第13話 復活の男
ビルから持ち出した長テーブルを盾に、ナインは魔獣へ前進する。これのおかげで前方から飛んでくる糸玉もへっちゃらだった。
しかし相手は見た目の割に機動力がある。魔法の杖がない今、先程のような不意打ちも出来ない。どうするかと考えていると、魔獣は連射を続けながら後退を始めた。
「ま、待て!」
相手は糸玉を恐れている。それを理解した魔獣はこれが最適解だと、追ってくるナインと一定の距離を保ちつつ攻撃を続けたのだ。
「い、糸玉を喰らい過ぎて机が重くなってきた…」
ナインはテーブルを糸の隙間から地面へ落とすと羽根を広げて跳躍した。
糸玉は飛行する彼女を狙って打ち上げられるように飛んで来たが、ナインは軽々と回避してチャンスを伺った。
糸玉が連続して打てるのは100発。その後に約5秒間の休憩を挟まなければ撃つことは出来ない。
回避に徹して分析を終えたナインは、次のクールタイムに攻撃を仕掛けることに決めた。
「…今だ!」
撃ち尽くしたのを確認した瞬間、羽根の動きを止めて降下を開始。
それを見た魔獣はナインから逃れようと糸の上を走り出す。だが彼女は獲物を狙う鳥のように身体の向きを変えて追従し、逃げていた魔獣の背中に飛び付いた。
狙う場所はただ一つ。糸の原液で固定された杖の突き刺さった部分だ。
「これでも喰らえ!」
ナインを振り払おうと魔獣は激しく身体を揺らす。
それによって身体が浮き上がると同時に、ナインは縦に回転して渾身の踵落とし。さらに杖を胴体に押し込んだ。
「さらにもう一発──」
「お父さん!お母さん!」
身体を捻ってもう一撃加えようとした時、脳裏に一抹の不安が浮かび上がった。この街に張られた巣は魔獣の能力によって作られたものだ。もしも今こいつ倒したら、一気に巣が崩壊を起こすかもしれない。
そうしたら泣き叫んでいる子どもの両親、それ以外の人達も勢いよく地面に叩きつけられて死んでしまうと…
「しまった!」
魔獣はジャンプしてナインを正面に放り出すと、渾身のタックルでビルの外壁に打ち付けた。
「いってってぇ…」
ナインは身体に積もった瓦礫を除けて立ち上がる。すると魔獣の動きに異変を感じた。
「あれは…」
魔獣は最前部の二本足で器用に糸を切っていた。そして切断された糸のすぐ近く、残った一本の縦糸と二本の横糸で宙吊りになった人間の姿があった。
「やめろおおおおお!」
叫び声をあげたナインはすぐさま飛び出して蹴りのフォームに移る。しかし焦りの混じった直線的な攻撃は避けられ、再びタックルを喰らってしまった。
「うわぁあああ!?」
今度はガラスの破らされて建物の中に叩きつけられた。さらに糸玉の追撃がナインを襲う。
「うあああああああ!」
鋭いガラス片を巻き込んだ糸玉がナインに命中。細い手足で広がった糸はただ固定しただけでなく、少女の身体にいくつものガラス片を埋め込んだのである。
「や…やめろ…!」
視線の先では魔獣が糸を切り、捕らえた人間に手を出そうとしている。そのまま地面に落とすのか。それとも食べるとでもいうのか。
どちらにせよ、それをただ見ているだけで何も出来ないのが屈辱的だった。
「嫌アアアア!?」
悲鳴が聴こえる。もう駄目かと諦めたその時、突如魔獣が停止した。
ナインがいるフロアの床を砕き、1本のつるはしが出現。それはかつての戦いで幾度となく奇跡を起こしてきた魔法の杖、ミラクル・ワンドだった。
頼もしく現れたミラクル・ワンドは発光。するとナインの胸からバリアを発生させ、付着した糸と身体に埋まったガラス片を弾き飛ばした。
「はぁ…はぁ…ま、まさか!」
魔獣が停止した要因に思い当たるのはただ一つ。身体を外に出して地上を覗くと、そこには仲間が立っていた。
「光太!」
「ナイン!無事か!」
その仲間の名は黒金光太。ナインがこの世界に来て初めて出会った人間である。
どういうわけか彼には魔獣と繋がる力があり、今その力で敵を制止させているのだ。
加奈子から聞いた話では光太は入院中との事だった。そして地上にいる彼は左腕を失い隻腕となっていた。
「長く止められそうにない!早くトドメを!」
「まだ倒しちゃダメなんだ!巣に捕らえられた人を全員助けてからじゃないと!」
「そうかだったら、アレしかないだろ!」
「頼むよ光太!超人モードだ!」
ナインが建物から飛び降りると同時に、ミラクル・ワンドが持ち主である光太の右手に収まる。
そしてワンドが掲げられると同時、ナインの身体が赤く燃え上がった。
この姿こそ超人モード烈火。ミラクル・ワンドの力によって、ナインがパワーアップした姿である。
ナインは強力な炎を下方へ放射することで滞空していた。
捕らわれている人の糸に狙いを定めて指先から炎を発射。そして身体を焼いてしまわないよう、身体に残った糸を掴んで降下した。
どうやら巣を構成するのに使われているいる縦糸と横糸とも違う、それ以上に頑丈な糸で捕えていたようだ。しかしそれのおかげで火傷を負わせなかった事は不幸中の幸いと言えた。
「た、助かりまァチッ!熱いです!」
「ごめん!すぐに降ろすから我慢して!」
