第162話 「ワンダアアアアアアア!」
「凄かったねさっきの姿!っていうか改めておかえりなさい!」
「俺達がもう一人、いやもう一本あったよな?」
「だっっっさ~い格好だったわー」
「めっちゃ強かったな!」
「痛ェ!肩外れる!暴れるな!戻ってから喋れ!」
サヤカ達は元の姿に戻るのを忘れて、僕の超人モードについて尋ねてきた。剣を手放そうにも身体の主導権はサヤカ達にあり、光太は泣きそうになっていた。
それにしても超人モード2か。烈火と堅氷すら解明出来てないのに、また変な力を手に入れたなぁ。
以前までの超人モード…1はミラクル・ワンドが必要だったけど今回はそれがいらなかった。
…だとしたらあれは僕が持っている元々の能力なのか?
僕ってもしかして、凄い天才なのかも!
「お~い…そろそろ回復してくれよ~」
弱々しい狼太郎の声が聞こえた。その瞬間、光太の顔が険しくなったのを僕は見逃さなかった。
「そのまま死んどけよ…」
最後まで仲良くならなかったね…この2人。
「アン・ドロシエル!?」
僕は未知の魔力を感知して思わず叫んだ。しかし、そこに立っていたのは老婆だった。身体は痩せ細っていて、まるでミイラのようだ。
僕は今、こいつをアン・ドロシエルと呼んだ。しかし魔力も姿も全くの別物だった。いや、きっとこれが本当の姿なんだ。
「身体の中に魔獣はもう残ってない…なのに立ってやがるぞ!」
「魔獣がいないだって!?」
それじゃあこの膨大な魔力は彼女自身の物なのか!?今にも死にそうなあの老婆のどこにそんな力が残ってるんだよ!
「アンダム…レッソ…オレフェ…トゥアコル…」
「させるかよ!」
攻撃を許さない。刃の姿のジンがブレードを連射する。しかしどれだけ刺さってもアンは口を動かしている。
「…アアアアアアアアアアア!!!」
そして発狂した瞬間、突如夜空に大きな輪が出現した。
あれはまさか…間違いない!魔獣を発生させる装置だ!
「壊せるものなら壊してみろ!その瞬間にブラックホールが発生してこの世界は滅ぶぞ!」
「アン!装置を止めろ!」
「そう言われて止めるわけないだろ!このガキ!」
「世界を滅ぼしたいとか言ってるけどどうしてだ!」
「純粋な好奇心!魔法の力で一体どれだけのことが出来るのか、同じ魔法使いなら興味あるでしょ!?さあ出でよ魔獣よ!そしてこの身体に黄金の若さを!圧倒的な力を!」
装置が起動したのか、しばらくすると大量の魔力を感知した。もしもアンがこのまま魔獣を取り込んでしまったら、戦いを振り出しに戻されてしまう。
腹を括ったその時、大きな爆発音が響いた。
「なんだ!?」
それと同時に感じていた魔獣の魔力が全て消滅した。しかし装置は依然として稼働しているようで、すぐに新たな魔獣が出現した。
「ナインと他の皆、俺の声は届いてる?」
この声は…キョウヤ兄ちゃんだ!お兄ちゃんがテレパシーで話し掛けてきた!
「男の声…誰だ?」
「僕のお兄ちゃんだよ!キョウヤ兄ちゃん!アンをやっつけて!」
「ごめん、こっちの魔獣を止めるので手一杯なんだ。セナ兄さんは魔獣の力でどこか別の世界に飛ばされちゃったし」
えええええ!?
まあ、そのうち帰って来るだろうし心配しなくて大丈夫か。
「というわけだから…目の前にいるそいつは君達が倒してくれ」
これはただの頼みじゃない。お兄ちゃんは戦闘部隊パロルートの一員として、同じく一員である僕に命令をしている。
この戦いの決着を信じて、僕に任せてくれてたんだ。
「うん、任せてよ!だからお兄ちゃんは魔物をお願い!」
「あぁ!ナインの友達の皆、この子に力を貸してやってくれ!」
お兄ちゃんの声が途絶えた。すると魔獣とは別の大きな力が空で動き出し、魔獣の魔力との衝突が起こった。
想像を絶する戦いが空で繰り広げられているんだ。
「どうして…どうして魔獣は来ない!?」
「僕のお兄ちゃんが足止めしてるからな!いつまで待ったって来やしないよ~!」
「なにッ!?…いやしかし、それでいいか。お前達だけなら今の私でも倒せる!」
アン・ドロシエル、倒せなかったけど生きていてくれて良かった。こいつじゃないと装置は止められないからな。
「光太!超人モードだ!………っ!?」
グラグラとした感覚の後、目眩がして片膝をついた。
身体に力が入らない…この戦いで2度も超人モードになったから?肝心な時に動けなくなるなんて…!
