一周年記念特別銀幕風回 復活の錬金術!超人モード炸裂!
これはナイン・パロルートがシュラゼアに旅立つ以前に起こった戦いの物語である。
ある日、世界中のあらゆる黄金が消失した。個人が所有している物、博物館、宝石店…例外なく黄金が盗まれたのである。
金を守る警備員は打撃により気絶。設置されていた監視カメラも、犯人を捉えることなく無惨に破壊されていたという…
「まだ犯人は捕まってないんだね」
「それにしてもビックリだよな。お前の魔法でも足取り一つ掴めないなんて」
話は変わるが、日本の単端市に建つボロアパート。そこの201号室に暮らしている少年と少女は、ちょうどこの黄金消失事件の事を話ながら、夕食を取っていた。
「証拠が隠蔽されてるとかいうレベルじゃないからね…これは明らかに異常だよ」
額の右側から健康的な肌色の一本角を生やす少女。ナイン・パロルートという名前の彼女は、こことは別の場所、アノレカディアと呼ばれる異世界から立派になるためにやって来たサキュバスという魔族である。
そんな彼女を居候させている少年は黒金光太。元々は何の変哲もない高校一年生だったが、ナインと出会ったことで波瀾万丈な毎日を送ることになってしまった彼。しかしそれでも、かけがえのない日々だと心の底では大切にしている。
「やっぱりお兄さんかノート達を呼んだ方が良いんじゃ──」
「ダメダメダメ。この世界を守るのは僕と君だって言われたでしょ?僕達を信じて皆アノレカディアへ戻って行ったのに、こんなことで呼び戻したらカッコ悪いよ」
かつて、この世界の命運を掛けた大きな戦いがあった。ナインと光太は邪悪な魔女アン・ドロシエルと戦い、これを制したのである。共に戦った他の仲間達はこの世界の平和を二人に任せ、各々の冒険、生活へと戻っていったのだ。
そうして話ながら食事をしていると突然、ナインの箸を持つ手が制止した。
「…魔獣が現れたよ!この感じ、駅のすぐ近くだ!」
「今の時間帯だと退勤ラッシュで大勢いるぞ!」
角で邪悪な魔力を感じたナインは席を立ち上がり窓を開けた。そしてテーブルに置いていたウエストバッグを巻いて、その中から杖を取り出した。
しかしこれはただの杖ではない。ナインが自らの手で開発した魔法の杖なのだ。
「スカイダッシュ・ワンド!」
杖を振るとナインと光太に魔法が掛かる。するとフワリと身体が地面を離れ、二人は夜空へと飛び出した!
「方角はこっち…大変だ!火事が起きてるよ!」
「だったら…来い、ミラクル・ワンド!」
ビシュン!っとバッグの中から勢いよく物体が飛び出し、光太の手元に収まった。
ミラクル・ワンドと呼ばれたその杖もナインの造った物ではある。一見するとただのつるはしだ。しかしこれには未知なる力が宿っていた。
「いくぞ!」『超人モード!!』
二人が声をあげると、ナインの身体に変化が起こる。身体の至るところで発火、いやその部位が赤く炎を灯した。
白い長髪はファイアーパターンのように染まり、額の右側から生える1本角が炎に変化した。
その名は超人モード烈火。かつての戦いでナインが手に入れた戦闘形態の一つである。
「先に行ってるね!」
そして炎を推力とする烈火の力により、一瞬で火事が起きている駅付近のビルへと着地した。
「まずは…」
始めにナインは、火災の炎へと手を向けてそれを吸収。鎮火させるついでに炎のエネルギーを吸収した。それから地上を見渡すと、暴れている魔獣の姿を発見した。
「四足、いや六足歩行タイプか」
これ以上被害を出してはいけない。ナインは屋上から走り出し、魔獣へ向かって急転直下の一撃を放つ!
「ウォラァ!」
拳の直撃と同時に爆発が起こった。ダメージは入ったが生きていた魔獣は、敵を追い払おうとその場で高速回転を始めた。
「うわっ!」
跳ね上がったナインは必要な部位から炎を噴射することで姿勢を制御する。彼女を敵と見なした魔獣は、頭上に火炎の弾を放った。
しかし今の彼女に炎は効かない。それどころかエネルギーとして吸収できてしまうのだ。
そうしてパワーアップしたナインは右腕に炎の力を集中させ、地上の魔獣に狙いを定めた。
「烈火!拳制灼撃!」
そうして右腕の義肢が破壊音という悲鳴をあげながら、地上にいた魔獣を潰すほどの勢いで射出される。所謂、ロケットパンチというやつだ。
魔獣は爆発し、魔力の消滅を確認したナインは近くの建物に足を降ろした。心から闘志が去ると、超人モードは解除された。
「フゥー…」
「遅れた~ってもう終わってる~!」
「被害は最小限に抑えられたよ!凄いでしょ!」
ビルの下から現れた光太はそのまま缶を投げ渡した。ナインの壊れた義腕を見ると、すぐに新しい物を用意して取り付けた。
「ってコーヒーじゃん!疲れてるんだからスポーツドリンクとかにしてよ!」
「仕方ねえだろ家計カツカツなんだから!」
どうやら彼が買ってきた缶コーヒーは近くの自販機で一番安かった品のようだ。
ナインは仕方なくそれで我慢しながら、パニックが収まった街の様子を眺めた。
「…そうだ、この近くって宝石店があったよね」
「あぁ、ここから少し離れた場所に」
「念のため見に行っておこう」
窃盗の起こった現場付近で、魔獣と思わしき化け物が暴れていたという前例はない。しかし念のため、ナイン達は宝石店の様子を伺いに足を運んだ。
シャッターが閉じていて、中から人の気配は感じられない。仮に誰か侵入していたとして、宝石を強奪する際には警報が鳴り響くはずだが、ここら一帯は静寂に包まれている。
「問題ないみたいだな…ナイン?」
一見、何も起きていなさそうな宝石店。しかしナインはコンコンとシャッターを叩き、バッグから杖を1本引き抜いた。今度はその杖でシャッターを叩くと、ガラガラと上がり始めた。
「誰かいそうか?」
「魔力は感じないんだけど…なんだろうこの感覚」
恐る恐る、光太はスマホのライトで真っ暗な店内を照らした。
