第139話 「そんなことしてる場合じゃ…」
なんだか…凄くイライラする。どうしてだろう?
これから特訓だっていうのに、これじゃあバリュフに怖がられちゃうよ。
「ナイン」
「ごめんバリュフ、ちょっと気分悪いからユニークスキルの特訓はまた後で良いかな?」
「そのことなんだが、もう特訓は必要ない。これからは自分の事に集中してくれて構わない」
「え…どうして急に?」
突然だった。何日も一緒に特訓してあげてたのに…
「きっと僕はユニークスキルを持たずに転生した。これ以上の特訓は互いのためにはならないと判断し、ノートさんにも相談をして──」
「相談したって…まずは僕に相談してよ!君の特訓をしてるのは僕なんだよ!?時間だって割いたのに酷いよ!」
「すまない。確かにお前の言う通りだ」
…あぁもう!キレてどうするんだよ!
「これからはノートさんと特訓することになる。世話になった」
「あっそう…勝手にすれば」
違うでしょ!「頑張ってね!」でしょ!イライラしてると棘のある言葉ばかり出ちゃうなぁ…
まあ、時間が出来たんだ。サヤカ達に合流してタイムフリーズの完成に協力しよう。
「サヤカが狼太郎とばっか喋ってるから俺は怒ってるの!分かる!?」
「何!?私が男の人と喋ってたらダメなの!?そんなこと言ったらジンは毎日毎日大きな胸にばっかり視線が行ってるじゃん!」
サヤカ達のいる訓練場を覗いたら、なにやらジンとサヤカが揉めていた。
「いくら特訓だからって殺しに来るのは酷いじゃん!」
「事故だって言ってるだろ!それにこの程度で死ぬんじゃそれまでのやつだったってことだ」
「なんですって!?」
ツバキとツカサも揉めてるぞ!もう、僕だってイライラしてるのに!
「ちょっとちょっとやめなよ!なに喧嘩してるのさ!」
「「「「聞いてよナイン!」」」」
「うるさい!一斉に叫ぶな!どうせまたくだらないことで喧嘩してるんでしょ!」
「くだらないって何よ!大切なことなのよ!」
「ぶっ叩いてやる!」
「潰してやるわ!」
「…うっせ」
僕は喧嘩をしていることに対して、サヤカは巨乳ばかりに目が行くジンに対して、ジンは狼太郎と楽しそうに話していたサヤカに対して、ツバキとツカサは特訓でふざけて危うく大ケガをしそうになったことについて。
とにかく5人揃って怒りが爆発した。
「みんなハゲちゃえ!ヘアーリムーブ・ワンド!」
「ナインもその髪鬱陶しいんじゃないの?俺が丸刈りにしてあげるよ!」
「また浮気したあああ!脳と下半身直結してんの!?」
「テレビは叩けば直るんだ!お前達全員俺がぶっ叩いて矯正してやるよ!」
「昔ダンジョン攻略した時に誰のおかげで生還できたか忘れたの!?その恩人をぞんざいに扱って…みんな最低よ!」
そして全員の放った最大の一撃で、僕達のいた訓練場の天井が崩れて地盤沈下を起こした。
それからすぐ、トラブルを聞き付けた生徒会長が走ってやって来た。
両手で鞭を張らせて鬼の形相でこちらへ走って来る。あの人も苛立ってるみたいだ。
「フェン・ラルクが触らせてくれなくて苛立っているこの状況でなぜ仕事を増やす!?」
「そんなことで怒ってるの!?」
「そんなことだと…なんだとおおおおおお!?」
今度はキャラ崩壊を起こしていた会長さんと戦うことになったんだけど、それが恐ろしく強かった。
「ギャアアアア!全身ミミズ腫れになるうううう!?」
「なってしまえ!ついでにそこから体毛ボッサボサ生やしてフワフワになれ!」
「会長おおおおおおおおおおおお!」
「狼太郎と特訓させろおおおおお!」
「独占するなあああああああああ!」
今度はデモ隊みたいにプラカードを掲げた女子達がやって来た。近付いて来たデモ隊はターゲットである会長と激突した。
なんでみんな、こんなにイライラしてるの!?
変だ!何か変だよこの状況!みんな揃ってストレスが爆発してる!
