えたところで動きは変わらず、フェンスの向こう側から色んな物を投げつけられた。
こいつら!誰のおかげで今の世界があるのか知りもしないで!
「さあ立って!戻ろう!」
ナインは俺を抱えて梯子を登る。彼女ならひとっ飛びで壁まで上がれるはずなのに、人前ではそれを見せる事が出来なかった。
どうせあいつらは臆病者だ。頭数揃わないと行動すら起こせないんだ!
そんなやつらに言われたこと、いちいち気にすることもねえや!
「すまん、助かった」
「忘れないで。僕達はここにいる人達を守っているだけなんだ。自分達の国を守ろうとするあの人達のデモの方が正しい事なんだよ」
「そんなわけあるかよ!好き勝手やって挙げ句の果てに投石!原始人未満だあいつら!人じゃない!」
ナインは足を止めた。そして俺と向かい合い、残っている俺の右肩を強く掴んで揺さぶった。
「僕達がやらなきゃいけないのは壁の中にいる人達を守ることだ!それ以外はナッコーに任せればいい!あいつらに言われたことなんて気にするな!…間違っている事かもしれない。だけど僕達は…自分達がやってる事を正しいって信じなくちゃ………」
「あぁ…そうだな」
ナインだって混乱するよな。こんなの、倒せない相手と戦い続けるようなもんだし。
あぁ、こういう場所にこそ魔獣が現れたらないいのにな。俺が操ってあいつらを皆殺しにしてやれるのに。
「…帰ろうよ。どこか怪我してるかもしれないし」
ナイン、お前がつらそうにしてる顔を見ると、俺まで悲しい気分になってくるよ。