第141話 「お前はよく頑張った」
凍えてしまうような気温だった。
空にはアノレカディアが広がり、昼と夜は存在しない。変わらない世界の中で戦い続けている…はずだった。
「どうですか?ノートさん」
魔法のスーツで作った双眼鏡から隣に視線を移すと、バリュフが立っていた。
「世界の崩壊が超スローで進んでる。早くこの戦いを終わらせて世界を修復させないとまずいな」
「アン・ドロシエルの八芒星…それが原因でこの宇宙は崩壊の危機にあるんでしたよね」
「あぁ…世界を修復して、アノレカディアと切り離す。そのためにはこの状況を引き起こした時以上のパワーが必要になる」
この宇宙を崩壊させようとしたアン・ドロシエルの八芒星は8体の魔獣人があって発動出来たものだ。そしてそれに匹敵するナインのジャヌケ・ワンドは、どうやらあと一度しか使えないそうだ。
「だからパロルート兄弟の力を借りる!この世界にはセナとキョウヤがいるからな」
「しかしその二人は空中にあった魔獣の召喚装置と共に行方不明になったのでは…?」
「さっきキョウヤから連絡があった」
そう、なんとあいつらは世界がこうなってから装置と共に別の空間に隔離されて、発生し続ける魔獣を戦い続けていたのだ。体感時間は1年、撃破した魔物の数はざっと10000000体だそう。当然ではあるが、彼らも体力の限界が近いみたいだ。
「アンを倒して装置を停止した後に破壊。それから宇宙の修復ということですね」
「あぁ、そのためにもまずは魔獣人を倒さないとな。ほら、そろそろ特訓に戻れよ」
バリュフは生徒会要塞の内部へ戻っていった。蛸のようになった要塞はずっと浮遊を続けたままだ。
「…くしゅん!あ~寒ッ!」
魔獣の気配はない。自然現象でここまで冷え込んでいる。日付で見ると今は梅雨だ。けど何日も雨が降ってないな…
カタッカタッカタッカタッ
足音だ。誰かが階段を昇って、ここ展望デッキへ向かって来ている。
「あっ…」
「よう、元気…じゃなさそうだな」
デッキへ上がって来たのは光太だった。以前より少し痩せた気がする。
「ここからの景色は…街がボロボロじゃなかったら最高なんだろうな。あと空も青色だったらもっと良い…寒いだろ。こっち来いよ」
暖かいスーツを拡大して広げて、薄着だった光太を正面へ引き込んだ。
「おぉ~ヒンヤリしてるな。参っちゃうよな、梅雨のはずなのに冬みたいに寒くてさ」
「俺は…どうすればいい?」
つい最近まで周りのやつらにチクチクしてた全身トゲ人間が今じゃこれだもんな…
まさかこいつ、あたしがいなかったらここで飛び降りるつもりだったんじゃ…
「俺だって好きでいじめたわけじゃないんだ。ただ、あそこでやらなかったら今度は俺の番になるんだよ…」
「やっちまったことは…もうどうしようもない。謝って許されなかったら、そのまま罪を背負って生きるしかない…まあ許される方が珍しいんだけどな!あはは!」
身体が震えている。被害者を追体験して、ようやく自分がやったこととその恐ろしさを理解したみたいだな。
「俺にはナインと戦う資格がない!あんなことしておいて、誰かのために戦うやつと一緒になんていられない!」
「お前はよく頑張った。光太は元々、戦いとは無関係の人間だったもんな。それなのにここまで頑張ってくれてありがとう」
「え…」
「後はあたし達に任せてくれ。この戦いもそろそろ終わる。世界の命運が掛かったこの戦い、絶対に負けやしないさ」
「あの」
「心配すんな。こういう時は絶対に負けない」
「あの!!!」
突然の大声に身体は小さく仰け反った。
「急に叫ぶな!なに、どうした?」
「…引き留めたりとか…励ましとか………なんかないの?」
「お前がいてもいなくても勝算ある戦いだしな…それに余計な怪我人は出したくないし」
「俺…いてもいなくても変わらないんだな」
こいつやっぱりめんどくさいな…
「そんなことねえよ!やることないなら大人しく、勝利を祈って後ろから見守ってやればいい。戦いなんて応援1つで変わるもんだし」
「でも…また人質とかで利用されて足を引っ張ることになったら…」
「そうなったら覚悟決めろ。自分で後ろに立つことを決めたなら、俺に構わず!って言う準備はしておけ…まあ!人質にされてもあいつなら助け出すだろうけどな!」
「………決めた。俺、ナインを見守る!」
「そうか…良いんじゃねえの!」
ギュッ!
決意した光太を見たあたしは、思わず彼の身体を回して抱き締めた。
「なっなにすんだよ!?」
「そーいうめんどくさいところ!あたしの彼氏にソックリだ!」
あ~マジで恋しい!今あいつはどんな世界にいるんだろう?
「か、彼氏いるなら他の男に抱き付いたらダメだろ!」
「おっ?意外とピュアなんだなー!」
あいつがヘラってる時はこんな風にあたしの胸を顔に押し付けて慰めたもんだ。少しはメンタル強くなったのかな~…
「ほら~逃げようとしても無駄だぞー!」
「やめろ!誰かに見られたくない!特にナインに!頼むから!」
光太みたいにめんどくさい男は…あたしの好みだ。こうやって自分で何かやると決めた時には、ついつい甘やかしたくなる。
「せっかくだから聞かせてやるよ!あたしのナイトでプリンス!デュノンとの出逢いから別れるあの戦いの時まで…!」
「別れたって…死別?」
「冗談でもそういうこと言うんじゃないよ!ここから落とされたいか!」
「ギャーッ!?落ちる落ちる落ちる!」
以前のお祭りでは発散できなかった、どこか違う宇宙にいるはずの彼氏を想うたびに生まれる淋しさ。
彼氏を光太に自慢することで、あたしはそれを克服した…正直悪いことしちゃったと、後々反省した。