「お~元気そうだなー」
「ノート!大変なんだよ!僕も皆も、凄いイライラしちゃって!何か変なんだ!」
「そりゃあ~アレだよ。戦いが始まってからずっと要塞の中で過ごしてただろ?それで溜まってたストレスがドカーン!って爆発したんだ。」
ストレスがドカーン!…信じたいけど無理があるような気がする。
「こうなったら正しく発散しないとな!祭りとかやってパーっと!」
「そんなことしてる場合じゃ…ハッ!」
ノートが指を向けたので振り向くと、会長さんが迫り来る女子達を鞭で迎え撃ち、トンデモ技で服だけを破いてSMプレイをはじめようとしていた。
かつてない混沌を僕は目の当たりにした。
「ヤバイって!どうしよ~!?」
「ねえ◯ラえもん。早く秘密道具でお祭りやってよ!」
「トゥルルルルルテッテレー!フェスティバル・ワンド!ってなにやらせてんだよ!」
「一人称僕だし色んな杖出すしなんか似てるなって…どら焼き食べる?」
祭典魔法の杖フェスティバル・ワンド。これを振るとお祭りが始まる。その祭りは全員が満足するまで続くのだ。
「えいっ!」
ドコンドコン…装飾してあるでんでん太鼓が開催の合図を告げた。
「「「「エッサーホイサーエッサーホイサー!」」」」
「生徒会要塞はこれより蛸型戦機モードへ移行!センターブロックへの移動をお願いします!」
蛸型戦機モード…?
突如、要塞が大きく揺れ始めた。ノートは鋭利になったスーツを壁に突き刺すと、転びそうになった僕を抱き寄せた。
「なあ、外の景色が見れる杖ってないのか?」
「そんな都合の良い杖ないよ…でも、組み合わせればなんとかなるかも」
無人偵察魔法の杖ドローン・ワンドと画面付操縦機魔法の杖モニタリングコントローラー・ワンドを無線接続。さらに貫通魔法の杖ゴースルー・ワンドでドローンに物体を貫通させる魔法を付与した。
「…あのさ、野暮なこと聞くけどこれって魔法の杖じゃなくね?」
「何を言うのさ!どう見ても杖でしょ!?アンテナみたいな柄が生えてるでしょ!?僕、何か間違ったこと言っちゃいました?」
「ドローンを魔法の杖なんて呼ぶやつお前以外に誰もいねえよ!」
ブロロロロ…
ドローンは壁を抜けて、生徒会要塞の外へと出ていく。本来地中にあるはずの要塞から出たら土が見えるはずだけど、コントローラーのモニターには単端市の景色が映っていた。
「要塞が変形してる!」
地面を砕き、8方向に広がっていた地中の要塞が姿を見せた。そして空中に現出した生徒会要塞は、まるで蛸のように空を漂うのだった。
酷い惨状だ!既に人がいない街ではあるけど、地面が崩れて住める環境じゃなくなってる!
「と、とりあえずセンターブロックっていう場所に移ろうか」
グニャグニャと動いて揺れる通路を渡って、僕達はセンターブロックへ向かう。おそらく今歩いているのは、蛸の足に当たる部分だろう。
センターブロックには屋台が並び、賑やかなお祭り会場が出来上がっていた。
「おいナイン!カオスになってきたから魔法解除しろ!」
「やれって言ったのはそっちじゃん!大体みんなが満足するまで祭りは終わらないよ!」
「融通の効かねえ杖だな!」
「なんだとっ!?」
このおばさん好き勝手言ってくれるな~!
僕の杖でその顔にパグレベルのシワを付けてやろうかな。
全員が満足しなければお祭りは終わらない。僕も例外ではない。
早速、どんな屋台があるのか見て回った。
「くじ引きやってるよ~!三等は狼太郎君の無加工入浴写真!二等は二日前に特訓で抜けた狼太郎君の前歯!おっと心配しなくても生徒会驚異の医療技術で再生済みだよ!そして一等は私達の王子狼太郎君との二泊三日デート券!旅費は全額ハンターズが負担だよ!」
狼太郎が商品にされてる!?盗撮までされてこれもう人権ないじゃん!
