第23話 圧倒的な力を前に
先手を打ちに出たナインが、姿を変えたハザードドラゴンに急速接近。力を込めた右拳を放ったが、攻撃は呆気なく受け止められた。
「もうボヨンボヨン跳ねないのか。殴りやすくて助かる!」
そうしてナインは身体を浮かせ、ドラゴンの頭部に蹴りを打ち込む。今度は防御されず、いい蹴りの感触を得た。
「フンッ…」
岩が砕けるような音が聴こえる。しかしそれはドラゴンの頭部からではなかった。
「うああああああっ!?」
ナインの拳が空き缶のように潰されていた。クーの弾丸が命中するとドラゴンは手を放し、その瞬間にナインは身を引いた。
「あんな小さな身体のどこにそんなパワーが…」
「ナイン、回復させる!」
ハクバの操るアイビスカスの花弁型エネルギーが右腕に集まる。そして破壊された右拳は一瞬にして修復された。
「ゴンゴン…はぁ、もうこのダッサイ鳴き声、やめていいよね?」
「喋った!?」
「…長かった。僕は200年もの間、アイビスカスの血筋のやつらに封印されてきた…本当、退屈ってやつだったよ」
背後に回ったクーが弾丸を撃ち込み、それらを防御した瞬間にハクバが斬りかかる。しかし白滝の刃は通らず、彼はドラゴンに蹴り飛ばされた。
「ナイン・パロルート」
「なんだ!」
「お前には感謝している。バカのハクバが僕と一緒にお前の記憶を封印してくれたおかげで、記憶の中にいるお前をコピーすることに成功した。おかげでパワーアップ出来た」
次の瞬間、姿を消したドラゴンは彼女の背後を取っていた。防御は間に合わずエルボータックルを喰らったナインは吹っ飛ばされる。
ドラゴンはそれに追い付くと上から勢いよく蹴りを打ち込み、ナインを叩き落とした。
「がっ…!」
「お前は大して強くない。もしも転生する時、神とやらに会えたなら僕みたいな最強にしてもらう事を勧お勧めするよ。こうやって頭を地面に付けてさ、お願いするんだよ!」
踏まれる頭がさらに地面深くに。口に土が入り、先程まで圧倒していた敵にここまでやられるのは屈辱的だった。
「チクショオオオ!」
全身に力を込めて、足を乗せていたドラゴンを頭上へ飛ばしながら立ち上がる。ナインは高く飛び上がり、敵に連続でパンチを打ち込んだ。
「人の面真似しやがって!」
「いいパンチだな。ところで一つ、お前は勘違いをしているようだ。僕はドラゴンだった頃の力を捨ててはいない。コントロールしているんだ」
「なにっ!?」
「まずは喰らえ!噴火の如き一撃を!」
防御してばかりだったドラゴンがナインの両腕を弾く。そしてガードがなくなったこの瞬間、顎を狙って強烈なアッパーカットを打ち上げた!
「!?」
歯が砕けただけではない。今の一撃で殴られた顎への衝撃のみならず、頬に謎の切り傷が現れたのだ。
(な、何が起こったんだ…!まさかユニークスキル!?)
「噴火が起これば当然、火山弾が発生する。これは自然の摂理であり、どうすることも出来ない」
ナインは火山弾など受けてはいない。しかし、ドラゴンの拳からは確かに弾が放たれていた。攻撃を与えた部位の周囲にダメージを与えるという不可避の弾丸である。
「崖が崩れるぞおおおおお!」
狂ったように叫ぶドラゴンがナインの左肩にチョップを落とす。
「うおあああああっ!?」
左肩は崖崩れのように崩壊を起こし、繋がっていた左腕はそのまま地上へ落ちていった。
「さあ次は何がお望みだ?鼻と口で洪水を起こして溺死させてやろうか?いや、頭で大地震を起こして脳震盪もいいな」
左腕を失ってもナインの闘志は燃え尽きない。だがこのままではいくら再生したところで打開は出来ないと感じていた。
(せめて超人モードが使えればこんなやつ…!)
