第131話 「人を守るために戦う。それがあたしの使命だからな」
今回の敵となるアン・ドロシエルとそれが率いる7人の魔獣人達は想像を絶する程の強さを持っていた。
現状で倒せたのはたった2人。最悪なことに、こちらは主戦力の1人である少女ナイン・パロルートを萬名狼太郎の父親である萬名定正に連れ去られてしまった。
そしてあたしは体調を崩してしまい、本日二度目となる襲撃時に戦うことが出来なかった。
「うぅ…気分悪い」
「大丈夫ですか?…すいませんノートさん。健也に…敵に傷一つ付けられませんでした」
「バリュフで無理ならあたしでも無理だろうよ…しかし憎しみの力か。どんな過去があるのか知らないけど、手強そうな相手だ」
薬を飲んだから今は落ち着いている。
一度目の襲撃の後、サヤカに傷を治してもらった時に体調の異変に気付いた。最近、少し頑張り過ぎていたのかもしれない。
「貸していただいたスーツ、ここに掛けておきます。それではお大事に」
壁にはスーツが掛けてあった。
彼氏が作ってくれた一点モノの魔法のスーツだ。あいつは今、どんな世界にいるのかな…
…って会えないやつのことを想ってる場合じゃないな。
アン・ドロシエル達に勝つにはまず、次の戦いでナインを取り戻すのが最低条件だ。そのためにも、狼太郎が定正との戦いで勝てるようにならないといけない。
「んじゃ行くか…んしょっ!」
病衣から着なれたスーツ姿に着替えて、要塞のどこかにいるであろう狼太郎を探しに出た。
狼太郎を探しながら、何がどうなっているのか女子達から話を聴いた。バリュフはサヤカと共に校舎とグラウンドの修繕を行っている。どうやら二度目の戦いで地中に隠れていたこの要塞が丸見えになり、次に直撃を受けたら倒壊する可能性があるみたいだ。
他の3人と滝嶺飛鳥、水城星河と灯沢優希は訓練場でトレーニング中だ。
ただ、数日鍛えただけであの強敵に追い付けるとは思わないけどな…
そして目的の少年は見つからなかった。出掛けているらしい。
「んだよいねえのかよ…魔法のスーツ、レーダー展開。狼太郎はどこだ?」
肩からアンテナが生えた。それを乗せたまま地上へ出ると、離れた場所から対象の存在を感知することに成功した。
「遠いし…こっちは病み上がりだってのに…」
ウジウジ悩んだ末に思考放棄。なるべく父親の事を考えたくないから適当にほっつき歩いてるってところだろうな。
そうして狼太郎を目指して辿り着いた場所は河川敷だった。不気味なことに、河川の水が揺らぐこともせずに停止していた。まるで時間が停止している世界のようだ
…この世界は今、崩壊が止まってる状態だったな。色々あってすっかり忘れてた。
河川の前に座り込んだ狼太郎の後ろ姿を見つけた。それを挟むように他にも二人、誰かがいた。
「何か話してるな…」
スーツを脱いで、遠くの音が聴こえる機械へと変身させる。盗聴なんて趣味じゃないけど、あたしがいたら話しづらいこともあるだろうしな。
ザーッザーッー…
「俺、やっぱり父さんと戦いたくないよ」
「うん、無理して戦わなくていいんだよ。会長達がなんとかしてくれるだろうしさ。今は休んで次頑張ろう」
「そうそう、時雨の言う通りだよ。狼太郎はよくここまで頑張ってきたよ」
左右の二人は確か…狼太郎の幼馴染だっけ。男の方が時雨で女は結香って名前だったな。
「そうだよな…俺は戦わなくたって…」
あ~めんどくせぇ!こうやってヘラってるやつは身近な人間が励まして立ち上がらせないといけないのに!
多分あの生徒会の人間全員があんな感じで慰めるんだろうな。
「狼太郎は良く頑張った」
「もう戦わなくて大丈夫だよ」
確かに良く頑張ってるとは思うけどまだ終わってねーよ!嫌でも戦いは続くんだよ!なのに戦いから遠ざけようとしてどーすんだ!