「黄金の臭いがするな…」
誰かがいる。そう警戒した瞬間、何者かがナインに飛び付いて路地へ出た。
「な、なんだこいつ!?」
まるで白い1枚の布切れのような、古代人を彷彿とさせる格好の男がナインを捕える。ナインは振り払おうと暴れるが、高い戦闘力を持つ彼女の力でさえもこの男から離れる事は出来なかった。
「このバッグの中から黄金の臭いがするぞ。うん、理由は尋ねなくて結構。とりあえず私と一緒に来てもらおうか」
「おい!ナインから離れろ!」
光太はナインを助けようと挑むが、男は建物の上へと跳躍。そしてナインの腹部に一撃入れて気絶させた。
「お前ェェェェエ!」
「そう怒るな少年、ちょっとレンタルさせてもらうだけだ。そう、二、三日くらいじゃないかな」
殺意は届いても攻撃は届かず、光太はひたすら不快感を覚える男をただ睨むしかなかった。
「それじゃあ、悪いね」
突然光ったかと思うと、男はナインと共に消えてしまう。光太はすぐに彼らがいた場所に上がったが、そこには何の痕跡も残っていなかった。
「…くっ…クッソガアアアアアアア!」
そうしてダクトをへこませた右手からは、鮮やかな色の血が流れ出た。
たった一晩、僅か数分にして何もかも失った光太は重い足取りでアパートに戻って来た。
「とりあえずあいつらに連絡を…」
現状、すぐに動ける仲間は2人いる。他には月面都市メトロポリスにナインの仲間と呼べる少年達がいる。しかし気に入らないので彼らには連絡を入れなかった。
「あいつはナインをどこに連れて行ったんだ…それにナインを一撃で倒したあの動き、普通じゃなかった…」
敵について考えていると、ポケットの中でスマホが震える。光太はすぐさまスマホを手に取り、相手も確かめずに電話に出た。
「ナイン!?無事か!今どこにいる!」
「ご、ごめん。優希だけど…」
しかし電話を掛けてきたのはナインではなく、先程連絡を入れたばかりの灯沢優希という少女だった。
「灯沢か…さっき送った通りだ。ナインが拐われた!頼む、力を貸してくれ!」
「勿論!友達を助けるのは当然の事だよ!…ところでナインちゃんがどこにいるか知らないの?」
「あぁ…魔法の杖もないからな…」
「………テレビ点けてニュース見てみよっか」
光太は言われた通りにテレビを点ける。するとちょうどよくニュースが流れていた。
「金閣寺を中心としたおよそ半径1キロメートルに人の形をした金色の怪物が多数出現。それから10分後には黄金の都市が出現しました」
キャスターの説明が終わると、現場にいた人達への取材に切り替わる。インタビューを受けている男性の後ろには、黄金に輝く街が映っていた、
「目を疑うような光景で、まるで魔法でも見てるんじゃないかって…いや、最近見たアニメの錬金術みたいでした」
「あの金どうやら本物らしくて…化け物さえいなければ1グラムだけでも持って帰りたいですよね~」
金閣寺を中心に黄金の都市が出来上がっていた。都市には金で造られた怪物達が徘徊しており、露骨に人が寄るのを拒んでいる。
光太に疑う余地はなかった。
「ナインはここにいるのか!?」
「水城さんはもう現地に向かってるみたい。私もこれから水城財閥のヘリコプターでそっちに向かうから、準備しておいて」
「なるべく早めで頼むぞ!」
電話を切ると、光太はすぐに支度を始めた。動きやすい服に着替えて、すぐに動けるように軽く体を慣らして、ミラクル・ワンドで素振りをして…終わりだ。
「これから戦いに行くのに必要な物って何!?」
「ん…ハッ!?」
一方その頃、光太達が想像していた通り黄金都市の金閣寺に拐われたナインは目を覚ました。
「んん、これも違う…これは…これでもない…」
手足が後ろに回されて自由に動かせない。どうやら頑丈な拘束具を付けられたようだ。
さらに巻いていたはずのウエストバッグは、彼女を襲った男に目の前で荒らされていた。
「お前…何やってんだ!?」
「おぉ、起きたのか。早速で悪いが黄金を出してくれないか?」
(黄金…金を発生させるゴールド・ワンドの事か?)
「悪党に貸す杖はない!お前の目的はなんだ!どうして黄金を盗む!?」
「愛する人を蘇らせるためだ」
目的を聞いた途端、ナインは出そうとしていた言葉を引っ込めて、話し方を変えた。
「よ、蘇らせるってどうやって?」
「そうだな、まずはこれを見てくれたら協力してくれる気になるだろう」
男は適当な杖を取り出して、そばに置いてあるバケツに浸ける。バケツの中には何の変哲もない水道水が入っていた。
「これから見てもらうのは今はもう失われた技術…そう、錬金術だよ」
「錬金術だって!?」
杖は水に浸かった部分からドロドロな状態へと分解されていく。完全に分解された後、かつて杖だった物体の中に含まれていた金属が、隣の空バケツに移された。
「これっぽっちか…まあ仕方がない」
杖を補強するためにだけ使われていた安い金属。それがバケツの中で、元素記号Auに当てはまる完璧な金へと変換された!
「れ、錬金術だ…」
「う~ん、イマイチなリアクションだ。それでこの出来上がった金属をだな…あれ?スミス?スミス~!」
男が誰かの名前を呼ぶ。すると金閣寺の外から、翼の生えた黒い釜が飛び込んで来た。
(こ、こいつは一体…!?)
「スミスほら見ろ。金だぞ」
「…確かに、これは紛うことなき金ですね。それではいただきます」
釜の蓋が開くと、たった今錬成した分を含めた大量の金がその中に吸い込まれていった。
「な、なんだそいつは!?」
「彼はゴールド・スミス。私を現世に蘇らせてくれた黄金の神様さ」
「蘇らせた!?」
目を疑い耳を疑った。これでも混乱しないのは、流石異世界から来たサキュバスだけあると褒められるところだ。
「そう、私は過去を生きた錬金術師アイジ・マンツーリッター!」
(…すっげえ誇って名乗ってるけど、この世界の偉人とか知らね~!?)
