第129話 「報われないじゃないですか」
黒金が意識を失った。こいつの住んでいるアパートの位置は知っていたが、俺は医療設備が充実している生徒会要塞へ帰還。
そこにいる人達に彼を任せようと思ったのだが…
「狼太郎君、そいつ助けるの?放っておけばいいのに!」
「黒金は友達だから…ナインの」
「ふぅん…」
黒金は女子達からかなり嫌われているみたいだ。俺の頼みじゃなかったらそのまま放置されてたかもしれない。
調べてもらったところ、幸いにも重病などではなく、疲労で体調を崩しただけみたいだ。
そういえば俺、生徒会長に酷い態度を取って外に出て行ったんだ。ちゃんと謝らないと…
「ねえ、会長どこにいるか知らない?」
「会長なら自分の部屋にいると思うけど…何かあったの?さっきは凄い勢いで出てったけど」
「ちょっと喧嘩しちゃった。今から謝ってくる」
早速、俺は生徒会長の部屋の前まで来た。
「会長、入りますよ」
ノックをして扉を開けた。会長は毛布を被って壁の方を向いていた。
「会長…さっきはごめんなさい。あの時はパニックで、もうどうすればいいか分からなかったんです」
俺が話してから少し間を置いて、会長は声を出した。
「最近、同じ夢をよく見るんだ。私と狼太郎。それから生徒会の皆で平和な場所で楽しく暮らしている夢を…魔獣が出現する限り、そんなことはあり得ないのだがな」
「いつか戦わなくて良くなる時が来ますよ。じゃないと俺達、報われないじゃないですか」
生徒会の人間は全員が魔獣の被害に遭っている。勇気を出して戦っている彼女達が報われないなんてことがあってはならないんだ。
「本当にそう思うか…」
俺は信じている。その意思を伝えようとした時だった。三年生の小谷真波先輩が受話器を持ったまま、大慌てで現れた。
「生徒会長!大変です!グラウンドに魔獣人を名乗る男が現れました!しかもそいつ、黒金光太を出さないと校舎を破壊するって!」
「黒金を…?ここにいるのか?なら構わない。無理矢理にでも追い出せ」
「いやいやいや!黒金は今体調が悪いんですよ!」
「だが今の生徒会は戦える状態じゃない。身柄を引き渡して去ってくれるのならありがたい話だ」
その指示をもらった先輩は嬉しそうな顔で、受話器に向かって叫んだ。
「黒金追い出して良いってさ!カタパルト用意!」
「良くないからぁ!?待ってストップ!」
俺の意思は聞き入れられず、どうやらあいつはグラウンドへ投げ出されたらしい。俺は急いで魔獣人の元に向かった。
それにしても魔獣人め!まさか1日に2度も攻めて来るなんて!
ゴフッ!ゴフッ!ゴフッ!ゴフッ!ゴフッ!
「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!」
「めっちゃ踏ん付けられてる!?フェン!ウォルフナイトで行くぞ!」
あれ?フェン・ラルクが返事しない。おい?フェン?
「皆!光太を助けるよ!」
俺が変身するのに手間取っていると、サヤカ達が頭上を飛び越えて魔獣人の元へ走って行った。
「こいつ、ナインがアパートに行った時に遭遇したってやつじゃない?」
「名前は確か…白田だ!」
「邪魔をするなあああああ!」
ボウッ!
怒号を乗せた衝撃波が4人を吹き飛ばし、俺もコンクリートの壁に背中を打ち付けた。
「フェン!どうして返事しないんだ!それに敵が目の前にいるんだぞ!戦わないと!」
「やる気が出ないねぇ」
「こんな時になに言ってるんだよ!」
「ここを凌いでもお前は父親に倒されるんだろう?だったら今負けても結局同じじゃないか」
「父さんのことはどうでもいいだろ!早く戦うぞ!」
「い、や、だ。やりたくないことはやらない主義なんだ私は」
「お前なぁ!?」
そうこう言い争っている内に、黒金はサヤカ達の手によって救助されそうになっていた。
「こいつ、魔獣人の割に大したことない!」
「油断しないでツバキ!」
ドガン!
