第1話 「おめでとうございます」
シュラゼアを危機から救ったナインはラミルダに向かって泳いでいた。
シュラゼアから出発して2日が経った。戦いの疲労が蓄積した状態で泳ぎ始めてしまったので、行きに比べて泳ぐペースが遅い。
僕ってなんでこう、考えなしに物事に取り組んじゃうんだろう。馬鹿なのかな…
しばらく泳ぎ続けていると、進行方向が同じ船が見えた。
もしかしたら乗せてもらえるかもしれない。そう思って泳ぐスピードを上げて接近すると…
「戦ってる!」
その陰にもう1隻の船があった。最初に見えた船から荒ぶる魔力を複数感じられる。
あの2隻の乗員達は戦闘中なんだ。しかもあの距離まで近付いてるってことはどちらかが移乗攻撃を仕掛けたに違いない。
それと襲われていると思われる船から邪悪な魔力を多数感じる…きっと海賊だ!
「こうしちゃいられない!」
杖のない僕に何が出来るか分からない。けど襲われている人達を前にして、そのままスルーなんて選択は出来なかった。
大急ぎで襲われている船の側面に掴まり、指に力を込めてよじ登る。戦場となっている甲板へ上がった途端、僕は注目を浴びた。
「うわぁ!?なんだあいつ!」
「子供の海坊主だ!」
「助けてえええええ!」
長い髪が前方に集まって酷い誤解を受けている。なので頭を大きく振り回して髪を退けてから、脅すように名乗り上げた。
「やい海賊!僕はナイン・パロルートだ!痛い目見たくなかったらお前達の船を襲った人達に渡せ!」
最悪だ!全員サーベルを持った接近戦タイプ!潜在能力が封印された今の僕じゃ勝てない!
「パロルート…ギャッハッハッハッ!おい聞いたかお前ら?こいつパロルートだって!」
「ガキィ!パロルートってのは海を走ったり空から降ってきたりするもんなんだよ!お前みたいな弱そうなやつがパロルートなわけあるか!」
「ラカン船長!このガキどうします!」
「始末しとけぇ」
船長とやらの姿がないのに返事が聞こえた。
…っていうか背後から声がしたような。
「始末しとけぇ」
「海坊主ううううううううう!?」
海中から上半身を出すこの巨人!こいつは魔族の海坊主だ!こんなやつが相手なんて勝てるわけないよ!
「…やいこの海坊主!海坊主の癖して海を汚すようなことしていいのかよ!」
「木材もぉ機械もぉ元はこの世界の一部ぅ。海に還るのもまた摂理ィ」
「さぁてガキ、どう殺してやろうか…」
僕は背負っていたミラクル・ワンドを武器として構える。
重いけどそれだけ威力はある。当たったら痛いぞ!
「なんだお前、そのつるはしで戦うつもりか?おいツチ!お前の土魔法で相手してやれよ」
「そうだなぁ!そのつるはし、耐久テストしてやるよ!」
子どもだからってナメやがって…!
海賊達の注目がこちらに集まっている。その間に襲われていた人達は…
「さあこっちに」
「静かに…」
実に賢い。ガラ空きになった海賊船に移っていた。
誰か援護してくれないのか!?背中から1発ドカンってさ!
「うぅ!勝負だ!」
ツチと呼ばれた男。その男のサーベルには小さな魔法陣が描かれていた。
「ドゥードゥー!」
呪文を唱え、自身の魔力を元に無数の土塊を生成。僕を狙って発射した。
「あぶねっ!」
土塊を避けて砕いて、そうして身を守りながら前進。そのまま男の前まで飛び込み、ワンドを勢い良く振り上げて顎に命中!
「ウグッ!」
「まず一人!さあ!今度はどいつだ!」
「ノカノ!リョウ!テンリ!そいつを仕留めろ!」
今度は前方から三人同時!それに海賊達が自分達の船が狙われてるのに気付いてしまった!
「そっちには行かせない!」
一般人を襲おうとしていた海賊にタックルを仕掛け、そのまま海へ転落させる。そうすることで海賊達はますます僕に攻撃を集中させた。
三人も同時に相手出来るわけがないので、ミラクル・ワンドを床に叩きつけて木製の甲板を破壊。そのまま船内を逃げ回った。
「すばしっこいガキだ!おいパメラ!挟み撃ちだ!」
「あいよ!殺しちゃっても構わないんだよね!」
どんどん船内に海賊が集まって来ている。こうなったら一か八か、アレをするしかない!
「喰らえ!マッドショッ──」
「貰ったああああ!」
正面にいた女から銃を奪い取った。そしてワンドを振り回して海賊を追い払い、僕は壁際に移動した。
「くっ…あっちいけ!」
「もう逃げられないぜ。さぁどうしてやろうか…」
「ソイヤァアアアアア!」
雄叫びをあげて薙ぎ払ったワンドは誰にも命中せずに空振り。勢い余って壁に突き刺さり、開いた穴から水が流れ込んだ。
「浸水したぞ!」
「僕だってこんなやり方嫌なんだからな!海賊やってるあんた達が悪いんだ!」
遠く離れた先の扉が開いている。そこは弾薬庫で、弾丸一つで大爆発を起こせる火薬が沢山詰まっている部屋だ。
「お前まさか!」
「伏せろおおおおおおお!」
警告して引き金を引く。発射された弾丸は弾薬庫へ飛び込み、次の瞬間には大爆発。なぜかこの時だけ何もかもがスローに見えて、僕だけが爆発までの恐怖を長く思い切らされた気がした。
「しっかり…目を覚まして…」
「あ…」
男性の顔…眼鏡にヒビが走っている…
どうやら爆発の直後に意識を失ったみたいだ。僕は海賊船を奪った人達に浮かび上がったところを拾われたらしい。
気絶しても僕の右手はミラクル・ワンドをしっかり握っていた。もしかしたら知らない内にまた助けられたのかもしれない。
彼らを襲ったのはラカン・ダインシャ海賊団。団員達は船長である海坊主のラカンに連れられて撤退したそうだ。
「まさか私達の前に現れるとは…強い人を雇っておくべきだった」
「有名なんですか?」
「漁船の魚や私達みたいな旅行者の金品を狙ったりする悪党なんです。おまけにアジトは海底にあるから叩くことも出来なくて…」
海中は巨体である海坊主にとって有利な戦場だ。確かに落とすのは容易なことじゃない。
「…ところでこの船、どこに向かってるんです?」
「トッテンカン鉱国です」
鉱国というのは陸地そのものが1つの巨大な鉱石で形成されている国だ。
鉱石が大地になっているということもあって、その毒を抑える施設が至るところに見られる。
「私達、そこで結婚式を挙げる予定なんです」
僕と話していた男性のそばにパートナーである女性がやって来た。
「そうなんですね。おめでとうございます」
式を挙げる道中で襲われたのか…気の毒だな。
話をしているとトッテンカン鉱国が見えてきた。あそこに転送屋はあるだろうか?