「知らないって思った?それは当然、なんせ私は偉人でも何でもない、錬金術師の端くれだった男だからな」
しかしそんなことはどうでもいい。ナインは彼よりも、金を食べたゴールド・スミスに注意を向けていた。
「その神様はなんなの?」
「彼…いや彼女か?名前はゴールド・スミス!信仰されなくなった彼が存在を維持するには金が必要みたいでね、私は金を与える見返りとして恋人リジーナを蘇らせてもらうのさ!…今、嘘くさ、騙されてるって思っただろ?」
「そんなことはないよ…けど…ただ…」
ナインの住んでいた世界アノレカディアには失われた生命や昇天した魂が戻ってくる前例がいくつもある。しかし、ゴールド・スミスが放つ嫌なオーラに彼女は疑いの眼を向けているのだ。
(こいつは本当に死者を蘇生出来るのか…?)
ナインとアイジがやり取りを繰り広げる金閣寺。それを中心として造られた黄金都市に、1機のヘリコプターが接近していた。
「作戦を再確認するよ。まずは私と黒金君で突撃して、敵をこっちに集中させる。その後遅れて来る水城さんが奇襲をかけて、ナインちゃんを救出。出来ればその誘拐犯をやっつける。危なかったら撤退」
「奇襲って言うけどあいつの魔法鎖操るだけだろ?それでどうするつもりだよ」
「偉そうに尋ねてるけど現状一番無力なのは君だからね」
予想外の指摘に光太は心を痛める。カッとなってビンタしそうになったが、協力を仰いだ相手にそれは駄目だと理性が抑止。
「…私は前よりも強くなったんだ…頑張るぞ…頑張るぞ…!」
以前まで光太に好意を抱いていた優希だが、彼に幻滅した今では会話は最低限で切り上げるようにしている。一応、仲間としては認識しているらしい。
遠隔操縦のヘリコがさらに都市へ近付く。すると地上の怪物達が金色の翼を生やし、迎撃のために飛翔した。
「ヤバいぞ!敵が来る!」
「任せて!オロラム・バリボール!」
優希が呪文を唱えると、彼女達が乗っているヘリコを守る球状のバリアが発生。
オロラムとは防御力を持つオーロラを発生させる呪文で、秘めたる力から発現した魔法、通称ファーストスペルという彼女専用の呪文である。今のバリアはスペルの後に更に単語を加えた事で、そのオーロラを球状に変形させた物だ。
「おぉ!新しい技だ!」
「なるべく金閣寺に近付いてから飛び降りるよ!」
アン・ドロシエルの戦いの後、彼女はとある人物の元で修行を受けていた。それによって魔法の能力が上がったのはもちろんだが、心も遥かに成長していた。
怪物はバリアへ突進。衝突と同時にバリアのエネルギーによってバラバラに崩壊。しかしすぐに元の状態へ戻り再度突進という消耗の無い特攻を繰り返す。それによってバリアの耐久はあっという間に削られていった。
そして音もなくバリアが破られる直前に、優希は光太を抱えてヘリコから飛び降りた!
「オロラム・バリカッサン!」
今度はオーロラのパラシュートを生成し、黄金で造られた建物の屋根に着地した。
「本丸が金閣寺なのに街並みは海外チックだな。それも古い」
「観光してる場合じゃないよ!」
墜落していくヘリコを背にして怪物達が接近。だが優希はオロラムを唱えず、ポケットから手のひらサイズのノートを抜いた。その表紙と裏表紙には独特なイラストが描かれていて、見るからに普通の物ではない。
「それは?」
「防御力ばかり上がった私のために先生が作ってくれた攻めの魔導書…炎の玉霊よ、我を阻まんとする敵を焼き尽くせ!カバロ・キヨル!」
呪文を詠唱した優希の前に魔法陣が発生。そこから炎の弾が発射され、怪物達に命中した。
「そうだった!金は純粋な程熱に弱い!あいつらはドロドロになって落ちていくぞ!」
「でも倒せたわけじゃないみたい!」
溶けた怪物は地上に落下。それからすぐに元の姿に戻ってしまった。
「黒金君は金閣寺に向かって!敵の注意を2つに分けよう!」
「あぁ分かった!」
光太は階段を降りて路上に立つと、金閣寺の方へ走り出した。
優希は身長の何倍もある建物の屋根から飛び降りて、ここから先へは行かせないと怪物達の前に立ちはだかる。
「穿て剛の柱!フォマル・イモイ・オナー!」
魔力を代償に、今度は円柱の形をした物体が弾丸のように連射。先程の炎と違って身体を砕くだけではあるが、身体がバラバラになった事で再生する時間が僅かに遅かった。
「こっから先には行かせないよ!」
「ユッキーの魔力!もしかして来てくれたのか!?」
ナインは額の一本角で戦っている優希の魔力を感知した。
「うぅん!?君の仲間か?それは不味い!早く錬成しなければ!」
アイジが作業スピードを上げる。都市の生成に使った金はこの金閣寺の防衛だけでなく、後の作業に使うそうでスミスには喰わせられないのだ。
「…そのリジーナってどんな人なの?」
「アイジは作業に集中していますので、代わりに私がお答えしましょう」
彼の代わりに釜のゴールド・スミスが、アイジの恋人リジーナについて語り始める。不気味に翼を折り畳む釜を相手に、ナインは警戒を緩めることなく話を聴いた。
「アイジはかつて存在していた小国ステファノンで錬金術の研究を職にしていました。リジーナとは勤めている研究所で出会いました。錬金術師としてはあまり優れていなかったアイジと違い、リジーナは天才と呼ぶべき女性。黄金都市を造れるのがアイジなら、黄金帝国を造れるのがリジーナです…ちなみにこの都市に使われている金は私が用意をした物であります」
「ごめん、都市造ってる時点で充分凄いと思うけど…それよりも、この都市を造るのに使った金で君は存在を維持出来なかったの?」
「…私の存在を維持するためには心が込められて用意された金が必要なのです。なんとしてもリジーナを蘇らせる。その一心でアイジは倫理を捨てて、金を盗みあなたを襲ったのです」
「酷い…神様だったら彼にそんなことやらせるなよ!代価が必要にしても別のやり方があっただろ!大切な人の為に道を踏み外すような真似させてなにが神だ!」