ツバキは魔獣人の攻撃を盾でしっかりと防御していた。さらにサヤカの魔法を受けて強化されたジンが刃で攻撃。隙を晒した所でツカサが黒金を抱えてその場から離れた。
「光太!生きてるよな?」
「生徒会のやつら…ぜってえ許さねえ…」
「許せないのは俺の方だ!黒金光太あああ!」
魔獣人から凄い怒りを感じる。確か変身している少年は転生前、黒金にいじめを受けていたと言っていたそうだ。
黒金はそれを否定しているけど…
俺から言わせてもらえば黒金は…そういうことをする人物だと思う。
そして過去、暴走状態だった俺はあの少年を殺した。正確には、彼に寄生していた魔獣ごと、フェン・ラルクが殺したんだ。
「逃げるな黒金!」
「うるせえな…いちいち叫ぶんじゃねえよ!」
「皆、フォーメーションソードで行くよ!」
「「「「フォーメーションソード・コンバイン!」」」」
な、なんだ!?黒金以外のやつらが光になって合わさって…剣になった!
「敵を見極めるから、それまで抜刀はしない。間違えても私を付けたまま殴らないでね」
「それまでは回避しろってことか…」
魔獣人は剣を持った黒金に襲い掛かった。攻撃を避けるだけで、いくら隙を見せても黒金は反撃しなかった。
「死ね!死ね!死ね!」
「お前がもう一遍死ね!」
ゴギッ!
剣に攻撃が触れそうになった途端、黒金は無茶な動きでそれを庇った。魔獣人のチョップによって、上腕がグニャリと歪む。
しかし黒金は怯むことなく闘志を残していた。
「弱点解析完了!闇の力に対抗して光の力を付与したよ!」
「この屑が!地獄に帰りやがれ!」
その曲がった腕に持っていた鞘を構え、黒金は素早く居合い斬りを放つ。そして魔獣人の首を横から大きく裂いた。
「油断しないでよ光太!」
「ああ!確実に首を跳ねる!」
「「「「フォーメーションソード・ストライク!」」」」
確実にトドメを刺すために、必殺技が裂けた首を狙って放たれた。
「な、何なのこの力!?」
しかし首は刃を弾き、剣はバラバラになって元の4人へ戻ってしまった。
「チッ!ウリャアアア!」
黒金の右ストレートを顔面で受けても、魔獣人は動じることなくただ彼を睨み付けていた。
「…俺のユニークスキルは憎しみを力に変える。お前への憎しみがここまでの力を生み出したんだ。それだけは感謝してやる。それだけはな…」
魔獣人は正面にいた黒金の頭部を掴んで持ち上げた。
まさかあのまま捻り潰す気か!
「罪を顧みろ。そして死んで悔やめ!」
そこは学校の教室だった。黒板の前に立って、1人の少年が緊張しながら何かを発表していた。
「それで…あの………だから…」
「なに喋ってるかわかんねーよ!」
教師がドォン!と音を立てて黒板を叩くと、少年は驚いて跳ね上がった。
「クスクス…」
「身長だけじゃなくて声も小さいよねあいつ…」
「髪汚~い」
これはいじめだ。しかも教師はそれを止めようともしない。被害者にとっては一番最悪とも言える環境だった。
体育館へと景色が移り変わった。どうやらバレーボールをしているみたいだ。
ボンッ!ボンッ!!ボシュン!
