第12話 眼にも入れたくないが
不法者の廃都市の外に魔獣が出現。その魔力を感知したナインは自衛隊に包囲された都市から脱出し、魔物のいる繁華街に走っていた。
「あれは神奈川放送局の取材ヘリコプター?」
遠くの空へ飛んでいく物体に目をやった。基本安全な空中にいるヘリコプターが逃げる。それはつまり、魔獣が飛び道具を持っている可能性があるということだった。
今度の戦いも楽じゃなさそうだ。達観したような心境で遂に魔獣と接敵したナインだったが、その姿に思わず声が出た。
「うわああああ!?クモだああああ!」
その魔獣、なんとナインが苦手としている蜘蛛とソックリだったのだ。
慌てて悲鳴の漏れる口を閉じるが、建物を繋げるように張られた巣の上で魔獣はこちらに振り向いた。蜘蛛に耳はないがそもそもアレは魔獣だ。音も臭いも捕捉出来る。
不規則に並んだ9つの眼で睨まれると、ナインは固まったように動かなくなった。
(く、蜘蛛!目が気持ち悪~い!)
アノレカディアにも大きな蜘蛛はいたがこれほどの物は見たことない。相手は蜘蛛ではなく魔獣であると頭の中で言い聞かせても、目の前にいるのはやっぱり蜘蛛だった。
「お父さん!お母さん!」
地上から子どもの声が聞こえた。その子どもが見上げた先には、巣に貼り付けられた両親と思わしき男女の姿があった。
「ヨシヒト!早く逃げるんだ!」
「私達の事はいいから逃げて!」
その声に反応し、魔獣は細い糸の上を素早く駆けて男女の元に向かう。それも無駄のない動きで、巣はほとんど揺れていない。
「うわあああああああ!」
恐ろしい外見を持つ魔獣が両親に接近する光景を前に、子どもは絶望の悲鳴をあげた。
だが突如、張られた巣が大きく揺れる。そして足を止めた魔獣の目の前には長い白髪の少女が立っていた。
「やい魔獣め!この僕が相手だ!」
たとえ声にならずとも、助けを求める者がいる。その姿を見た瞬間、心の中から嫌悪する対象への脅威が消え去り、ナインはたった1本の杖を武器にして魔獣に立ち塞がったのである。
足場である糸の強度はどれくらいか。軽く跳ねて確かめたが戦うには充分だ。粘着力もあるがそれも気になる程ではなかった。
左から右へ、持っている杖をグルグルと振り回して踊るように威嚇する。
巨体の相手から決して目を逸らさず、先手を取るか魔獣の攻撃に対してカウンターを狙うか思考した。
「だ、誰かそこにいるのか?」
「安心して。ここにいる人達は絶対に助けるから」
助けを待っている人がいるならば先手必択。ナインは膝を曲げて跳躍し、魔獣に飛び掛かった。
蜘蛛という生き物は尻から糸を吐く。そのことを知っていたので正面から攻めるのが定石だと考えたが、今回はその知識が仇となってしまった。
魔獣は口を開いてナインの身体を向くと、なんと口腔から糸の弾丸を発射したのである。
「お前そっから吐くのかよ!?」
殴るために構えていた杖で糸玉を叩く。そうして弾いたつもりが、触れた部分に粘着質の物体が付着していた。
ナインは羽根を広げて真上を通って背後へ移る。だが当然のように尻からも糸玉が発射されるのだった。
「よ、横からも糸が出てきたりしないよね?」
背後を取ったが魔獣は振り向かなかった。ナインは縦糸にゆっくりと降り立ち、そこから側面へと静かに移動を始めた。
足場の糸と杖で防御した糸玉の性質が違うのは明らかだった。蜘蛛と同じく糸の粘度や太さなどを調整出来るのだろう。
だがそれよりもナインが気になっていたのは、魔獣である敵が街の人々を捕えているところだった。
魔獣は人や街に被害を及ぼす災害の様な存在であり、食べる為に人を襲ったという生物的前例はない。しかしこの魔獣は人々を殺さずに巣に貼り付けているのだ。
「………」
ナインは側面まで来た。それからどうしようかと、攻撃方法を考える間を与えまいと突如魔獣がこちらに向かって走り出した。
「いきなりかよ!イッスン・ワンド!」
糸玉まで飛んできてたまったもんじゃない。ナインは杖の力で身体を小さくし、糸玉を避けて頭上を通過していく魔獣の腹にしがみついた。
突如敵を見失った魔獣は徐々に減速していき、不思議そうに周囲を見渡した。しかし小さくなり、さらに視線の届かない背中にいるナインを見つけられるわけがない。
ナインは頭部と胴体の付け根辺りまで移動。そして跳躍して縮小の能力を解除した。
(もらった!)
突き降ろした杖が魔獣に刺さる。しかし攻撃は浅く、刺さった根元から白い液体が漏れ出した。
「糸の原液か!」
突き刺したイッスン・ワンドは原液が固まったことで抜けなくなり、魔獣が暴れたことで背中からの離脱を余儀なくされる。唯一の杖が失われて、武器と能力を同時に失ってしまった。
魔獣は空中に向かって糸玉を連射。ナインは巣の糸が張られているビルの中へ飛び込み、長机を倒して身体を隠した。頭上を糸玉が通り過ぎていき、当たらないかどうかは運次第だ。
(こうなったら…)
しかし諦めてはいない。ナインは作戦を立てると、身を隠していた机の脚を握って盾代わりにして巣の上に戻っていった。