「なんとでも。それでは話を続けましょう。当時錬金術を研究している人間は馬鹿として扱われました。他国では主に機械技術が研究、発達しているので当然と言えば当然です。そこで国の賢人はリジーナに目を付けました。彼女は錬金術に限らず、あらゆる分野で活躍出来る才能を秘めていたのです。そんな天才に錬金術を研究させるなんて時間の無駄。機械分野の現場へリジーナは連れて行かれたのです。さらに悪影響を与えないようにと、アイジとの交流を生涯禁じました。彼よりも良い男を用意してやる。絶対に気に入るぞと…」
そこまで聴いたナインは思わず、そんな国滅んでしまって良かったと思ってしまった。これについては光太や優希も同じ感想を抱いただろう。
「そうだ!だから私はリジーナを探した!…だが足取りも掴めず、私は命を落とした。滑稽だろう…私はリジーナに会いたい。そして奪われてしまった時間分、彼女と共に歩んでいきたいんだ…」
声を荒げるアイジ。彼が錬金した金は先程と違っていて、まるでその怒りを表すように大きな棘を生やした固体となっていた。
金閣寺へ近付く光太。そんな彼の前に、突如として黄金のゴーレムが現れた。
「さっきまでいなかっただろお前!どっから出てきた!?」
しかしそんな脅威を前にしても、踵を返す事は出来ない。
戦闘能力を持たない光太はゴーレムとの戦闘を避けようと、手前の角を曲がって別のルートを探す。だがゴーレムは建物を破壊しながら、最短距離で彼を捕まえようとしていた。
「うわっ!?」
広い道へ出た光太だったが、そこで彼は転んで膝を打ち付けた。
「いってぇ…」
ただ転んだだけなのに立ち上げる事が出来ない。なにせ地面は金なのだ。頭を打たなかっただけ幸運だ。
「や、ヤバイ!」
光太を握り潰そうと、獣の口のように大きく開いた手が彼に迫る!
「だっ誰か!」
救いを乞おうとする情けない声は誰にも届かない。
しかし求められずとも助けようとする仲間が彼の元へ駆けつける!
「…おっ?」
黄金の腕に太い鎖が巻き付いて動きを止める。そして鎖は獲物を絞め殺す蛇のように、締め付けを強めて金の腕を砕いた。
「前よりデカくなったなぁ」
魔法陣から現れたその鎖を彼は知っている。鎖を操る魔法使いは、蜘蛛の巣のように足場を延ばしてゴーレムを見下ろしていた。
「旅の途中、何度か強力な魔獣と遭遇したの。おかげでハイスピードで成長出来たわ」
鎖の魔法使い水城星河。光太がかつて通っていた学校では同じ学年の生徒だったが、学校が失くなった今では海外を回って魔獣から平和を守っているのだ。
「さあ光太君。ここは私に任せてあなたはナインちゃんの元へ!」
ようやく光太は立ち上がった。膝は痛いが動けなくはない。それに拐われたナインの事を思うと、痛みなんてどうでもよくなってしまった。
「ありがとう!」
光太はすぐに走り出し、後少しのところにある金閣寺へ向かっていった。
彼を見送った星河はパチンと指を鳴らす。すると建物を縫うように無数の鎖が張り巡らされ、ゴーレムとやり合うためのバトルフィールドが出来上がった。
「さあ、始めましょう」
蜘蛛の巣から飛び降り、ゴーレムと同じ地上に立つ。彼女には優希が使っていたような魔導書もなければ鎖を操る魔法以外に何もない。
一体彼女はどうやってこのゴーレムを倒そうというのか。
黄金のゴーレムは腕を再形成し、星河に拳を振り下ろす。だが拳が落ちた地点に彼女の姿はなかった。
「どこを狙っているのかしら?私はここよ」
なんと彼女はゴーレムの背後にいた。しかしまだ攻撃することはなく、指をクイクイと動かして敵を煽る。
それに対し、ゴーレムは振り向きの勢いを乗せた裏拳を繰り出した!
「遅いわ」
星河は足元から射出された鎖を握り、一瞬にしてゴーレムの頭よりも高い位置に上がっていった。ゴーレムの背後に回った時もこうして移動していた。。
これは魔法で召喚した鎖を利用しての高速移動である。出口の陣から入口の陣へと向かう鎖を握り、直線のみではあるが常人では出せない速度で移動出来るのだ。
「その腕の再生を見るからに、あなたにいくらダメージを与えたところで無駄。だからこうして攻撃を避けて移動して時間を稼ぐ…だけなワケないじゃない!」
少女とゴーレムの頭上に巨大な龍が現われた。この龍の正体は星河が召喚した鎖の集合体である。
「ゴーレムも金!街も金!同時に大ダメージを与えたらどうなるのかしらね!行きなさい!チェーン・クノッカズ・ナスカン!」
龍は星河の命令を受けると、黄金のゴーレムに突撃を開始する。地上の建物が攻撃を阻止しようと形を変えて迎撃に入る。しかしどれだけの攻撃を受けても、鎖の集合体である龍はどこも崩されることはなかった。
そしてゴーレムに命中した。周囲の建物は一斉に倒壊し、ゴーレムはプレス機にかけられたように潰れていく。星河は鎖で防御力を高め、巻き添えを受けないようにしていた。
「都市の損傷甚大。ゴーレムの再形成には時間が掛かりそうです。アイジ、錬金を急いで下さい」
「分かっている!…機械で発達した世界の人間だからと過小評価していた。まさかここまでやるとは…」
「アイジ、君は恋人が蘇ればそれでいいんだね?」
「私の過去を聴いて協力する気になってくれたのか?あぁリジーナさえ蘇ればすぐにこの場から消えてやろう。私は機械技術は嫌いでね。リジーナの才能を必要とする愚か者が現われない聖地で静かに暮らしてやろう」
「…分かった。だったらこの拘束を解いて。ゴールド・ワンドを用意する」
アイジはリジーナを望んでいるだけだと理解し、ナインは杖を渡すことに決めた。彼女の手足を拘束していた金は外れ、他と同じようにスミスの中へ。ナインはバッグを漁り、アイジが目的としているゴールド・ワンドを探した。
「理解が早くて助かる!こうなるんだったらちゃんと交渉すれば良かった。スミスに急かされてやり方を間違えてしまったよ」
一つ引っ掛かるのはそのゴールド・スミスの存在である。なぜわざわざアイジを蘇らせたのか。戦闘能力を持たずとも、宝石店から金を盗み出すくらい単独で出来たはずだ。
そして本当にこの釜を信用していいのか。最初に見た時の嫌な感覚はなんだったのか。
ナインはその疑心を放置して、金色の杖を取り出した。
「おぉ!これだこれ!私が嗅いだ黄金の臭い!これさえあれば足りるだろう!さあ、錬金だ!」
アイジはゴールド・ワンドを代価に錬金術を発動した。
「ナイン!無事か!?」
「あっ光太…ちょっと待って!その人はもう敵じゃない!」
