第19話 ハクバの宝物
「ウォリャアアア!」
ナインは声を轟かせる。逆にクーは静寂を保ちながらも怒りを込め、二人は見事な連携でギメに連続攻撃を打ち込んでいく。
防御さえされていなければ完璧な連携攻撃だった。
(全部防がれる!一体どんな風に世界が視えてるんだこの婆さん!)
ギメが袖からパチンコ弾を見せた途端、二人は背後に飛んで防御を構える。それと同時に大きく腕を振り、ギメは複数の弾を一斉に投擲。
「クーさん!僕を盾に!」
絶対に避けられない!そう思ったナインはクーの前に立った。そしてその身体で6発のパチンコ弾を全て受け止めたのである。
「ナイン!?」
「これで特殊弾だったらヤバイよね…」
ドガアアアアアン!
「ナイィィィン!」
突如、弾が命中した地点から爆発が起こる。そして残った上半身は倒れたハクバの元へ吹っ飛んでいった。
「爆発弾じゃよ。さっき投げたばかりなのに不用心じゃのお」
「シバルツ!まだかああああああああ!?」
その時、蛟の姿をしたシバルツが星術室に現れた。シバルツはクーの元まで来ると口を開き、回収したローズモカ22とバトルサプレッサー、それから無数の弾倉を舌に乗せて渡した。
「それでようやく本気が出せるというわけじゃな…せいぜいババアを楽しませておくれよ」
選んだ弾倉の弾は全て能力を持っていた。それを押し込んでバトルサプレッサーを装着。
そしてクーは1発目を発砲。必殺のサイレントコンボを仕掛けた。
「うわぁ!?」
「強っ!?」
「なんなんだよこいつ!」
ネフィスティア学園の戦闘実習室。3人の生徒が1人の生徒に完敗した。
「僕の勝ちだ。約束だ。ナイン達に謝るんだ」
「くっ…弱いやつの味方してご機嫌よろしいだろうな。小国の王子様よ」
「謝れよ!皆のノート焼き捨てたこと!」
「あいつらは虐められてトーゼンなの。分かる?落ちこぼれなんだよあいつらは」
敗けを認めてはいるが、何を言っても彼らは謝罪しないだろう。諦めた少年は木刀を鞘に戻すと、苛立った様子で観客席に上がった。
「ハクバ!凄かったね~!」
「ごめん、あいつらに謝罪させられなかった…」
「いいわよそんなこと!ロジオ、ベネット、フィフスの三人を倒しちゃうなんて!」
強敵を圧倒したハクバに対して、ナインとツバキは大喜びだった。
ハクバ・アイビスカスは12歳になってネフィスティアに入学。成績は良かったが王族という事もあって周りと馴染めなかった彼は、この1年間ナイン達落ちこぼれの面々と共に過ごし、友情を育んできた。
「それにしても木刀ボロボロだな。そろそろ新しいやつに買い換えたらどうだ?」
「いや~これ高かったんだよね」
「購買部のやつらに高値で売り付けられただけだろ。ほら貸してみろ」
ツカサは鞘から木刀を抜いて軽く振り回す。すると刃の付け根からポロっと折れてしまった。
「ほらな?」
「うん、普通に器物破損だからね…あ~あ」
折れてしまった物は仕方がない。直すほどの物でもないので、木刀はサヤカの魔法で焼却された。
「ほらナイン。持って来たんでしょ」
「渡しちゃいなよ」
サヤカとジンがナインを急かす。モジモジとして顔を赤らめるナインは、背後に何か細長い物を隠していた。
「また新しい杖作ったの?いいよ、それじゃ練習場を借りて──」
「ち、違うよ!今回作ったのは杖じゃなくて…」
そうして彼女が見せたのは1本の刀だった。
「これは…」
「先週のダンジョン実習の時に凄いレアな素材が手に入ったんだ。白くて綺麗で…それを使って打った刀ならハクバに似合うかもって。受け取ってくれないかな?」
「本当?いいの?…ありがとう!」
ハクバは刀を受け取ると早速、白い鞘から刀を抜いた。
「真っ白だ…」
「白い刃。ハクバって名前にピッタリでしょ?」
「僕の名前にその漢字を当てはめたの、君が初めてだよ」
鉱属性の魔素で満たされた空間で、滝のように流れ落ちて衝撃を受けた溶岩が硬化して出来上がった物を火山鉱岩と言う。そしてこの刃に使われたのが、鉱岩の中でも希少なワイドゥ・ローク・フィノである。
ナインがそんな事を知るわけもなく、ただレア度が高く、白くて綺麗な魔法石だと勘違いして持ち帰った。高い強度があると気付いた彼女はこれを加工。そして白い刃の刀を完成させたのである。
