第155話 「最終決戦だし」
前回の魔獣が襲撃して来てから数日分の時間が経過した。今に至るまで特に大きな出来事は起こらず、ただ時間だけが過ぎていた。
「フッ…フッ…フッ…」
そして俺は、ナインが魔法の杖で用意した弁当箱を街の至るところにいる仲間とハンターズのやつらに配るために走り回っていた。
わざわざ弁当を用意してから走り回っているのはトレーニングだから。この大量にある弁当箱の重量で身体に負荷を掛けて、体力の向上を目指している。
「お~い!黒金!こっちだこっち!」
「えええええええ!?」
「腹減ったよ~!上がって来いよ~!」
崩れていない建物の屋上。そこから弁当を求める女子が俺に向かって手を振っていた。建物にエレベーターはない。そもそもあっても使えない。
一人分の弁当箱を持ち、俺は階段を駆け上がった。
「ゼェ…ゼェ…」
「あれ?私の分は?」
「うわああああああああ!」
もう一人いた!また降りたら昇らないと!っていうか今、物陰に隠れてただろ!?
「「あざま~す!」」
険しい階段を二往復の後、人の居場所が分かるサーチ・ワンドで誰がどこにいるのかを確かめる。
全員、わざとらしく高い場所や険しい道の先にいる。山の中にいるのは誰だよ。もう完全に嫌がらせだろ。
「おっ…せぉ!」
弁当箱はリュックの中に乱暴に詰め込まれているが、魔法によって中身が崩れたり破れることはない。だから身体の何倍も大きかった頃には、ゴロゴロと転がして移動していた。
あと何十人分くらい入ってるんだろう。
グラグラグラグラ…
最寄りの仲間を目指して走り出そうとしたその時、地震が起こった。
地震はしばらく続いた。地面にしゃがんで揺れが収まるのを待っていると、遠くの空から誰かがこちらに向かって来ているのに気が付いた。
あのシルエットは多分ナインだ。
「光太ー!」
「って違った。ノートだったわ…」
髪の毛だけで判断したら違っていた。ノートはスーツの背部からジェットパックを生やし、空を飛んでここまでやって来た。
「事態が急変した!修行は中断!全員集合だ!」
「お、おう…」
かなり慌てている様子だ。何かあったのだろうか。
ノートに連れて来られたのは、転点高校の跡地だった。
あれ?ナインが建てたばかりのビルがなくなってる。
「ビルは?」
「武器にするために解体された。使える物は全部武器にするってさ」
「武器にするってまさか、アンが来るのか!」
「逆だ!あたし達から攻めるんだ。大体おかしいと思ったんだ。ここ数日、それよりもニックルの戦いの直後に攻めて来たら間違いなくあたし達を倒せたはずなんだ」
ナインは瓦礫を魔法の杖で次々と武器に作り替えている。その近くに俺を降ろすと、ノートは離れた場所にいるバリュフの元へ向かった。
「来たね光太」
「アンに攻めるって聞いたけど…これからどうするんだ?」
「以前君は天音に誘拐された時、こことは別の空間に連れ去られたんだよね。アンはきっとそこにいる。そこでこの世界が崩壊するのを待っているはずなんだ」
俺が誘拐されたあの場所か…
この世界が一つのシャボン玉だとして、アンがいる空間はその玉の中にあるさらに小さなシャボン玉だという。
「って別空間だろ。そんな場所にどうやって行くんだよ。アノレカディア・ワンドみたいなやつを造るのか?」
「そんな時間ないよ。僕の杖とノートのゲートを使って、その空間に通じる穴を開ける。そのためにも君の力が必要なんだ」
「ナイン・ワンドの出番ってわけか…」
ハンターズの女子達はナインの製造した武器を次々と手に取ると、塹壕の中に隠れていった。
作戦はまず、ナイン・ワンドで開けた穴を通ってアンをこちら側に叩き出す。出てきたところを全員で袋叩きにしてやろうというものだ。
しかし肝心なのは、アンを殺さずに無力化することである。俺もさっき作戦を聞くまで忘れていたが、あいつは魔獣を発生させる装置をこの世界に持ち込んだ。
それを破壊する前に停止させるためにも、あいつから情報を抜き取らなければならないのだ。
「この戦いに勝って世界を元に戻す!そしたら打ち上げだ!」
『おおおおおおおおおおおお!』
狼太郎が鼓舞すると、塹壕の方からうるさいくらいの声が轟いた。
いいなぁこいつら…俺より強いくせに、安全な場所で籠ってるだけだもんな。
「私達も戦いが終わったら一旦学園に帰らないとね」
「その前にアノレカディアに戻れるかって話だけど」
「戻れるでしょ、多分」
「そういえば俺達ってここに来たばかりの時と比べてどれくらい強くなったんだろうな。とっくに優等生達を追い越してたりして!」
サヤカ達はこの戦いが終わったらこの世界から去るそうだ。これまでの事をパロルートの人に報告し、ネフィスティア学園に戻るらしい。この世界での頑張りを成績に加算してもらえるそうだ。
「光太…緊張してる?」
「まぁな、最終決戦だし」
鼓動が早まっているのは緊張だけじゃない。何か嫌な予感がするんだ。
「僕達もこの戦いが終わったら──」
「いいかナイン。俺は後ろからサポートするけど、いざって時には前に出る。死ぬ気で勝ちに行くからな」
「…うん、よろしく」
死ぬ気…か。皆と違って痛いのが嫌いで覚悟もないくせして、一丁前な言葉選んだなぁ。
ナイン・ワンドを飛ばす空を見上げた時、ある異変に気が付いた。
「アノレカディア…近付いてね?」
空に広がる大地が少しばかり近付いてる気がする。
いや、錯覚じゃない。確かに距離が縮んでいる!
