「俺が戦わなくてどうする!」
これはナイン・パロルートがシュラゼアへの冒険を始めた直後、黒金光太のいる街で起こった変化と魔獣との戦いである。
ナインがアノレカディアへ旅立って数時間後。俺のいる単端市に異変が起きた。
(なんだあれ…パレードか?)
大勢の人がこの街にやって来たのだ。しかもその風貌を見る限り全員外国人だ。
壊滅した街を観光にし来たのか?流石は悲劇不幸を美談にしたがる連中だ。せいぜいポイ捨てしないでと願いたいけど、まあ無理だろうな、外人だし。
「黒金君!いらっしゃいますか!?大変なんです!」
「石動さん、どうしたの?」
やけに慌てた様子で石動が尋ねてきた。
虫でも出たのかな?よぉしここでカッコいいところ見せて好感度上げるか!
「テレビ点けてください!ニュースニュース!」
「え?虫じゃないの?」
そうしてテレビを点けると、ちょうどそのチャンネルでニュースが流れていた。
「あれ?単端市じゃん。映りに行こーぜ」
なんて最初は茶化す余裕があったのだけど、その内容を見ている内に笑える状況ではないと理解した。
なんと住民がいなくなってから国がロクな処置もせず放置していたこの街に、日本中の不法移民者が集まって来ているのである。
「ええええええ!?」
ヘリコプターから撮影されている映像では、空き家となった民家に荷物を運び込む人や、公園にテントを開く人、シートを広げて露店を始める人がいた。
ヤバいぞ!俺達のいるこのアパート、一見すると人が住んでるのか怪しいくらいボロボロなんだ!このままだと荒らされる!
「石動さん!」
「はいっ!」
「このアパートに生活感を溢れさせるんだ!っていうか日の丸掲げちまえ!」
俺は洗濯物を干してアパートの周りを軽く掃除。石動はアパートの各所に日本の国旗を立てると、仕上げに様々な原語で『ここに日本国民以外が立ち入る事は禁じられています』といった文が書かれた看板を立てた。
「大使館の出来上がりぃ!」
「ずいぶんみすぼらしい大使館ですね…」
そしてテレビの前に戻ると、俺達のボロアパートが映っていた。こうして見るとちょっと派手にし過ぎた気がした。
石動は俺達が法に則ってここに住んでいる事を証明出来るようにあらゆる資料をまとめてくれている。
これでどんなやつが来ても俺達の正当性を認めさせてやれるぜ!
「お~外人達がアパートの前に来てるぞ」
生活感溢れる大使館チックなアパートに注目している。そうだ、そこに足を踏み入れた途端にお前達は住居侵入罪で御国に送還だ。
「へっへっへ」
しかし俺は外国人という存在をナメていた。
こいつらはマナー最悪の旅行客などではなく、社会的に追い詰められた難民達だったということを…
「何ぃいいいいいい!?」
「どうしたんですか!?」
なんとこいつら、看板を蹴破って敷地に侵入!干してある衣類を手に取ると鞄に詰め込み始めやがった!それだけじゃなく、鍵が掛かってる物置をブッ壊してそこにある物まで!
このままの勢いだとこのアパートにも上がって来るぞ!
「テメェらアアアアア!」
部屋を出て怒号をあげて脅しをかけた。しかしこいつらは一瞬俺の方を見てから、そのまま無視して物置を漁るか、挑発するようなハンドサインをしてきやがった。
「死ね!おいゴラ死ね!あぁ悪い日本語伝わんねえよな!頭悪くて国でやれる仕事ねえから日本来たんだもんな!」
人の敷地に入って好き勝手しやがって!許せねえこいつら!今すぐブッ殺してやる!
「待ってください!今魔法の杖を使ったら全国に流れちゃいます!一旦冷静に!」
俺と違って落ち着いた様子の石動がバッグに伸びる腕を押さえた。
危ない危ない…大体、差別発言連発したけど主人公がこれじゃこの先やっていけないぜ。
「ところで足元のそれはなんだ?」
「香辛料を混ぜて作った特製の催涙弾です」
催涙弾…俺の回りには物作りが出来るやつが多いな。
「はい、これガスマスクです」
「あぁ今使うんだね。ありがとう」
「この催涙弾には特殊なコーティングがしてあって、専用のレンズを通して撮影しないとカメラには映らないんですよ」
「つまり?」
「敷地に不法侵入した人達の足元から突然煙幕が発生。私達はその瞬間ここにいただけの目撃者として報道されることでしょう」
そして石動は催涙弾を集団に蹴り入れた。
「アアアアアアアアア!?」
「オオオ!?オオオオオ!」
それからは実に愉快だった。好き勝手やってくれた侵入者達が悲鳴をあげて、次々と逃げ出したのだ。
「ギャアアアアアアアア!」
「あ~愉快愉快!オメーら!毎日風呂に入る習慣があるかどうか知らないけど、今日ばっかりはちゃんとシャワー浴びる事をオススメするぜ!石鹸だったらそこにあるの使っていいからよ!あっ悪ぃ~!それただの石ころだったわ!」
「黒金君大変です!テレビ見てください!」
石動に引っ張られてテレビの前へ。映っている景色は変わらず単端市だが、注目されているのは移民者達やこのボロアパートではなく、1体の怪物だった。
「魔獣じゃねえか!」
「魔獣って、皆さんが戦ってる化け物でしたよね…話には聞いていましたけど、初めて見た…」
どうする。ナインを呼び戻しに行くべきか?
