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第16話 「不幸だって思うから不幸なんだ!」

 アパートに暮らし始めて数日が経った日の夕方。ナインが駄々をこね始めた。


「テレビが欲しい~!」


 ほとんどの家具は持っていかれてしまった。当然、4K画質の大型テレビもだ。今、娯楽はコンビニで買った雑誌かラジオしかない。


「無駄だ。このアパート、アンテナ付いてないから買ったところで何も観れねえよ」

「ちーがーうー!ゲームがやりたいの~!」

「ゲーム機なんてないだろ」

「買って~!据え置きのやつ~中古でも良いから~!」

「テレビないのに据え置き機買っても遊べねえだろ!」

「だったらアレ!テレビなくても遊べるやつ!」

「あー無理無理無理無理!そんな物を買う余裕はウチにはありません!」


 家計簿を見て、さっきまで俺は冷や汗を流してたんだ。これでどうやって生き延びればいいのかって。

 それぐらい切羽詰まった現状の中、娯楽のためにお金は使えない。


「お前の魔法でさぁ、金作れないの?前に金貨を金に変えたやつとか」

「あれはお宝にしか効果がないから無理」

「魔法って役に立たないなぁ」

「あーそういうこと言う!?せっかく良い杖があったの思い出したのに…」

「え、なになに?」


 そうしてナインは魔法の杖を取り出した。今回はどんな魔法なんだろうか。


「アンラックマネー・ワンド!一振りしたら一万円が出てくるよ!」

「本当か!?」


 俺はその甘い言葉に惑わされて杖を奪った。そしてシェイクすると、本当に何もない場所から一万円札が生成された。


「うわあああ大金だあああああ!」


 こんだけあれば少し贅沢したって大丈夫だ!でも沢山あって損はしないから…


「もっとだああ!…あっ!」


 夢中になって振っていると、杖は真ん中からポキリと折れてしまった。


「おいおい壊れちまったぞこのボロ杖」

「違うよ。安全装置が作動したんだ…この杖は一万円を出した分だけ不幸をもたらすリスキーな代物なんだよ」


 なんだそうだったのか。てっきり俺が壊してしまったのかと…


「なぜそれを先に言わない!?」

「テメエが説明する前に振りまくったんだろうが!」


 作った枚数分の不幸をもたらすって、とんでもない量刷っちまったぞ!


「でもこれだけあれば色々買えるね。今から電気屋さん行ってくるよ。リヤカー借りるね」

「はいいってらっしゃ~いじゃねえよバカ!おい待て!ぐっ!」



 腰が今、「バキッ」という大きな音を立てた。俺は初めての激痛に耐えられず、ナインを見送ることしか出来なかった。

 まさかこれは…ぎっくり腰ってやつか!?


「くぅ~…」


 俺は情けない姿勢のまま倒れ、突然の眠気に襲われた。そしてとんでもない悪夢を見てしまい、起きた時には下半身で大洪水が起こっていた。


「ただいま~!って…ダム決壊してる…」

「助けて…」


 ナインに引っ張られて風呂場へ直行。以前お世話になった痛み止め効果のあるナイン特製の薬を飲まされて、服を脱がされた。

 ナインは水を発生させる杖と熱を発生させる杖、2本の杖を用意した。風呂が沸くまでの間、俺の身体が冷えないようにとシャワーをかけられた。


「お風呂が壊れた時があったじゃん。あの後にお風呂沸かす練習したんだよ~」

「顔はやめろボボボボ」


 そしてお湯が溜まると、抱き上げられてそのままドボン!

 俺の身体は乱暴に浴槽へ投げ入れられた。


「あちいいいいい!てめえ何℃(なんど)にしやがった!」

「文句あるなら自分でやってよ~」


 そう言うとナインは風呂場から出て行った。え、身体あんまり動かせないのにこのまま放置?てかお湯熱すぎてもはや熱湯!茹でられてるんですけど!?


 浴室を出るのにはかなり苦労した。


「はい…はい…よろしくお願いします」


 千鳥足で風呂から出ると、凄い丁寧な口調でナインが通話をしていた。その誠意を俺にも向けてくれよ。


「大家さんに相談したら明後日にはテレビ観られるようになるって!ついでにBSとCSも契約しておいたよ!」

「絶対観ないやつじゃんそれ!料金の無駄だろ!」


 どうしてこの世界の戸籍を持たない少女にそんなことが出来るのか。ここら辺を含めて、そういう不可解な点は魔法のパワーで何とかしたって事にしておこう。一々考えてたらキリがない…


「料理器具は通販で揃えればオッケー!これでコンビニ弁当生活ともおさらばだね!」

「………あれ?大家さん?」

「うん!このアパートの大家さん!前会ったけど凄くカッコいい人だったよ!」


 俺が学校に行っている時だろうか…まだ会った事すらないな。今度土産を持って挨拶しに行かないと。


 …何か忘れてるような気がする。


「腰いてえ…」


 そうだった。俺は明日まで不幸に見舞われるんだった。これで終わりじゃないんだ。


「あれ貸してくれよ。明日にぶっ飛べる杖」

「リセットアンドネクスト・ワンドの事?う~ん、不幸は時間じゃなくて回数で溜まってるから意味ないと思うけど…はい」


 受け取ろうとした時だった。ナインは雑誌を踏んで背中から転倒…浮き上がった足が見事、顎にヒットした!


