第146話 「ケリつけてやる!」
タイムフリーズが発動した。そう認識した時点で、敵の攻撃は既に終了していると考えていい。
しかし魔獣に攻撃されたはずの僕は無事だった。球状のバリアが僕を守ってくれていた。
「ハァ…ハァ…ナイン!大丈夫か!?」
「四肢全ロスしてる時点で無事な訳ないでしょ!」
振り向けないけど後方から光太の声がする。このバリアは彼のミラクル・ワンドが発生させた物だ。
「魔獣め…ナインから離れろ!そしてそのまま自害しろ!」
「ナンダオ前!アント同ジ能力ヲ持ッテイルノカ?シカシ私ハ強イ自我ヲ得タ!モウ誰ニモ操ラレタリシナイ!」
「操れない?!ならば…バリアァァァァ!」
僕を守ってくれていたバリアが巨大化し、突き破ろうとしていた魔獣を大きく吹き飛ばした。
光太は僕の元まで近寄ると、バッグを漁って何かを探し始めた。
「いつから来てたの?戦わないんじゃなかったの?」
「俺にはお前達みたいな使命感もなければ、生徒会のやつらのように魔獣への闘志を燃やせるような過去もない」
光太は義肢となる魔法の杖を4本抜き出し、手早く取り付けてくれた。その間にも魔獣が氷を飛ばして攻撃してきたが、バリアが全て防いでいた。
「今まで戦ってきたのも死にたくないから、敵が憎かったからで、ナインみたいな正義感はなかった。身内じゃなければ誰が傷付こうとどうでも良かったんだ」
「イイ加減ニ壊レロ!ゼロルブリザードジャベルガン!」
「「うるせえ!黙ってろ!」」
魔獣が撃った巨大な氷のミサイルは、バリアによって跳ね返されて地上へ落ちていった。
強力なバリアを発生を発生させるミラクル・ワンド。それを握る光太の手は震えていた。
「怖いの?」
「あの魔獣が許せないんだ。お前をここまで傷付けて、サヤカのお姉さんを利用したあいつが!」
装着した4本の義肢が機能するようになると、光太の手を借りて僕は再び立ち上がった。
「この怒りがお前と同じ正義感か、それともサヤカ達への同情から沸いた自分勝手な憎しみなのか分からない!とにかくあいつを倒したいっていう気持ちが強い!」
「だったら…一緒に戦ってくれ!」
「あぁ!やるぞ!」
「私ニ勝テルト思ッテイルノカ?…タイムフリーズ!」
再び時間が停止したようだ。それでもバリアは破れる事はなく、魔獣の攻撃に耐えていた。
「光太!超人モードだ!氷の姿のやつで行く!」
「氷の…それって俺が気絶してる時に発動したやつだろ!出来るのかよ!?」
「あいつが人間と混ざっていた状態から純粋に氷の力を扱える魔獣の姿となった今、炎の超人モードで凍った時間の中を動けるかどうか怪しい。けれど凍った状態に近いあの姿なら──」
「分かった!分かったから!やればいいんだな!」
「そうさやれるさ!そのためにはまず、怒りで荒ぶる気持ちを落ち着かせるんだ」
こういう時こそ冷静にならないといけない。どんな理由であろうと、怒りは感覚を鈍らせてしまう。
きっと氷の超人モードになるためには、炎の超人モードの時のように感情を昂らせてはいけないんだ。
「魔獣を倒す、その事に集中するんだよ」
「あぁ、分かった…」
「ソンナニバリアノ中ガ好キカ!ナラバ一生ソコデ暮ラシテイロ!」
バリアそのものが凍らされて、雪で埋め尽くすされた。そして遂に割れ目が走り始める。それでも焦ってはダメだ。
僕達はあいつを倒すんだ…そのために新しい力を今ここで掴む!
「バリアが損傷した。冷気が流れ込んで来てるし、このままだと潰されるぞ」
「その割には冷静だね」
「お前が何とかしてくれるって信じてるしな」
氷によって光が遮られた真っ暗な空間。隣に立つ彼は慌てることなく落ち着いて状況を分析していた。
「バッグをくれ。またサポートする…これくらいしか出来なくてごめんな」
「凄く助かるよ。ありがとう」
バリィン!
バリアが割れた途端、凍り付くような冷気が僕達を襲う!
「「超人モード!」」
氷に押し潰されたかと思いきや、僕達は生きていた。そしてあの時の同じように、自分の内側から氷の力を感じていた。
「寒~ッ!ほらスコップ・ワンド!お前も手伝え!」
「はいはい」
雪の中をスコップで掻き分けて、僕達は外へ脱出した。
そして倒すべき敵の驚きを表したポーズと、青白くなった僕の腕が見れた。
「ナンダソノ青イ姿ハ!?」
「氷の超人モード。赤い姿が烈火なら、この青い姿は堅氷って言ったところか…お姉さんを利用して!サヤカ達の心を傷付けたお前を絶対に許さない!ここでケリつけてやる!」
「ヘックシュ!」
「タイム!フリーズッ!」
そして宇宙が凍結した。しかし僕は動けていた。軽く跳ねただけで、敵は凄く驚いていた。
ソウルフリーズと同じだ。タイムフリーズも既に凍っている存在を止める事は出来ないんだ!