「一説では自然災害は神が罰として引き起こしているそうだ。そうなると災害を超えた災害を起こす僕は神を超えた存在だ。そうじゃないか?」
「ウオオオオ!」
叫び声をあげた時点で既に冷静さを欠き、ナインは残った右腕で連続攻撃を打ち込む。調子に乗ったドラゴンは避けるだけだ。
屈辱だが、反撃をされていたらナインは一撃でやられてしまうだろう。
「ナメるなよ!」
「鈍い鈍い!津波のように速く重たい攻撃を教えてやる!」
だがその時、クーの特殊弾を受けたハクバが彼女達がいる空へ昇ってきた。既に白滝は抜かれ、技を放つ準備が出来ている。
「僕ごとやれ!」
「白滝つ瀬!王花乱舞!」
ドラゴンが反応する間もなく、技の一撃目が容赦なく二人を切り裂く。すぐに治すと心の中で謝りながら、ハクバは間髪入れず二撃目に移行。
高速で刃の向きを変え、掲げた刀を振り下ろした。だがしかし、ドラゴンは腕を盾のように出して、二撃目を受け止めた。
「一撃目は通ったのに!」
「憎きアイビスカスであるお前にもパワーアップさせてもらった恩がある。僕のとっておきで殺した後、国民達全員に会わせてやる!」
ナインの脚を掴む。そして彼女を武器代わりにハクバを殴り、二人は地面へ墜落していった。
「王子!ナイン!無事か!?」
「あぁ…」
特殊弾で地面が柔らかくなっていなければ無事ではすまなかった。早速、ハクバはナインの身体を再生した。
「ヘッヘッヘッ…」
二人ともゆっくりと降りてくるドラゴンから視線を逸らさずに立ち上がった。
「強くなったからって調子に乗りやがって…!」
(それは君も同じな気が…)
指摘したかったがすれば機嫌が悪くなる。ハクバは口をすぼめ、戦いに意識を戻した。
「アイビスカス。お前、ナイン・パロルートの記憶に触れたよな?」
「えっ!?嘘!サイテー!」
「覗くつもりはなかった!それに前の世界で大きな戦いがあったって記憶だけだ!他は何も見てない!」
「その大きな戦いでだ!ナイン・パロルートは新しい力を手に入れた!その力の名前はなんて言ったっけ!?」
「ちょ、超人モード…」
「まさかあいつ!?」
「見せてやる!史上最強の超人モードを!ウオオオオオオオオ!」
ナイン・パロルートがパワーアップした姿である超人モード。現時点では3種類存在し、どれも強力だが大きなデメリットがある。
それは能力に謎が多過ぎる事と、変身する条件を整えるのが高難易度過ぎるのだ。
「ナイン、君も超人モードになるんだ!」
「無理!光太がいないから烈火と堅氷にはなれないし、ソードマンにも変身できない!」
「ハアアアアアアア!」
変身したハザードドラゴンの全身で災害にまつわる現象が起きていた。
発火、振動、清水、放電…
「超人モード厄災…いや災害か?うーん、何がいいか…」
クーが隙だらけのドラゴンに銃を向けて引き金を引く。真っ直ぐ飛んでいった弾丸だったが、脛の火山から発射された火山弾によって軌道を逸らされ、命中しなかった。
「フッ…お前達のその表情に因んで、この姿を超人モード絶望と名付けよう!」
圧倒的な力を持つ敵が更に強くなる。シュラゼアのために諦めないという強い意思を持っていたナイン達も、流石にこれには堪えていた。
しばらくただ立っているだけだったドラゴンが両腕を前に出す。角を持つナインは、開いた両手にエネルギーが集中し始めていることに気付くと指示を叫んだ。
「ハクバ!次の攻撃が止むまでアイビスカスのエネルギーを僕に回せ!クーさんはその後ろに!」
回避は間に合わない。ナインは自分を盾にして、ドラゴンが放つ一撃を止めるつもりだった。
「喰らえ!ジェノサイド・ヘルサイガー・ディザストラァァアアアアム!!!」
「僕が受け止める!絶対に!」
