第148話 「さようなら」
「これは…」
死んだ健也の身体から炎のような何かが浮き出てきた。
これは…魂というやつか?初めて見るが、この炎のような物体から健也を感じる。
それにしても黒い。元々が何色かは知らないが、まるで闇に染まっているみたいだ。
「生まれ変わったら、幸福な人生を送れるといいな…」
魂はゆっくりと空へと昇り始めた。
「しかし今の空にはアノレカディアがあるぞ…この状況で天国へ行けるのか?」
もしも天国が空にあるとしても、このままだと魂はアノレカディアへ行ってしまう。
まさか僕のように向こうの世界の生物に転生するんじゃないよな…?
まあ何にせよ、これで魔獣人を倒せたわけだ。おそらくナイン達も勝利しているだろうし、残るは…
「あ、あれは!?」
魂が向かう先に巨大な手の形をした物体が浮いていた。
あれは…闇だ!
「まさか…!」
振り返った時には既に遅かった。背後に倒れていたヘイトタイタンは、僕の付けた大きな傷から闇を漏らして萎んでいた。
巨大な闇の拳は健也の魂を握り締め、そこから新たな身体を生成。闇そのもので作り上げられた巨人、ダークタイタンと言うべき姿へと変貌を遂げた。
「DAAAAAAAAAAAAAAAAARK!」
ビリビリビリビリ…
轟くだけで地面が震えた!リミッターにもなっていた人間の骸を捨て去ったことで、闇の力が暴走している!
「スレイヤー終了まで残り1分です」
ユニークスキルのタイムリミットが来てしまった!こうなったらとにかく攻撃するしかない!
「…うっ!?」
身体が動かせない…そうだった…ジゾルゴ・エンチャントを発動した後だった。
動こうとすれば身体の節々が悲鳴をあげる。魔力もないので魔法も出せなかった。
「DAAAAARK!DAAAAAAARK!」
振動だけで身体が痛む!それにもう!こんな満身創痍な状態で大きな敵を前にしてしまった!
もう戦う気力も湧かない…戦意喪失だ…
「完全に見誤っていた…まさかここまでの闇を抱えていたなんて」
ゴゴゴゴゴ!!
巨人の攻撃が俺を見下ろして拳を引いた。そして猶予なくその一撃を大地へ放った。
「くっ…うあああああああああ!」
拳に…闇に押し潰される…これが僕の最期なのか!
どうなっている?僕は確か、闇に押し潰されてしまって…
真っ暗闇で何も見えない。ここはどこだ?殺されて地獄に堕ちたのか?
「…健也!?」
この空間には僕だけでなく彼の姿もあった。魔獣人ではなく本来の姿だ。名前を叫んだが反応がないため接近。瞬きせず開いたままの瞳は虚ろだった。
「おい!返事をしろ!ここはどこだ!何がどうなっている!?」
身体を揺さぶっても反応がない。
そもそも変だ!肉体を破壊して魂だけになったはずのあいつがどうしてここにいる!
「俺は…」
「なんだ健也!?大丈夫なのか!?」
「間違った行いをしているという自覚は確かにあった。けれど自分を止められなかったんだ」
「僕も同じだ!生前、魔獣に取り憑かれた僕はその力で復讐しようとしたんだ!」
「復讐…出来たのか?」
「途中までしか出来なかった…ナイン達が止めてくれたんだ」
「羨ましいな。俺はもう…手遅れだ」
その瞬間、煙に包まれるように健也の姿が消えた。それからすぐに声が聞こえてきたのだった。
「俺ハ復讐スル…全テニ…俺ノ受ケタ屈辱ヲ…」
そうか、お前は誰かに止めて欲しかったんだな。悩みを打ち明けて、とにかく抱えていた闇を発散したかっんだ。
しかし出会ったのは、お前を利用しようとするアン・ドロシエルだった。僕と同じようにやりたくもない復讐をするように誘導されたんだな。
僕は間違っていた。憎しみに囚われている彼を殺すとか復讐を止めるとか、それじゃあダメなんだ。
友人として、彼と向き合ってやらないといけなかったんだ…
「健也!?聞こえるか!この僕の声が!」
返事を待っても彼の声は聞こえなかった。この空間の中で健也を探し出さなければ、もう二度と話す機会はないだろう。
「健也!お前の友人、白田幸成がここにいる!愚痴でも相談でも何でも聞いてやる!だから戻って来い!」
しかし、叫ぶ以外に何も出来ない僕はひたすら声を出した。冷静に考えると、一旦落ち着いて少しでも魔力を回復させるべきなのだろうが…
闇に囚われた友人を助けなければ。そう考えると冷静にはなれなかった。
「DRAAAAAAAK!」
「健也ァァァァァァァァァァ!僕がいるぞぉぉぉぉぉぉ!」
その想いをぶつける勢いで、僕も負けじと轟いた。
ド…ラ…ゴ…ロ…モ…
その瞬間、不思議な単語が頭の中に浮かび上がった。
この単語が何を意味しているのか。僕は心で理解た。
そしてこの力なら健也を闇から救い出せる。そう確信した。
「セカンドスペル!ドラゴロモ!」
呪文を唱えると、僕の身体に周囲の闇が集まりだした。
沸き出る恐怖や怒り、疑念、憎しみが心を押し潰そうとしてくる…しかし、この程度の闇に屈してはいられない!
「ウオオオオオオオオオラアアアアア!!!」
集まった闇が新たな姿を形作り、大翼を生やしたドラゴンへと変身した!
ドラゴロモは周囲の力を衣にして竜へと変身する変身魔法だ。闇の力を纏った今の僕は健也とほぼ同じ状態となった。
「うわあああああああ!?」
変身が完了すると同時にフラッシュバックが起こる。
いや、記憶が鮮明過ぎてまるで過去を再び体験しているみたいだ…
それでも僕は負けない!お前と同じになってようやく感じられる物があるはずなんだ!
