第126話 「出てこい!」
「生きる物体、略して生物。俺もお前達も生を与えられただけの物体に過ぎない。そして生を維持できなくなったその時、俺達は他と変わらない物体となる」
ニックルの声がする。姿は見当たらないが僕達の近くだ。
「黒金、ナインを守れ」
「じゃあ私達が敵を倒すしかないねぇ」
リガイチという姿のウォルフナイトが獣のように手を床に付けた。周囲に警戒して、敵を捉えた瞬間飛び出すつもりだ。
しかし黒金は意識朦朧としている。ナインを守る余裕などなさそうだった。
「では生を維持するためには何が必要だ?呼吸、栄養の摂取、適度な運動、排泄…挙げればキリがない。しかしどれか一つでも断たれてしまえば、維持は不可能である!」
敵は長々と語っている。いつになったら攻撃するつもりだ。
「生断魔獣パルパ・ロッザ!俺の魔獣の能力は触れた相手の生命維持活動にエラーを発生させること!もうその女はいくら呼吸しても空気を取り込むことは出来なくなった!」
「おいナイン!しっかりしろ!」
「はぁ……はぁ……」
「俺を殺せばエラーは解消されるだろうが…今の能力の説明を聴いた後で、果たして迂闊に手出し出来るだろうか。俺がお前に触れた瞬間、どんなエラーが起こるのだろうなぁ?」
風が教えてくれる。ニックルはすぐ近くに立ち止まって僕達を眺めている。あいつは進化して姿を消せるようになっているんだ。
進化によって手に入る能力と人を死に追いやる能力。厄介な相手だ。
「ジゾルゴ・ライデア!」
電気を起こして周囲に攻撃する。しかし電撃が地面を破壊するだけで手応えはなかった。
「あぁほら!俺を探してる場合じゃないぞ!その女を見ろ!これから死ぬぞ!」
「はぁ……………」
小さな呼吸を最後にナインの動きが止まった。
「…隠れていないで出てこい!」
「おや、震えてるぞ?次は自分の番じゃないのかと怯えているのか?」
ナインが死んだのを見て確かに恐怖は感じている。
しかしそれよりも、誰かを傷付けてそんな愉快にしていられるお前が許せない!
「ジゾルゴ・フロズア!」
氷属性の魔法で周囲の床を凍結させた。そしてこの瞬間、攻撃を避けるために姿の見えないニックルは空中に逃げなければならない。
敵は必ず空中にいるはずだ!
「ジゾルゴ・ライデア!」
再び電気を、今度は空中へ放電させた。
凍結による誘導からの放電コンボだ!
「どうだ!」
………しかし悲鳴は聴こえなかった。命中して死んだのか?それとも逃げたのか…?
「次はお前の番だ!死ぬまでの苦しみ、ゆっくり味わうといい!」
まだ生きている!一体どこにいるんだ!触れられたら僕も死んでしまう!
「うわあああああああ!」
ドゴンッ!
背後で鈍い音がした。なんと僕の背後では、死んだと思っていたナインが虚無にパンチを放っていた。そして見えないニックルを殴り飛ばした。
「死ぬかと思った…」
「な、なぜ生きている…確実にエラーは起きていたはずだ」
よく見ると呼吸をしていなかった。それでも、肌の艶などはいつも通りでその場に立っている。
「光太、頼むよ!」
「分かった…!」
な、何が起こってるんだ?僕の理解を越えたレベルでの戦いが起こっている!
「貴様…アンと同じように魔獣を操れるのか………
どうなんだ!答えろ!」
姿を見せたニックルが光太に対して怒鳴る。そしてそれを睨み付けていた光太が膝を付いた。
「はぁ…はぁ…操ることは出来ない…が、繋がることは出来る。エラーは一時的な物だ!お前の能力の仕組みは理解したぞ!」
「そっか、助かった~」
「黒金、何故ナインは生きている!呼吸もしていないんだぞ。まさかお前、ネクロマンシーをしたのか?」
アノレカディアには死者を操るネクロマンサーなどがいたりするが、まさか黒金はそいつらの技が使えるのか?
「いや死んでねえよ。俺の命を分けてるだけだ」
「まさかミラクル・ワンドにまだこんな力が隠されていたなんてね…」
命を分けているだと!?
黒金は今、ナインを超人モードに変身させる際に使用するミラクル・ワンドと名付けられたつるはしを握っている。
まさかこの杖で自分の命を分け与えているのか?