「ネフィスティアに来てそろそろ一年経つよね。そのお祝いに…ね」
「ホント~に!それだけなのかしら~?」
ツバキに尋ねられ、ナインの顔はさらに赤くなる。するとゴソゴソとウエストバッグを漁り、杖を取り出した。
「えっそれってちょっと!」
「ん!」
次の瞬間、ツバキが消えた。ワープ・ワンドの能力によって、学園のどこかへ転移させられたのだ。
付け加えておくとネフィスティアは大陸自体が一つの学園であり凄く広い。そんな中でツバキは飛ばされたのだ。
「あ~あ、やっちゃったよ」
「ツバキが悪いね」
機嫌を損ねたナインによって身内の誰かが飛ばされるのは珍しい事ではない。しばらくすれば戻って来ると、特に心配はされなかった。
「あれあれ?良さげな物持ってんじゃん」
寮へ戻っているハクバ達の前に、柄の悪い生徒達が立ち塞がった。どうやら狙いは貰ったばかりの刀のようだ。
中等部の証であるバッジが2つ。彼らより1つ上の生徒達だ。しかし彼らとの差はそれだけではない。
(白い制服か…)
ネフィスティア学園の生徒達は成績によって着られる制服が違う。
ナイン達のような低成績、いわゆる落ちこぼれには黒色の制服。
落ちこぼれとは言えないが、褒められるほどの成績でもない生徒達には灰色の制服。
そしてハクバや目の前に立つ先輩達のような成績が優秀な、エリートと呼べる人財には気品を感じさせる白色の制服が与えられている。
「それ譲ってくれないかな?」
「こいつ、サムライにジョブ変えようかなって思って考えてたんだよね」
当然拒否。ハクバよりも先にナインが拒んだ。
「ダメだよ!これは僕がハクバにあげた物なんだから!」
「落ちこぼれは黙ってろ。薄汚い色の制服着やがって…」
「ごめんなさい。彼女の言う通り、これは大切な物なんです。敬うべき先輩方に頼まれても、これだけは譲る事は出来ません」
「謝らなくていいよ別に。譲ってもらえないなら力ずくで奪うだけだから」
戦士を育成するネフィスティアでは強い者こそが正義である。しかしその意味を履き違えた輩は多く、違法ではないからと自分より下の生徒から金品を巻き上げる者は珍しくない。白制服の生徒の中にはそれが常識だと刷り込まれた者もいるのだ。
「くっ…たかが刀盗るのに何人集めて来たんだよ」
「ナイン、ワープの杖でここから逃げよう!」
「ご、ごめん…さっきツバキを飛ばした時に壊れちゃった」
「逃げる必要はないよ…皆は僕が守る!」
ハクバは刀を抜く。周りの生徒達はその白い刃を不気味に感じていた。
「刃が幽霊みたいに白けてやがる…妖刀か?」
妖刀と認識されるも、ハクバはそれを否定した。
「違う。これはナインが僕にくれた宝物。だから宝刀だ」
「名前は…白滝なんてどうかな?白い刃で、溶岩滝の近くで手に入れた素材を使ったから」
「宝刀白滝!クールな名前だ!」
勝負はあっという間についた。ハクバに襲い掛かった生徒達は次々と峰打ちを受けて倒された。コンビネーションは悪くなかった。それでも、ハクバには敵わない程度の実力者達なのであった。
「くそっ…白制服のくせにそんなやつらの味方なんかしてさ…正義の味方気取ってんじゃねえよ」
「このネフィスティアでは強者こそ正義…だけどそれは強者の行いを全て肯定するという意味じゃない。強者自身が己の力と使命を理解し、責任を持って行使すること。力任せに好き勝手やる人達に僕は負けやしない!」
ブォンッ!と刀で風を鳴らすと、倒れていた生徒達が一斉に逃げ出した。一撃も貰わなかったハクバの圧勝である。
「やったー!」
「僕の身体に合って凄く振りやすい刀だよ。白滝、大切にするね」
ボロボロの寮に戻ると、先に帰って来ていたツバキが夕食の準備をしていた。
「あ、ツバキ。おかえり…いや、ただいまかな?」
「も~白領に飛ばされて死ぬかと思った!」
ネフィスティアには白、灰、黒の三つの領域と、その中心に先程までナイン達がいた学園領が存在する。
これに関しての説明は省くが、黒い制服の生徒は治安が最悪の黒領で暮らしているのだ。
ハクバは白領で住み心地抜群の一軒家を与えられているが、このボロボロの寮で仲間とシェア生活を送っているのだ。
