第3話 ある雨の日のボロアパート
今日の天気は雨。しかし単端市で雨に困る人間はいない。
ボロアパートの201号室に住むナインと光太。それとその一つ置いて隣の203号室に住む少女の3人しか住民がいないからだ。
その203号室に住む少女は今、買い物をしに隣町のスーパーまで来ていた。
(買い忘れはないかな…)
その少女石動加奈子が持つカゴには見るからに辛そうな食材と調味料ばかり入っていた。
鉄の胃を持つ彼女は辛い物が大好きだ。以前、彼女が作った鍋料理を食べたナインと光太は腹を下したことがある。
買い物を終えた加奈子は店を出てレインコートを着た。かなりの降水量だが、よくも隣町まで歩いて来たものだ。
加奈子は雨の中を1時間ほど歩き、住んでいるアパートに戻って来た。手を掛けたドアノブは203号室…ではなくナイン達の住む201号室だった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい!ってやっぱりビショビショじゃん!先にシャワー浴びてきなよ!」
そのまま浴室に直行して身体を温めてから、加奈子はナインの服を借りてキッチンに立った。
「黒金君の体調は?」
「今朝よりはマシになったけど、今日一日は動きたくないってさ」
この日、光太は体調を崩した。ナインは病院に連れて行こうとしたが、金を使いたくないと彼は拒否し、現在は和室にて療養中。
話し相手がおらず暇になったナインは、加奈子を部屋に招待したわけだ。
「それにしても本当に良かったの?魔法でならスーパーまですぐに行って帰ってこれるのに」
「私、雨が好きなんです。余計な物を雨と音が消してくれてるみたいで」
雑談をしながら加奈子が作った昼食は、極太茹で麺と特性のピリ辛スープのつけ麺だった。
並んだ料理を前にしたナインは、すぐに食べずに汁を確かめた。
「大丈夫ですよ。ナインさんにも食べやすいように調整してありますから…ちょっと物足りない気もしますけど」
「本当?…いただきます」
ズズズズズ…
汁は辛かった。だからと言ってナインの箸は止まらなかった。
「お気に召したようで良かったです。研究した甲斐があります」
「ズーッ!」
少し前まで単端市で悪い魔女アン・ドロシエルから世界を守る戦いが続いていた。その仲間の一人によって住民が次々と殺されていった中で、偶然にも彼女は生き延びた。
そんな時に彼女は何をしていたかというと、このボロアパートから一度も出歩くことなく、ずっと料理の研究をしていたそうなのだ。
「ナッコーって運良いよねぇ」
「そんなことないですよ~」
確かめたところによると、屋内に隠れていた人間も容赦なく殺されていた。加奈子は本当に運の良い女なのかもしれない。
二人は昼食を終えると、マスクを付けて和室に入った。
「大丈夫ですか?食べやすい物買ってありますよ」
「あぁ…石動さん、ごめん。食欲もなくて…ゴホッゴホッ」
つらそうだったので会話を続けることなく、ストンッと襖を閉じた。
「雨の日ってテンション上がらないよね~…」
ナインの握るコントローラーから音がなる。買ったばかりのゲームで面白いのだが、いまいち楽しめる気分ではなかった。
「そういうものなんですか?」
「洗濯物は部屋干しになるし部屋の換気も出来ない。嫌な天気だよね~」
「…一般的な方々からすればそうなのかもしれませんね」
勉強をしていた加奈子はふと外に目をやった。空は濁っていて、風が強まったのか雨が力強く打ちつけている。
「ナインさんなら魔法で天候操れますよね?」
「出来るけど…自然現象だからなるべく干渉したくないし。雨が降らないと困る人達だっているから」
(意外とそういうところも考えてるんだ…)
「…あの、魔法を教えてもらう事って出来ますか?」
「う~…ごめんね。僕の魔法は杖あっての物だからそれは出来ないや。でもどうしたの?」
「この街で大きな戦いがあった時、家に籠っているだけで何も出来ませんでした…私、大切な物を守れるように強くなりたいんです!」
「そっか…本当、ごめんね。僕じゃ期待に応えられないよ」
そうしてナインは話を切り上げた。まだ一般人でいられる加奈子を戦いに巻き込みたくないという優しさが彼女の中にはあるのだ。
それからも二人の間で会話はあったものの、加奈子は魔法などについて触れることはなく、当たり障りのない薄っぺらい会話だった。