「ナイン!」
名前かファーストスペルか、光太が「ナイン!」と叫ぶものなので、なんとか立ち上がる。しかし戦う姿勢を作る程の余裕はない。
「ナイン、私達に任せて休んでて!」
「お兄ちゃんに頼まれて、それに任せてって自信満々に返事しちゃったんだ。あいつは僕が倒す!」
「ナインちゃん…頑張って…」
その時、微かにユッキーの声がした。
「負けないで…ナイ…ン…ちゃ…」
今度はホッシーの声だ。いや、2人だけじゃない。
「そいつは…必ず倒せ…ナイン」
「その畜生にナイン・パロルートの力を見せてやれ」
「頑張れ…ナイン」
「頑張れ~!ナインちゃ~ん!」
バリュフとノート、それにハンターズの皆からのエールを僕に届いた。すると不思議なことに、光太がファーストスペルを叫んだ時みたいに身体に力が湧いた。
疲れが吹き飛んでまだ戦える気がした。目の前に立つ強大な悪に立ち向かおうとする勇気が溢れた。
負ける気がしない!次の一撃で僕達は勝つ!
「光太、ナイン・ワンドだ!」
「分かった…俺達で隙を作る…絶対勝つぞ!」
「「「「応ッ!」」」」
アン・ドロシエルは何もしてこない。光太は呪文を叫ぶために一呼吸する。
僕は敵を睨み付け、「お前の野望はここまでだ」と瞳で告げた。
「「ナイン!ワンド!」」
夜の闇に轟かせるように叫んだ。しかし、光太の腰に巻かれたバッグから、魔法の杖は飛び出てこなかった。
不発ではない。掲げた手には確かに力が集まっている。
「これは…!」
僕に任せてくれた皆の…勝利を信じている仲間の力だ!
仲間の力が僕の元に集まって来ている!
「くっ!」
完成したナイン・ワンドはこれまでの物より太く、膝が曲がるくらい重い。それほどまでのパワーが集まったということだろう。
光太は少しでも身軽になろうとウエストバッグを外した。
「行くぞ!」
そしてサヤカから肉体強化の魔法を受けた彼は全速力で突撃した。
光太の初撃を回避し、次に繰り出された大振りを避けたアンは手の平を向けて魔法を放つ。
凄い衝撃波だ。離れた場所にいる僕にまで届くなんて!
しかし光太は剣を地面に突き刺して衝撃に耐えると、すぐに次の攻撃に移った。
「これでも喰らえ!」
今度は鞘の鐺を前に向け、槍のように真っ直ぐに投擲。すると口から推進力となる魔法を噴射し、鞘は凄い速さでアンに突撃した。
しかしそれを回避されてしまい、今度は右手に残っていた剣を投げる構えに入った。
「剣を投げるなんて下品な戦い方!」
「チッ!」
そして光太は腕を勢いよく振り、剣が回転するように手から放した。
「そんなの──」
人の姿に戻っていたサヤカが背後からタイムフリーズ・ワンターゲットを発動。アンは凍らされた。
止められた時間は僅か一瞬。それでも回避を遅らせたことで、回転する剣が肩を切り裂いた。
「フォーメーションソード・ストライク!」
そこから剣を受け取ったサヤカは小細工なしで突撃した。
アンは放たれた必殺の突きを避けると、目の前に来た腕を掴んで遠くへ放り投げた。
「まだまだぁ!」
しかしサヤカは諦めず、後方へ飛ばされながらも魔法の力で剣を発射した。
「砕いてやる!」
そうして技を構えたアンの目の前でジン達は分離。取り囲むように三方向から、各々の得物でアンに一撃を喰らわせた。
「ぐはぁっ!?クソオオオオオ!!!」
怒り狂ったアンが細い腕で三人を打ち払った。
最後に残った光太が顔面に目掛けてパンチを打ち込む。これまでで最も弱い攻撃だ。
しかしアンにとって最も屈辱的な一撃だった。
「魔獣がいなきゃ所詮この程度か…」
「黙れええええ!」
そして彼もジン達と同じように暗闇へと投げ飛ばされた。
「ハァ…ハァ…あいつはどこ!?」
僕はスカイダッシュ・ワンドで空から奇襲を仕掛けた。地上で皆が気を引いてくれたおかげで、アンは頭上の警戒が疎かになっていた。
このチャンス、絶対に無駄にしない!
「うぇっ!?」
アンが僕に気付いた。しかしこの距離なら絶対に避けられない。
「いっけえええええええええ!」
バギギギギギギ!
魔法の障壁がナイン・ワンドを阻む。
だけどこの一撃は絶対通る!みんなの力が集まったナイン・ワンド!僕達の力を合わせた必殺技なんだ!
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「こんなガキごときに!?この私がああああ!?」
ドガァン!
渾身のナイン・ワンドは障壁ごとアンを押し潰し、地中に潜っていった。
ドォォオオオオンンン!
そしてすぐ目の前で大地が砕け、障壁を失ったアンがワンドによって空に押し上げられた!
「ワンダアアアアアアア!」
伸び続けるワンドは空に浮かぶ魔獣の発生装置へ向かっていき、アンを叩きつけた。
ギュイィィィィィィイン!
そしてナイン・ワンドは着弾地点で大爆発を起こした!
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
勝ったぞ…僕達はアン・ドロシエルに勝ったんだ!