「サヤカ~テレビ壊れた~」
「ちょっと皆、テレビより先に課題。留年なんて嫌だからね」
「僕が直しておくから課題やっといてね」
「しょっぱ!砂糖と間違えて塩入れちゃった!」
「叩けば直るって…オリャア!」
バゴォン!とツカサに殴られたテレビは火を噴いた。
「…賑やかだなぁ」
ハクバはここでの生活が凄く好きだった。母国シュラゼアの城で厳しい教師から教わった物よりも、ここでナイン達と共に過ごし、そして得た何かがとても大切だと思っていた。
しかしその生活は突如終わりを迎える事となる。ある日、国の大臣達がハクバの元へ面会に来たのだ。
「帰国しろって…僕はまだ1年しかここに通ってませんよ!」
「しかし、シュラゼアには王子の力が必要なんです」
「兄上がいるでしょ!次の王様だってこのままの流れなら兄上がやるに決まってます!僕はまだ帰りたくありません!」
「しかしねぇ…王家の花畑とやらにあるアイビスカスの力を使えるのは王子、あなた様だけなのです」
大臣達には野望がある。それは王家の花畑でのみ栽培されているアイビスカスを表社会へ出し、兵器として運用する事だった。
ハクバは彼らと違って馬鹿ではない。それくらいの魂胆は見通せていた。
「父上達がアイビスカスの運用を許すとは思えませんが」
「しかしその禁止されているアイビスカスで王子の命が助かったのでしょう?王家だけがいい思いをしているというのは不平等ではないでしょうか?」
「王子がいなければ…忍者になる訓練を受けている想い人にどんな不幸な事故が起こるか…」
「クーには手を出すな!…分かりました。僕は──」
「この学校を去るのは、卒業試験を受けてからにしてもらいましょうか」
大臣達にクーを人質に取られたことで帰国する意思を告げようとしたその時、老婆が現れた。
「校長…」
「ハクバ君。1年という短い間でしたがあなたは当校の生徒。正式に去るというのなら私が出す試験をクリアして頂かなければなりませんよ」
「これはこれは校長。我々は今、国の事情に関わる大切な話の──」
「お黙りなさい!ネフィスティア学園は私の国!よって学園の生徒であるハクバ・アイビスカスはこの国の民!国民の価値観や思想、何より若者の心を汚すような真似は私が許しません!」
校長と呼ばれた老婆は杖を召喚。そして大臣達に杖先を向けた。
「何か言い残す事はありますか?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ。生徒が大切な気持ちは分かりますが──」
「私は校長でありこの国の王であり、そしてネフィスティアの子守神である!生徒に手を出す者は例え権力者であろうと容赦はしない!失せろ!」
そして大臣達は行きたい場所に辿り着けなくなる呪いを掛けられて、アノレカディアのどこかへ飛ばされたのだった。
「ありがとうございます、校長」
「そんなことよりもハクバ君。あなたはこれからどうするのです?このままネフィスティアの生徒としてここに残るか、それとも国へ戻るか…」
「僕は…」
アヤトだけでは頼りないというのが事実だ。そして大臣達がこうしてハクバの元に現れ、アイビスカスを話題に出してきた。
きっと遠くない未来、何か良くない事が起こるような気がした。
「僕は国へ帰ります」
「分かりました。でしたら明日早速、卒業試験を受けてもらいますのでそのつもりで」
そして次の日、ハクバは一人で指定された教室にやって来た。勿論、卒業試験の事はナイン達には伝えていない。補習があるとだけ言ってここへ来た。
「おはようございます。今日はいい天気ですね。それでは早速、試験を始めましょう」
すると校長はハクバの前の机に5本の花を並べた。
「これは…アイビスカス!?どうして」
「私に掛かれば海底のドームで栽培される花を見つけることぐらい造作もない事です。その花を使ってナイン・パロルート、サヤカ・シラサメ、ジン・クロザキ、ツバキ・タテヤマ、ツカサ・ウドウ。その5名からあなたに関する記憶を何一つ残らず忘れさせてください」
(この人、どうしてアイビスカスがあれば僕に記憶の操作が出来るって知ってるんだ…!?)
