第130話 「どうしてここまでする必要がある!」
僕にはアノレカディアという世界に誕生したバリュフ・エルゴという魔族としての記憶の他にもう1つ、人間として生きた前世の記憶がある。
前世での名前は白田幸成。今立っているこの世界で生きていた人間の名前だ。
「白田って…お前が?」
黒金とは前世で会っている。魔獣に寄生されていた僕はこいつを襲い、ナイン・パロルートとその仲間に倒された。
「俺が殺した…あいつが…」
そして魔獣人に変身して暴走していた萬名狼太郎から黒金を庇う形で僕は命を落とした。
「お前、本当に白田なのか?」
「幸成!随分と外見が変わったな!それで今は勝ち組ってわけか?」
そして目の前に立っている魔獣人は車田健也。僕が中学生だった頃の親友だ。
「お互いに変わり過ぎたな」
僕はエルフであいつは魔獣人。お互いに前世の頃の面影はない。
「健也、人を傷付けるような真似はやめろ。お前はアン・ドロシエルに利用されているんだ」
「利用…?フッ…ハハハハハ!実は俺、生前から復讐計画を考えてたんだ!例えあいつに出会わなくても、俺はそいつらを殺していたさ!」
「復讐は何も生まない。僕は前世でそれを知った。だからこれ以上復讐を続けようとするのなら、僕はお前を止める」
「出来るもんならやってみろよ!」
説得が効かないは分かっていたがやはり残念だ。こうなったら倒して止めるしかない。
「ジゾルゴ・ライデア!」
僕のファーストスペル、ジゾルゴという呪文でエネルギーボールを発生。さらにライデアを付け加え、ボールを電気に変える。そして電気を地面に走らせたが、健也は跳ぶことで回避した。
あいつの魔獣には過去を見せる能力しかない。問題なのはユニークスキルだ。
「バリュフ!そいつはユニークスキルで憎しみを力に変える!気を付けろ!」
そのユニークスキルを利用しているのか、健也は滞空していた。
それから俺に指を向けた。あれは何か撃つ構えだ。
「ジゾルゴ──」
ピチュン!と予想通り、紫の光弾が発射された。
「リフレクア!」
それに対して魔法攻撃を反射するジゾルゴ・リフレクアを発動。目の前に現れたガラスのようなバリアが、ギリギリのところで光弾を受け止めた。
「跳ね返せない…!」
本来、リフレクアは攻撃を受け止めている間に角度を調整してから反射するのだが、あまりのパワーにリフレクアを動かせない。
それにこのまま光弾を保持していると、リフレクアが破壊されて直撃を受ける!
「魔力を無駄遣いした!」
仕方なくその場を離れる。地面と垂直の状態だったリフレクアは、光弾を地上へ解放した。
「喰らえ!」
「速い!」
爆発から逃れた先には健也が先回りしていた。咄嗟に身体が動いて最初の一撃は避けられたが、それでも防御で手一杯だ。
「俺を止めるんじゃないのかよ?…防御に必死になってねえで何か言えよ!オラッ!」
「うっ!」
健也の連続打撃でガードを崩され、顎に強烈なアッパーカットが入る。僕の身体はアノレカディアが広がる空を向いた。
「お前は異世界転生して楽しくやってきたんだろうけどな、俺は最悪の人生だった!」
「それは違う!僕はこの身体に転生してから一ヶ月しか経っていない!アノレカディアを彷徨っていた時にノートさんと出会って修行を続けていた!」
「修行してんなら俺に勝ってみろよ!」
今度は浮き上がった身体の腹部に拳が打ち込まれる。そしてノーガードの胴体に連打が始まった。
このピンチを切り抜けられる魔法は…
「どうしたどうしたどうしたぁ!ハハハ!俺達を散々コケにしたやつらもこんな気持ちだったんだろうなぁ!弱いものいじめ!堪らなく快感だ!」
本当に健也なのか…確かに僕と彼はいじめられて、あいつらを憎んでいたことはあった。けどここまで強く憎んではいなかった!
やはり僕の時と同じで魔獣の力によって人格が凶暴化しているのか!?