「あ、ナインちゃん!やってかない?」
「えぇ…いいよ別」
「やってかない?」
「いやいいって…」
「やってかない?」
イエスって言ってくじ引かないと進めない強制イベントみたいだ。なんか良いの当てて他の子に高く売り付けてやる。
「はい、引いたよ」
「えっと、五等だね。それじゃあはい。ボーイッシュ美少女達のASMRデータだよ」
「いきなり狼太郎関係なくなった!?なんだよボーイッシュ美少女って!」
データの入ったチップと一緒に渡されたのは、三人のイケメンが並んだ写真だった。彼女達もハンターズの一員らしい。
「これ加工してるよね」
「無加工無化粧の天然宝石だよ」
そして写真そのままの美少女が屋台の裏側から現れた。
化粧をしてない!本当の天然宝石!マジもんの美少女だ!
「やあ」
「ナインちゃん」
「今度一緒にご飯どう?」
「結構です!ほらノート、これいらないからあげる!」
「あぁそう?それなら早速、魔法のスーツを再生機に変形させてチップをセット。ASMR向けのヘッドフォンを生やして、再生………おぉ?…おほおおおおおおおお!」
カチカチカチ…
「こ、この人は…何をやってるの?」
「執筆作業だな」
通り掛かった暗い屋台。そこでは眼鏡を掛けた少女がパソコンで小説を書いていた。
「あの…暗いところで作業すると目を悪くしちゃうよ?灯り持って来ようか?」
「うるさい!今作業してるの!見て分からない!?」
怒られた!執筆中の作家ってこえ~!
「…もう…私はフォロー、リポストしてちゃんと読んでるのに、私に対してはリポストだけ。誰も読んでくれないから評価もブックマークも増えやしない…」
なんだろう…他人事のはずだけど他人事じゃない気がする。
「でも私、諦めないわ!今は地中に埋もれた根っこでも、いつかは壮大に咲いてみせるの!おねだり評価なんて肥料で満足する作家にはならないわよ!」
「…うん、頑張ってね」
「行こうナイン。創作とは夢幻との戦いだ。あたし達にしてやれることはない」
なんだかよく分からないけど…報われるといいな。
「あっナイン!こっちこっち!」
狼太郎とその幼馴染二人も屋台をやっていた。
「射的やらない?景品出るよ」
「あたしはいいや。銃得意じゃないし」
「やるやる~!」
ゴオオオオオ!!!
突風が起こっていた。射的をやると告げると、時雨がスイッチを押して壁を開いて、結香が的となるドローンを発進させた。
「あんな遠くに浮いてる的をどうやってコルク銃で落とすのさ!?」
「コルク銃じゃないよ。マリネッタM-999P、ソリニウムライフルP、ソードガルバンPの中から好きなのを選んでね。ちなみに語尾のPはPrototypeの──」
「客におたくらの試作兵器の試し撃ちをさせるなよ!?」
「これが本当の試ャ的屋ってね」
「意味わかんないよ!」
そのまま去りたかったけど、僕が撃たないと一生壁を開けたままにすると脅されたので、仕方なく銃を取った。
「ソリニウムライフル…これでいいや」
こーんなライフルであんな遠くにあるドローンを撃ち落とせるのか…?僕の作った魔法の杖の方が絶対便利だよ…
「的は10機!落とした数だけ良い景品が貰えるよ!」
「うん、期待しないでおくよ」
適当に撃って早く逃げよ…
ボオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
引き金を引いた瞬間、放たれたビームが壁を壊してドローンを全部破壊、いや消滅させた。
「あっぶねえええ!?大丈夫!?いなくなった人いないよね!?」
各々が隣にいる人間を確かめている間に駆け付けた修理ロボット達が大穴を塞いだ。もう何でもありだなここの人達…
「ソリニウムライフルを開発したのは山口さんだっけ。不採用って伝えといて。ドローンは全機壊したから、景品として俺のサイン付きスペシャルブロマイドをプレゼント!」
「アイドルかよ!?」
い、いらない…一文にもならないよこの人の写真なんて!