一人を救助するのにおよそ5秒。それから一度に助け出す人数も増えていき、捕まっていた人達は次々と地上に降ろされていく。
そうしてナインが人々を救助している間も、光太は魔獣と繋がって動きを封じていた。
「張巣魔獣ゲムン・ウコサ。能力は口腔と肛門から糸を放出。ナインが言った通り、倒すと糸は消滅するみたいだな」
魔獣と繋がる事でその魔獣の個体名と能力を知る事も出来るのだ。
「あっ!途切れた!」
「えぇ!?どこが切れたの!?」
「違う巣じゃない!魔獣との接続が切れた!動き出すぞ!」
大声で告げられた通り、魔獣は動き出したのだが、どういうわけか巣の上で何度も跳ねるだけで攻撃はしてこなかった。
「うわああああああ!」
「しまった!向こうにまだ人が!」
痛恨のミス。全員助けたつもりが、遠方にはまだ捕えられた人が残っていたのだ。
魔獣が繰り返しジャンプしたことによって、巣を張られた建物は今にも倒壊してしまいそうだった。
もしもそうなれば地上にいる人達全員が潰されてしまう。だが建物の倒壊を防ごうと魔獣を倒せば巣が崩壊する。いくら烈火のスピードでも、あそこまで離れた人を救うのは不可能だ。
「キャアアアア!」
「逃げろおおお!」
危険を察知した人達が悲鳴をあげて一斉に逃げ出していく。しかし広く張られた巣の影から逃れるのは不可能だ。
どうすればと悩んでいたその時、足元の悲鳴よりも鮮明に少年の声が届いた。
「ナイン!打ち上げちまえ!」
ミラクル・ワンドを握る光太とナインは以心伝心。テレパシーのように声を出さずとも会話する事が出来るのだ。
そして光太の言葉の意図を汲み取ったナインは、一瞬にして魔獣の下に移動。そして拳を引いた。
「冥土の土産にフリーフォールだ!いっけえ!」
肘から勢いよく炎が噴射。突き上がった拳は魔獣の胴体に激突し、その巨大な図体を空高くへ打ち上げた。
どれほどの威力だったのか。雲よりも高く上がっていったが、それでもトドメにはならない一撃。それを眺める暇もなく、ナインは残された人々の救出を完了。
今度こそ残った人がいないのを確かめたその時、魔獣が戻って来た。
「あの野郎!ケツから糸を勢いよく出して加速してるぞ!」
魔獣はその身体を地面にぶつけることで、街もろとも自滅するつもりだった。
だがそれを許さない者がいる。平穏を脅かした魔獣に対するその怒りを、メラメラと燃える身体で体現しているようだった。
「烈火!迅炎突牙!」
ナインは魔獣へ向かって上昇していく。身体は更に熱く燃え上がり、そして魔獣に激突と同時に大爆発を起こした。
大爆発に飲まれた魔獣は塵も残さずに消滅。発生した爆炎はナインのエネルギーとして吸収された。
「久しぶりだなぁナイン!見ろよこの腕、お揃だぞ」
「あ、うん…ところで入院してたんじゃなかったの?」
「あぁ、それなんだけどな…」
再会を喜ぼうとしていたが、周りには状況を飲み込めてない人ばかりだった。ナインはとりあえず、加奈子に電話を掛けた。
「もしもしナッコー、魔獣を倒したよ」
「お疲れ様です。ではすぐに帰還を──」
「壊れた街を直したいんだ。バッグを取りに行くからアパートで待ってて…ナッコー?」
「分かりました。こちらからナインさんの元へ飛びます。どこか人気のない場所に移ってください」
少し間を空けて返事が来たことをナインは疑問に思いつつ移動する。SNSなどで魔獣が倒された事が伝わったのか、テレビ局のヘリをはじめ救急隊の車両などが続々と到来した。
周りに誰もいない場所へ来るとメールを送信。すると目の前に加奈子が現われた。
「えっ!?黒金さん!なんでここに?!」
「起きたら病室で、こいつを手に握ってた。ナインのピンチを知らせに来たんだろうな」
偶然にも光太の病院は魔獣が現われた街に建っていた。ミラクル・ワンドはガラスを突き破り手の中に納まって、その力で彼を覚醒させたのである。
「医者はいつ目覚めるか分からない程の重症だって言ってたのに…」
「そんなことよりもバッグ!試作品だから一度きりしか使えないけど、一瞬で街を直せる杖があるんだ」
「そんなことって何だよ。誰のおかげで勝てたか分かってんのか?」
「僕達の友情の勝利だね!」
「その友情が今にもこじれそうなんだけど」
二人が言い争っている内にバッグを腰から外す加奈子。しかしバッグを掴んだ手はそのまま、ナインに渡そうとしなかった。
「ありがとうのチューしろよ!あっマウストゥーマウスでな」
「病気移りそうだから嫌」
「病気じゃねえ!怪我で入院してたんだ!ほら見ろこの腕!…あれ、お前なんか変じゃね?」
「ハクバに治してもらったんだ~!だからもう五体満足!」
「そういえばそのハクバってやつはどうだったんだよ。どーせ大した事ないやつだったんだろ」
「手足治してくれたし、ミラクル・ワンドから白滝に光が渡って超人モードに変身させてくれた。それでいて君より性格が良かった」
「は?」
「二人とも、動かないでください」
そうして話がどんどん盛り上がっているところに水を差すように、加奈子は光太に対して拳銃を構えた。