仕方ない。こうなったら数多の戦いを乗り越えてきたあたしがガツンと一言…ん?
三人の元へ誰かが歩いて行く。あいつは光太だ。
「見つけたぞ」
「黒金…」
「うわっ」
「黒金だ…」
いや狼太郎以外の反応酷くね?そういえばあいつ、ハンターズの女子全員から嫌われてるもんな。
それにしても光太から狼太郎に接触するなんて意外だな。随分前から二人の関係性は最悪だと思ってけど、仲直りでもしにきたのか?
「この後どうするつもりだ?お前があの化け物を倒さないとナインは帰って来ないけど、戦う気がないみたいだし…困ったな」
いや、仲直りする気ねえなあいつ。むしろさらに悪くなるぞ。
「ちょっとさぁ…あんた、ナインがいないと何も出来ないくせに偉そうにしないでくれるかな?ムカつくんだけど」
「何も出来ない…?いや、少なくともお前達よりは役立ってるよ。それにナインがいなくても、お前を叩きのめすことは出来る」
ちょ待てよ!女子に手を出す気かよ!?
「…訂正するよ。お前達は狼太郎の役には立ってるもんな。つらい時に慰めてくれる都合のいいやつらだ」
「お前っ!」
いや口悪っ!?アレがあいつの本性か~…なんかガッカリだな。
ボコボコボコッ!
「うぁっ!?」
そしてあんだけ強気に出ておいて負けた!?あいつ今日でどんだけイメージダウンするつもりだよ…
「弱っ…」
結香困ってるよ!強気に喧嘩売ってきたチンピラ小僧が弱すぎるあまり困惑してるよ!
「時雨、縄と石」
「うん。はいどうぞ」
縄と石…待て待て待て待て!沈めるつもりか!?その川の中にドボンッ!て光太を投げ入れるつもりか!?
「二人とも、いいよ」
「でも狼太郎…」
「騒がしくするならどこか別の場所に行ってくれ」
狼太郎は声を荒げる。すると二人は静かになって、その場に座り込んだ。
「そんな風に言ってくるのはお前だけだ」
「責任取れよ…お前のせいでナインは連れ去られたんだ!」
「分かってる…けど…お前さ、自分の父親と殺し合わないといけないこっちの身も考えてくれよ」
「同情して欲しければ別のやつにでも頼むんだな。お前にはもう戦うしか選択肢はない…そうだろ!魅了魔獣フェン・ラルク!」
ガクンと狼太郎の頭が揺れると、さっきまでと違う雰囲気を醸し出した。
「魅了…それが私の能力なんだね。それにしてもお前、随分と失礼だね。まさか操ろうとしてくるなんて」
狼太郎の中にいるフェン・ラルクの意識が表に出てきた!それに今の言葉…光太には魔獣を操る力があると聞いていたけど、何かしようとしていたのか?
「狼太郎は戦わないそうだ。だからお前が戦え」
「嫌だね」
「俺の能力でお前を自害させることだって出来るんだぞ」
「無理だよ。お前じゃせいぜい繋がって情報を閲覧するぐらいしか出来ない。私達魔獣を操るのは不可能だよ」
「チッ…」
いや切り札の能力も通用してねえし。あいつ、ここからどう説得するつもりだ…?
「お前達が戦わないとナインが死ぬかもしれないんだぞ!」
「私だって勝ち目のない戦いで負けて死にたくないさ」
「だったら…」
光太がフェン・ラルクを睨み付ける。するとどうしたことか、突然両手で自分の首を強く掴んだ。
「まさか…そんなはずは…」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
フェン・ラルクを通して狼太郎の肉体に自害するよう命令してるのか!
