第147話 「多分僕が勝つんだろうなって…」
「健也…今度こそ、お前を倒す」
僕は地上に現れた健也を倒すため、生徒会要塞から飛び降りた。
(あれは…)
降下途中、冷気を放つ魔獣人とすれ違った。しかしあいつは要塞にいるナイン達に任せて、僕は倒すべき相手に集中しなければ。
着地して顔を上げた先には、鋭い目付きで僕を睨む健也の姿があった。
「来たな…幸成!」
向けられる殺意に恐怖を覚える。しかし、ここで僕が止めなければならない。健也にはこれ以上、憎しみに振り回されて罪を重ねて欲しくない。
「もう警告はしないぞ。健也、僕は君を殺す」
「殺す…か。ここで死んだら俺はどうなるんだろうな。また時間が巻き戻るのか?それとも今度こそ地獄に堕ちるのか?まあどっちでもいい。問題なのは…俺に二連敗したお前がそんなデカイ口を利かせたことだ!境遇が恵まれてるからって調子に乗るなよ!」
憎しみを力に変えるユニークスキルを備えた健也は僕なんかよりも遥かに強い。
しかし、今の僕には強力なユニークスキルがある!憎しみに囚われ闇に依存する彼を討つには相性の良い能力だ!
「ここで死ぬのはお前だ!俺に殺されてまた転生して生きろよな!俺に負けた悔しさを一生引き摺りながらよォ!」
「お前が殺した街の人達のためにも僕はお前を殺す!」
同情はするな。こいつはこの単端市にいた大勢の住人を殺したんだ。もう償えない罪を背負った彼には、地獄で禊をする以外に選択肢はない。
「来い!ヘイトタイタン!」
「スレイヤー発動!」
「了解。ユニークスキル、スレイヤーを発動します」
意識の中で声が流れる。ナインの話によると、数多にあるスキルの中には使用時にガイド音声のような声が流れる物もあるらしく、僕のスレイヤーもその1つらしい。
「対象とする種族または属性など──」
「闇だ!あいつの闇を討つ!」
「了解、スレイヤー発動。あなたには一時的に闇への特効が付与されます」
こうしてユニークスキルの発動は完了する。説明をされた通り一定時間、およそ10分の間だけ、僕の攻撃全てに闇への特効が付与される。
クールタイムは1時間。デメリットは存在しない。
「ジゾルゴ・アロア・タジュウン!」
呪文を唱えると空中から大量の矢が降り注ぎ、ヘイトタイタンを用意する健也を襲う。
しかし彼は矢を避けなかった。刺さる直前に魔獣人へ変身し、防御力を高めたのだ。
「お…少しだけ効くな」
そんな事を言っているが、手応えは感じない。やはり接近戦闘で大ダメージを与えるしかない。
「ならば…ジゾルゴ・エンチャント!」
僕のファーストスペル、ジゾルゴは魔力を消費して可変エネルギーの球体エネルギーボールを生成する呪文だ。そこからさらに単語を付け加えることで、炎や氷へ変化させたり、武器にエネルギーを纏わせる事が出来る。
そしてそのエネルギーをそのままの状態で肉体に取り込むと、身体能力を劇的に高める事が出来ると判明した。体内の魔力を消費し続けることで持続させられるが、能力停止直後に発動していた分だけの痛みに襲われる。
こうなると後が恐ろしいが、こいつを倒すためには使うしかない!
「ゴオオオオオオオオオ!」
そして憎しみの巨人ヘイトタイタンも召喚され、さらに巨大化した。
先にこいつを倒さなければならない!
巨人はビルのように大きな腕を伸ばし、地面に向かってパンチを放った。僕は跳躍して地上で発生する衝撃を逃れ、そのまま腕へ移った。
以前までは気付けなかったが、巨体なだけあって動きが遅い。慌てずに、どんな相手もまずは特徴を掴んでいかなければ。
「どうした腕なんかに乗って!そのまま項でも斬りに行くつもりか?」
次は弱点だ。憎しみの力で動くヘイトタイタンも元は人の身体。ならば人間の急所を突く!
「行かせるかよ!」
「ジゾルゴ・フレイア・バーニア!」
蚊のように叩き潰される寸前だった。咄嗟に炎を噴射して、巨大な手から逃れた。
「チッ!惜しい!」
憎しみの力が切れることはないだろう。それだけ健也の闇は深いのだから。
巨人と同時に相手するのは厳しいが、今度は本体を狙う。僕は腕から健也の元へ駆け降りた。
ドオン!
互いの拳が衝突し、空気が震える…なんてパワーだ!こちらも強化してあるというのに、力負けしそうだ!
「ハァ!」
さらにもう一撃を左手で放つ。だが健也は狙っていた頭を傾けて回避し、右足で蹴り込んできた。
「グハァッ!?」
「怯むなよ!がら空きだぞ!」
身体が浮いたところに連続打撃を叩き込まれた。
こっちは特訓だってしたのに、なんでここまで差があるんだ!