金閣寺に駆けつけた光太。彼はナインの心配をした次に何をしたかというと、錬金術を行っているアイジにミラクル・ワンドで襲い掛かろうとしたのだ。
事情を知った後、気を許したわけではないがアイジへの攻撃は控えた。
「その女が蘇ったらとっとと帰るぞ」
「うん…ふぁあ~…今何時なんだろう。帰る頃には日が昇ってるんじゃないのかな」
「よぉし!スミス!さぁ全部喰え!そしてリジーナを復活させるんだ!」
「大量ですね。それではいただきます」
スミスの蓋が開き、金閣寺から溢れる程の金を吸い込んでいく。ナイン達は間違って吸われてしまわないよう近くの物にしがみついた。
「うわあああああっ!」
「文化財に傷があああああ!?」
そしてスミスが金を吸い終えた時、金閣寺は傷だらけになっていた。
「こんなの見たら足利義満が泣くぞ…」
「さぁ~スミス!リジーナ!リジーナを蘇らせるんだ!」
スミスに大量の金を与えた。後はリジーナが蘇るのを待つだけだ。アイジは緊張しながら、釜の前でその時を待っていた。
「おっ!」
突然アイジが後方へ跳ねた。次の瞬間、釜は黄色い煙を噴き出し、そしてボカンッ!と爆発した。
「釜が割れた!」
「リジーナ!おぉリジーナァ!」
そして釜があった場所には女性が立っていた。
「この人がリジーナ…ナイン、どう思う…ナイン?」
「リジーナ!私だよアイジだ!分かるか?」
リジーナはボーっとアイジの顔を見つめている。蘇ったばかりで現状が飲み込めてないみたいだ。
「危なぁぁい!」
叫び走り出したナインはアイジを抱えてリジーナから遠ざける。そしてアイジが立っていた足下から、金色の刃が飛び出した。
「…御苦労様でした」
「リジーナ…?お、おい!どうしたんだ!」
「あいつは魔獣だ!いや、人間に寄生しているから魔獣人だ!…あの釜に力を抑えられていたんだ…気付けなかった!」
「なんだって!?」
魔獣人。それはアン・ドロシエルとの戦いで彼女が用意した駒の名称。魔獣人とは魔獣を体内に宿した人間の事である。
「私を神と信じて頑張る姿は実に…滑稽でした!」
「リジーナ!?何を言っているんだ!?」
「アイジ!あいつはリジーナなんかじゃない!」
ナインの言う通りだ。しかしその外見はアイジが知るリジーナその人であった。では一体、何が起きているのか。
「黄金神ゴールド・スミス?そんな物あるわけないでしょう。私は生造魔獣ミコマ・ツリル。本来破壊行為を目的とした魔獣には不要である生命製造能力を持っています」
「ならどうしてリジーナを蘇らせてくれないんだ!」
「私に死者を蘇らせる力はありません。そこの少年達の足止めに用意したゴールドリトルノシラとゴールドゴーレムのような簡易生命体ぐらいしか造れませんから」
「そ、それじゃあリジーナは…」
「あなたはよく頑張りました。おかげでこの惑星にいる脅威に対抗出来る程の金が集まりました。ちゃんとリジーナには会わせてあげますよ。あの世でね」
アイジは膝を落とした。リジーナは蘇らない。なぜ自分だけが蘇ってしまったのかと。
「あぁそれと。あなたは蘇ってなどいませんよ。あなたは私の能力で造り出したホムンクルスと呼ぶべき存在です。このリジーナの頭脳と私の能力を合わせれば、魂を仕込んだ人造人間の生成など容易でした」
次の瞬間、ナインはリジーナの顔を容赦なく殴っていた。
「あなたはリジーナの中で最も情報が蓄積されていた人間でした。なのでその魂をホムンクルスに定着させるのも容易でした。実に役立ってくれましたね」
「黙れこの野郎!人の純粋な気持ちを利用しやがって!お前は絶対に許さないぞ!」
「ご自由に。あなた達を倒した後、私はこの星を力へ錬金し、この宇宙そのものを私の一部とします」
怒りを燃やすナインはさらにもう一撃打ち込み、リジーナを金閣寺から叩き出す。すると落下することなく浮遊しているリジーナは、アイジの目の前で異形の変身を遂げた。
「リジーナ…そんな…」
恋人に会えないという事実に嘆くアイジ。その姿を見て心が痛む。しかしまずは、彼を利用してここまで追い込んだあいつを倒さなければならないと、ナインは決意した。
「光太!超人モードだ!」
「あぁ!分かった!」
握り締めるミラクル・ワンドを通してナインの怒りが伝わる。光太が掲げたワンドは虹色に発光。ナインを超人モード烈火へと変身させた。
「このくだらない黄金都市共々全部焼き尽くしてやる!」
炎の力で浮遊、そして敵へ突撃する彼女を見送りながら、光太は落ちていたウエストバッグを腰に巻いた。
「な、何が起きてるの!?」
「金閣寺から飛び出した赤いの…もしかしてナインちゃん!?」
合流し、共闘していた優希達は都市の異変に翻弄されていた。黄金の怪物達は突如地面に溶けていった。さらに黄金都市はある一か所に向かって収束を始めたのである。
二人は鎖魔法で身体を持ち上げて激しくうねる建物の上へ。黄金都市はナインが戦っている金色の敵に吸い上げられ、力として利用されていた。
「あいつがラスボスみたいね…行くわよ!」
「風の翼よ、我を導け!サク・ドマル・フュリカス!」
風の力を背に受け、優希は離れた敵へ急速接近。その間にすぐさま次の魔法を用意した。
「駆けろ炎の獣!フレイ・レーラ・ピューマ!」
炎の身体を持つ獣の群れが現われ、一斉に飛び掛かる。
「デリャアアアァァ!」
ナインが打ち込む連続攻撃はただ肉体にダメージを与えるだけでなく、魔獣人リジーナの持つの金の外骨格を溶かしていた。
「速い攻撃ですね。全身から器用に炎を出して調整しているというわけですか」
外骨格を得た事でパワーを得たリジーナ。しかしその反面、機動力が下がった事で攻撃を完璧には防げていない。だが本体であるリジーナの身体には攻撃が当たらない。外骨格が直撃寸前に形を変え、攻撃を流しているのだ。
「それにしても実にいい身体です。人間では考えられない戦いだというのに、どうすれば良いのかすぐに答えが浮かび上がります」
そう語るリジーナの背後から炎の獣が迫る。それを見たナインは両腕を押さえ、抵抗するところに膝蹴りを打ち込んだ。
「喰らえ!」
獣達は次々と背中に直撃。形を崩して炎となり、背中の外骨格を溶かした。そしてナインは背後を取り、防御を失った背中に熱を宿したパンチを打ち込んだ!
