今見ている青空
これは大きな戦いが始まる、少し前の俺達の日常の一幕だ。
「うぅん~!」
その日、ナインは杖をメンテナンスしていた。俺にはよく分からないが、魔力の消費効率や発動する効果がよくないそうだ。
「だぁ~!」
「うるせえよ!読書に集中できねえだろうが!」
「ごめんごめん」
謝っているが放っておくとまた叫びそうだ。手伝ってやるか。
「ん?手伝ってくれるの?それじゃあ…その筆にオレンジ色のインクを着けて」
言われるがままに、バケツに突っ込んでいた筆を取ってインクを着けた。明るくて爽やかなオレンジ色だ。
ナインは俺から筆を取ると、装飾の取り外された柄をオレンジで染めた。
「これってどんな能力なんだ?」
「使用者のエネルギーを消費して破壊光線を照射する」
いやすげえ物騒だな。それにしてもこのインク、ただのインクじゃない。柄に付着した瞬間に何か力を放っている。
「あのさぁ光太。君ってこの人生で何回挫折したことある?」
「んだ急に。覚えてねえよ」
「僕もだよ」
塗り終えた柄は両面テープの上に立てられ、今度は装飾の手入れに取り掛かった。
「僕はね、そうやって心が折れた時には杖を手入れしたりして気分転換するんだ。こうしてる内に何か良い考えが浮かび上がってくるんだよ」
「…なんか嫌なことあった?」
「あぁ誤解させちゃったね。今回はたまたまメンテしてるだけだから」
カチッカチッカチッ
装飾はネジなどで固定されておらず、少し力を入れるだけでパーツごとに分離できるようだ。
「光太はどうしてる?」
「俺?…曲を聴く」「アニソンとかでしょ!歌詞とメロディーが明るいやつ!」
当たりだ…
「あとは…そのまんま、アニメ観たり漫画読んだり…アノレカディアにもあるんだっけ?こういう文化って」
「あるよ。君が今読んでるやつ程面白くないけどね」
「バーカ、これと比べられる作品があってたまるかよ」
ナインはメンテナンスを終えた後にも話を続けた。どうやら、少しセンチメンタルみたいだ。
「君って自殺とかって考えたこと…」「あるよ。すぐしょーもない事で折れては死んでやる!死んでやる!って叫んでた…けど、ヒーロー達が勇気をくれた途端、次こそはッ!て負けん気が溢れてくるんだよな」
「僕も。サヤカ達がいたから学生を続けられた…中退しちゃったけど」「中退がどーした。生きてりゃいいだろ」
「おぉ、君にしては珍しく前向きなセリフだ!」
こいつ…ひっぱたいてやろうか。
インクの臭いが部屋に充満していて臭かった。ナインがガラガラと窓を開けると、雲一つない青空が広がった。
「今生きてるからこの青空を拝めるんだ。挫折して死んだらこの空を見られなかった。こうしてお前と出会うことも出来なかった」
「…良いことに気が付けたよ。会話に付き合ってくれてありがとう」
今の俺やナインがこうであるのは、見えないところから支えてくれる何かがあったからだろう。
支えられて生きている。これからもそれを忘れずに生きられるだろうか…
改めて、ありがとうございました。
貰った勇気を胸に、明日と自分を信じて頑張ります。