「期限は今日中。これに失敗した場合、再試験は一年後となります」
アイビスカスの場所や自分の能力を知っていること。色々と気になる部分はあるが、それよりも気になったのが試験内容だった。
「ナイン達から僕の記憶を消せってどういう事ですか!?」
「試験の内容ですが」
「意味が分かりませんよ!せっかく出来た友達を自分から手放せだなんて!あなたそれでも教師ですか!」
「私からはこれ以上、何も言うことはありません。それでは試験を開始して下さい」
すると校長は呪文を唱えず、一瞬にして姿を消した。残ったハクバは頭を抱えて、アイビスカスを見つめていた。
(皆の中から…僕が消える…)
ハクバは2時限目の授業から参加した。しかし授業の内容は頭に入らず、隣に座るナインの顔をチラチラと伺ってばかりだ。
「どうしたの?」
ナインが新品のノートに文字を書いて尋ねる。
「何でもない」
ハクバも自分のノートに文字を書いて返事をした。
「授業集中しなきゃダメだよ」
しかしそう指摘するナインの教科書は全く別のページを開いていた。食べ物の写真が並んでいる、見ていて腹が空いてくるページだ。
それから昼休みまで、普段通りに時間が経過していった。しかしハクバは卒業試験の事を忘れることなく、授業中はずっと一人で悩み続けていた。
「四時限目終了!ハクバ!お弁当食べよう!」
「う、うん…」
最近ではジンはサヤカと、ツカサはツバキの二人きりで昼食を食べる。そうなると必然的にハクバも親友であるナインと二人きりで食事をする事になる。
「ハクバの記憶操作能力…そのアイビスカスっていう花がなくても使えるようになれたら良いのにね」
この学園内で、ハクバが自分や花の秘密について教えているのはナインだけである。彼女以外には教えていない。ナインの性格上、誰かに秘密を話してしまうことはあり得ないのだ。
校長が自分の秘密を知っていて、花を見つけられたのは彼女の能力によるものだろうとハクバは考察しており、ナインは疑われていなかった。
事実その通りである。
「相手に攻撃を与える度に記憶を削って弱体化…一度は考えた事あるけど、それはあまりにも残酷な戦い方だよ」
「その逆だよ!身体中に眠る自分ですら認知したことのない記憶全てを呼び起こしてパワーアップさせるんだ!潜在能力の解放だよ!」
「…それは考えたこともなかったな。僕の能力でバフを…いやパワーアップだなんて」
ナインは彼やこの学園の生徒達と比べて確実に劣っている。しかし、時折出てくる誰も思い付かないような発想には敵わないとハクバは驚かされていた。
「いつも君には驚かされるよ…」
「…だけど結局アイビスカスって花は使えないんだよね~」
「そうなんだよね」
この学園から離れたらもう二度とナインには驚かせてもらえない。記憶を消してしまえば尚更、大切な絆を断ち切る事になる。
そう思った途端、机に立て掛けた白滝が重そうに感じた。
そして放課後。卒業試験終了まであと数時間しかないというのに、ハクバは誰の記憶も消せずに寮へ戻って来た。
「ただいま~」
「あれぇ!?もう帰って来た!俺達6限サボったんだぞ!」
「早いよハクバ!寄り道とかしないわけ?」
共有のリビングではサヤカ達が飾り付けをしていた。キッチンにはケーキを作っているツバキの姿があった。
「こ、これは…」
「計算したらちょうど今日が一年だったからお祝いしようってナインがさ」
卒業試験を受けている今日からちょうど一年前、ハクバはこの学校に入学したのである。そして学園から離れようとしている今、その記念パーティの準備の真っ最中だった。
「…えぇ!?こいつもう泣いてるよ!」
「買い出しに行った主催者がまだ帰って来てないんだけど!涙引っ込めて!」
賑やかになる会場とは反対に、ハクバの心は寂しさで縛られていく。
(シュラゼアは…守らないといけない。だけど皆と離れたくない…でも…でも…でも!)
