第140話 「悪かったって思ってる」
空に巨大な機械の蛸が浮いていた。魔獣かと思ってコントロールを試みたが、どうやら違うらしい。
「あっ、黒金君!」
「ようやく見つけた…!」
すると灯沢と水城が現れた。話を聞いたところによると、どうやらあのメカ蛸は地中にあった生徒会要塞の真の姿だそうだ。
「黒金君もおいでよ。地上にいるより安全だよ」
「だろうな。あの蛸が出てきたせいで街は滅茶苦茶になったんだ」
「大丈夫よ光太君。戦いが終わったらナインちゃん達が直してくれるって」
「俺は生徒会のやつらと群れる気はない」
「黒金君…どうしてあの人達の事をそんなに嫌ってるの?いざこざがあったのは知ってるけど、悪い人じゃないよ」
あいつらがナインを奪ったからだ。それに狼太郎の事を俺は許したつもりはない。過去に犯した罪を許されたつもりで生きているあいつが特に嫌いだ。
「ねえ光太君…もう少し人に合わせてみたらどうかしら?あなた、この戦いで一人だけ浮いてるのよ」
「俺がいなくても勝てる戦いだしな。浮いてたって問題ないんじゃないか?」
「でも光太君がいないとやられてたかもしれない時だってあったはずよ!」
「鎖魔法にオロラムか…良いよな、使い勝手のある魔法で。俺なんてナインだぜ?ガンバレナイ~ン、名前を呼んでパワーアップ。行け~ナイ~ン、俺は後ろから見てるだけ。助けてナイ~ン、人質になったりして足手纏いだ。残念でした~俺はお前達みたいに役に立ちませ~ん!」
「拗ねるくらいならもう戦わなくていいよ!ここまで幼稚な人だとは思わなかった!」
灯沢の言う通り、俺は幼稚だ。しかし俺の言ったことに間違いはあったか?名前を呼んで味方を強くするか、攻撃の的になるしか芸がない。役に立たないよな。
「星河さん、お願いね」
水城が鎖魔法を発動。魔法陣から発射された鎖が俺の身体に結び付いた。
「何すんだよ!放せ!」
「また敵の人質にされたら困るでしょ。戦わないなら戦わないで良いから、要塞で大人しくしててちょうだい」
困る…か。
「分かった!分かったから放せ!逃げやしないよ…」
二人の目が冷たい。好かれてたはずなんだけどな…俺の勘違いだったのか?それとも人質にしかならない男には興味ないってか?人の名前叫ぶだけのやつよりウォルフナイトに変身できる方がカッコいいよなそりゃ。
「見つけたぞ!黒金!」
水城達の元に引き寄せられた直後、俺が立っていた場所が爆発したかのように砕け散る。その中心には拳を打ち付けた魔獣人の姿があった。
「お前は…白田の友人か!」
「守られてばかりだなぁお前!」
「なんだと!」
この鎖さえなかったらあの野郎を殴ってた!ナメやがって…!
「オロラム・ドーム!」
攻撃に備えて灯沢がドーム型のバリアを発生させた。だが魔獣人は魔法などを一切使わず、バリアを殴り始めた。
「前よりも私は強くなってるから!そう簡単には破れないよ!」
「邪魔をするな!そいつは平気で人を傷付ける人間なんだぞ!その目を見れば分かる!お前は優しい人間だ!それなのにどうして黒金を守る!?」
「うぅ…なんてパワーなの!」
バリアの外に鎖が発生して魔獣人の四肢を止めた。あと少し遅かったら、バリアを破って俺を殴りに来ていただろう。
「このまま手首を絞め落とす!」
「ぐぅ…!」
いいぞ水城!そのまま手首足首を潰して戦えなくするんだ!
「なぜだ…なぜそいつが絶対悪と知りながら守ろうとする!そういう人間は放っておけば必ずまた誰かを傷付け、そして殺す!」
「あなたの言い分も分かる…分かるけど…!だから復讐なんかに振り回されて欲しくないの!」
地面から突如現れた巨大な鎖が魔獣人を空へと打ち上げた。
「ダブルファイブ・シール!」
呪文を叫ぶと空中に召喚された鎖が交差して、5つの☆が出来上がった。
確かあれは、過去に狼太郎と戦っている時に見せた五芒星五重封印だ。水城は魔獣人を封印するつもりだ。
「挟まれ!」
宙を走る鎖が動きを変えて5つの星を作り出し、その中心に魔獣人を拘束した。
鎖を緩めた瞬間に封印が開始。星の中心である空間が歪み、そこにいる魔獣人の姿も同じようにグニャグニャと崩れ始めた。
「なんだ…!?なんだよこれ!」
「ごめんなさい…でも人を傷付けるのをやめられないのなら、あなたを封印するしかない!」
「封印だと!?出来るものか!俺の憎しみは蓋をしたところで心の奥底から溢れてくる!復讐するしかないんだあああああ!」
怒号と共に鎖が破壊された!ユニークスキルの力で封印から逃れたのか!