あいつと協力して戦った方が…
いやダメだ!あいつの邪魔をしちゃいけない!この魔獣は俺の手で倒すんだ!
「この距離なら走れば5分か…」
「同行します!」
「危ないから来るな!」
「事情は知りませんけど今はナインさんいないんでしょ!あなた1人で行かせる方が危なっかしいですよ!」
「…自分の身は自分で守れよ!ナインと違って守ってやる余裕はないからな!」
俺達は全力疾走でスーパーマーケットの廃墟にやって来た。
そこでは放置された商品を狙っていた人達が四足歩行の巨大な魔獣から逃げ惑っていた。
「避難誘導は私が!イィィィィィィハァァァァァァァ!」
すると突然、白い布を広げた石動が奇声をあげた。
そうか!原語が伝わらなくてもジェスチャーなら伝わる!石動は身振りでこっちに来るように知らせてるんだ!
「馬鹿だと誤解されたくないので一つ!私はここにいる人達全員の使用言語に合わせて話せる自信があります!」
「そりゃあ凄いな!」
俺も負けていられない。まずはここにいるやつらがダメージを受けないよう、魔獣からヘイトを稼がないと!
「早速杖で──」
「待ってください!まだテレビ局のヘリコが飛んでます!」
ブロブロブロというローターの音は聴こえている。しかし被害を抑えるためにもここは使わざるを得ない!
「ダメです!もう少し待ってください!」
ダメ!?そこまで言うなら…あんまりやりたくないけど、アレをやるしかない!
「上手くいけよ!」
意識を集中させる。これから俺と魔獣の心を繋げる。
俺が持つ能力は正確には魔獣を操るという物なのだが、そのためにまずは魔獣を繋がる事が必須となる。
魔獣と繋がる事でその個体の名前や能力を知る事が出来るが、操れるのは僅か数秒間ほど。
まだまだ謎が多いこの能力は戦いの中で研究していくしかない。何せ魔獣という害ある存在を操る能力で、練習のしようがないからだ。
「くっ…!」
間もなくして現れたドクドクとした嫌な感覚…魔獣との接続に成功した!
こいつは突進魔獣フラボ・ウスケ。能力はその2つ名通り突進だ。
「よぉし!だったらそのままスーパーの方に…おい!逃げろよ!」
なんてこった!建物にぶつけてやろうとしたらまだ逃げ遅れたやつらが残ってやがる!
「しまった!繋がりが切れた!」
僅かな間、静止していた魔獣だったが再び暴れ始めた。しかも逃げ回る人々ではなく俺を狙っている。
「たった今テレビ中継が切れました!魔法の杖オッケーです!」
なんだか分からないけどナイスタイミングだ!
俺は腰に巻いているウエストバッグに手を入れる。このウエストバッグの本来の持ち主は俺ではなく、ナイン・パロルートというサキュバスの少女だ。
この中には彼女が作った魔法の杖が数え切れないほど入っている。しかし俺は彼女と違って、中から望んだ杖を取り出せない。
つまりこの突進を防御出来るかは運次第というわけだ。
「良いのが出ろよ…!」
そして抜いたのは緩慢魔法の杖スロー・ワンド。これならあいつの動きを鈍化して避けられるぞ!
「喰らえ!」
その瞬間、魔獣の動きが歩道を渡る年寄りぐらいゆっくりになった。その間に魔獣が走る直線上を外れてから攻撃に転用出来る杖をバッグの中から探した。
鈍化と攻撃を繰り返していけばこの戦いは勝てる。
「って時間切れか!」
魔獣のスピードが元に戻り目の前を通り過ぎて行った!
鈍化させられるのはおよそ7秒間。余裕はあるけど油断はしない!