「ごめん…」
ハクバはポケットから4本のアイビスカスを放り投げ、白滝による居合で両断。さらにみじん切りにした。
「…僕の事は忘れてくれ。さようなら」
突如記憶を抜かれた4人はそのショックでバタバタと倒れていった。しばらくは目を覚まさないだろう。
「後はナインだけか」
四人の記憶を消した後のハクバからは迷いが抜けていた。残ったナインの記憶を消せば卒業試験は合格となり、シュラゼアへ帰国となる。
ハクバはナインと連絡を取るため、彼女の部屋の扉に付いていた通信魔法の杖コミュニケーション・ワンドを引き剥がし、どこかにいるナインへ念を送った。
「もしもしナイン?」
「あ、あれぇ!?ハクバ!もう家に帰ってたの?」
「うん、パーティの準備中だった。ありがとう」
「まだ始まってもいないのにお礼なんてそんな~!それでどうしたの?」
「…今から会えない?場所は…」
ハクバは現在は使われていない旧第四練習場へ来た。ここはあと数日したら新しい練習場へと建て替えられてしまう。今日ここに来れた事はハクバにとって幸運だった。
「ハクバ、僕だよ」
ナインはお菓子の入ったビニール袋を両手で持って現れた。腰には魔法の杖が入ったウエストバッグを巻いている。彼女が杖と認めた物以外は何も入れない魔法のバッグだ。
「どうしたの?急に呼び出して…それにしても懐かしいねここ。初めて会った僕ら場所だよ」
入学した頃、学園を見て回っていたハクバはここへ辿り着いた。使われていないはずの旧練習場から悲鳴のような声を聞いた彼は立て札を引っこ抜くとそれを武器にして突入した。
そしてナインや先程記憶を消した仲間達と、彼女達をいじめていた生徒達と遭遇してこれを撃退。それがナインとハクバの出会いだった。
「凄かったよねハクバ。翌月から白制服だった尊とカズハを一人で倒しちゃって。それで次の日にはいきなり白制服だしさ!あの時の君、凄くカッコよかった!」
「ありがとう…ナイン、大切な話があるんだ。君にだけは話しておきたくて…すぐ忘れてしまうだろうけど聞いてくれないか?」
「ど、どうしたの急に…」
改まって話そうとするハクバの様子に、ナインも只事ではないと理解して口を慎んだ。
「僕はこの学園から卒業する」
そしてハクバはアイビスカスを取り出した。彼が突然見せてきた白い花が何なのか分からなかったナインは、次の言葉を聞いてこれからのことを察した。
「今朝から卒業試験を受けていたんだ。サヤカ、ジン、ツバキ、ツカサ…それに君の記憶から僕の存在を今日中に忘れさせるようにって」
「その白い花…それがアイビスカスなんだね」
「僕の為のパーティの準備をしてもらって悪いけど、今日でお別れなんだ。無駄な事させちゃってごめん。それじゃあ記憶を消すよ」
ハクバが花を近付ける。しかしナインはそれを拒み、涙を堪えながら後ろへ下がった。
「ナイン!…嫌なのは分かる。だけど記憶を消さないと…僕は卒業出来ないんだ」
「それだけなの…?記憶なくなっちゃうのに、謝る為だけに僕を呼んだの?」
「そ、それは…」
「何か事情があるなら止めないよ。僕なんて誰にも話してない秘密があるんだし」
卒業試験の期限日である今日が終わるまで全力で止めたかった。事情があっても止めたいというのがナインの本心であるが、それを抑えて話を続けた。
