第159話 「緊張解けた…」
「ねえ大丈夫だよね?起きてよ!」
目を開けるとナインがいた。
ここは…アン・ドロシエルの絶望庭園か。
「ナイン…すまない、俺が気付けなかったばっかりに…!」
「このバカッ!どうして杖を受け取らなかったんだよ!」
ナインはジャヌケ・ワンドを持ったままだった。つまり、元いた世界では今も崩壊が続いている。
「それにしても…ここはどこなんだろう?確かアンはユニークスキルがどうのこうのって言ってたよね。別の場所にワープさせられたのかな?」
隠したところで絶望が先延ばしされるだけだ。ここがどういう場所なのか、ナインに正直に話そう。
「ここはアンが持つユニークスキルの空間、絶望庭園と呼ぶらしい」
「空間系のユニークスキル…だとしたらアイテムを収納するとかそういうレベルじゃないね」
足元に生えている植物は闇の魔力で育っている。そして背後には生活に必要な物が何でも揃う大きな屋敷が建てられている。
それ以外には何もない。屋敷と庭を囲う柵の向こうへは出られないし、出たところで植物が栄養としている無限の闇が広がっているだけだ。
「ナイン、次元を超えられる杖はあるか?」
「ぜ、全部壊されてる…」
俺達の意思ではここから出ることは出来ない。ここを自由に出入りできるのはスキル所持者であるアンだけだ。
「だったら元の世界でアンを倒せば──」
「それでも出られないんだ!…絶望庭園からは出られない」
「そんな!?…どうしてくれるんだよ!君が杖を受け取って残っていたら世界は直せたかもしれないんだぞ!」
「絶望庭園から出られないんだぞ!?」
「だったらなおさらだろ!それにお兄ちゃん達の力で助けてもらえたはずだ!」
「どれだけお前のお兄さん達が凄いからってなぁ!?」
「どうして君は……あ~もう!」
それから口も交わさず、バッグを漁るナインを置いて屋敷の中を探索した。
アンから読み取った情報通り、ここで生活するには困らない程の資源が用意されていた。
屋敷の中には同じ形をした柱時計がいくつも置いてある。絶望庭園には朝や夜の概念が存在せず、針は分と秒を示す2本しかない。針は人によって見える位置が違っていて、この空間に来た直後に0分0秒の位置から動き出しているのだ。
「10分も経ってるのか…世界はどうなったかな」
まだ俺の世界は残っているだろうか。しかし残っていたとして、仲間はアンにやられているだろうし、勝ったところで崩壊を止める術がない。
ナインの言った通りだ。俺が向こう側に残ってさえいれば世界は守れた。
あいつをこの空間から救出する方法だって見つけられたかもしれないのに…!
「光太」
「ゥワアッ!?」
背後に来たナインに声を掛けられて、思わず声をあげてしまった。
「ナ、ナインか…さっきはごめん。お前の言う通り、俺の判断ミスだった」
「とりあえず最後の可能性に賭けよう。せめてあの世界だけでも救うんだ」
最後の可能性…?
俺達は再び庭へ出た。そこにはナインが選んだという魔法の杖がいくつも置かれていた。その中にはジャヌケ・ワンドもある。
「ナイン・ワンドだな」
「うん。ジャヌケの力で他の杖の能力をアップ。この空間に穴を開けて元の世界へ送る。そして空の裂け目に命中させる…能力の弱い杖ばっかだけど、ジャヌケの魔力で何倍もパワーアップするから、理論上なら次元を超えられるよ」
「その開けた穴を通って俺達も脱出出来ないか?」
「そこまでする余裕はない。最初の段階で力を一点集中させて、杖が通れるだけの穴を開けるんだ。少しでも成功する確率を上げるために、魔法の杖も必要以外の物は混ぜない」
なら脱出は諦めるしかないか…
「泣くなよ、お兄ちゃん達が助けに来てくれるって!…多分」
「何か悪いことが起こるって予感はしてたんだ…最後の最後で油断しちまった!」
「前もこんなことあったよね~…確かダンジョンドラゴンに食べられた時だっけ」
それと今回はレベルが違う!ミラクル・ワンドにどれだけ願っても何も起こらないんだ!奇跡は起こせない!脱出は不可能だ!
「光太、やれる?」
「あぁ…」
せめて元の世界は救わないと…ジャヌケの力があったからあの世界は崩壊しなかったんだ。この力を無駄にしたまま終われない!
「ナイン!」
名前を叫ぶと、ドッ!とナインから力が吹き出した。ナインの方は準備万端だ。
後は俺も…覚悟を決める!
「修復された世界でぶっ倒されちまえ!アン・ドロシエル!ナイン!ワンドォオオオオオオオ!」
「ウオオオオオオオ!」
ナインの雄叫びに呼応するように魔法の杖が混ざり合わさる。そして完成したナイン・ワンドを握ると、ナインは正面に投げ飛ばした。
ジィイイガガガガガガガ!
ナイン・ワンドから螺旋状にエネルギーが放たれ、次元を貫こうと食らいつく!
「行けえええええええ!」
しかしバキッという音がなった。もしもジャヌケを混ぜたあれが折れたとしたら…
「信じるんだ!僕達の力と思いを込めて作ったナイン・ワンドなんだ!絶対に折れるもんか!」
闇が割れて僅かな光が差す。元の世界を修復すべく、ナイン・ワンドは次元を超えていき、それからすぐ光は絶えた。
「元の世界、直るといいね」
「そもそも残ってるかどうか…」
これで俺達の役目は終了。ジャヌケの力が元の世界で発動しているなら、俺のミスもチャラってわけだ。
「はぁ…そんなわけあるかよ」
ここで一生過ごすんだもんな…
急に足の力が抜けて地面に尻餅をついた。かなりの時間戦い続けていたせいか腹も減っている。
「緊張解けた…」
グゥー…と腹が鳴った。
「ご飯用意するね」
「あぁ、頼む」
それから魔法の杖で出てきた大量の料理を腹が膨れるまで食らった。
こんな状況になってしまっても死ぬのは嫌だ。
自業自得でこうなったのにそう思ってしまうのは、俺はどうしようもない人間だな。