そこまでやろうとするならアウトだな。介入させてもらうぞ。
「光太、そこまでにしろ」
「ノート…」
「どうして仲間を殺す必要があるんだ。おい、能力を解除しろ」
「…ッ!はぁ…はぁ…はぁ…!」
「こいつは魔獣人だ。化け物だぞ?」
「魔獣人だけど狼太郎は仲間だ。そのフェン・ラルクも一応味方だろ。それを殺してあたし達に何の利がある?」
………沈黙か。こんなことするなんて、ナインがいなくなったから相当焦ってるみたいだな。
「ナインは必ず取り戻す。だからお前もこんなことやってないで自分に出来ることを──」
「俺に出来ることって何だよ。ファーストスペルはナインがいなきゃ意味がない。戦うための魔法の杖だってない。こんな俺に何が出来る」
「鍛練すればいいだろ。アレか?努力はせずに強くなりたいってか?」
そりゃあ努力なんてしたくないだろうな。敵も味方も強いやつばかりなんだ。努力しないで一瞬で強くなれたらどれだけいいか…
自分だけが取り残されてるっていう劣等感は半端ないだろうな…
「戦いナメんなよ。今狼太郎は悩んでる。けどお前は弱いことを自覚してる。ならやることは分かってるだろ?なのにどうして行動しない?」
「…っ!やろうとした!」
「だったらやれよ!やってろよ!こんな場所で八つ当たりしてる暇ねえだろうが!」
「…チッ」
「舌打ちやめろ。イラついてんのはあたしも同じなんだよ」
光太は駆け足でその場を去っていった。それにしても顔色が悪かったけど、大丈夫かあいつ。
「…狼太郎。悩むのは良いけど早く答え出せよ」
「俺は…自分の父親とは戦いたくない」
「だったら皆にハッキリ伝えろよ。ナインはあたし達で助け出すからさ」
「でも、本当でそれで良いのかって思って…」
「だったら──」
ピキピキ!
何の音だ?まるで硬い物が割れるような…
「停止した川にヒビが走ってる!?離れろ!こっちに来い!」
バギャン!
止まった川を割って現れたのは人の形をした魔獣だった。
静止した川の中にいたせいか、全く存在に気付けなかった!
「パワーのありそうなやつだな~」
体調は万全とは言えないけどやるしかない。頭の中で敵に有効な武器をイメージ。それを参考にスーツを変形させた。
ジャラジャラ…
鎖で繋がった槌と楔。これであいつの身体を叩き割ってやる!
「オゥラ!」
投擲した楔が空を切る。鎖で繋がっているが長さの調整は自由自在だ。
キンッ!
楔は命中したが頑丈な身体に弾かれた。こうなったら直接触れて、楔を槌で打つしかない。
楔を引き寄せて再び投擲。今度はぶつけるのではなく、捕まえるのが狙いだ。
「それっ!」
楔に引っ張られる鎖を上手く操り、魔獣の腕に巻き付いた。ここから敵を引き寄せて攻撃する。
「来い…ッ!」
鎖を引っ張るが魔獣は微動だにしない。
なんてパワーだ…いや、あたしが力を出し切れてないのか。
「ノート!」
「狼太郎!お前変身しろよ!」
狼太郎が生身のまま引っ張り合いに参戦。けど素の状態のこいつが加勢したところで状況は変わらない。
バンッ!バンッ!バンッ!
時雨達は拳銃を向けて魔獣を狙い撃つ。しかしこれも効かない。
この高い防御力、まるでこいつの父親みたいだな…
「二人とも!危ないから離れてろ!」
「でも狼太郎を放っておけないよ!」
「今要塞に連絡を入れた!すぐに仲間が来てくれるよ!」
グイッ!
逆にあたし達が引っ張られた!このままじゃマズい!
「ウアアアアアアアッ!?」
反れた背中に魔獣の拳が衝突した!鎖を利用されて、やろうとしていた事を逆に相手にやられるなんて…
「ッア…大丈夫か!」
「俺は平気だけど…」
けれど抱いている狼太郎は無事だ。私の背中がやられただけだ。
「どうして俺なんか庇うんだよ!」
「生身のお前は骨折るだけじゃ済まないだろうからな…それにあたしはメアリスだ。これぐらいで戦えなくなったりしない!負けたなんて思わない!」
力を振り絞ってなんとか立ち上がると、視界に映る魔獣がファイティングポーズを取っていた。どうやら本気を出すみたいだな。
だったらこっちも全力だ!これで勝負を決めてやる!