「どうしてここに僕を呼んだ!記憶を消すなら皆と一緒でも良かったはずだ!休み時間の時に後ろから消せたはずだ!…言いたい事があるなら言ってよ!忘れちゃうけど話してよ!記憶が残ってる限り聞いてやる!自慢話でも愚痴でも!曲がりなりにもパロルートだぞ!苦しんでる君が救われるならなんだってしてやる!」
「ナイン!…じゃあ、聴いてくれないか。僕の全てを…!」
ハクバはこれまで抑えていた気持ちを全て吐露した。
皆と出会えて良かったこと。学園の才能を持つ者達を殺してしまうようなシステムにガッカリしたこと。たった一年なのにもう別れてしまうのが寂しいということ。ナイン達との思い出はどれも楽しかったと言える物だということ。
満足するまで話し終える頃には、涙と鼻水を拭った袖がビショ濡れで、喜怒哀楽が滅茶苦茶な心情になっていた。
「卒業したくなあぁぁあああぁぁあぁい!」
「僕だって行って欲しくないよおおおお!」
二人はひたすら泣きじゃくり、気付いた時には試験終了まで30分を切っていた。
「ハァッハァッハァ…」
「…忘れたって僕達の過ごした時間はなくならない!卒業したら絶対君に会いに行く!だからその時は全部思い出させてくれ!」
「無理だよ、これから全部忘れるのに…それに学園とシュラゼアは遠く離れているんだ。無限に広がるアノレカディアで再会なんて出来るわけないって習ったじゃん!」
「そんなことない!結ばれた絆が必ず巡り合わせてくれる!僕はそう習った!…大体君の方は覚えたままなんだ。手紙の一通でも貰えたら絶対に会いに行くよ!」
そしてガシッと、ナインは白い鞘を握ってハクバに顔を近付けた。
「これが証だ。君だけは僕達との想い出を忘れないでいて。そうすれば絶対に会えるはずだから!」
もう時間がない。ハクバは花を取り出し、白い花弁をナインへ向けた。
「ここでの会話も、ここで初めて会ってからの事も全て忘れてしまうだろうけど…この宝刀に誓おう!僕は君を絶対に忘れない。またいつか会えると信じて、シュラゼアで待つ!…だから、会いに来てね」
「約束するよ!絶対に会いに行く!今度会う時にはもっと立派な僕になるよ!それから!それから!…あっ」
ナインの中からハクバの記憶が消えていく。寂しさで溢れた涙と共に、大切な想い出がなくなっていく。
いつかきっと会えると信じているのは真実だ。しかしそれでも彼女にとってはとてもつらい現実だった。
そして別れの寂しさに心が負けたナインはその場で倒れた。
「ここでの思い出は全部大切な宝物だ。絶対に忘れない…忘れたとしても必ず思い出してみせるよ」
「おめでとうございます。卒業試験、合格です」
「校長、どうかお願いです」
「分かっています。この学園に存在するハクバ・アイビスカスに関する全ての物を消去します。全生徒からの記憶も消え、物品や痕跡は全て消去。明日からあなたのいない学園生活は不自然なく始まることでしょう」
「…ありがとうございます」
もしもハクバがシュラゼアに戻ると最初から知っていれば、サヤカ達は間違いなく止めただろう。それでもハクバは国へ帰らなければならない。
しかし、立ち塞がる友人を倒して前へ進むことは出来るのだろうか。そんなやり方で国へ戻った後、まともに職務を果たせるだろうか。
出来るわけがない。そして後悔するだろう。喧嘩別れしたこと、自分の目的のために友人を倒してしまったことに…
だからこそ校長は忘れさせるという卒業試験を設けた。
ハクバの踏ん切りが付くように。過去に引っ張られないように。
そしていつか記憶を思い出すその瞬間に生まれる力が、立ちはだかる試練を乗り越える程の物になるようにと…
