第7話 急戦
ナインは銃を受け取った人物を尾行して壁の上を静かに進んだ。その人物はピストルを手に持って、早歩きで別の区域へ移動している。
狙いが何かは間もなく判明した。
(ここは流丘人の住む区域じゃないか!)
ナインは男が動かなくなった区域を見て困惑していた。
目的の区域に着いた男は、周囲を見渡して警戒をしていた。しかし頭上からナインに見張られていた事には気付けなかった。
この時間帯に活動している流丘人は一人もいなかった。
中心に位置するこの区域で騒ぎが起これば、銃の噂が一気に広がってしまう。そこから不安が募り、また大きな騒動となってしまうだろう。
(やる気かあいつ!)
男が銃を持つ手を掲げた瞬間、ナインは壁上から跳躍。上がった腕に飛び蹴りをぶつけた。
「抵抗するな!」
「なにっ!?」
警告を無視し、男は着地したナインの首を背後から締め付ける。CQCの心得はない彼女だが、その差を埋め合わせる力がある。
息が苦しくても諦めることなく、背中に力を込めて昆虫類の様な羽根を展開。男を引き剝がした。
「バ、バケモノか!」
「僕はサキュバスでキメラだ!…まだ魔物2種類分の力しか目覚めてないけど」
羽根を鳴らして威嚇しつつ、その意識は地面に落ちている銃に向かう。
引き金が引かれた瞬間にパニックは起こり、敵の目的は達成される。ナインの負けとなってしまうのだ。
突如現れた羽根を生やすバケモノに困惑した男だったが、相手との力量が近いと判断すると折り畳みのナイフを袖の中から素早く出した。
戦闘は続行。ここで少女を殺して引き金を引こうというのだ。
「ヤバいな…」
ナインはこれまでの戦いで散々無茶をしてきた。それは回復してくれる仲間がいたり、ダメージを受ける部位が義肢だったからだ。
しかし今は五体満足であり、回復手段は一切ない。別の場所を警戒している石動加奈子が来る可能性も低い。
そして一番の失敗は、ウエストバッグを装備していなかったことだ。
ピンチには何度も見舞われているがやはり慣れない物なのだろう。緊張は力強い開閉を繰り返す両手に表れていた。
羽根の準備運動が終わった瞬間、ナインは地面を滑空して男に接近する。そして繰り出したパンチは横へのステップで回避され、次の瞬間には左の羽根にナイフを刺されていた。
「うぐぅ!」
ナインは後方へ退き、馬鹿な真似をしたと後悔して羽根を畳んだ。
今回は地上戦で、それも接近戦を得意とする者が相手なのだ。それなのに羽根を広げるなど、ただ弱点を露呈させているだけだ。
「お前の目的はなんヲワァ!?」
質問に答える義理はない。そう答える様に男は接近してナイフを振り回す。これまで相手にしたことのない太刀筋に対応出来ず、引き下がるだけの少女はとうとう壁際に追い詰められた。
「やっっっべぇ!」
バケモノの胸に狙いを定め、男がナイフを一直線に走らせる。そしてナインは左腕を捨てる決意をした。
「この野郎ォォォォ!」
刺された苦痛を叫び声と共に吐き出す。そして怒りの右拳を男の顔面に打ち込んだ。顔がへこみそうな勢いの一撃。それを喰らった成人の身体は5メートル先まで大きく跳ねた。
ナインは止血するつもりで左腕を強く押さえた。それから抵抗されないようにと、着ていた上着を固く結んで男の両手を封じた。
「いってぇ~………ん?」
ナインは男に違和感を覚え、ライトで顔を照らした。そうして顔の形、髪と瞳の色などを確かめた。
「間違いない!こいつは日本人だ!」
いつからこの廃都市にいたのか、その男は不法移民者ではなく国民だったのだ。
壁の外から銃を渡して来た老人といい、事情を探る必要がありそうだ。ナインはスマホで電話を掛けて、現場へ来るように加奈子を急かした。