「黒金!お前がその命を差し出せばこの二人は見逃してやる!って来るわけないよなぁ!我が身第一の保身野郎が!」
「んだと!?おい水城!この鎖ほどけ!」
「あなたが戦っても無駄死にするだけよ!」
そうだ!俺には魔獣を操る力がある!その力なら魔獣人すらも操れる!お前にはここで自害してもらうぞ!
相手の中を覗くように意識を集中させる。そしてドワッ!とした気持ち悪い感覚を得て、歴史投影魔獣タラン・ドュノとの接続に成功した。
歴史、つまり過去を投影するだけの能力。大したことのないやつだ。
「お前、アンと同じ能力を持っているんだな」
「どうした、首に両手が向かってるぞ?もっと焦ったらどうだ?そうか、一度死んでるから恐怖を感じたりしないのか」
「なら見せてやる!俺となって地獄を生きろ!」
なんだ?何が起こってるんだ?さっきまで俺は路地に…
「や~い!ビンボーニーン!」
「お前臭いんだよ!毎朝風呂入ってから登校しろよ!」
臭い?俺が?…クンクン…確かに、酷い悪臭だ。
「喰らえバイ菌!」
シュッ!シュッ!シュッ!
このガキ!?人に向けてスプレー噴射してきやがった!人に向けたら危ないやつをだ!
一度分からせてやるか…
「や、やめて!」
やめて?俺、こんなこと言おうとしたっけ。それに身体が思うように動かせない…
そうか、分かったぞ。俺は魔獣の力で車田健也の過去を見せられてるんだな。
いじめられた過去を追体験させて心を折るつもりか。けれど俺は16歳だぞ?そんな小坊中坊のトラウマなんて何とも思わねーよ。
そうしてひたすら、こいつが痛め付けられている過去を追体験した。小学生の頃からいじめられてたんだな。
「おたくの息子さんがウチの子を傷付けたんでしょう!…いじめ?この子がいじめなんかするわけありません!なんですか?証拠でもあるって言うんですか?」
加害者の母親…
「えーですからね。健也君がいじめを受けているという事実は一切ないわけでして…はぁ…」
溜め息を吐く教師…
「すまない…!」
「ごめんね…何もしてあげられなくて!」
ひたすら謝る両親…
こんな物を見せて同情を誘えると思ったら大間違いだな!言わせてもらうぜ!
ざまあみろ!被害者面のクソ野郎!
「お父さん…」
父親が首を吊って自殺した。どうやら、勤務していた会社が倒産した挙げ句、借金を背負わされたらしい。
「お、お母さん!」
母親は心が壊れた。新興宗教にのめり込んで破産。水商売で稼ごうとするも事件に巻き込まれ、そして殺された。
「あいつの母ちゃんってさ…」
「知ってる…ヤバイよね」
誰も救おうとはしなかった。教師達からも忌み嫌われる存在だった健也。
しかしそんな彼にも仲間がいた。
「健也、帰ろう」
それが白田幸成。彼と同じいじめの被害者にして唯一の友人だった。
場所は寂れた公園。ちょうど二人揃ってやられた後のようだ。
「ペッ…最悪だ」
「う~む、今日のミミズは格別でしたなぁ。星1つ!」
「いつもそうだろ…うへへ」
彼はやられた後でもすぐに笑って、健也と足をフラつかせながら下校する。
虫を食べさせられた後にはレビューしたり、殴られたら「次は鉄板を仕込んでやる」と言ってみたり、悪口を言われていたら「論破したいけど…そしたら泣いちゃうからね。うん、傷付けたくないから僕達は言い返さないんだ…死ねブス共が…」などと、とにかく絶望はしていなかった。
中学に入り彼と一緒に過ごすようになってから、毎日が少しばかり気楽になっていた。
いつまで続くんだこの追体験…
何があっても、白田と一緒なら笑い話に出来た。しかしそれも中学の間だけであり、高校に上がってから…つまり今に至るまでの僅かな間に、再び苦しむ日々を送ることになった。
そして絶望に耐えきれず、校舎の屋上から飛び降りて自ら命を絶った。
…!?違うぞ!車田健也はアンと出会って自分の首を絞めたんだ!飛び降りなんかしてない!
神の慈悲か宇宙の奇跡か、不思議はことに彼は人生を最初からやり直せる機会を与えられた。
タイムリープというやつだ。
いじめを受けたくない一心で、以前の記憶を元に健也は生き方を変えた。勉強を頑張り成績を上げた。
そうしたら嫉妬が原因でいじめが起きた。彼は理解に苦しみながらも高校一年になるまで頑張ったが、また身投げした。
3度目の人生。今度は不良を目指した。喧嘩をやって強くなり、悪友達が沢山できた。
しかし悪友との絆とは実に脆かった。自分の人生を案じた悪友達は次々と身の振る舞いを直していき、不良から変われなかった健也は孤立した。
そして免許取り立てて原付で夜の街を走り回り、事故に遭って命を落とした。
4度目の人生。静かに生きた。弱いやつだと狙われ、またいじめを受けた。耐えきれずに死んだ。
5度目の人生。周りの人に合わせて生きた。しかし人付き合いとは簡単な物ではない。少し油断して周囲とは違った考えを持って行動した途端に仲間はいなくなった。それだけでなく、攻撃の的となった。
6度目の人生…
もういい…もう見たくない!俺が悪かったよ!蹴ってごめん!