「ナ、ナンダト!?」
すると魔獣は接近して、光太に狙いを定めて氷の礫を放つ。あれは当たったらヤバそうだ。
「僕が守る!」
ガキィンガキィンガキィン!
想像以上に硬くなっていた僕の身体は、床に穴が開く程の礫を背中で弾き返した。それなのに、痛みを感じていなかった。
氷の超人モード堅氷は防御力に特化した姿なんだ!
「あれ!?ナインが目の前にいる!?」
そして時間が動き出し、振り向き様にこちらも氷の力で反撃した。
ドゴワ!
氷塊を避けた魔獣はそのまま空中へ戻った。
いや、どんどん要塞から離れている!まさか逃げるつもりか!?
それに気付いたのか光太はバッグに頭を突っ込んで、新しく杖を抜き出した。
「これだったよな!ウォーター・ワンド!」
杖から大量の水が噴射される。それも逃げようとしていた魔獣にまでしっかり届くほどの勢いだった。
「ナイン!やれ!」
「フリィィィズ!」
その水に僕が触れた途端、魔獣まで続く氷のアーチが完成した。
「逃がすかよ!」
「行けえええ!」
出来上がったアーチへ飛び乗り、僕は魔獣の元まで走り出した。
「コノ氷、硬イ!?」
付着した水が凍ったことで魔獣は逃げられなくなっていた。
その逃げ腰の背中に、僕の一撃を叩き込む!
「必勝の一撃!堅氷!砕氷衝角撃!」
バキバキバキバキ!
氷となっていた僕の角が巨大化する。そして疾走の勢いを保ったまま氷のアーチを滑走して狙いを定めた。
バキバキバキバキ!
「チクショオオオオオオオオオ!」
「砕け散れえええええええええ!」
ガシャアアアァァァン!
防御の出来ない背中に角による一撃が命中!
それを喰らった魔獣はアーチ共々粉々に砕け散った!
「って落ちる!?」
「ナイン!掴まれ!」
落ちそうになっていたところ、光太がロープ・ワンドを伸ばして僕の身体に巻き付けた。
僕はそのままデッキに引き上げられた。
「助かったよ」
「お姉ちゃん!!!」
デッキに倒れていたお姉さんは、既に下半身を失っていた。サヤカの回復魔法も効かなくなってきたのか、灰に変わるスピードも上がっていた。
「ナイン!何か、何か杖はないの!?」
「サヤカが一番よく分かってるでしょ…こういう時に僕の杖は役に立たないって」
僕の杖には傷や病を治せる物はない。僕がそれに関してこれっぽっちの才能もなかったからだ。
だからサヤカは回復魔法を覚えてくれたんだ。君のその努力が、こういう時の僕が無力だという何よりの証拠なんだよ。
「だから僕よりも…その人の事を見てあげて」
サヤカの顔がお姉さんの方に向く。すると、笑みを浮かべていたお姉さんは話し始めた。
「サヤカ…お化粧するようになったんだね。綺麗だよ」
「うん…彼氏出来たから…ジンと付き合ってるから!」
サヤカが手招くと、ジンは恐る恐る歩み寄った。
「ど、どうも、ジン・クロザキ…です……の…」
「刺したことは気にしなくていいよ…君が生きるために必要なことだったんでしょ?」
「ごめんなさい、本当に俺、あの時は生きるのに必死で…いや、謝って許されることじゃないのは分かってるんです!だから…本当にごめんなさい!」
ジンは今、涙ながらに自分が殺した人間と向き合っている。その心境は僕には計り知れない。
「悪いって思うなら私の妹、大切にしてあげてよ。私が愛してあげられなかった分だけ、君がサヤカを愛してあげて」
「はい…!俺、俺絶対に!サヤカの事を幸せにしてみせます!これから何があっても絶対に守ってみせます!」
「お願いね…信じてるよ」
もう魔力は感じられない。既にあの身体は死んでいるんだ。
それでも腕は動いてサヤカの頬に触れた。
「さようならサヤカ…幸せに生きてね」
それを最期の一言にすると、ショウコの身体は全て灰となり、風に吹かれて流されていった。サヤカ達泣く様を、僕はただ見ていることしか出来なかった。
「サヤカ、大丈夫?」
「ナイン…杖出して」
「え?」
「私達はお姉ちゃんを魔獣から解放して最期には笑わせられた!ナインは新しい超人モードで魔獣を倒した!そんなめでたい一戦の後なんだ!バリュフが帰って来たら美味しい物食べてパーって盛り上がろう!そして…残ったやつらにも絶対に勝とう!」
「…うん!」
心配いらないみたいだ。サヤカの瞳から曇りは感じられない。
君はお姉さんの事を強いって言っていた。だけど僕は、君も彼女負けないくらい強い人だって思ったよ。