「うっ!」
「どうだ!」
そのまま前方へと飛んでいくリジーナ。しかし何やら様子がおかしかった。
「金を用意しておいて良かったです。やはり、どの時代にも魔獣に匹敵する者はいるのですね…リジーナもそうでした。あの狭苦しい釜に私を封じ込めて…」
「こいつ、この都市の黄金を錬金術で力に換えているのか!」
地上の都市から金が吸い上げられ、背中の外骨格が修復される。それだけでなく、リジーナの身体が一回り大きくなっていた。
「うりゃあああああ!」
ナインが接近して胸を殴る。しかし今度は防御しようともせず、発光する瞳でその小さな身体を見つめていた。
「私には魔獣としての能力だけでなく、リジーナの才能があります。そして喰らいなさい!これが私の錬金術!」
突如、地上から延びて来た黄金の円柱に打たれたナインは、そのまま空高くへ持ち去られた。
「ナインちゃん!?」
「人の心配をしている場合ですか?」
浮遊していた優希、黄金の槍を構えたリジーナが接近。目の前まで迫って突きが繰り出されるが、それよりも先に巻き付いた鎖が身体を引いて、優希を攻撃から逃した。
「まだ仲間がいるのですか!」
迫りくる無数の鎖。リジーナはそれらを全て掌握すると、錬金術で鎖の素子を全てニードルへ変形。そして優希に向けて発射した。
「もうこんなの、錬金術じゃなくてただの超能力じゃない!」
ようやく合流した星河は、巨大な魔法陣から鎖を壁のように走らせてニードルの突破を阻止した。
「無知から見れば何事も超能力ですよ。その魔法とやらにも少しは驚かされましたが…その程度ですか」
そしてその巨体からは想像もつかない程の速度で星河に接近。彼女は鎖のグローブを造ると、黄金の巨拳を受け止めた。
「くっ!あぁ!?」
しかしグローブは崩壊。星河は地上の建物へと叩きつけられた。
「イーセ・レスヘル・フィナー!」
鎖で後退させられた後、空へ投げられていた優希が呪文を唱える。そして掲げた両手に乗るように発生した錆色の魔力の塊を、視線の先にいた黄金の怪物へ投じた!
「この程度のエネルギーではこの外骨格は破壊できま…!?」
避けようとせずに塊を受け止めるリジーナ。天才と言うだけあって、魔力が触れた両手の異変に気付くが早い。
「金であるはずの外骨格が錆びている!?」
「この魔法はあらゆる物を錆びさせて破壊する必殺技!」
「化学法則を無視して錆にしている!?…しかし、どれだけの量を破壊出来るのでしょうね」
少女一人分の魔力で放たれた攻撃に対し、地上から黄金を吸い上げているリジーナの耐久は膨大だ。
優希は魔力を使い果たして地上へ降りる。そして見たのは、敵を倒しきれず消滅していく自分の必殺技だった。
「そんな…せっかく修行してもらったのに…」
「さて…これで邪魔者は全員始末出来たようですね。それでは、この地球そのものを錬金するとしましょうか」
勝利を確信したその時、リジーナは背後から攻撃を受けた。しかし大したダメージにはなっていない。
「そういえばあなたが残ってましたね」
「よくも私を騙したなああああああ!」
怒りに燃えるアイジはボウガンを手にしている。そして周囲の物体を矢に錬金。効いていないと分かりながらも、攻撃をやめることは出来なかった。
「私のホムンクルスであるあなたは生前の肉体以上の力があるはずですが…せっかく力を与えたところで武器を使わないと戦えないのですか。所詮は人間ですね」
「リジーナを返せ!」
「私はあなたの恋人を奪ってなどいませんよ。奪ったのはあなた方の国です…あ、この器をご所望ですか?申し訳ありませんが…それは出来ません。この女の頭脳があれば私は錬金術だけでなく、この宇宙中の技術を使えるようになるでしょう」
「うあああああ!私が何をした!リジーナが悪い事をしたか!なぜ人々の為に生きていた私達がこんな悲惨な運命を辿らなければならない!?」
「知りませんよ。この頭脳でもその答えには辿り着くことは不可能です」
我を忘れてひたすら目の前の悪魔に一矢報いようとするアイジは、背後で十字架の形をした刃が練成されている事に気が付かなかった。
「再会出来るように祈ってますよ」
完成した十字架はアイジに向かって飛び出した。しかし、その不意打ちから彼を庇う者がいた。
「うっ…」
その者とはミラクル・ワンドを持った光太だった。アイジを突き飛ばした直後、彼の腹部に刃が突き刺さった。
「今回、ロクな活躍ないな…」
「君は!?」
「ナインを殴ったお前を許さない…あいつが望んだ…だから助けた…だけ…」
「愚かですねアイジ。恋人を蘇らせようとしたあなたを庇って、無関係の人間が死んでしまいましたよ」
「そ、そんな…私のせいで…」
「無関係じゃない!」
その時、赤く燃え滾るナインが空から舞い戻って来た。
「宇宙ギリギリまでエレベーター乗せやがって!」
「しつこいですね…なんなんですかあなたは」
「僕はナイン・パロルート!僕達は!お前みたいな悪を倒す戦士だああああああああああああああ!」
炎の推進力と降下で得た超高速の身体でリジーナに頭突きを打ち込む!すると身体はバラバラに砕け、中から魔獣が寄生しているリジーナの姿が露わになった!