「ジゾルゴ・ボンバア!」
「なんだっ!?」
これ以上攻撃を受けてはならないと、呪文を唱えて脚から爆発を起こして連続打撃から逃れた。その際偶然ではあるが、ダメージを与える事に成功した。
「うぅぅ…セコい戦い方しやがって…」
「ジゾルゴ・フロズア・スピア!」
爆発で広がった傷へ氷の槍を伸ばし、そして突き刺した。
「ウアアアアアアアア!?」
「何っ!あああああ!」
その時、隙を突いた巨人が大きな手で俺を掴んだ。そのまま潰そうと拳に力が込められた。
「ジゾルゴ・ボンバア!」
全身で特効付きの大爆発を起こし、巨人の指を吹き飛ばす。ボンバアは強力だが、魔力と肉体の消耗が激しい。もっと慎重に戦わなければ。
「つらそうだな?もっと苦しめ!」
逃げ出した直後に巨人に蹴り上げられ、僕の身体は宙へ上がる。高層ビルの半分ぐらいの高さまで来てしまった。
「ジゾル…」
いや、無闇に魔力を消費してはいけない。この肉体強化が切れた時、僕は激痛に耐えられず動けなくなる。
「そのまま潰しちまえ!」
まるで蚊を潰そうとするかのように、ヘイトタイタンは左右の手を僕へ向かわせる。
「負けん!」
それに対して、僕は左右の手を力強く殴った。これは防御ではない。攻撃に対しての攻撃だ。スレイヤーの効果で僕の攻撃に特効が付与されている今、闇で稼働するヘイトタイタンの攻撃を相殺し、ダメージを与える!
「なんだと!?俺のヘイトタイタンが!」
僕の身体より何倍も大きな手が呆気なく崩れた。
真下には頭がある!このままヘイトタイタンを崩し斬る!
「ジゾルゴ・ライデア・ゾヴド!」
「させるか!」
健也は地上から巨人の頭を目指して駆け登る。彼の目的地に降りた僕は雷の刃を生成。そしてそこから滑るように巨人の身体を切り裂いた!
「俺の姿なのに随分と迷いなく斬るんだな!」
「既に迷いは断ち切っている!」
そして俺の雷と健也の闇が衝突し、2つの属性が火花のように乱れ散る。
雷属性に加えて闇への特効!敵に対して圧倒的な破壊力を持つ必殺技だ!
「健也ああああ!」
「幸成いいいい!」
ズバァン!
健也の右腕を斬った!そしてさらに、がら空きの胴を斬り上げる!
「ヌワァアアッ!?」
「これで…何ッ!?」
胸を貫こうとしたその時、切り落とした右腕が僕の首へ飛び付いた。
腕から伸びるこの細い魔力のケーブル…切り離された身体と闇の魔力で繋がっているというのか!?
「グッ…!」
「いってェなあああああ!?」
く、苦しい…!窒息じゃ済まない!このままだと空き缶みたいに首を握り潰される!
「じ…じ…!ウッ!?」
ぜ、全身で感じるこの激痛は!体内の魔力が切れてエンチャントが終わってしまった!使用した分だけの反動が来た!
「ウアアアアアアアア!!!」
「おぉ、声出せるじゃんか!そのまま悲鳴をあげて死ね!幸成!」
だけど…僕は負けない!この痛みにも!お前にも!
「ウルアアアアア!!」
首を絞める腕は放置。僕は身体に残った力を振り絞り、油断していた健也の顔面に拳を叩き込んだ!
「ッ!?」
悲鳴を声に出来ずに健也は倒れ込む。そこからさらにマウントを取って、頭部を何度も殴り続けた。
「ヴッ!ダッ!ガァッ!」
「こうして喧嘩をするのは初めてだったな!…昔考えたことあるんだ。お前と本気でやり合ったら、多分僕が勝つんだろうなって…その通りだった!」
何度も殴る。頭を叩き割って脳を潰す。そのつもりで振るった拳は、赤く染まっていった。
「へへっ!」
「何がおかしい!?」
「馬乗りになって殴ってるけどよ、これってあいつらと同じじゃないか?」
「そんなわけ………!?」
健也を殴っていたはずが、突如視点が切り替わった。倒れている僕は数人の少年に蹴られていた。
これは…魔獣の力で健也の過去を見せられているのか。
「…ここまでやられたからって!無関係な人達を殺すのは間違っている!」
「だったらこいつらとは同じ学校ってだけで全く縁がなかったはずの俺達はどうして半殺しにされた?なんでこいつらは許されている!?」
「それはこいつらの性格が歪んでいただけだ!」
「だったら俺も縁のない同じ街の住人をどうしようが許されるよな!?殺したって良いよな!?」
「お前は…ただ過去を免罪符にして暴れたいだけだ!こいつらと何も変わらない馬鹿野郎だああああ!」
気持ちを強く持って、つらい情景を打ち破る。そして反撃しようとしていた健也の姿を捉えた。
「ハァッ!」
闇の一撃が頬を掠める。それと同時に繰り出した僕の拳は、健也の頭をバラバラに砕いた。
頭を失った首から、血ではなく闇が溢れていた。他の転生者と肉体の構造は変わらないはずだが、彼のユニークスキルによってその性質が変わってしまったのだろう。
僕と彼が他人から受けた屈辱はきっと同じくらいだ。けれど人によってそれらの感じ方は全く違う。凄く傷付く僕達みたいな弱い人間がいれば、全く意にしない強い人間も。
彼は弱すぎたんだ。僕達が苦しんで生きた世界では生きられないほどに…