「やってやる!」
頭を後ろへ反らしてから、全身を使って勢い良く前へ倒した。そしてあたしの髪が真っ直ぐに伸びていき、魔獣を雁字搦めにした。
「そんな技あったの!?」
「いつもなら魔法のスーツで事足りるから使わないんだよ!」
これは髪を操る髪術というスキルだ。発動時に髪は異常なほど長くなり、とても頑丈になる。
魔獣はその場から跳ねて上へ逃げようとした。いや、あたしを引っ張り上げるのが目的か?
けど地面から離れてくれてちょうど良かった!
グググッ!
引き上げられないように全力で踏ん張った。地面から離れるつもりはない。
「ウオオオオオ!」
身体を大きく回した。そして魔獣はあたしを軸にしてブオンブオンと回りだした。
ブオン…ブオン…グルグルグルグルグルグル!
「戻ってこい!んでぇぶったぎれ!」
魔法のスーツは鋭さを備え、戻って来るついでに髪を切断する。魔獣は狙った物体へ向かって飛んでいき激突した!
「おっしゃあ!」
向こう岸に見えるコンクリートの建物が、魔獣の衝突によって倒壊する。かなり強くぶつけたけど、それでも魔獣は生きていた。
「とどめだ!」
スーツをカタパルトにして魔獣の元へと跳んだ。
「メアリスとして与えられたスキルが髪術!そしてウェポンがこのライフルだ!」
雪景色のように真っ白なボディのライフル、アヴェンジチャンスシューターを召喚した。
3分間に1発だけエネルギー弾を撃てるというかなり使いづらい代物だが、それ以上に厄介な能力が備わっている。
「背中壊してからここまで追い詰めたんだ!最大レベルで出せよ!」
それは発射される弾にレベルが存在することだ。
まずは通常の状態で撃つと鉄板を歪ませる程の威力で弾を放つ。これまだ良い。
しかし自分が優勢で相手を追い詰めている時に撃つと、なんと縁日の射的で使うコルク程の威力しか出なくなってしまうのだ。
だが逆に、さっきみたいにあたしが追い詰められている時に撃てば鉄板を貫通してその先にある頑丈な岩をも砕く弾が出る。
「そしてこの瞬間!逆転勝利を決める時はぁ!」
瓦礫に埋まった魔獣に銃口が触れる。これなら絶対に外さない。
「最大レベルの威力だ!」
さらに劣勢を覆して逆転勝利を決めようとするその瞬間のみ、このライフルからあたし自身も巻き込まれる最大威力の弾が発射される。魔法のスーツがなければただでは済まなかった。
建物は倒壊して魔獣は消滅。辺りの建造物にも被害が出た。最大レベルは強いけど、被害を考慮するとこれもまた使いづらい。
狼太郎の元へ戻った時、少し彼の表情に変化が現れていることに気付いた。ウジウジしていたさっきよりマシな表情だ。
「ノートはどうして戦うの?」
「人を守るために戦う。それがあたしの使命だからな」
「人を守るため…俺は父さんとは戦いたくない。でも、あの人が大切な皆を傷付けるなら…やっぱり戦う!俺、決めた!」
「そっか…だったら定正はお前に任せていいな」
「あぁ!」
クゥ~決まった!カッコよすぎでしょあたし!いや~貫禄っていうか?歴戦の風格っていうか~?頼れるお姉さんって感じでこれから慕われちゃうかもな~!
「ところで…体調大丈夫なの?」
「えっ…あっ!?」
そうだった…今のあたし、病み上がりだったんだ。ヤバい。意識した途端に凄い目眩がする。
「ノート、どうしたの?」
「も、もう無理…」
そうして地面に倒れてしまった。あぁ、最低にカッコ悪いな、あたし…
どうしてこういう肝心な時に決まらないんだろう。だからダメなんだよ。はあ、何が使命だよ。
「さっきはごめんなぁ…偉そうに説教してなぁ…」
動けなくなったあたしは、三人に介護されながら生徒会要塞へ戻っていった。