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サキュバスのナイン・パロルート  作者: 仲居雅人
トッテンカン鉱国
199/311

第3話 海底からデスマッチ!

 呆気なく海賊達に捕まってしまったナイン。彼女は今、真っ暗な部屋に閉じ込められていた。


「助けも呼べないし…困ったな…」


 扉に付いた小穴から僅かな光が差している。この部屋には彼女以外に誰もいない。それなのにナインはすぐ近くに強い魔力を沢山感じていた。


「…うわあああああああああ!!!」


 突然、正面の壁が消えて深海の景色が映し出された。驚いていたがこれは映像だ。

 壁に映る深海の魔物達が襲って来ないと気付くと、ナインは息を吐いた。


「驚かせたねぇ」

「海坊主!」


 海賊団の船長であるラカン・ダインシャが横から歩いて現れた。その身体は深海の魔物よりも大きく、彼こそがこの海底の長だと思わせる程の風貌だ。


「残念だったね。僕を人質にしたところでパロルートは止まらないよ。お前達があの島の人達に迷惑を掛けてるって知ればすぐに壊滅さ」

「この無限に広い世界にあるちっぽけな島にパロルートが通り掛かるのはいつだろうねぇ。それまでに解散してなきゃいいけどぉ」


 会話のペースは向こうが掴んでいる。今なにを言ったところで脅しにも聞こえないだろう。


「ところでぇ、本当にパロルートなのぉ?」

「そうだ!僕はナイン・パロルートだ!」

「そうかぁ…パロルートって困ってる事を解決してくれるんだよねぇ?だったらぁ俺の頼みも聞いてくれないかなぁ」

「海賊団を解散して自首するなら聞いてやる!」

「君は強気に出れる立場なのかなぁ?」


 ラカンの言う通りナインはどうこう言える立場ではない。島の人達に危害が及ぶとなれば尚更だ。


「…分かった。聞いてやる」

「話が分かる人で助かるよぉ…それじゃあぁミナヨシ、マリンベル、その子にダイバースーツを着せてエントランスまで連れて来てねぇ」


 ナインはラカンの手下に海底用の潜水服に着替えさせられ、海への出入り口であるエントランスまで移動。

 そこでさらに、潜水服にオプションを取り付けられた。


「僕に何させるつもりだ!」

「船長に聞け!このガキ!」


 海底に出るとすぐにラカンの巨体に視線が入った。秘密兵器を用意したとはいえ、こんなやつと戦おうとしていたのかと、冷静になったナインは自身の愚かさを理解した。


「やぁ。それじゃあ魔物退治を依頼するよぉ」

「魔物退治…?」

「この海底にちょっと厄介なやつがいてねぇ。上級魔族の俺ですら敵わない相手なんだぁ」


 魔族に上も下ないのだが、この男は自分が地位の高い魔族であると勘違いしている。差別意識を持っているうえに賊に堕ちているとは、何とも救いようのない海坊主である。


 しかしナインはそんなこと意にも介さず、魔物の事を考えている。これからとんでもない相手と戦うことになるのに、冷静さを欠いていられないからだ。


「魔物はオウサラルーサウミグモだぁ。一般的な個体より大きいからぁ、俺達はそいつに名前を付けたぁ。波奏(なみかなで)のエリンシェェ…」

「ウミグモかよ…しかも異常個体って冒険者協会に通報案件でしょ!」

「俺らぁ犯罪者だぞぉ?」


 ウミグモは海に生息する蜘蛛の魔物だ。海底に生息するオウサラルーサウミグモは成体で全長およそ5メートルほど。脚は頑丈なので胴体を狙うしかないが、下手に近付けば開いた口に吸い込まれ、噛み殺される。

 この戦いにおいてナインに勝機はない。海賊達は自分達に敵意を持って攻撃してきた小娘が無惨に喰われる光景を見たいだけで、ウミグモはどうでもいいのである。


「それじゃあぁ誘導音波発射ぁ!…俺は陰に隠れるぞぉ」


 海坊主はアジトの陰に身を潜めた。

 その場に一人残されたナインは異常な感覚の魔力に警戒心を強めた。


(何かが近付いて来てる…)


 頭部のライトによってここへ来た時よりも景色はよく見える。しかしいつまで経っても敵は姿を現さなかった。


(…おかしいぞ。さっきまでいたはずの魔物達がいない!)