「リジーナ!」
「外骨格を砕かれたか!ですがすぐに直せますよ、ほら見ててください」
だがリジーナはすぐに外骨格を形成。さらに今の一撃に力を込め過ぎたのと、ミラクル・ワンドの持ち主である光太が気絶したことによって、唯一対抗出来る超人モードが解けてしまった。
だがそれで折れるナインではない。
「うおおおお!」
ナインは倒壊した建物の瓦礫から鉄骨を持ち上げて、それを武器にリジーナへ立ち向かった。
「おや?外骨格を纏った私より遅いではありませんか。もう肉体の限界が近いのではないですか?」
「うおおおおおおお!オリャア!うおおおおおおお!」
リジーナの言葉に耳を傾けることなく、ナインはひたすら攻撃を繰り出す。どれだけ回避されても、諦めようとはしなかった。
「…」
その後方でアイジは、十字架が刺さった光太を地面へ横にした。
「この傷なら全身の細胞と皮膚、それと少しの寿命を使えば再生できる」
アイジは懐から取り出した容器を開けて光太の傷口に中身の水を全て掛けた。そして杖を金に換えた時のように、光太の身体を代償に傷口を再生させたのである。
「私の半端者にも満たない力、君の天才的な才能。どれも全ては誰かを救い助けるために授かった物…そうだったな、リジーナ…君を蘇らせようと忘れていた…恋は盲目だな」
そしてアイジは水の入った容器を持ってナインに加勢した。
「そらっ!よいしょっ!」
「アイジ、諦めなさい」
リジーナの外骨格に水を掛けて金から別の物質へ。しかしすぐに金へ戻されてしまい、いくら攻撃を続けてもダメージにはならない。そしてすぐに水はなくなってしまった。
「水があれば練成できるんだね!?」
いつの間にか杖を仕入れていたナインが敵の頭上から大量の水を放出した。彼女が振ったのは魔力を消費して水を発生させるウォーター・ワンドである。
「そうだ!」
強く返事をして、全身に水を浴びたリジーナに連打を打ち込む。そして攻撃を打ち込まれた部分は金とは別の物質へ。
「しつこいですよ」
「水ならいくらでも出してやる!やれええええええ!」
「感謝しよう!そして償いとしては足りないが、この悪魔との戦いに参戦させてもらおう!」
ナインもただ水を掛けるだけでなく、練成されて金から換えられた物質を素早く奪うことで敵の質量を減らしていった。
「周りが見えないのですか。私はこの黄金都市が残っている限り再生出来る。それに対しあなた達は肉体分のエネルギーしかないというのに…愚かです」
ナインとアイジ、小さな二人からすれば都市そのものを肉体とする敵の再生力は無限に等しい。戦意を保つ二人も、特に戦い続けているナインにも限界が近付いていた。
(僕にも錬金術が使えたら…あっ!)
「厄介な杖はもうありません!アイジ、もう錬金術は出来ませんよ!」
奪ったウォーター・ワンドをへし折り、リジーナは今度こそ勝利を確信。拳を掲げ、勝ち誇った。
「あれさえ出来れば…」
「あれって?」
「リジーナと開発していた、生命を持たない無機物から生命エネルギーを練成する術だ」
「やり方は覚えてるの?」
「覚えているが…私には無理だ。彼女がいなければ…」
「何を話しているのか知りませんが、タラレバしている辺り、万策尽きたという事ですね」
「…君の恋人、リジーナさんを取り戻そう」
「しかし死んだ肉体にいくらエネルギーを与えても…」
「元々その人に会いたくてここまでやってきたんでしょ!だったらやれること全部やろう!」
その時、その瞬間、アイジは過去の記憶を思い出した。それは研究が上手くいかず、折れそうになっていた自分に恋人リジーナがかけてくれた励ましの言葉だった!
「まだやれることは残ってるじゃないですか。自分には何も出来ないなんて諦めないで下さい。」
まだやれることは残っている。最期まで戦うと決意した瞬間、背後から放たれた物体が外骨格に命中。僅かだがその丈夫な金を砕いた。
「なんですこれは………錬金術が通じない…」
「いけ!ナイン!」
その物体とは、傷が回復した光太が意識を取り戻してすぐに射出したミラクル・ワンドだった。
「いくぞアイジ!」
「リジィィナアアアアアアア!!!」
錬金術が通用せず動揺していたところにナインが蹴りを繰り出す。狙ったのは本体ではなく刺さっていたミラクル・ワンドで、強い衝撃を受けたことによって正面の外骨格が完全に砕けた。
そして露出したリジーナの身体にアイジの手が届いた。
「しまった!錬金術に使う水がない!」
「心配ないさ!この錬成の仲介料には私の生命を払おう!リジーナ!私だ!目を覚ましてくれ!」
「無駄です。既にこの身体には私の意志しか宿っていません。あなたのやっていることは虚空に向けて叫んでいるのと同じことです」
「リジーナ!リジーナ!!リジーナアアアアアアアアアアアアア!!!」
それでもアイジは叫び続けた。生命エネルギーを造り出すための代価である金ならいくらでもある。錬金術を発動するのに必要な始動エネルギーにはアイジの生命そのものが支払われている。
ここからどうなるかは、リジーナ自身に懸かっていた。たとえ魔獣の言う事が本当だとしても、彼らにはもうこの手しか残されていない。
「リジーナさん!彼氏さんを連れてきてやったぞ!目を開けてくれえええええ!」
「リジィィィィナアアアアアアアアア!」
「どれだけ叫んでも無駄ですよ」
だが、その言葉をぶっ飛ばすように奇跡は起こった。
「な、何が起きているのです!何をしたんですか!?」
「…リジーナ!?」
黄金の外骨格が縮小を始めたのだ。魔獣は都市を形成している黄金で外骨格を造るが、すぐに縮んでしまう。
「僕の身体にパワーが………まさか、黄金を練成して生まれた生命エネルギー!」
「リジーナの魂はここにない!それなのになぜなのです!?」
アイジが与えた生命エネルギーを受けたリジーナの身体。その身体は内側に宿っている魔獣の意志を無視して動いていた。外骨格や都市に使われている黄金を生命エネルギーへと超高速錬成し、ナインに送っているのだ。
「うおおおおおおお!」
しかもそれだけではない。額の左側からホワイトをベースにゴールドラインが走る角が突出。服装がアイジのような無地の一枚布へと変化した。
「強き愛は練られ、黄金を砕く力と成る!超人モード2!アルケメットバトルクルス!」
これこそ超人モード2!共に戦う仲間の力を行使できる、烈火とはまた別の超人モードである!今の彼女にはリジーナの天才的センス、そしてアイジが発揮出来なかったホムンクルスとしてパワーが上乗せされているのだ!
