第10話 「…加奈子魂で頑張るしかない!」
単端市を囲うようにフェンスが張られたのは、危険な場所に一般人が立ち入るのを防ぐためではない。逃げ込んでいる不法移民者をそこから動けなくするためである。
そうして日夜メディアでここについてのネガティブなニュースを流すことで国民の注意はこちらに集まり、その間に政治家がスムーズに活動を行うのだ。
問題はその活動内容だ。日本の為に何かやるのならまだしも、私腹を肥やすか売国的行為ばかりでまるで今までと変わらない。
私は日本の味方だ。腐敗した政治の味方ではない。
「こちら阿弥陀蜘蛛、モグラを保護。トンネルの開通を確認しました」
単端市のとある一軒家。その地下にはナインさんに教えていない秘密の部屋がある。
彼女の魔法の杖を使うことでここを見つけにくくしているのだが、何だか恩人を騙しているようで少し申し訳ない。しかしこれら全ては、私達の愛する日本を守るためなのだ。
「保護したモグラはそちらで処分せよ。これより連絡は運搬機を利用しての文通のみとする。そのため今使用している受話器も同様に処分するように。尚、到着してから72時間以内にそちらから運搬機の発進が確認されない場合、任務は失敗となる。移民者の保護を諦めて南から単端市を脱出せよ」
「了解しました。万が一トラブルで運搬機が隧道で停止してしまった場合は?」
「心配するな。その場合は別のモグラが回収しに行く」
通信が傍受されている危険性を考慮してなるべく言葉を濁らすが、やはりこういったやり取りは得意ではない。通信相手も内心ヒヤヒヤしているだろう。
因みにモグラとは地中に専用の運搬機が通る為のトンネルを掘るマシン、小型運搬機通行用隧道採掘進機螺旋土竜の事だ。受話器は今使っている専用のガラケーを指している。
「それではこれで──」
「異世界や魔法、そしてこの世界の脅威となる魔獣。映像を観たが今でも信じ難い」
「しかしいずれも事実です。対策はそちらに任せます。今後も移民者を保護しつつ、得られた情報は全てそちらへ回します………よろしいですか?」
「…異世界からやって来たサキュバスの少女、ナイン・パロルートは信用に値するか?」
「はい。それに包囲された現状を打開するには彼女の力が必要不可欠です」
「そうか。ではそちらは任せたぞ。通信終了」
通信を終えた後、すぐにモグラとガラケーを魔法の杖で一片も残さないように処分した。杖を発動した事でナインさんが魔力に気付いたはずだが、おそらく私が廃都市のインフラ整備の為に利用したと思っているだろう。
待機しているとトンネルからホイール走行の運搬機が現れた。向こう側からこちらまでおよそ10分と言ったところか。
戦闘を想定しているのか、頼んでもいない拳銃Cz75と大量のパラベラム弾が入っていた。魔法の杖もあるし使う機会はないと思う。
それと頼んでおいた資料が入っていた。雨野瓶一に銃を与えた老人についてだ。あの夜の時間帯に活動していた政府関係者は少なからずいる。正体を絞り当てるのは時間が掛かるそうだ。
それとメディアに圧力を掛けたことで、この廃都市に関するニュースは僅かに減るそうだ。
不法移民者のニュースで外人の姿ばかり映されると、正式な許可を得て日本に住んでいる人達…いや、同じ日本人の印象も悪くなりかねないからな。
「…焼け石に水だな」
大きな行動を起こさない限り今の状況は変えられない。このままだと、やがてここに逃げて来た人達を擁護する声が枯れる。
そして海外で起きた歴史に刻まれるような迫害、虐殺がここ日本で繰り広げられてしまう。
それだけは何としても避けないと…
最悪の場合、全ての国を敵に回すことになる。自分から厄介払いしておいて、攻める口実となれば都合よく国民として扱う。
まったく、治安の悪い国のやりそうな手口だ。
「御弟子様!御弟子様!いらっしゃいますか!?」
外から私を呼ぶ声がする。急病?それとも暴動か?彼らでどうにもならないなら、私が力を貸さないと。
疲れてはいるが、休んでいる暇はない。
「…加奈子魂で頑張るしかない!」
私がやるべきことはここにいる人達の命を守る事。今はそれに最善を尽くそう。