「ふざけるなあああ!許すわけないだろ!」
いつまで続くんだ…こんなつらいの堪えられない!
「俺が転生して何度も似たような結末を迎えている事についてどう思う?不器用だと笑うか?不幸だねと笑うか?笑えよ!ほら笑ってみろよ!いじめが好きだろ大好きなんだろ!?」
いじめられるのってこんなにつらいのか!?じゃあ高校で俺が受けたのは一体なんなんだ!
「そして7度目である今回。初めてアン・ドロシエルと出会った。そして転生した………しかし何よりも!許せないのはな…幸成!俺と同じはずのお前が真っ当に生きようとしていることだ!」
俺の意識は現実へ戻された。四つん這いのまま顔を上げると、そこにはバリュフの後ろ姿があった
「ヘイトタイタンで今度こそお前を潰す!」
「闇を払うは光と正義。それが宿る光の肉体を作らん…ジゾルゴ・シュガム・ゼア・ペッツァノ・ビガン!」
魔法の詠唱と聴いたことのないファーストスペル!どんな攻撃をするつもりだ!?
「お前達も力を貸せ!ここでこいつを倒す!」
「チェーン・ヤマタノオロチ・スサノオゴロシ!」
「オロラム・フォゼロエンチャント!」
光の巨人と八つの頭を生やす龍。それらがオローラの鮮やかな光を纏うと同時に、同サイズとなったヘイトタイタンが動き出した。
「俺とは正反対の属性だな…皮肉のつもりか?」
「憎しみとは闇!その闇の力で動く巨人は光の力で打ち砕く!」
機動力の高い龍が首を伸ばし、ヘイトタイタンに噛み付く。バリュフが生成した光の巨人は、龍に拘束されたヘイトタイタンに拳で攻撃した。
巨人の拳を喰らったヘイトタイタンから闇が漏れ出す。そして闇は光へと変えられていった。
車田の闇が光の力で癒されている…のか?よく分からないが、その光景を見ている俺にはそんな風に感じられた。
「ふざけるなあああああ!」
「ボワオオオオオオオオ!」
ヘイトタイタンが咆哮を上げた!それと同時に全身から闇が噴出し、それに触れた巨人と龍が消滅した!
逃げないと!このままだと俺もあんな風に消される!
「逃がすか!黒金ェェェェエ!」
デカイ手の平が俺を潰そうと迫っている!
ナイン…助けてくれ!頼むッ!
「させるか!」
再度走りながら振り向くと、バリュフが身体よりも大きい拳を止めていた。
「行かせない…!」
「そんなに死にたいならお前から殺してやる!死ねえええ!」
バリュフが押し潰されそうになった瞬間、ヘイトタイタンの腕が切り落とされた。
音も立てずに颯爽と駆けつけたナインは、サヤカ達の合体した姿であるフォーメーションソードを握っていた。
「遅くなった!バリュフ、大丈夫?」
「なぜ助けた…僕が潰されていればあいつの復讐は──」
「それでホントに終わると思ってる?…きっと君の友達は君を殺した後にも人を傷付けるよ。憎しみに囚われ続けていずれは無差別に関係のない人達に手を出す。そうなったら…もうどうしようもない」
「だったらどうする、健也は今までの敵とは比べ物にならないパワーなんだぞ」
剣になっていた4人は分離して元の姿に戻ると、ナインから1本ずつ杖を受け取った。
「今回はお開きにしよう。パワーアップ・ワンド!発動!」
「「「「シャイン・ワンド!一斉発動!」」」」
ナインが持っていた杖を振る。そして強化を受けると、4人も魔法を発動させた。
「杖がなんだって…!?ウワアアアアアアアア!!!」
4人が掲げた杖から目映い光が放たれた。
「くっ…次こそは必ず殺す!覚えてろよ!」
そして魔獣人とヘイトタイタンは撤退していった。
「ナイン…助かったよ」
「…ふざけんなよお前!一体今までどれだけの人を傷付けて生きてきたんだ!」
「悪かったって思ってる」
「もう遅いんだよ!天音も車田っていう人も死んだ!そしてアンに利用されて人を傷付けるようになったんだぞ!彼らにもその被害者にも!お前はどうやって償うつもりだ!?………第三者の僕が過ぎたことに怒鳴ってごめん。けどこれだけは忘れないで…犯した罪も心の傷も決してなくならないんだよ」
犯した罪…心の傷…
「サヤカ、バリュフを治してあげて」
「うん…今の言葉、どのお兄さんからの受け売り?」
「今のは…僕自身の言葉だよ」
「ナイン、もう一度僕に特訓を付けてくれ。ユニークスキルがなくたって構わない。友達としてあいつを止めたい。これ以上、健也に自分と誰かを傷付けるようなことはして欲しくないんだ」
「そのつもりだよ。ノートからちゃんとやれって叱られたし」
じゃあ俺はどうすればいいんだ?弱いだけで誰かを傷付けることしか出来ない俺には…
何も出来ることはないじゃないか。