第3話 「波が導いてくれる」
「波が導いてくれる」という占い師の言葉を聞いた僕は、ビザという海辺の町にやって来た。
「暗くなっちゃったな…」
ここに来る道中、魔物に襲われていた商人達を助けて時間が掛かってしまった。
この時間に港から出る船はないそうだ。目的地を決めないで泳ぐのも危ないし、諦めて今晩は休むことにしよう。
「あの、先程はありがとうございました!」
真っ暗な海を眺めていると、昼間に助けた商人の一人がやって来た。
「魔物から守って下さるだけでなく、馬車まで直していただいて!もう本当に感謝しても足りません!」
「お気になさらず…そうだ、シュラゼアに行きたいんですけど、ここから船って出てたりします?」
「シュラゼア…はて?どこの国ですか?」
アノレカディアは無限に広がっている世界。こんな風に国の名前を出しても分からないという事は珍しくない。
商人に聞いてこの反応だと、ここからシュラゼアに行く船どころか国自体を知ってる人もいなさそうだな…
その後は宿に荷物を置いて、夕食を食べに店が並ぶ中央の通りに足を運んだ。
どこの店も満席だ。仕事を終えた人達が大きな笑い声をあげて会食を楽しんでいる。
…あれ、1人でいるってこんなに寂しかったかな。
「あ~した~はや~すみ~!ぎょ~せんでま~せん!さ~か~な~もくわ~れに~こない!」
酒の入った樽ジョッキを片手にご機嫌で歌っている。お酒を飲んで騒いで、一見するとだらしない。けどそれは、騒ぎたくなるくらい退屈で平和だということだ。
「おやお嬢ちゃん迷子かい?」
「いえ…国を探してるんです。シュラゼアって国なんですけど」
「いや~俺達魚捕りにそこら辺までしか出たことねえから分からねえな~」
そうだと思った。だから尋ねなかったんだよこの酔っぱらいめ!
「でもさぁ、スージィなら知ってるかもな」
「そうだ、あいつ元航海士だったな」
「そのスージィという人はこの町のどこに?」
「それが知りたきゃ…酒を注げえええええ!」
そうして押し付けられた瓶を抱え、絡んできた人達全員の器に匂いが強い酒を注いだ。
「いや~若い娘に注いで貰った酒は格別に旨いなぁ~!」
「あの、それでスージィ──」
「ちょっと君!チンタラしてないで料理運んで!」
「え?…あ、はい」
この店、いやこの町の従業員はどうやら私服で働いているみたいだ。酒を注いでるところを見られた僕はお姉さんに従事員だと勘違いされ、仕事をやらされた。
「お、お疲れ様で~す………ゲホッゲホッ」
そして朝になっていた。最悪だ…宿に帰って今日は休もう。
「いや~まさか旅人ちゃんだったとはね!悪い悪い!ほら給料、少し上乗せしといたよ」
「少しだけなんですね…別にいいですけど」
「そう言うなって!情報代差し引いてソレだからさ!スージィなら向こうに見えるあの灯台みたいな家に住んでるよ」
その情報を教えてもらうために酒を注いだんだけどな…
気を取り直そう。僕は急いでシュラゼアに行く必要があるんだ。宿で休んでる場合じゃない!
「すいませ~ん!スージィさ~ん!」
僕は宿へは戻らず、波止場の先に建つ家に直行した。
「いないのかな」
チャイムを鳴らしてノックもしたけど返事はない。元航海士らしいけど、今は何の仕事をしているんだろう。
そういえばここに来るまでの道に釣具のレンタルをしてくれる店があったっけ。釣りでもして時間を潰そうかな。
「…おい!」
あれ?今声がしたような…
「スージィさん?いるんですか~!」
返事がない。いやでも確かに声が聴こえたような…
「おい!ワシはここじゃと言っとるじゃろうが!」
足元から声がする!
「えっえっ………ちっせえええええ!?」
よく見ると扉の前に小さいお爺さんがいる!っていうかスージィさんって女性じゃないのかよ!?