サーブ、ボレー、スパイク。あらゆる弾が少年に向かって放たれる。果てには試合に参加していない時も狙われていた。
昼休み、逃げ込んだ個室トイレの中に、上からバケツで水を流された。
係の人間に預けたノートは教師へ届けられず、ゴミ箱に入っていた。
「それでも俺は生き続けた。生きていれば必ず光に辿り着ける。そう信じてな」
しかし、少年が光に辿り着くことはなかった。
いじめは高校へ上がってからも続いていた。そんなある日、アン・ドロシエルと出会ってしまった。
「あなた、復讐したい人はいる?」
「いる」
「あなたの復讐を果たせる良い話があるのだけれど、興味ある?」
少年はアンの話を聴くと、その場で舌を噛み喉を力強く握りしめて自害。直後に用意された身体に転生したのだった。
「俺の中にいる歴史投影魔獣タラン・ドュノは過去を正確に見せることが出来る。今ここにいるお前達が見たのは俺の過去だ!そして黒金光太!お前は常に俺を笑っていた!」
「仕方ないだろ!実際笑える場面だってあったんだし、それに、周りに合わせないと俺までいじめられるかもしれなかったんだ!大体、こんな昔の事なんか覚えてねえよ!」
「俺は覚えてるぞ!特にこの時の出来事を!見ろ!」
また場面が変わった!この光景は………!?
ボゴォン!
薄暗く汚い場所。ここは学校の部室のようだ。そこで倒れている少年はサッカーボールをぶつけられていた。
ボゴォン!
ひ、酷い…人間は性格が歪み過ぎるとこんな事が出来てしまうのか…
「お前臭いんだよ。後ろの席にいるこいつが迷惑してんだって。分かる?」
その時現れたのは、今よりも少し身長が小さいが確かに黒金光太だった。どんな時でもこいつは後ろの方で笑っていた。
「ご、ごめん…」
ゲシィン!
黒金はボールではなくスパイクを履いた足で直接蹴りを入れた。
「そうだそうだ!やっちゃえ!」
ゲシィン!ゲシィン!ゲシィン!ゲシィン!
笑ったまま、何度も何度も少年を蹴り続けた。こんな酷い事の何がそんなに楽しいのだろうか。
「どうだ。自分の過去を見て思うことは?」
「あの時蹴らなかったら今度は俺がいじめられてたかもしれない…俺はやりたくなかった!アレは決していじめてたわけじゃない!」
「保身に走るにも限度があるぞ!そもそもそのお前は歪んだ心の奥底ではこの行為に快感を覚えたはずだ!」
「チッ!お前こそ被害者面するにも限度ってのがあるだろ!悲劇の過去を抱えてれば何やってもいいなんて思うなよ!」
「お前に俺の何が分かる!」
「何も分からねえな!俺はお前みたいな底辺の人生送ってないからさ!」
ビリリッ!
痺れるような感覚がした。何か大きな攻撃が来る!
「逃げろ黒金!」
「死ねよ黒金!」
ボォォォン!
先程の倍は威力のある衝撃波が起こった。俺の後ろにあった校舎は半壊し、その後ろに広がる住宅街にも被害が出た。
「か、身体が…」
俺も無事では済まなかった。衝撃を逃そうとした四肢は歪んで、もう戦える状態じゃない。
それよりも黒金は無事なのか?あの距離で衝撃波を受けたのなら…
「た、助かった…」
黒金の前にはバリュフが立っていた。衝撃波が発生する寸前に駆け付けたようだ。衝撃から身を守るのに使ったあの大きな盾は、おそらくノートのスーツだろう。
「ノートさんは今回は戦えない。最近の無理が祟って体調を崩したからな。黒金光太。お前には少しばかり幻滅した。まさか本当にあんな過去があったなんてな」
「こっちにも事情があったんだよ」
「言い訳などどうでもいい。それに今更、何も言うつもりはない」
「大体白田のやつ。最期は俺を庇って死んだんだ。そんなやつがどうしてあんな復讐野郎に変貌するんだよ」
「一つ誤解をしているようだな。あいつは白田ではない。僕がその白田幸成だ」
「…は?」
「そしてあいつは…車田健也!お前、健也なんだろ!」
何がどうなってるんだ?あの魔獣人じゃなくてバリュフが白田なのか?
「白田幸成という少年は私に殺された後、あのバリュフ・エルゴというエルフとして転生したみたいだね」
フェンの解説を聞いてようやく理解した。
あいつが、俺が暴走していた時に殺してしまった少年の…生まれ変わり!?