第128話 「気分悪っ…」
ナインが魔獣人に連れ去られた…どれもこれも、全て狼太郎のせいだ!狼太郎が戦わないせいで最悪の状況だ!
「なんとかしてくれよ…」
ミラクル・ワンドに願っても何も起こらない。こういう時こそ逆転するような奇跡を起こして欲しかった。
「光太、ナインはきっと大丈夫だ」
「けどさジン…」
「ノート達が作戦を考えてくれてる。それに思い出してみなよ。こういうピンチの時こそ、君達二人は凄い力を発揮するでしょ。だから光太は、助け出したナインに合わせられるように身体を休ませないと」
確かにジンの言う通りだ。どうしようもない今、ピリピリしていても精神的に疲れるだけだ。
「パロルートの誰か1人でもいればなぁ」
「ナインのお兄さんってダイゴさんしか知らないんだけど、どんな人達なんだ?」
「俺も全員とはあったことないよ。とにかく全員強い。アノレカディア最強の100人、ハンドレッド・レジェンズって言われるの内の8人なんだ。まあ、いない人の話してもしょうがないよ」
最強の100人の内の8人っていまいちピンと来ないな…そもそも最強がそんなにいたら変だろ。
「ナインだってパロルートの1人だよ。お兄さん達がいなくたって何とかなるよ」
ジンの傷を治しながらサヤカはそう言った。彼女の傷を治す魔法にはよくお世話になっている気がする。
「にしてもウォルフナイトのお父さんが魔獣人だったなんてね」
子が化け物なら親も化け物か。やっぱりあいつは信用しない方が良いな。
サヤカに戦いで受けた傷を治してもらい、俺はすぐに生徒会要塞から出た。あの場所にはなるべくいたくない。
戦いのあったグラウンドは荒れ果てていた。ナインの杖があれば整地できそうだが、それも魔獣人に持ち去られてしまった。
一体誰のせいなんだか…
アパートに戻ると灯沢が出迎えてくれた。そういえば俺、こいつと同居してたんだった。
「おかえり!…あれ?何かあった?」
「飯食いながら話す」
灯沢はキッチンに置いてあった魔法の杖で料理を用意してくれた。何が入っているかは蓋を開けてみるまで分からない。弁当箱を召喚するランチボックス・ワンドだ。
「ナインちゃんが捕まった!?」
「ノート達が策を練ってるけど、それも通じるかどうか…狼太郎のせいだ。あいつのせいでナインが連れ去られた」
あの場で戦えるのはあいつとナインだけだった。それなのに狼太郎は防御すらせず、それを庇ってナインは捕まった。
魔獣人は狼太郎が自分に勝てなければナインを殺すつもりだ。しかし今の状態じゃ勝つ以前に戦いにならない。
わざわざ魔力を消費して用意してもらった弁当だったが、一口も食べる気にならなかった。
「大月君…体調悪そうだよ。寝た方が良いよ」
「あぁ…わざわざ用意してくれたのに悪いな」
心配し過ぎて体調を崩すなんて俺はどれだけ心が弱いんだ。
俺は布団に入って目を閉じた。平和な頃にはナインのやつがイラッとするぐらい隣で喋っていた。
本当、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「…はぁ」
元の生活に戻って欲しい。魔獣人もアン・ドロシエルも全員ぶっ殺して、ナインとまた思い出を作りたい。
「殺す…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
魔獣人は殺さないとダメだ。そうか、俺の持つ魔獣を操る能力はそのためにあったんだ。
操るってことはアンみたいに暴れさせるだけじゃない。俺が初めてやった時みたいに自害だってさせられる。
戦いが減ればナイン達の負担も減るだろうし…俺はあいつの力になってやれる!
だったら寝てる場合じゃない。能力を上手く使えるように鍛えないと…
「あれ?黒金君、どうしたの?」
「走りに行く」
「えぇ!?危ないよ!顔色凄く悪いのに!」
「俺は強くなる。そしてナインを助ける」
「落ち着きなよ!焦るのは分かるけど、まずは身体を休ませないと!」
「お前も強くなれ。白田との戦いで見たけどお前のオロラムは強力だ。あれはきっと必要になる」
灯沢の出すオーロラの防御力はナインのバリア・ワンド以上だ。上手く使えるようになればナインの良いサポーターになってくれる。
俺はとりあえず身体を鍛えよう。魔獣を操れるように体力を付けるんだ。
そうして俺はアパートを出て走りに行った。
「あ~無理だ。気分悪っ…帰ろ」
体調悪いのに走りに行ったらそりゃすぐにバテるだろ。気合いだけじゃどうにもならない時もあるんだな。いい勉強になった。
うん、素直に帰って今は休むことに専念しよう。
「あっ…」
「ん?………チッ」
さらに気分が悪くなった。ちょうど曲がり角の所で、狼太郎と出会してしまった。
けど走って溜まってた何かを発散したからか、さっきよりこいつに対しての怒りは沸かなかった。
「あのさ、黒金」
休んでる場合じゃない。俺は強くならないといけないんだ。
「黒金…待ってくれ!」
この押し潰すような倦怠感、戦いで溜まった疲労だと思えば大した物じゃない!
「黒金!」
「お前の中にいる魔獣の力には目を見張るがお前自身は大したやつじゃない。肝心な時に迷うようなやつにナインを助けられるとはっ…う!」
「おい、大丈夫か!」
「はぁ…はぁ…ナインを助けられるとは思わないな」
俺は咄嗟に延びた腕を払った。こいつに介抱されるくらいならアスファルトに頭ぶつける方がマシだ。
「待ってくれ!俺は謝りに来たんだ」
「謝るって何を?そんな暇があるなら次こそはちゃんと戦えるように女達に励ましてもらえよ。まあ、お前の出番はないだろうけど」
「あのなぁ…おい!」
ここで俺の身体に限界が来た。最後に感じたのは倒れる寸前、狼太郎に身体を支えられるという人生で最も屈辱的な感触だった。