「あ、あなたがスージィさん!?元航海士の!」
「そうじゃ!ワシこそがイッスンボー号を操り深海の摩天楼を見つけたスー爺さんじゃ!」
スージィさんは大きな扉の下にある自分専用の小さな扉を通って、椅子を引っ張り出してきた。
「その小さな身体は…あなたも魔族ですか?」
「いや、生まれ持った呪いにチビにされただけでワシは人間じゃ」
小さい身体なの呪いが原因かよ!
そんなことよりも本題に入らないと…
「スージィさん、シュラゼアという国を御存知ないですか?」
「シュラゼア…いや、すまないが分からん。全部の国に行ったわけじゃないからの」
そんな…せっかく何か情報が手に入ると思ったのに…
「転送屋はダメだし情報もゼロ…あの占い師め!なにが波が導いてくれるだ!誰もシュラゼアに導いちゃくれないよ!」
こうなったらひたすら泳いで色んな国を渡ろう。本気で泳げば日の入りまでには別の国に辿り着けるはずだ。
「波が導いてくれる…良い言葉じゃのう…久しぶりに船を出してみるか」
スージィさんはカードの用な物を取り出した。そのカードにはよく見ると…よく見ると…
…ちっさ過ぎてよく見えねー!何か絵が描いてあるのは分かるんだけどな。
「あの、それ何が描いてあるんですか?」
「ん?…描いてあるんじゃない。収納してるんだ」
カードを掲げるとイラストが飛び出し、海の上でどんどん大きくなった。どうやら物を収納できるカードみたいだ。
それよりもこの三角形の物体は…ボートだ!カードから紙製のボートが出てきたぞ!
「そ、それってもしかして…」
「そうじゃ!ワシと共に旅をしたイッスンボー号じゃ!凄いじゃろ!?ジョウブッドの繊維を素材にした紙を折って作り上げたんじゃ!」
「すっげー!」
どれだけ良い素材を使ったところで紙の船なんて1日も保つわけがない!だけどこの人はこの紙の船と一緒に長い時を旅したんだ!凄いなー!
「オールを漕ぐのに疲れた時には横になって、波に任せて旅をしたものよ…」
「それって遭難しませんか?」
「それがしないんじゃ。目を覚ましたら大抵新しい島が目の前にあるんじゃ…お前さんの言葉を借りるなら、波が導いてくれたのかのぉ…」
波が導いてくれた…紙の船を…もしかして!?
「スージィさん!色々ありがとう!」
「ひとまず、この大陸を一周してみるかのぉ」
僕は宿に戻って荷物を取り、部屋の鍵を返した。推測通りならこの宿に戻る必要はもうないからだ。
港のベンチに座って紙を折った。その紙はハクバから送られてきた手紙とそれが入っていた封筒の2枚。流れから分かるだろうけど、折る物は当然ボートだ。
「出来た…」
こうしてボートが2艘出来た。そして不思議な事が起こった。並べていた2艘は互いに引寄せ合い、双胴船のようにくっ付いたんだ!
接着面は頑丈だ。いや、元々繋がっていたような感じになっている。
「これを海へ…」
波止場から静かに海へ降りる。足が付かなくてビックリしたけど、僕は泳げるから心配ない。
「ナイン号、進水だ!」
そして右手に持っていた船を水面に浮かせる。すると波の動きが急に変わった。潮が船を揺らして港から引き離していったのだ。
あれを追っていけばシュラゼアに着けるに違いない!あれはただの手紙じゃなかった!目的地に導くための魔法の紙だったんだ!
「波が導いてくれる…占い通りだ!」
ありがとう占い師の人!ありがとうスージィさん!…と教えてくれた町の人達!
波に導かれる双胴船を追ってビザを出発。後はシュラゼアに着くまで必死になって泳ぐだけだ!
待ってなよハクバ!絶対にそっちに着くからね!