「どこだ健也…助けに行くぞ!」
翼を広げ、僕は闇の中を飛び回った。闇の力で形作られたドラゴンとなった今、この空間がどういう物なのかをハッキリと理解出来た。
これは健也の無尽蔵に湧き出る闇が生み出した暗黒の世界なんだ。
「闇は健也の中から…なら闇が生まれる場所へ向かえばいいんだ!」
闇の根源がどこなのか、闇と一体化している僕には分かる!
「見つけたぞ健也!」
そこは過去だった。僕と彼が出会ってから、最後の会話を交わしたその瞬間までがそこにあった。
「来たか…見ての通りだ。俺は過去に囚われて動けなくなった臆病者だ。未来に希望を持てずに生きた大馬鹿野郎なんだよ。二度も死んでもうやり直す気だって起こらない…疲れたんだ」
「そんなお前が唯一本気になれたのが…復讐だったのか?」
「そうだ。アンに出会って魔獣の話を聞いてゾクゾクした。あいつらの怯える表情を想像してそのまま自殺しちまった…結果、お前に止められて無関係な人達を殺した…時間の無駄だったな」
「僕は…そんなことないと思う。こんな最低な形でも、健也と再会できて嬉しかった」
「俺は嬉しくねえよ!こんなざまあない姿をお前に見られたんだぞ!嗤えよ!罵れよ!どうせお前もあいつらと同じなんだ!」
「僕はお前の友達だ!だからここまで来たんだ!」
グツグツ…
負のパワーである闇を纏っているせいか、身体が熱い。この空間でドロゴロモが解けた瞬間、きっと僕の身体は焼けてしまうだろう。
それでも、僕は大切な友達を救いたかった。
「笑って欲しけりゃ面白いことしろよ!腹抱えて笑ってやる!罵られたければ悪いことしろよ!注意してやるよ!腐りきったお前なんて哀れむことしか出来ねえよこの馬鹿──」
「ぁんだと!?」
健也は僕のことをポコポコと殴るが、ドラゴンになっているためかあまり効いていない。
いや、健也自身からパワーを感じられない。パワーというのは膂力的な意味ではなく、生命の力だ。
健也はそこにいるはずなのに、いないような感じだった。
「…これぐらいにしとくか。死んだ人間がいつまでもこの世にへばりついてんのは良くないもんな」
なんだ!?彼の身体が光り始めている!
「最初は何もかもぶっ壊してやろうと思ってたんだけど、こうして何度もお前と会って喧嘩出来て…どーでもよくなっちまった…スッキリした」
「そうか…」
「最期にお前と会って話せた!もうそれで未練はねえんだな、きっと…あばよ!大地獄の底で待ってるぜ!」
「…じゃあな」
根源である健也が消滅していく。そして周囲の闇は一点に集まり、そして光へと変わった。
僕はその光をしっかりと握り締めて、その場所から飛び出した。
「後は…お前だけだ!」
「DAAAAAAAAAAAARK!」
宿主を失った魔獣が解放されて、ダークタイタンの姿で暴れ始める。
残された闇の力を得たことでパワーアップしているみたいだが、こちらもそれに負けない力がある!
「確かに感じるぞ、お前の光…ドラゴロモ!!」
再びセカンドスペルを叫ぶと、ドラゴンの肉体に光が合わさる。この光は最期に憎しみや怒りを忘れた、純粋な気持ちに戻った健也が遺した光…
あいつが僕に戦ってくれと貸してくれた力だ!
身体の半分が黒から白へと染まっていく。そして光と闇の力は反発することなく混ざり合い、金色のドラゴンを生み出した。
「DAAAAAAAAARK!!!」
ダークタイタンは足元で萎んでいた残骸を喰らってさらに大きくなり、僕の方へと走ってきた。
「DAAAARK!!!」
「僕達は闇に負けない!たとえ屈しようとも、光を掴み再び立ち上がってみせる!喰らえ!心の光と闇の二重螺旋!ソウルスパイラルシュトロオォォオム!」
ブオオオォォォォォォォン!
口から照射した白と黒の螺旋光線が巨人に命中。そして巨人は粒子へと分解されていき、散るように消滅していった。
地上に降りると同時に元の姿へ戻り、僕はその場に倒れた。
「…うっ」
もう身体が動きそうにない…上での戦いは…きっと加勢に行かずとも問題ないだろう。
こんな限界を超えるような戦いは初めてだ。新呪文を得られたのもあるが…何より、あいつが良い笑顔でこの世を去ってくれたことが嬉しかった。
最後の最後で、あいつは笑ってた…
「…さようなら、健也」
涙が溢れてきた。泣き顔は見られたくないと、今まで我慢していたものが爆発したみたいだ…
…こうしてボロボロになった僕は土に倒れたまま動くことが出来ず、迎えが来るまで死んだように眠った。
「いって~…」
多勢に無勢。しかも暴力慣れしたやつら相手に勝てるわけなどなかった。
「ぺっ!…星1だな」
口に詰め込まれた泥団子は最低の味だった。もう二度と食べたくないが、また食べることになるだろう。
「おい…大丈夫か?」
「君、助けに来たのは良いけどさ、弱いな!」
隣にはいじめられていた僕を助けようとして返り討ちにされた少年が倒れていた。
「…俺、車田健也」
「狂うマダケンヤ?変な名前だな」
「ぶっ倒すぞ」
「ご覧の通りもう倒れてるよ…」
「そうだったな…それでお前は?」
「へ?」
「名前だよ。父ちゃん母ちゃんが付けてくれた立派な名前、あんだろ?」
「僕の名前は…白田幸成だ」