第133話 「お前は相棒だ」
フェン・ラルクが分離した今、俺の肉体は今までほど頑丈じゃない。相手からの攻撃は何としても避ける必要がある。
一撃でも喰らったら動けなくなってしまうだろう。
「どうした狼太郎、顔色が悪いぞ?」
「そりゃあ気分が悪いからだ…お前のせいで仲間が傷付いて最悪の気分なんだよ!」
咄嗟にバッグから抜いてみたがこの杖はなんだ!?分からないけどとりあえず振る!
「喰らえ!」
杖を振った。すると突然、身体が重くなった。
「立っているのがやっとだねぇ…」
「その杖で重力が強まったみたいだな。けど俺の身体は頑強だ。強い身体は重力なんかに負けはしない!」
俺達の身体が鈍るだけであいつには効いてない!ハズレだ!
魔法を解除して次の杖を抜こうとした時、魔獣人は俺に向かってきた。
「重くしておいた方が良かったって後悔させてやる!」
「高機動なデブだな!」
フェンは俺を突き飛ばして攻撃を代わりに受けた。そして背後のフェンスの支柱を歪ませる程の勢いで激突した。
「よく飛んだな~…それじゃあ今度は──」
「ガウウ!」
しかしフェンはすぐに戻って来ると、敵の細い足に噛み付いた。
俺も攻撃しなければ。そう思い杖を抜くと、装飾に引っ掛かってもう1本おまけで杖が出てきた。
そして野球選手かわバットを2本持って素振るように、引き抜いた杖を同時に振った。
シュリシュリシュリシュリッ!
大量の手裏剣が出現して、魔獣人に向かって飛んでいく。
攻撃できる杖なのは良いけど、あの身体に手裏剣じゃ傷付かないだろ!
ブォォォン…
なんだ?手裏剣が薄く光っているような…
「うぉっ!?」
ありえない!手裏剣が滅茶苦茶硬いはずの相手の身体を切り裂いて通り抜けた!
「狼太郎!その杖を私に振れ!」
先端に手裏剣の形をした装飾がされた杖と、刃物の後ろに上向きの矢印が描かれたイラストの付いた杖。
フェンが俺に頼んだのはこっちだ!
「フェンを強くしてくれ!」
そうして先端にイラストの付いた杖を振った。するとフェンの爪が先程の手裏剣のように薄い光を帯びる。
そして振り回した爪が魔獣人をバラバラに切り裂いた。
「再生する前に塵一つ残さないで消す!狼太郎、火力がある杖を引け!」
「引けって言ったって運次第だぞ!」
「お前になら引ける!急げ!こいつ、斬られながらも少しずつ再生しているぞ!」
今の手裏剣みたいなやつではいけない。とにかく力強い杖を出して欲しいとバッグに願いながら杖を抜いた。
「喰らえ!」
抜いた杖を魔獣人に向けて振った!装飾すら確認してないから、どんな魔法の杖なのか想像も付かないぞ!
ビチャアアア!
み、水が出た!?打ち水なんかしてどうするんだよ!
「…でかした!」
フェンは攻撃を止めると、物凄い速さでこちらに向かって来た。さらに俺を乗せて、魔獣人から離れたのである。
「ど、どうしたんだよ!」
「ナインは物騒な杖を持っているね。あれ、硫酸だよ」
「北海道の地名?ってそれは竜西だろー!」
「は?…やつの宿す魔獣がどんな性質なのか知らないが、生物である人間と融合した魔獣人である以上、硫酸は効くはずだ!」
切り裂かれた魔獣人の破片が硫酸を浴びた。猛毒を浴びたせいか、破片はビクビクと動いて苦しみもがいているようだった。
「…狼太郎」
「大丈夫、同情はしない…皆を傷付けたあいつは敵だ。それで、一緒に戦ってくれたお前は相棒だ」
「ふんっ…嬉しいこと言ってくれるね」
まだみんなは各地に出現した魔獣と戦っているはずだ。ナイン達を生徒会要塞に連れていった後、俺達も加勢に行こう。
「フェン、二人を…マジかよ!?」
魔獣人のようだ破片が集まって再生を始めていた。猛毒を浴びても再生してしまうのは予想外だ。
やっぱ破片を消さなきゃダメだったんだ!硫酸なんて猛毒より強い杖を引けていれば…
「狼太郎、効かなかったものは仕方ない。そもそも相手がハイスペック過ぎるんだ」
「けどどうする。さっきの戦法は通用しないだろうし」
バシュン!
危機一髪!フェンが動くのが遅ければ、高速の一撃を喰らっていた!
再生を終えた直後に、敵は急接近して拳を打とうとしたのだ。
「不意打ち作戦失敗だな」
「フェン、バッグが!」
直撃は喰らわなかったけど、今の一撃が擦っていたのか、バッグのベルトが切れた!
「こうなったら…バトルスタイルを変える!」
「えっ?うおぉ!」
フェンから落とされた俺は尻を打った。そしてフェンはというと、まるで蛇のような細い姿に変身して、俺の手に滑り込んで来た。
掴みやすいハンドルと弾力のあるロープ…これは鞭か!名付けるならウォルフウィップ!