そしてドラゴンから光線が放たれる。防具もなしにそれを受けたナインの全身で天変地異が起こった。
「うっ……ウウウウウウウウウウウ」
悲鳴をあげる瞬間に気を失った。だが彼女の首で大地震が、そして肺の中では台風が起こることで条件は満たされ、肉体が本人の意識に関わらず無機質な悲鳴をあげた。
「ナイン!?」
「王子!どうか再生に専念してください!」
「わ、分かった!」
腹で地割れが起こり、頭部では火災が発生。両足は凍結した。瞳、鼻、口は干魃し、今にも干からびて死んでしまいそうだった。
「クー!給水弾はあるか!」
「はい!」
撃ち込んだ対象に水分を与える給水弾。それが6発入った弾倉に切り替え、クーは即座に発砲した。
ナインが受けているジェノサイド・エルサイガー・ディザストラームは破壊光線のような単純な攻撃ではない。直撃した対象にあらゆる災害の事象を起こす光線だ。
もしもこれが僅かでもシュラゼアの土に触れたなら国の崩壊が始まる。光線の能力に気付いていたか定かではないが、ナインはそれを止めようと自ら盾となった。
(ぼ、僕の身体が足元に…)
それは夢か幻か。意識を失ったはずのナインは、光線を受ける自分の身体を客観的に見ていた。
ハクバにひたすらアイビスカスのエネルギーを送られ、クーは給水弾を何発も撃ち込まれる自分の身体。
ナインの魂は今、あるべき肉体から離れていた。
「僕、死んじゃったのか…?」
それはいけない。まだ戦わなければならないのだと、ナインは身体に戻ろうとする。しかし肉体に戻ろうとした魂は何度も器をすり抜けてしまう。
「そんな!?」
あるべき場所に魂が戻らない。今の自分がどういう状態なのか、半端な知識の持ち主であるナインにも分かってしまった。
自分は攻撃に耐えきれず死んでしまったのだ。
「そんなはずない!ダメージは再生してるんだ!なのになんで!」
肌色は問題ない。肉体は破壊と再生の両方を繰り返している。死んだという程の状態ではない。では何が原因で身体へ戻れないのか、全く分からなかった。
「まだ駄目だ!僕にはやらなきゃいけないことがある!立派なサキュバスにならないといけないんだよ!」
突進してはすり抜ける。それを繰り返していたが、やがて魂の動く勢いは落ちていき、諦めた頃にはその場で静かに佇んでいた。
「そんな…まだ何も成し遂げてないよ…」
相手は強かった。呆気なく死ぬ可能性だってなくはない。しかしいざこうなってしまうと、残るのは解封を許したこと、力を得て油断していた自分への後悔だった。
「諦めるな!」
謎の声が聞こえた。かつての戦いで諦めそうになった時に聞こえた声と同じ物だった。
「だけど僕はもう死んじゃったんだよ!」
「身体も魂も死んじゃいない。死んでしまったのはお前の闘志だ!諦めるな!お前達ならあいつ倒せる!勝たなきゃいけないんだ!」
「…そうだ。シュラゼアに住んでる人達を守らないといけないんだ!」
「闘志を甦らせろ!そしてあいつと戦え!」
謎の声から激励を受けたナインの魂は肉体へ吸い寄せられる。ドラゴンは光線を撃ち終えて満足げな表情をしている。ハクバとクーは動かないままのナインを心配そうに見つめていた。
「ありがとう…ところで君は?」
彼女を焚き付けた声の主から返事はなかった。記憶にない声ではあったが、ナインはどこか懐かしさを覚えていた。
「ん!戻った!」
「ナイン、大丈夫?」
「あぁ…」
「あっ?まだ生きてるのか。まあいい、どうせ僕に敵いっこないんだから」
調子に乗る敵に、先程までのナインが重なる。ここまで隙を晒していたのかと、再度反省した。
「なんだ?まだやる気か?逃げた方がいいと思うけど」
「もう油断はしない。今度こそお前を倒す!」