第3話 「あるあるだよね」
昨日、ナッコーは僕の杖を使って見事に魔獣を倒してみせた。その戦いを見た僕は、この世界には稀に物凄く強い人がいると思った。
そして今朝、その強さでは解決出来そうにない問題が発生したんだ。
「チェヨル人はこの街から出ていけ~!」
「全ての元凶はチェヨルのガモンだー!」
大勢いるシーノ人が敵対民族であるチェヨル人に対して差別運動を始めてしまったのだ。シーノは怒号をぶつけて石を投げているが、対するチェヨル人は数が少なく抵抗する事も出来なかった。
「ウォール・ワンド!」
僕は思わず、杖を振って2つの民族の間に文字通り巨大な壁を造ってしまった。高さ5メートルほどの鼠返し付きだ。そう簡単には登れないだろう。
「やめろよ!」
「口出し無用!邪魔をするならいくら魔女様でも容赦しないぞ!」
「この邪魔な壁をどかせー!」
魔女…そんな風に思われているのか。
まあ僕の事はどうでもいい。興奮しきったこの人達を落ち着かせないと!
「何があったか分かりませんけど、暴力はよくありません!一度その手に持ってる武器を降ろしてください!」
しばらくの間、シーノの人達は物を投げてきた。しかしいくら暴れたところで道を塞ぐ壁はなくならないと理解すると、全員自分達の住処に戻っていった。
結局、なんで暴動に発展したかは分からず終いだ。
なので総勢20名のチェヨル人に話を聞いた。シーノとチェヨルの子どもが喧嘩をして、そこから親同士が口論を開始。気付けば民族同士の争いにまで発展していたようだ。
どうやって仲裁しようかと考えていると、壁の反対側からナッコーの声が聞こえてきた。
「ナインさん!大変です!」
「ナッコー、どうしたの?」
「流丘人とドレネザ人が衝突!負傷者も出ています!」
「なんだって?!すぐ行く!」
シーノとチョエルの問題を解決出来ないまま、また別の国民同士が争う現場へ向かう。
僕は魔法で争う人達を遠ざけつつ、歪な形をした壁を建てていった。そして先程と同じように、僕に対してのブーイングが起こった。しかも今度は両方の人達からだ。
「ナインさん、治療に使える包帯が欲しいです!」
「それぐらいなら用意出来るよ!この綿紗魔法の杖ガーゼ・ワンドなら、ナッコーの魔力から包帯を生み出せるんだ!使ってくれ!」
高所から投げ渡した杖を見事にキャッチするナッコー。怪我人の手当ては任せて、僕はシーノとチョエルの問題を解決しに戻らないと。
パァン!
「ピストルの音!方角的にエトーラ人、リュロウガス人、アクデノラ人の三国民が集まるエリアです!」
「ハァ!?」
なんでだよ!いくらなんでも銃声がするのはおかしいでしょ!
銃声がしたエリアに着いた僕はファイア・ワンドで巨大な炎を発生させ、暴れる人達の前に降り立った。
「おいっ!銃を撃ったのは誰…えええええ!?」
犯人を捜そうと思ってたのに、み~んな銃を持ってるよ!?一体どうなってんだこりゃ!どこから持って来たんだ!
「ウォオオオオル!」
これ以上争いが広がる前に壁を建てた。原因は分からないけど三つ巴で争っていたらしい。
それからすぐ、ポケットに入っているスマホが震えた。もう嫌な予感がして慌てて電話に出ると、やっぱりナッコーの悲鳴が聞こえた。
「クレイマートンとセイトリーの人達が!」
「分かった!」
それからはもうヤケクソだった。争っているその2つの国だけでなく、これから争い始めそうな人達は勿論、さらに仲良くしている人達の間にも壁を設けた!
とにかく壁!壁!壁!
その結果、夕方頃には以前までの面影が残っていない単端市へと変貌を遂げていた。
「カイコ育てる時に使うまぶしみたいになっちゃった…」
壁の内側では、反対側にいる人達に向かって暴言を叫んだり、せっかく建てた壁を登ろうと梯子を組み立てている人達がいた。
「これ以上はもう…」
泣き言は駄目だ。ナッコーは全部の地区を巡回して怪我人の治療を頑張っているんだ。
なんとかして暴れる人達の行動を制限出来れば…
「そうだ、クラウド・ワンドで…」
雲を発生させるクラウド・ワンドで、単端市全域に雨雲を広げる。そしてその雨雲をクールダウン・ワンドでエンチャント。
触れたら興奮が冷める雨、ダウナーレインの準備が完成だ。
「僕は…浴びないようにしないと」
雨が降り出す前に廃墟の中へ。そこには家族らしきグループが身体を震わせていた。
「大丈夫ですよ。もうすぐこの騒動は収まります」
そんなことを言っても気休めにならないだろう。彼らは身の回りにいる同族達がひどく暴力的という事を知ってしまったのだから。
そしておよそ1時間、魔法の雨が降り注いだ。雨が止む頃には誰もが暴れる気力を失い、虚ろな瞳で壁を見上げていた。
「魔法使うなら言ってくださいよ…」
「ごめんごめん…」
びしょ濡れのナッコーは作業を続けていた。
誰だって気分が下がればネガティブになって、やっている事の意味を感じられなくなる。それなのに彼女はこんなどうしようもない悲惨な状況の中におかれても尚、治療を続けていた。
なんて精神力をしているんだ。
「どうなっちゃうんでしょう。壁を立てて民族間での争いは収まりました。けどこの調子じゃ、今度は民族内での内輪揉めが起こりますよ…ここに逃げて来た人達は自分達の立場を分かってない!不幸だったからってワガママ過ぎます!」
「それすら考える余裕がないってことだけは分かってあげて欲しいな…」
「分かってます、分かってます…ちょっとイライラしてただけです。ごめんなさい」
流石に限界が来たようで、ナッコーは座り込んだ。僕は歩けなくなった彼女を背負いアパートまで歩き始めた。
「アノレカディアはどうなんですか?差別とか、戦争とかってありますか?」
「いっぱいあるよ。魔族だからってキッツいこと言われたりした。無限に広がるアノレカディアでもそうなるんだ。大勢の人が住むには単端市は狭すぎるよね」
「元いた国に帰って欲しいです。どうしてわざわざこんな小さい国に集まるのか。事情があるのは分かりますけど、ハッキリ言って迷惑です」
「あるあるだよね、どんな場所でもこういうことって…」
「あるあるって…当たり前になっていいことじゃないですよこんなの!ここに集まった人達は全員社会的弱者だ!国は難民受け入れだとか言ってるくせに何もやらない!受け入れてそれでおしまい!ここにいる人達は誰も救われてないじゃないですか!片付けが下手な人と同じだ!積み重なった本をただ違う場所に移しただけ!こんなの受け入れじゃない!解決出来ない問題を本来あるべき場所から移し変えただけだ!」
明日になったらまた暴動は起きてしまうだろうか。しかし忘れてはいけないのは僕はパロルートなんだ。
例え世界が違っていたとしても、ここにいる人達を助ける努力を続けよう。