第17話 「どんな人が立候補してるんだろう」
生徒会長。それは学校という組織に所属する生徒の中で最も偉大であり、権力を握っている者の事である。
転点高校では誰もが生徒会に立候補出来る。けど俺はそういうのは向いていないという自覚があるので、誰を選ぶかしっかりと考えることにした。
そしてその生徒会長をはじめとした生徒会の役員を決める選挙が来週に迫っていた。
「どんな人が立候補してるんだろう」
校内には実際の選挙と同じようにポスターが貼られている。これ以外にも立候補する人物たちがアピールしているのを見掛けた。
とりあえず、生徒会長立候補者を再確認しておこう。
習近平。校内各所に監視カメラを設置。いじめなど不正の証拠を確実に捉えられるようにする。
確かに、カメラがあればそういう悪事の抑止力になるかもしれないな。
岸田文雄。学費など各費用を倍増して教員の方々にハイレベルな授業を実施してもらう。
先生との連携プレーか。確かに授業の質が上がれば、生徒の成績にも良い影響が出るかもしれないな。
条杯電。他校との合同授業を実施。他にも授業で必要な道具の貸し出しを行う。
これは面白いな。他校との合同練習なら経験あるが、授業なんて初めて聞いた。道具のレンタルもありがたいな。
金正恩。抜き打ちでペットボトルロケットの実技試験を実質。歴史の授業で習う内容を一部変更。
よく分からないが深い意味がありそうだ。
この人達だけじゃない。色んな人たちが立候補している。使命感があるんだなぁ。
「よっす」
「うわぁナイン!?お前どうしてここにいるんだよ!」
「お弁当忘れてたから届けに来たんだよ」
だからって校内に入ってくるなよ!せっかくスマホ買ったんだから、それで連絡して欲しかった。
「なにこれ?選挙?…うわぁ」
「俺のクラスのやつも立候補してるんだ。ほらこれ」
「コラ、人をこれって指さない。書記立候補者崔順実…ユッキーは立候補してないの?」
「する柄じゃねえだろ」
あいつが生徒会長とか、頭の悪そうな事をやりそうだな。屋上農園を拡大して学校全体を農園にするとか、転点を農業高校に変えるとか言い始めそうだ。
「だね!向いてないね」
「そもそ、この学校に生徒会長は必要ないんだよ」
なんだこの人…急に背後から声がしたもんで、振り向いたら顔を隠した人物が立っていた。
「黒金君、天路リストにならない?」
「お前灯沢か?なんだよその格好。モデルガンなんて持ってさ」
「天路リストは生徒会という存在する価値のないシステムを破壊するために集まった謂わば聖職者…いつでも君を待ってるからね」
そう語り終えると行ってしまった。一瞬チラッと灯沢の瞳が見えたが、そこに生気を感じられなかった。
「実際の選挙の練習も兼ねてるのに、生徒会なくしたらダメじゃん」
「正義の為にならどんな汚れもお構い無し…まさに政治だね」
そして次の日から、生徒会役員を決める争いは激化した。
廊下には机を倒して造られた防壁が並び、エアガンから発射される弾丸が飛び交った。さらに様々な陰謀論が広がり、一部のクラスは仲間割れの末に崩壊を起こすという事態にまで発展してしまったという。
次々と立候補者たちが倒れていく。不正を通り越してこれはもう…戦争だった。
「おい黒金、自習になったって伝えておいてくれ」
次の授業をするはずの教師が俺に話し掛けて来た。自習なのは嬉しいが…一応理由を尋ねておくか。
「どうしてです?」
「校長からの提案で、生徒会のメンバーが決まるか全員が倒れるまでは授業はオンデマンドでやることになった。もう俺たちにはどうすることも出来ないよ」
それでいいのか先生!?一種の職務放棄じゃないのかそれ!
教室に戻ると既に戦の準備が始まっていた。自分たちのクラスから役員を出して権力を得るためにも、手段は選んでいられないらしい。
ここまで必死になるって、この学校の生徒会には一体どれだけの力があるのだろうか。
「ほらオタク君も!銃持って!」
渡されたのはライフルというやつだった。万が一もあるので弾を確認したが、BB弾で安心した…安心していいのか?