「ジゾルゴ…ボンバア」
次の瞬間、僕の身体を中心に衝撃波が発生した。ジゾルゴ・ボンバアはこの身体を使って擬似的に爆発を起こす呪文だ。魔力の消費は大きいが、それだけの威力がある。
「チッ!爆発したのか!?」
しかし健也は身体が揺らぐだけでダメージを受けていなかった。それでも攻撃を止められたのは大きい。
「ジゾルゴ・フレイア・エンチャント!ハァッ!」
がら空きになっている脇の下に渾身の蹴りを放つ。履いているブーツに炎の力を乗せた一撃だが、これも効いていないようだ。
そこから、健也は反撃してこなかった。追撃はせず、一度息を整えようと僕は下がった。
「…なぁ、人間って生きている間にどれだけの人を憎むんだろうな。隣にいるやつ、テレビに映ったやつ、ネットで好き勝手呟いてるやつ…俺は沢山の人を憎んだ」
「誰かを憎むのは仕方ないと思う。僕だってそういうやつが沢山いる。だけどその憎しみに任せて人を傷付けるのは間違っている!」
健也を倒すには…ノートさんのスーツを使った最大級の一撃を放つしかない!
「ジゾルゴ──」
「ところで幸成…この街、随分と人が少ないよな?」
言われてみれば確かにそうだ。転点市はアンの魔法で外界と隔絶されてるが、僕達以外に人を見掛けない。
それに学校に避難していた人達はどこへ行った?アン・ドロシエルが襲撃してきた時に逃がしたが、誰一人としても戻って来ていない。
「あいつらみ~んな、異世界に送っちまったよ」
………異世界…まさかアノレカディアに………
「殺したのか…?」
「今頃勇者にでもなって世界救おうと必死になんじゃねえかな?」
「健也!まさかお前、本当に街の人達を!?」
「おっ?顔が怖いぞ…憎いか?俺が憎いか?…憎めよ…そして撃ってこい!」
こいつは危険だ!なんとしてもここで倒さなければならない!
ノートさんから借りたスーツを空へ向かって投げる。、スーツは魔法の出力を上げる輪形のゲートに変形した。
「メガント・ジゾルゴ・アロア!」
ジゾルゴ・アロアは魔法の矢を放つ呪文だ。出力を上げるメガントを加え、強化された矢はさらにゲートを通過して強化される。
喰らえ健也!これが今の僕に出せる最強の一撃だ!
ドオオオオオオン!
強化された矢は健也に命中した。いや、あいつは避けようとしなければ防御もしなかった。
「やったか…?」
砂埃で姿が見えない。倒れたか?それとも肉片すら残さずに消滅したのか…
「ふへ…」
いや、あいつは立っている!堂々とこちらを見て笑っている!
「お前の憎しみはこんなもんかよ…」
どういうことだ?魔獣人から元の姿に…健也本来の姿へ戻った。
「サモン・デッドボディ」
地面に魔法陣が出現する。そこから生えるように現れたのが、首を絞めた痕が残っている健也の遺体だった。
「そ、それは!?」
そして健也は自分の遺体に、憎しみの力を注ぎ入れた。力を与えられた遺体は巨大化していき、最終的には校舎よりも背が高くなっていた。
「見ろ!ヘイトタイタンのこの苦悶の表情!死ぬのが苦しかったからじゃない!生きているのが苦しかったからだ!」
「ジゾルゴ・シルドア!」
隕石のような拳が落ちてくる!この一撃は僕の防御魔法なんかじゃ止められない!
「ヒャーッハッハッハッハッ!憎しみの鉄槌で散れ!」
「うっ…うああああああ!?」
巨人の一撃で校舎は全壊した。地面には大きな穴が開き、生徒会要塞の外壁が露になった。
地上にいた僕達は間一髪のところでウォルフナイトに助けられて、攻撃範囲の外にいた。
「生きてやがるか…まあいい。震えて眠れ。この拳がお前を潰す」
「健也…どうしてだ!どうしてここまでする必要がある!?そもそも黒金以外は無関係なんだろ!」
「この世界が憎いからだ。それは転生したお前も例外じゃない」
僕達は見逃された。完敗だ…
健也はいつの間にか消えて、召喚された遺体もあるべき場所へ戻っていった。
次はない…僕達はあいつに勝てるのか?魔獣ではなく憎しみの力であれほどまで強くなるあいつを…