第1話 「大変な事情があるんだね」
僕はシュラゼアで、記憶から失われていた親友と大切な思い出を取り戻した。そして封じられていた脅威から国を守り抜いた。
だがこの世界に戻ってきた僕を待っていたのは、これまでとは別ベクトルでの戦いだった。
僕はナッコーから事情を聴いた。
僕がシュラゼアへ旅立ったあの日、この日本で不法移民者を送還させようという全国規模のデモ活動が始まったそうだ。
デモから逃れようと彼らは大移動を開始し、人が消えて誰もが忘れかけていたこの単端市に終結した。
自分達に文句を言う人間が住んでいないここなら、もうしばらくは滞在出来るだろうと移民者達は語ったそうだ。
「僕、光太に会いに行ってくる」
「いけません!怪我もそうですが体調もおかしいですし、何かの感染症にかかっているのかもしれませんよ!」
「で、でも………うん、分かった」
光太は魔獣と戦って入院した。生きていてくれて安心した。
ここまで話して一つ気になる事があった。
「アパートの前に立ててあったバウンダリーバウンド・ワンドってナッコーが用意したの?ややこしい能力なのによく起動できたね?」
「はい、黒金君に魔法の杖が入ったバッグを渡されて、最初はただ手探りで杖を練習していたんです。そんな時、色んな杖の使い方が載っている説明書のような装飾をした魔法の杖が出て来たので、それを参考に」
………あ~杖取扱説明魔法の杖ワンドマニュアル・ワンドだな多分。そういえばあったなそういう杖。
「数日後には単端市を囲うようにフェンスと検問が張られることになります。今後移民者をどうするか、徹底的に討論して策が浮かぶまで、誰一人として絶対に逃がすつもりがないとか」
「大変な事情があるんだね。そこまで大掛かりな事をするなんて…」
ん?誰一人…
「僕達、市外に出れるよね」
「いいえ。通告を受けても尚、単端から去らなかった私とナインさんにはここに来た人達に協力した疑いがあるとかで…黒金君はあの状態だったので、病院がある隣町へ移してもらえましたけど」
つ、通告!?なんのことかさっぱり知らないんだけど!
「ナインさんお願いです!魔法の杖でここにいる人達を助けてあげられませんか!?外部からの支援は受けられそうになく、このままでは彼らは野垂れ死んでしまいます!逃がさないための検問設置とは言ってますけど、国はここに逃げた人達が手を出さずに全滅することを狙ってるんです!」
「なんだって!?分かったよ!僕の杖で助けられるなら協力する!」
ふざけた杖ばかり作ったけど、どれも困っている人を助けるための杖だ。
役に立てるなら何だって使ってやる!
「ありがとうございます!」
そして部屋を出た僕達は、市内にいる人達へ生活するのに必要としている物を魔法で出した。
「家が必要だ!このままだと夏を乗り越えられない!」
「はいはい、それじゃあそこの崩れた家をこのリペア・ワンドで…修復!電気と水はもうちょっとだけ待っててくださいね」
「お腹が空いて…何か食べられる物を…あっ豚は食べられないんです…」
「だったらこれっ!ランチボックス・ワンド!豚抜き特製弁当を召し上がれ!」
「新しい服と…あと、シャワーが浴びたいんだけど…」
「はいっ!クローズ・ワンドで新しい服を用意!それから…シャワーが使える小屋だね!」
僕の魔法の杖で出来る事は限られている。服を用意することは簡単でも、今リクエストされたような施設を造るには少しばかり工夫が必要になる。
小屋を建てる杖、シャワーとして扱える杖とそれを増産できる杖。さらにシャワーを取り付ける為の杖と使い方のイラストを描く杖と…
なんて丁寧に説明したら日が暮れてしまう。実際、シャワー小屋を建てている間にも夜が訪れていた。
「あーしんど…シンドイシンドロームだよ」
僕の身体にある魔力がどんどん衣食住へと変換されていく。このタイミングで魔獣が出たらヤバイな。
「あっ」
角を通じて嫌な魔力が僕に伝わる。
「どうかしましたか?」
「魔獣、出てきちゃった…」
魔力もない。光太がいないし超人モードにもなれない。これはマズイぞ。