 既に魚の魔物達は逃げた。野生の魔物達から言わせてもらえばおかしいのは彼女だ。

 何故、逃げることなく敵の接近をそこまで許してしまったのか。


「…おいおい、そういうことかよ」


 気負けしないよう笑顔を作るも顔は青ざめ冷や汗が流れる。


 魔力は感じられても視角では捉えられない。既に頭上には胴体があり、8本脚に囲まれているのだろう。

 ナインは既に波奏のエリンシェとエンカウントしていた。さらにオウサラルーサウミグモが最も獲物を食べやすいとしている胴体の真下にいた。


「…あ、あれ?」


 そして攻撃も喰らっていた。当然の目眩に襲われた彼女は膝を付く。すると周りの砂粒が浮き上がった。


(そうだ、ウミグモの口はタコと同じで脚の内側だ…!)


 エリンシェはようやくサキュバスという獲物に気付き、胴体の下部にある口を開けて吸引を始めた。

 砂や石が浮上していく中で、どうしようかと焦っていたナインは後付けされたオプションから杭とロープを発見。それを地面に突き刺して、地面から離れないようにしっかりと握り締めた。


(定石なのは脚から登って無防備な胴体にダメージを与えるやり方!だけど今の僕じゃそんな余裕はない!)


 吸い込まれそうになる身体が逆さになり、景色がひっくり返った。



 ヅシン、ヅシンと歩く振動が伝わる。すると再び頭痛に襲われ、手から力が抜ける。


(そ、そうか…歩く時に発生する特殊な波のせいで頭がやられてるんだ!)


 エリンシェの吸引は続いた。海賊達のアジトは頑丈に造られているため地面から離れることはない。だがナインは少しずつ身体が浮き上がり、ロープを手放しそうになっていた。


「うぅっ…!あっ」


 一瞬、手からが力が抜けた。それからナインの身体はエリンシェの口に向かって一気に浮上を開始。


(か、身体が破れる!)


 サキュバスは水中の魔族ではない。それに防御魔法などが使えない今のナインにとって、この状況から生還するのは絶望的だった。


 その時である。海賊達に取り上げられたミラクル・ワンドはナインの心を受信。そして閉じ込められていた部屋に大穴を開けて、彼女の元に向かった。


「腹ん中から食い違ってやるからなあああ!」


 ワンドが向かった先。そこではナインが海底に向かおうと必死に身体を動かし、吸引に抵抗していた。


「あっ!ミラクル・ワンド!」


 目の前にやって来たワンド。ナインはそれに手を伸ばして掴んだ。

 ワンドはその場で固定されたように制止。振り返ると、エリンシェの口はすぐそこだった。無数の三角歯がウェーブを作り、ナインが来るのを待ちかねている。


「か、身体が千切れる…!」


 早くサキュバスが食べたいと、吸引力が上がっていく。ウミグモ属の吸引持続時間は最低でも30分。それまでにパワーが上がることを考慮すると、今なんとしてもこいつを倒すべきなのだ。


「どうしよう…ねえ!僕を超人モードにしてよ!」


 頼んではみるが所詮は杖。返事はない。

 ナイン・パロルートは今、絶体絶命のピンチである。




「ぎゃああああぁ!?なんだありゃあああ!」


 不意に海底の方に目を向ける。すると大きな物体が凄い勢いで迫っていた。


「あれは…海賊のアジト!?」

「パロルートめぇ!なんてことしてくれたんだぁ!」


 それだけではない。浮上するアジトを止めようと押さえていたラカンも、手を放せずにくっ付いている。海底にガッチリと固定されていたはずのアジトだが、吸引には耐えられなかったようだ。