そして戦争は激化した。毒物を含んだペットボトルロケットが着弾し破裂する。運動部は用具を振り回し、戦国時代の侍の様に突撃していった。
選挙とは政治である。そして政治とは戦争である。
つまり選挙が戦争であるということだ。ニアリーイコールではなく、イコールなのだ。
生徒会役員を決めるというだけの選挙も、学校という世界にとっては大きな政治だ。こうして大戦が勃発するのも止む無しだろう…
「俺も…行くか」
「行くか…じゃねえよ!ちょっと光太、しっかりしてよ!」
さっきまで誰もいなかった背後にナインが立っていた。また不法侵入したのかこいつ。
「俺の後ろに立つな」
「いだぁ!いきなり殴んないでよ!それよりもこの学校、なんか変だよ!」
「どういうことだ?」
「それは私が説明してあげるわ、光太君」
気付けば周りの生徒達が倒されていた。
キリッとしたポーズを取って目の前に立っている、この女の仕業だ。
「水城星河…!お前の仕業か!また人を操って…今度という今度は許さないぞ!」
「えっちょっと私じゃないわよ!」
以前、生徒たちを操り俺を襲って来た少女水城。どうやら今回の異変は彼女が原因ではないらしいが…
「ホッシー!こんにちは!」
「こんにちはナインちゃん。それで、選挙でここまで学校が荒れた原因はね──」
「私だよ」
ノイズ混じりの声で誰かが白状した。そしてその男は、堂々と廊下を歩いて俺たちの前に姿を現したのである。
「校長…先生!?」
「そう…この人が原因よ!」
「正しくはサイボーグ校長だ。見ろ、私のこの醜い身体を」
校長は俺達の前でスーツをビリビリと破った。もしも普通の身体だったら問答無用のセクハラ。レッドカードで即が社会から退場だったが…
「身体が…機械だ!」
「私の体内には電波を発する装置があってね。それで生徒たちの政治への関心を強めさせてもらったんだ」
校長の身体は銀色のメカボディだったのである。
「私はかつて政治家だった」
おいおい、いきなり語り始めたぞ…
「政治とは命懸けなのだ。この国を変えようとした私はあらゆる手段で暗殺を企てられ、結果この身体になった。そして私は思った。先人として、政治の厳しさを今の若者たちに分からせなければならぬと!」
校長の胸に変化が起こる。ガシンガシンと音を出して変形していき、そこから砲門と思わしき物が現れた。
「おいナイン!」
砲門に光が集まり、やがてエネルギーが溜まったのか、ビームが発射された。
水城はそれを防ぐために、魔法で鎖の壁を何重にも重ねて広げた。
「なんて威力…」
「なんで学校の校長が胸に兵器仕込んでるんだよ!おいナイン!なんとかならないか!?」
「こうなったら…ホワイトフラッグ・ワンド!」
照射されるビームを鎖が防いでいる間に、ナインは白い布の付いた旗を取り出した。
「いや白旗だろこれ!」
「とりあえず振って降伏の意思を示すんだ!」
何もせずに敗けを認めるのは癪だけど、ここで焼き殺されないためだ。
俺は壁から旗を出してパタパタと鳴らした。するとビームの光が消えて、校長の笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハッハ!降伏とは懸命だな!」
「誰が生徒会役員になっても文句は言わない!そいつが創る学校でトラブル起こさず、真面目にやってくよ!だからやめてくれ!」
「…合格だ」
え?
「腐敗した政治で動く世の中で力のある者は限られている。力なき私たちは与えられた自由という不自由の中で生きるしかないのだ…」
校長は寂しげに語り終えて、校長室のある方へと行ってしまった。どうやら俺たちは助かったらしい。
「流石だわ光太君。校長を納得させる答えを瞬時に出してあの場を切り抜けるなんて」
「きっと僕達が力を合わせてもあの校長には勝てなかったよ」
俺はそれから生徒会役員が決まるまでの間、素直に過ごした。
オンライン授業をしっかり受けて課題もしっかり取り組んだ。校舎で行われた戦闘にも口答えせずに参戦し、俺は何人もの生徒に弾を当てた。
戦争と政治。俺はその二つのせいで手を汚した。不要な犠牲者を沢山生んで、生徒会役員が決まるその瞬間まで戦い抜いた…
そして生徒会役員が決まった時、俺は何よりも平和のありがたさを知るのだった。