「本当にゆっくりだけど、世界の崩壊が進んでるんだ。早くアンを倒してこの世界を修復しないと!」
「それじゃあ、早速やるか!」
全員戦う準備は出来ている。その姿を一度見渡してから、呪文を叫ぼうと深く息を吸った。
「スゥウウウ…」
ここから最後の戦いが始まるんだ。勝てば元の日常が戻ってくる。
負けた時の事は…考えない!
「ナイン・ワンド!」
俺の腰に巻いたバッグから杖が飛び出して融合する。俺は詳しくないので、どんな杖を融合させたのかは、この技の主軸であるナインにしか分からない。
とにかくこれで、空間に穴を抉じ開ける魔法の杖が完成した。
「そ~れっ!」
ノートが投げたスーツが質量保存の法則を無視して変形。魔法の威力を高めるゲートになった。
「フンッ!」
ナインは助走を付けて、空へ向かってワンドを投擲。ナイン・ワンドはゲートを通過した瞬間、その輝きが増した。
そしてワンドは何もない場所で制止した。いや、突き刺さったと言うのが正しいか。
それからバキバキと景色にヒビが入り、バリンッ!と大きな裂け目が現れた。
「さあ、いらっしゃい」
そんな風にアンの声が聴こえた気がした。俺はナインに背負われて、主戦力であるメンバーの一人として穴の中へと飛び込んだ。
ちなみにそのメンバーはナイン、サヤカ、ジン、ツバキ、ツカサ、ノート、バリュフ、水城、灯沢、生徒会長、狼太郎、最後に俺の合計12人だ。
これだけいればサッカーチームが作れるな。
穴を通った先には既視感のある景色が広がっていた。真っ黒な空間ではあるが、ナイン達の姿はハッキリと見えている。足場がないので立っているのか浮いているのかも分からない異質な空間だ。
「たったの12人…サッカーでもやりに来たのかしら?」
アンと考えてる事が同レベルだなんて、最悪だな。
「アン・ドロシエル!二つの世界を元に戻せ!そして魔獣を発生させる装置を止めろ!」
「あらやだ。装置のこと、すっかり忘れていたわ。ごめんなさいね」
バリュフは警告の後、何もない正面に炎の球を放った。しかし手応えはなかったみたいだ。
障害物のないこの空間のどこにあいつは隠れているんだ。
「どう思うナイン…ナイン?」
どうなってやがる!いつの間にかナイン達がいなくなった!早速攻撃を喰らったのか!
「…へっ。怖いんだな!そりゃそうだ。自慢の転生者7人が全員やられたんだ。そんな強敵達に勝つならまず、弱いやつから潰すのが基本だ。そうだよな?」
アン・ドロシエルは臆病者なんだな。だからまずは俺を潰すことにした。魔獣の力とかで、俺を仲間から孤立させたんだろう。
「まあどうするにしても、お前はナインに負けるんだ。残念だったな」
「私は今、パロルートにも世界滅亡にも興味ないわ」
「やっと喋ったか。長考してボキャブラリー揃えたか?ほら、レスバしようぜレスバ」
「黒金光太…どうしてあなたに魔獣が操れるのかしら?何の変哲もないこの世界出身のあなたが、なぜあの人のと同じ力を…?」
ボワアアアア!
目の前で炎が上がった。そしてノシッノシッと歩き、赤い色をした魔獣が現れた。
「ガウウ!」
「やめろ!」
吠えられた瞬間、反射的に俺は魔獣と繋がった。せっかくだ。こいつを利用してあいつと戦ってやる
「最初は自分の能力に戸惑ってすらいたのに…この短期間でそこまで操れるようになったのね…素質あるわぁ~!」
火炎魔獣ヴカン・ヲオツ。これが今、俺が繋がっている魔獣の名前。火炎の能力を備えた強力な個体だ。
「隠れてないで出てきやがれ!俺に負けるのが怖いのかあああああああ!?」
「負けるのが怖い…?うっふっふ。万に一つも、あなたが私に勝つことは出来ないわ。あなたは…レベルが低すぎるもの」
こいつめ!言いやがったな!
「やれ!燃やし尽くせ!」
指示をすると、魔獣は口を大きく開けて炎を放った。そこからだけでなく、背中に開いた6つの穴からも炎が噴出していた。
「どこを狙ってるのかしら?」
ダメだ。どれだけ強力な攻撃でも相手に当たらなきゃ意味がない!どうやってアンを見つける…?
いや違う、冷静になれ。アンよりも先にナインだ!
俺一人じゃ無理でも、あいつがいれば勝てる!
「ここは魔法の杖で…ってあれ?バッグがない!?」
魔法の杖が詰まったバッグが、俺の腰から失くなっている!
考えてみたらナイン達も急にいなくなったし…相手の能力で別の場所に飛ばされたとか、そういうレベルじゃない。
俺はもっとヤバい攻撃を受けていたんだ!
「気付いちゃった?さあ、どうやってこの状況を打開するのかしら?言っておくけど、誰かに起こしてもらえるとか考えない方がいいわよ…」
「テメェ…!」
威勢よく敵のいる空間に突入したのはいいが…
こりゃあいきなりの大ピンチだな!