第2話 「人に迷惑を掛けるなよ」
もう朝か…ちゃんと寝たはずなのに、昨日色々あったから疲れてるな。
「おはよ~!朝ご飯作っておいたよ!」
昨日、魔法の力で俺の両親を海外赴任させたサキュバスのナインは朝食を用意していた。
いや~昨日の出来事は夢じゃなかったか…夢だったらどれだけ良かったか…
「俺、これから学校なんだけど。お前どうするの?」
「家事をするよ!」
「そりゃ居候なんだから当然だよな。別に誇らしげに言うことじゃねえよ…じゃなくて!修行でこの世界に来たんだよな?」
「まあ、そんな感じかな」
「魔法の修行をするなら…場所は選べよ。人に迷惑を掛けるなよ。絶対に悪い事に使うなよ」
「別に悪さをしに来たんじゃないんだけどな…」
きっと街の人が魔法を見たらパニックが起こる。こういう事はちゃんと言っておかないとな…
「僕は立派なサキュバスになるために修行に来たんだ」
その一言を述べた一瞬、ナインの瞳に強い意思が宿っていた気がした。まるでインタビューを受けるスポーツ選手が勝利を誓うような…
「それじゃあ行ってきます!」
「いってらっしゃーい!」
彼女が元いた世界アノレカディアと俺の知る常識はほぼ同じらしい。ナインが悪人でなければ、トラブルは起こらないだろう。いや、あいつは悪いやつじゃない気がする。
俺の通う転点高校は至って普通の学校だ。レベルは高くも低くもない。
「はぁ…」
本当はスポーツ推薦で目指してた高校があったんだけど、中学の頃に怪我をして諦める事になってしまい、仕方なくここに来た感じだ。
そんなわけで入学して1ヶ月、俺は未だに友達1人作れず、知り合いもいないので孤立した毎日を送っている。
現時点でいじめとかがないのは良い所だけどな。
俺はてっきり、転入生とかになってナインが高校に来ると身構えていた。しかし彼女は姿を見せることなく、普段通りの午前授業を受けることになった。
俺は心のどこかで、あいつが来ることを期待していたのかもしれない。
「昼か…」
昼食の時間だ。俺は孤独に怯えず、教室のど真ん中である自分の席で堂々と弁当を食べる。
それにしても今日からナインの弁当を食べることになるのか…
ちゃんと食えるよな?恐る恐る、俺は弁当箱の蓋を開けた。
「…んだよこれ」
半球の物体が入っていた…明らかに食べ物ではないぞこれ。箸もないみたいだし…
とりあえず手に取ってみるしかなさそうだ…
そして俺は無意識の内に手品をしてしまったようで、弁当箱の中から巨大なスプーンを取り出してしまった!
「え…え…」
周りの同級生が引いている。こいつは一体なにをやってるんだと。俺も知りてえよ。
きっとこれは魔法の杖だ。巨大なスプーンのよう見た目をしているが間違いない。しかしこれで何が出来るんだろう?