訳の分からないテンションに振り回されて、疲労感が溜まった。ノートを置いて、僕は静かな場所を探して、景色を眺められるデッキに着いた。
そこからの眺めは最悪だった。地上は蛸足が出現する際に崩壊していて、空にはアノレカディアが広がっていた。
「あの…」
「うん?って君は…」
先客がいた。その人は雨夕天音。光太の元カノでアン・ドロシエルに利用されていた転生者だ。
僕達は少しだけ話をした。
「光太に謝ったんだね…あいつの方が謝るべきだと思うけど」
「私なりにケジメを付けた…つもり。アンを倒したらバリュフに同行してアノレカディアを回るんだ。それで、私に出来ることを探す」
「そうなんだ…」
環境に振り回されていただけで、天音は根が真面目な少女みたいだ。
「…ッゲホ!ゲホ!」
「だ、大丈夫?」
「う、うん…お祭りではしゃぎ過ぎたみたい。部屋に戻る…あのさ、私のこと、止めてくれて…ありがとう!」
そうして要塞に戻る彼女と入れ替わりで、ノートがデッキへと上がって来た。
「…ナイン、天音について1つだけ教えておく」
「分かってる。短いんでしょ?」
きっとあの身体は寿命が短いように造られている。そういう風に造ったアン・ドロシエルの腐った人間性がよく分かる。
「アノレカディアにはそういう事情を何とか出来る技術が必ずあるはずだ。諦めるには早いよ」
「少しは頭冷えたみたいだな」
「うん。まだ祭りは続いてるみたいだけど、僕の方は発散できたよ」
「それじゃあ早速、今回の元凶を叩いてもらうぜ」
「元…凶?」
………あれ!?地上の方から魔獣の魔力を感じるぞ!生徒会要塞が飛び出したことで学校の敷地に開いた大穴の底からだ!
いつからいたんだ!?っていうかどうして今まで気付かなかったんだ!僕ってばイライラしすぎでしょ!
「もしかして僕達がイライラしたのってあいつのせいなの!?ってか分かってたなら先に教えてよ!」
「いや~地中にいるデカブツ相手にどう戦おうか悩んでてさ…それに下手したら要塞がやられて全員死んでたかもしれないし」
とにかく、あいつを倒せば今イライラしてる人達も落ち着くんだな!
「あたしは万が一に備えて待機する。ストレス解消するつもりでぶっ倒してこい!」
「言われなくても!」
柵を飛び越え、僕は魔獣の魔力を感じる大穴へ飛び込んだ。
お祭り会場である要塞を離れて、大穴へ近付くほど解消したはずのムカムカが涌き出てくる。
色んな魔獣と戦ったけど、まさかストレスを増幅させるやつもいるなんて…
一体、魔獣って何なんだ?まだまだ謎だらけだ。
「見つけた!」
光がギリギリ届く穴の底に、蜷局を巻いたミミズのような魔獣を見つけた。口らしき部分がワームという魔物のように円形でおぞましい造形をしている。
ゴゴゴゴ…!!
動き出した!まさか地上に出るつもりか!?この体躯のやつが動き出したら甚大じゃない被害が出る!
「みんな祭りを楽しんでるんだ!邪魔はさせない!」
祭りは皆が楽しむものだ。マナーを守れそうにない魔獣には入場を断らせてもらおう。
「「「「ナイーン!」」」」
バッグから魔法の杖を取り出そうとした時、隣に剣がやって来た。それはサヤカ達4人が魔法で変身、融合したフォーメーションソードだった。
「祭りに夢中になってた!」
「でもヤバい!ここに来てまたイライラしてきた!」
「早くあいつを倒さないと!」
「俺達の融合も解除しちまう!」
「だったら!巨大化魔法の杖ギガンティック・ワンド!」
抜刀した剣を下方向へ向けた。そして魔法を使って巨大化させ、そのまま魔獣を押し潰したのだった。
「撃破ッ!」
「せ、狭い…ナイン!早く戻してよ!」
空中に浮かぶ要塞へ戻ると、祭りの締めとして曲に合わせたロボットダンスを踊っていた。
「ロボットダンス!?そこは盆踊りじゃないの!?」
「別に驚くことじゃないでしょ。アノレカディアにある機械系魔族の国なら珍しいことじゃないんだから」
「そっか…そうだね」
サヤカの言う通りだね。驚くことでもなかったよ。
これで溜まっていたストレスが発散されただろう。皆が各々の特訓に集中できるいいな。
「ところで空に浮かんでるこの要塞はどうなるの?」
「せっかく出したから大型の魔獣に備えて稼働させたままにするってさ。そもそも戻せないらしいし」