その意味にハクバが辿り着いたかどうかは彼のみぞ知る…
爆発弾を受けたナインは下半身を失い、上半身も胸辺りまで失ったはずだった。
しかし今、彼女の身体は失ったはずの腕と脚も、全てが元通りになっていた。
(…あの爆発を食らったのに生きてる…ミラクル・ワンドがバリアで守ってくれたのか…)
そしてすぐそばには優しく手を握って目覚めるのを待っていたハクバがいた。
ナインの身体で弾が爆発した直後、バリアで守られたことで残った身体が彼に直撃。その衝撃で幸運にも意識を取り戻したハクバはすぐに自分を治し、アイビスカスによる再生を拒んでいたナインの身体も再生したのだ。
そして何よりも、胸を貫かれ死の間際に陥ったハクバは、走馬灯によって忘れていた事を思い出した。
すなわち、奇跡である。
「記憶を与えた。あの時忘れさせてしまった全てと、あの日僕が感じていた事を…」
「思い出した…大切な友達のこと…また会え──」
「ぐあっ!」
今すぐ思い出話をしたかったがそれどころではない。ナインが目覚めるまで時間を稼いでいたクーはボロボロだ。ダメージを受け過ぎたシバルツも彼女の身体に戻り、大ピンチの状況だった。
「立てそう?」
「うん。アイビスカスの再生力、半端ないね!…だけど手足が生えたぐらいじゃあいつには…」
「それだけじゃないよ」
頭にハクバの手が乗せられる。するとナインは全身で何かが目覚める感覚を覚えた。
「君に言われてから研究してたんだ。記憶を思い出させる要領で全身に眠る力を呼び起こす、潜在能力の解放を…ほんの一部だけどね」
「確かに力は感じるけど、この程度のパワーアップじゃあいつには…」
「力を振り絞ってみてよ!自分を杖だとイメージして、魔法の杖を使う時みたいに全力を出すんだ!」
「魔法の杖を使う要領だね…わ、分かった…はあっ!!!!」
信じられない程のパワーに誰もが驚きを隠せなかった。潜在能力の一部を解放されたナインは一瞬にして自分史上最強の状態にパワーアップしたのである。
「す……すごい………」
それと同時にギメとの差は埋まった。先程は圧倒された老婆に対して、負ける不安などはない。事実ギメ自身も魔族の小娘が急にパワーアップしたことに驚きを隠しきれていないのだ。
「すごいよハクバ!!!」
「ほんとにすごいや…めちゃくちゃだ……!」
そしてそのパワーアップのきっかけとなったハクバも、まさかナインにここまでの力が眠っているとは思っていなかったようだ。
「まずはこの小娘を…ハッ!?」
ギメがとどめを刺そうとした時には既に、クーはハクバ共々、記憶を書き換える装置のそばに移されていた。
「ハクバ、クーさんを治したら国民全員の記憶を元に戻すんだ。そしてすぐに別の場所に転移してくれ」
「小娘一人でババアの相手をするつもりか?ナメられたものよのぉ…」
「ナイン、君はどうするつもりだ」
「この力を試したい。婆さんは僕に任せてくれ」
それは無自覚の挑発でもあった。敵は自分と戦うのではなく、自分をサンドバッグに新しい力を試すつもりでいる。
手も足も出させず圧倒するという風に捉えたギメは沈黙を貫いたまま怒る。ナインを容赦なく殺すつもりなのは変わらず、しかし屈辱を与えて無惨に殺そうと決めた。
ナインは構えを取った。魔法の杖はなく超人モードですらない。
だが闘志は静かに燃えていた。忘れていた記憶を取り戻し、親友を守る程の力を手に入れた彼女は自信に満ちていた。
「よし、行くか!」