「名付けてウォルフウィップだよ」
「へっ考えてること同じかよ」
「お前、いつも隠れて鞭の練習をしていただろう?大好きな生徒会長に憧れて」
なっ!?こいつ、どうしてそのことを!鞭の練習は誰にも見られないところでフェンが眠ってる時にしかやってなかったのに!
「顔が赤いねぇ」
「うるせっ!ほら、来るぞ!」
「寂しいじゃないか。何の話をしてるんだっ!」
魔獣人の攻撃を避けられたのは良かった。だが懐に入られると、鞭では攻撃が出来ない。
「父さんにも教えてくれよっ!」
「させない!」
フェンは頭から地面へ突き刺さり、その細い身体でパンチを止めた。俺ハンドルを握る手を動かし、止めてもらった腕に巻き付かせた。
「これで絞め付けてるつもりか?全然痛くないぞ」
「オリャア!」
試しに顔面にパンチを入れてみた。しかし、ただ俺が拳を痛めただけだった。
「馬鹿だな~狼太郎は。効かないって分からないのか?」
「この野郎!」
バコッ!
今度は脛に蹴りを入れた。足の指が折れてしまいそうなくらい硬かった。
「だ~か~ら~効かないって──」
「今だあああああ!」
今度は何もしない。俺は咄嗟にその場でしゃがんだ。そして次の瞬間、魔獣人の身体がバラバラに砕け散った。
「パイルバンカー・ワンド…そんな名前だったね」
フェンは身体を地中に潜り込ませた後、ナインのバッグまで行って攻撃に使える魔法の杖を取りに行ってくれた。
しかしこれは、以前の戦いで再生を許してしまった杖だ。せいぜい、距離を取る時間が出来たと考えるべきだろう。
「ほら、持ってきてあげたよ」
「ありがと!」
フェンの頭部がバッグを咥えて戻って来た。しかしこれで勝てるのだろうか?
「…あいつを倒せる杖なんてないんじゃないか?」
「確かに…ナインの杖はいくつも見てきたよ。強力な杖ばかりなのは確かだが…再生能力を持つ敵とは相性が悪い物ばかり。仮にあったとして、出るかどうかは運次第だしねえ」
話をしている内に魔獣人が再生を終えた。もうこの雪だるまを見るのもうんざりしてきた。
「狼太郎…ガッカリだ。もう避けるな。次の一撃でお前を殺す…母さんと会わせてやる」
「気を付けろ狼太郎!」
殺気!こいつ、次の攻撃でマジに俺を殺すつもりだ!右の拳で殴るつもりか?右手が滅茶苦茶硬そうに変質してるぞ!
「やっぱ親子喧嘩ってのは親が勝っちまうもんなのかな…」
「ウォルフナイトに変身して防御するぞ!」
「無理だね。さっきの高速移動に加えてさらに硬化した拳を打ち付けてくるんだ。お前の身体が死んでしまうよ」
じゃあまた負ける!?そして今度こそ殺されるのか!?
ナインは動けない。助けてくれる味方はいない。だけど諦めるな。考えろ…
「ちょっと、何してるんだい」
「ご、ごめん」
間違えてバッグじゃなくてフェンを腰に巻こうとしてしまった。
そういえばこんな風に丸まった獣が尻尾に噛み付いてる絵があったな。ウロボロスとか言ったっけ…
「…狼太郎、次の一撃は絶対に耐えろ。もしかしたら勝機は残っているかもしれない」
「マジか…よし。分かった!」
「信じてるからね…ガブッ!」
魔獣人が地面を蹴ると同時に、フェンは自分の尻尾に噛み付いた。さっき言ったウロボロスのような状態だ。
「うあッ!」
一瞬の間に何が起こった!?確かに敵の攻撃は受けたけど、物凄い激痛を感じながらも生きている!
「ゲボッ!」
鉄の味…ゲロの臭い…吐血と嘔吐が同時に起きている!最悪の感覚だ!
「狼太郎、無事かい!」
フェン!意識はあるけど返事する余裕はないぞ!
「構わない。お前と再び融合したことで心での会話が可能になった。いいかい、今回のウォルフナイトはこれまでとは真逆。お前が自分で動いて戦うんだ」
今回のウォルフナイト?俺が動いて戦うってどういうことだよ。
「今思い付いたんだ。かつて父親だった魔獣人との戦いはお前がケリを付けろ!」
「驚いた。どうしたんだその姿?」
手足はトルネードと比べるとシンプルな造形だった。身体に意識を集中させるが、武器となる部位や器官は存在しない。
「訂正させてくれ。融合というよりは合体だ。お前は私を装着していると考えてくれ」
「ハンターズの装備を着てるって感じか」
「あんな安物と私を一緒にするな」
しかし…物凄いパワーを感じる。今度こそあいつを倒せるかもしれない!
「さあて…行くぞ!フェン!」
「あぁ!」