「な、何が起きているのです!?」
「行くぞ!必勝の一撃!エリクストリームワイザー!」
リジーナから送られてくるエネルギーを受け、ナインは彼女の身体に手を伸ばす。しかし外骨格から向けられる暴風の圧力がそれを阻む。魔獣はリジーナに好き勝手をさせて溜まるかと、練成を加速させた。
「リジーナをこれ以上苦しめるな!この悪魔があああああああ!」
しかしアイジは造られたばかりの金をエネルギーにしてリジーナへ送る。そしてそのエネルギーはナインに送られ、彼女に更なる力を与えた。
「届けええええ!」
そしてナインの手が触れた瞬間、外骨格からリジーナの身体が飛び出した。アイジはそれを抱きかかえてその場に倒れたが、戦いはまだ終わっていない。
「私とリジーナの身体を分離させた…いや、膨大なエネルギーを代価に、人間と魔獣の分離という超常現象を引き起こした!?」
「逃がさないぞ!おりゃあああああああ!」
ナインは全てのエネルギーを身体の一点に集中させ、インゴットのような姿をした生造魔獣ミコマ・ツリルに向かって跳躍した。
「砕け散れええええええええええ!!!」
そしてナインの頭突きが魔獣に命中した!それを喰らったことでミコマ・ツリルは粉々に崩壊する!
「ウギャアアアアアアアアア!!!???」
大爆発!インゴットのようなサイズからは想像もつかない程の爆発を起こし、この戦いの元凶である生造魔獣ミコマ・ツリルは消滅したのだった。
「リジーナ…」
アイジの抱える身体にはもう何も残っていない。魔獣も、生命エネルギーも、そしてリジーナの魂も。
魔獣を倒したナインは超人モードが解けて、背中から落ちてきた。
「いてて…リジーナさんの魂は残っていたのかな」
「分からない。私を待っていてくれたのか、それとも残留思念という物であんなことが出来たのか…天才は死んでも天才だった。流石はリジーナだ」
リジーナの身体がボロボロと崩れ、アイジの腕から落ちていく。ナインがかつて出会った魔獣人も、死ぬ時にはこうして身体が崩壊していた。
そしてその人も、今のアイジとリジーナのようにナインの仲間に協力してくれた。
「…さて、黄金都市はまだ残っている。傷付けてしまった元の街を修復しようじゃないか」
「でも、錬金術を発動するために必要な水がないよ」
「金閣寺の近くには鏡湖池と安眠沢があるわ。そこの水を使いましょう」
優希の肩を借りてやって来た星河がそう助言する。魔獣にやられた二人は揃ってボロボロだった。
「よぉし、では宝石店関係者とその池の管理者には悪いがそれらを使わせてもらおう」
一向は黄金都市の中心である金閣寺へ移動した。そしてアイジは広範囲にも及ぶ修復の錬成を開始した。
「凄い…壊れた街がどんどん直ってる…」
「これが本来の錬金術だ。私利私欲のためではなく誰かのために…これで良いんだよな、リジーナ」
寂しげな独り言を聞いたナインが振り向く。錬金術を発動しているアイジの身体が消滅しようとしていた。
「先程の戦いでこの肉体の寿命はほぼ使い果たした。それに私は過去の人間だ…例えリジーナと一緒に蘇れたとして、ここにいられる時間は短かっただろうな」
「そっか…あの世で会えるといいね」
「私の身勝手な振る舞いで、特に君達には迷惑をかけた。僅かに金も余りそうだし、何か必要な物があれば錬成してあげよう」
「残った金を全部日本円に錬成してくれ!」
「君の錬金術に関する知識を全て記した本をちょうだい!」
「錬金術をテーマにした漫画が欲しいです!」
「世界中の政治家全員の老廃物を全部金色にしてちょうだい!」
「…全部、無理!」
四人が何を錬成させるか、殴り合いで決めている間にもアイジの身体はどんどん消滅していく。
戦いに勝ち残ったナインは、その光景を見ると慌てて望む物を叫んだ。
「サキュバスのナイン・パロルートの書籍化、漫画化!あとアニメ化と実写化!メディアミックスメチャクチャ求む!ホントにマジでお願い!」
「…その願いは自分の手で掴み取るものだよ」
「おい待て!それっぽいセリフ遺して逝くな!せめて現金!金くれ金!」
「あぁ、リジーナ…君に会えたら嬉しいな…」
そして錬金術を発動させるためのエネルギーとなったアイジは消滅した。街は元に戻り、他の人々に残ったのは黄金都市があったという記憶だけだ。
日が昇り、少女達のいる金閣寺に朝日の光が差し込む。昨夜から始まった戦いはようやく終わったのだ。
「それじゃあ私達は行くね。また何かあったら助けに行くよ」
「それまでにもっと強くなるわよ。今回みたいに情けない負け方は御免だわ」
優希と星河を乗せたヘリコプターが飛び去って行く。
「それじゃあ俺達は…」
「京都観光でもして帰りますか~!」
ナインと光太は戦いでの疲労などスッカリ忘れて、そのまま京都観光を始めた。
戦士達によって魔獣は倒され、新しい朝がやって来た。これからまた普段通りの一日が始まる。