「もう一度…良いのが出ろよ!」
次に引いたのは見たことがない杖だ。どんな能力かと思って振ってみると、パンッ!という大きな音を鳴らして先端からキラキラした物が噴出。
まるでパーティーで使うクラッカーのようだ。
「って何くだらない杖で魔力消費させとんじゃい!」
再び迫っている魔獣向けてにスロー・ワンドを振って攻撃を回避。しかし避けているだけでは戦いは終わらない。
「次こそ頼むぜ…」
入れ替えて引いたのは見覚えのある杖だ。確かこいつの能力は…
「喰らえ!」
アスファルトが変形して大きく鋭いトゲが発生。スローモーションだった魔獣を真下から突き上げ、更に無数のトゲが魔獣に突き刺さった。
トゲを発生させる棘魔法の杖スパイク・ワンド。俺でも簡単に敵を倒せる便利な杖だ。
「…やったか」
絶命した魔獣が光になって消えていく。なんとか、俺一人でも倒せたな。
「黒金さん!建物の方に変なやつが!」
「なにッ!?」
なんということか、魔獣はもう1体いたのだ。人の形をした魔獣は、スーパーから逃げ遅れた人達に危害を加える寸前だった。
「スロー・ワンド!」
間一髪のところで魔獣の動きを遅らせた!我ながらナイスプレーだ!
「おい!?早く逃げろよ!」
何やってんだあの馬鹿共!なんで逃げないんだ!まさかパニックに直面すると動けなくなるっていう凍りつき症候群ってやつか!?
「皆さん!逃げてください!」
「寄るな石動!」
石動は動けなかった人達を突き飛ばした。もしも魔獣の動きが元に戻ったら、攻撃を喰らうのはあいつだ。
「スローの重ね掛けを…うっ!?」
スローとスパイク、特に強力なスローの方が消耗が激しかったのだろう。もう杖の力を行使するための魔力が身体に残っていなかった。
あと何秒スローは維持される?こうなったら俺の力で魔獣を止める!
「繋がれッ!」
個体名は…□て-$A魔獣エノラ・ナイエ!?
なんだこいつ!二つ名が分からない!それに能力も不明だ!
今までこんなことはなかった!なんだこの魔獣は!?明らかにこれまで戦ってきた魔獣とは何かが違う!
「くっ…自分の首掻っ切って死にやがれ!」
最終手段である自害を魔獣に指示した。これで俺が命令した通りにあいつは自分で首を傷付けて死ぬ。
死ぬ時の感覚が俺にまで伝わってくるのが嫌だけど、誰かが死ぬよりかはいい。
しかし魔獣はその場で静止したまま、俺の命令に通りに動かなかった。
「指示を拒否されたのか?…石動!早く逃げろ!」
石動は逃げ遅れた人達を連れて、魔獣から離れていった。
「…うりゃあああああ!」
動かない今がチャンスだ!魔法はもう使えないけど、スパイク・ワンドで直接殴れば倒せる!
静止していた魔獣の頭に、何度もトゲの付いた装飾を叩きつけた。
「どうだ!」
「…ググゥ」
効いていない。リアクションを見せない魔獣はスパイク・ワンドを掴んでいた俺ごと持ち上げて、近くに停まっていた車に投げ飛ばした。
「がっ!…やっぱ俺なんかじゃあいつには…」
一撃喰らっただけでこのザマか…俺ってば弱いなぁ…
「なにやってるんですか!逃げてください!」
見て分かんないかよ石動…俺はもう…
コンッ
魔獣の身体に空き缶が当たった。その次にサッカーボールが命中した。
逃げたはずの人達が戻って来て、彼らなりに魔獣と戦い始めた。
「君がいなくなったら誰が魔獣からこの世界を守るんだ」
「再び発生する魔獣やいずれ来るであろう新たな敵がどれだけ強大だろうと、そいつからこの世界を守ってくれ」
そうだ、俺はそのためにこの世界に残ったんだ。魔獣から世界を守らないといけないんだ。
「なのに…俺が戦わなくてどうする!」
敵は目の前、もう魔法の杖を変えている時間がない。
こうなったらもう一度強く訴えて、魔獣に自害させるしかない!
「グオオオオ!」
「うおおおお!ッアアアアアアアアア!?」
俺は魔獣のパンチに合わせて左腕を撃ち込む。だが一瞬で力負けしてしまい、腕の先から折られて肩をペシャンコに押し潰された。
左肩から全て失くなった。けれど名誉の負傷、ナインとお揃いで悪い気がしない。
「喰らええええええええええええ!」
ここはお前達がいるべき世界じゃない!
そして存在を強く否定して殴ったからなのか、魔獣は俺が触れていた場所からボロボロと崩壊した。しかし頑丈な身体だ。俺の右腕が凄い向きに曲がってしまった。
それにもう、これ以上は意識を維持できない…
「黒金君!もうすぐ救急隊が到着します!だから頑張って!」
「石動…さん…任せる…」
責任を押し付けるようで申し訳ないと思う。けれどナインが帰ってくる場所を守るためだ。
最後の力でウエストバッグを外し、それを彼女に持たせた。
今ここを守れるのお前しかいない。頼んだぞ。