「ううう~!」

「ごめん!」

「そっちこそ…大丈夫か?」


 今ので舌を噛んだ…さらに威力があったら千切れてたな。




 翌日、俺は学校を欠席する事にした。


「なんか電話が繋がらない…まあ一回ぐらい無断欠席しても大丈夫か」


 登校中に大きな事故に遭うかもしれない。そう危惧したナインに、休めと言われたからだ。


「家の中での不幸なら大した事は至らないはずだよ…多分」


 俺の顔を蹴ったお前がそれを言うか…


「さあ張り切って!不幸を今日中に消費していこう!」


 それは張り切ってやる事なんだろうか。


 朝食にカップ焼きそばを2人分作った。そしてお湯を流そうと傾けて、そのまま中身を溢してしまった。


「やっちまったぁ!」

「あ~あ…って僕の分まで!」


 それも2回だ。これで2回分の不幸は消費された。


「も~う!…あれ…雨だ」


 今度は急な大雨に見舞われた。干してある洗濯物を入れようと向かったが、昨晩ナインが買った色んな物がリビングを占領していた。


「あああ!通れねえええ!」


 なんとか窓に辿り着いた時には既に手遅れ。どれもグチョグチョに濡れていた。


「あぁ…雨が止んだよ。おまけに太陽まで出て来たよ」

「………もう中で干しておこうぜ」


 着る時に少しばかり臭うかもしれないが、もうどうでも良くなったのでそのままにした。

 それからも小さな不幸に見舞われた。足の小指を勢いよくぶつけたり、閉じようとしたドアに手を挟んだ。そしてナインに不幸が感染したのか、昨日買ったばかりの扇風機が煙を噴き爆発した。


「あっちゃ~髪がチリチリだよ」


 このままだと最悪の場合、アパートが爆発するかもしれなかった。


「アノレカディアに行く」

「えぇ!?危ないよ!何が起こるか分からないよ!」

「この家を守る為だ。ゲートを起動しろ」


 俺の指示を受けたナインはアノレカディア・ワンドを起動。向こう側のゲートと接続が完了すると、俺は逃げる様に異世界へ移った。


 そしてもう1つのゲートがある滝の裏側に一瞬で到着した。遅れてナインが来たのを確認して外に出るまでは良かったが…


「どうした?」


 ナインが酷く怯えた表情をしていた。確かに今にも雨が降りそうな空模様だが…


「こ、光太。元の世界に帰ろう!今日はゴーストが出る日だ!」


 森の中に魔物とは違った動く影が見えた。オバケという表現にはあまりにも禍々しい…


「お、お邪魔しました~」


 アノレカディアでは稀に一部の魔族が活発化する、ホリデーと呼ばれる日があるそうだ。どうやら今日はゴーストホリデーだったらしく、あのまま結界すらない場所にいたら、命を奪われていたとナインは語った。


「あ~怖かった」


 結局、現世に戻って来てしまった。今ので不幸は消費出来たのだろうか…


 いや、きっとそういうじゃないんだ。ただ不幸を浪費してちゃダメなんだ。


「俺、学校に行ってくるよ」

「そんな!今出たら危ないよ!どんな不幸が起こるか…」


「不幸だって思うから不幸なんだ!」

「なるほど!意味分かんないし外出たところで痛い目に遭う未来しか見えない!やめときなって!」


 これは試練だ。俺は不幸に真っ向から立ち向かい、そして成長する!


「行ってくるぜ!」


 玄関の扉が外れてしまったが、帰って来たら直せばいい。

 試練に挑む勇気を胸に抱き、学校へ向かって歩いた。


 散歩中の犬に噛まれようが、フェンスを越えて来たボールに直撃しようが、どんな不幸も俺の足を止めることは出来なかった。

 校門の前に着いた時にはボロボロだった。しかし…


「やっと来た…」


 凄い達成感だった。文字通り、死ぬ気でやり遂げた。


「あれ、黒金君ってどうしたのその傷!」

「遅刻して来たんだよ。お前は早退か?」


 灯沢はリュックを背負っていた。友達と一緒に早退なんてズルしてるのバレバレだぞ。


 ………いや、早退にしては人が多過ぎるな。今も校舎からぞろぞろと人が出て来てるし。


「あのさ、今日は午前授業だよ?もう遅刻じゃなくて欠席」

「変な人…それより腹減ったーお昼どうする」


 冗談でしょ?あんなに苦労して来たのに午前授業って。

 俺、頑張ったのに報われねえの!?


「…帰るか」


 家に帰るまでの間にも、散々な目に遭ったのは言うまでもない。

 そして次の日、我が家ではテレビが観られるようになり、ようやく俺の運勢も落ち着いたのだった。

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