「…へへっ」

「おいぃ!なんとかしろぉ!」

「いっけーウミグモ!そのまま全部吸い上げちまえ~!」


 言葉が伝わったわけではないが、ウミグモは更に吸引力を上げた。

 ウミグモは口のある下部に眼を持たない。つまり、自分の胴体と同じ大きさの物体を吸い寄せているのど知りもしない。


「…頼む!ミラクル・ワンド!」


 ミラクル・ワンドは無理矢理にナインを引っ張ってその場から離脱した。


「ぬわああああぁ!?」


 吸い上げたアジトにエリンシェは殴られた。そしてそのまま海面へと浮上していく。


「俺のアジトがああああああぁ!」


 海中から異常個体のウミグモエリンシェ、海坊主のラカン、そして海賊団のアジトが揃って飛び上がった。


「な、なんだありゃ!?」

「おおおおおおおおぉ!」 


 海上にはトッテンカンの船が集まっていた。避難挺で上がって来た海賊達を捕縛していたところ、突然飛び上がったラカン達を確認した。


「海面浮上!あんなピンチを乗り越えて生きてるなんてラッキーだ!」


 ナインは日の光を浴びて生を実感した。もう深海はこりごりだと、嘆いている時間はない。


「うわああああぁ!」


 ウミグモはアジトの激突と急な浮上によって絶命していた。だがラカンはまだ意識を保ったまま宙にいる。

 海坊主が得意とする海から離れた今があいつを倒せるチャンスなのだ。


「ナイン隊員!まさかアジトだけでなくユニークまで倒してしまうなんて流石です!」

「秘密兵器の予備ってまだある!?」

「はい!すぐに転移させます!」

「それと魔法でいいから僕の身体を乾かして!ラカンを倒す!」


 転移魔法によって届けられたのは、ナインの引き締まった太腿ぐらいの太さがある杭だった。

 この杭は海底で使用した物とは全くの別物である。それもなんと、トッテンカン鉱国の陸地を使って造られた杭なのだ。


「身体乾きました!…あっ!手袋がないっ!」

「構いません!行ってきます!」


 ナインは素手で杭を持ち上げると、乾いた羽根を広げてラカンへ飛び上がった。


 トッテンカン鉱国の陸地であるトッテンカンには毒がある。島やその近くに住んでいる生物は毒への耐性があるので平気で暮らしているが、この毒は生物に流れる魔力を狂わせてしまう。


(くっ…!杭に触れてる腕の感覚が変だ!)


 両腕に痺れる感覚が現れる。だが杭を手放さず、更にラカンへ迫る。


「ラカアァァン!」

「パロルートォ!」


 ラカンが両手を挙げると、海から切断力を持った水の円盤が無数に飛び出した。


「往生際が悪いぞ!お縄につきやがれ!」

「ヒィイイイィ!来るなあああぁ!」


 海中から打ち上げられた海坊主は、これまでの上昇と降下で体表が乾き、防御力が低下していた。そんな状態で物騒な杭を打ち込まれたりしたらそれはもうヤバい。


「ウォリャアアアアアアアア!」

「いやああああぁ!」


 水の円盤を回避しつつ、ナインは力を込めて投擲。さらにそれを追ってスピード全開の飛行をしてみせた。

 ラカンに出来るのは円盤を飛ばすことだけ。その円盤を一点に集中させて防御することも出来たはずだが、鬼の形相で迫るナインを前にして頭がまともに回らなかった。


「オリャアアアアア!」


 杭はちょうど、ラカンのへその穴に半分ほど突き刺さった。さらに加速を付けたナインはそれを狙って飛び蹴りを加え、杭は完全に身体の中に打ち込まれた!


「うんぎゃああああぁ!………おふぅっ」


 魔力を欠き乱されたラカンは気絶。海に落下した後、捕縛魔法などを喰らって無力化。予め用意しておいたというトッテンカンの地底牢へ送られることになった。


 こうしてナインはラカン・ダインシャと彼が率いていた海賊団の壊滅。そして波奏のエリンシェという脅威を未然に撃破することに成功したのだった。

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