「弁当箱の底に何か文字が…」
あいつ、人がいつも使ってる弁当箱に文字を彫りやがった。
「これはグッドランチ・ワンド!名前を呼ぶとその料理が出てくる魔法の杖!想いが強いほど美味しくなるぞ!」
自分が人前で魔法使えないからって俺に使わせるつもりかよ。とりあえず場所を変えよう。デカいスプーン出して今更だけど、ここじゃ騒ぎになる。
「ねえ、やらないの?」
「うわあああ!誰!?」
「誰って…クラスメイトだけど」
「話もしない同級生の名前なんて覚えてるわけないだろ!」
「うわっ暗い人だとは思ってたけど、マジで陰キャのパターンだよ、それ」
「やめてあげなよユッキー、オタク君可哀想だよ」
「いや俺、別にオタクじゃないし…っておい!」
女子生徒が俺からスプーンを取り上げた。それなりに重量があるはずだけど、軽々と振り回している。
「大きなスプーンだね~…これ、魔法の杖なんでしょ?」
「ねえちょっと返してって!」
取り戻そうとした途端、視界が上下逆さになり、床に身体を打ち付けた。どうやら格闘技を喰らったらしい。
「いきなり触らないでよ」
「いってー…魔法なんてあるわけないじゃん」
「でもさっき、お弁当箱からこの杖出してたじゃん」
「ユッキーそれ手品だよ。皆に見せたかったんだって」
もしかしたらそこのチャラ男の言う通りかもしれない。この場で杖を引っ張り出したのは、きっと目立ちたいという気持ちがあったんだ…
「それじゃあ…プリン!」
ユッキーと呼ばれる女子が声にして呼ぶと、皿に乗ったプリンが出現した。それも、かなり大きい。
「えっ…嘘でしょ!本当に出てきた!」
「すっごーい!デッカイプリン!高そうなやつ!」
「え?どういうトリックなわけ?」
ナインに注意しておきながら、俺のミスで早速騒ぎになってしまった…
「もういいでしょ。ほら、杖返して」
「ちょっと待った!さてはそのプリン、机の中に隠してたねぇ?」
「机の中にこんな物入るわけないでしょ!」
「貸してみ?本当に魔法なら俺が欲しい物も出してみろよ!黒毛和牛ステーキ!」
今度はレストランで見るステーキが出てきた。それもソースのおまけ付きだ。
「すっげー!マジに魔法じゃん!…あれ、急に力が…」
おいおいおい!どうしたんだ急に!チャラ男が倒れた!とりあえず保健室に連れて行かないと…
「この男子魔法の才能ないね。今ので体力切れて倒れちゃったみたいだよ」
「そ、そうなのか………ナイン!?お前どうしてここにいるんだよ!」
「いや、入学の手続きをするついでに君の様子を見に来たんだよ」
入学ってこいつ、この学校に通うつもりなのか?
「なんだあの子…」
「オタク君の知り合い?」
「お前の杖のせいで滅茶苦茶だよ!どうしてくれるんだ!」
「ごめんね…それじゃあこれを使おう!」
そしてナインは、以前のようにウエストバッグから新しい魔法杖を取り出した。
柄は紐のように細々としていて、先端には真っ白な球体が付いている。まるでこれは…
「爆弾だ!」
「これはリセットアンドネクスト・ワンド!今日をぶっ壊して無理矢理明日に出来るんだ」
「今日を壊す!?お前なにそんな恐ろしいことしようとしてるんだ!」
「えいっ!」
ナインが杖を振った瞬間、この宇宙全てを焼き尽くすような大爆発が起こった。そして彼女は酷く怯えていた。きっとそれだけ、俺の顔が怖かったんだと思う。
地球が燃えていく…太陽系が…銀河が…宇宙が終わる時はこうもあっさりなのか。まるで冷たい麺を啜るように…
「あ~!良く寝た!」
今日は気持ち良く起きれた!昨日はナインが学校に来るって話になって大変だったな~!
「ようナイン!おはよう!」
「お、おはよう…良く寝れたみたいだね」
「…じゃねえよお前!昨日は何やらかしてくれたんじゃー!」
「ごめんなさあああい!」
てか昨日、宇宙滅んだよな!一体なにがどうなってるんだ!?
「あのワンドはリセットするワンドなんだ。つまり君のクラスメイトは魔法の杖や僕の事を忘れて、入学の話も取り消しになっちゃった…」
「なんだそうか!良かった~!いや良いわけねえだろ!次あんなふざけたことやってみろ!お前をこの家から追い出してやる!」
「やってみろよ…魔法も使えない陰キャが」
こいつ…!絶対いつかギャフンって言わせてやる!
でもまあこうして、俺はこれまで通りの1日を送れるようになった。ナインは「迷惑かけたくない」と学校に来る話も無しになった。
「あっ…今日の弁当どうなんだろう」
今日から本格的に始まったナインの手作り弁当は、米なしで冷凍食品だけというあまりにも手の抜かれた物だった。
くたばれ居候!