「何故だ…呼吸を止めたんだ。生きられるはずがない!」
「そういう理屈を超えるからミラクル・ワンドなんだろうが。ナイン、息できそうか?」
「すぅ~はぁ~…うん、大丈夫だよ。朝食べた納豆の臭いがする」
「ゲッ!ちゃんと歯は磨いたけどな…」
「俺の能力に弱点があったなんて…話が違うぞアン・ドロシエル!こうなったら帰る!」
不利を悟って逃げようとしたニックルの背後にウォルフナイトが回り込む。そして、巨大な爪で背中を切り裂いた。
「うあああああああ!?おのれぇ!」
再びニックルの姿が消えた。生き物には背景に擬態して狩りをする物がいるが、これは擬態というレベルではない。完全な透過だ。
それでも居場所は分かる!
「垂らした血は色が残ったままだぞ!ジゾルゴ・ライデア!」
「ぐわあああああ!」
やっと命中させられた!それに電気を喰らって化学反応が起きたのか、姿が丸見えだ!この場でこいつを始末する!
「やれ!バリュフ!」
「この女がどうなってもいいのか!」
突然現れた謎の魔獣人。そいつはノートさんの首を握っていた。銀色の魔獣人、こいつはヨウエイだ。
ボロボロなったノートさんがヨウエイに捕まっていた。
「ヨウエイ!」
「お前もだサキュバス!地下にいるやつらは定正のやつが全員半殺しにした!下手に動けば本当に殺すぞ!」
ニックルの首を跳ねるはずだった手刀は空振りに終わった。
それにしても要塞に侵入されていたなんて…こいつ以外の敵を一切感知できなかった。
「一斉に攻めてきて…目的は天音か!」
「あいつのユニークスキルはお前達に勝つために必要不可欠なんでな。天音はどこにいる!」
「言うわけないだろ!」
「ならこの女を殺す!」
魔獣人の腕から生える刃がノートさんに突き付けられた。
「やめろヨウエイ!こんなことして何にな──」
「ジゾルゴ・ライデア・ハイルボ!」
「バリュフ!?ノートごと攻撃してどうするんだよ!」
「さっきは動揺して攻撃を止めてしまったが、こういう時には迷わず撃てと言われている」
「地下の人たちが人質になってるんだよ?!」
「あそこにはお前の仲間がいるだろう!それともそんな簡単に倒されるやつらなのか!」
「…そうだ、僕が皆を信じなくてどうするんだ…」
どうやらその気になったみたいだ。黒金と共に杖を構えると、ヨウエイに向けて攻撃を開始した。
「うおおおおおお!?きさまらあああああ!人質がいるんだぞおおおおお!?」
「残念…あたしにそんな価値はないよ」
ノートさんの意識が戻った。かなりつらいはずだが、なんとか脱出してもらえないだろうか。
「どーしたバリュフ。さっさと戻って来いって顔してるな…フンッ!」
ブシュッ!
スーツが変形して大量のトゲをが発生した。これには思わず魔獣人も手を放し、ノートさんは僕達の元に戻って来た。
「なぜ動ける!?俺の攻撃でお前の身体は傷だらけのはずだ!」
「心配御無用、傷口はこのスーツが縫ってくれてるよ。それよりも、そっちがやる気ならあたし達は戦ってやるよ?」
「ダメージを受けすぎた…撤退するぞヨウエイ!」
「だな…定正は捨ててくか」
「逃がすか!」
「待てバリュフ、まだ地下にもう一人いるんだ。そいつに戦力を集中させるぞ」
「分かりました」
ここは彼女の指示に従おう。追い詰めたニックルを逃すことになってしまうが、その代わりに絶対を倒す。
「もう一人…雪だるまみたいなやつかな?定正って呼んでたね」
「あぁ、ナメた見た目のくせに鉄壁の防御力と驚異の自己再生能力。それと一緒にさっきの野郎を相手させられたからな。もう最悪だった」
「悪い、なんか力が入らない…」
「命を分け与えるなんて無茶したから…光太はここで休んでてよ」
「すまん。そうするわ」
座り込んでいる黒金はここで戦線離脱のようだ。
「父さん…」
「どうしたの狼太郎?」
いつの間にかウォルフナイトから人間へと戻っていた萬名狼太郎。様子がおかしく、ナインが近付こうとすると黒金が止めた。
「定正…俺の父さんの名前なんだ!」
「父さん…ってじゃあ!?」
まさか…だとしたら地下にいる魔獣人は狼太郎の父親なのか!?
「それって本当なの!?」
「あぁ、月で事故に巻き込まれた父さん!きっと転生させられて魔獣人にされたんだ!」
「そんな…よくこう、知人の魂ばっかり集められるな!アン・ドロシエルのやつめ、変なところ努力しやがって!行くぞバリュフ!」
「魔獣人の正体が誰であれ、倒すことに変わらない…いいな、狼太郎?」
「…大丈夫だ」
顔を見れば分かる。きっと狼太郎は敵となった父親に攻撃は出来ない。
連れていくには少々不安要素があったが、一刻も争う俺達は急いで生徒会要塞に降りて行った。