第124話 「もう死んだ」
宮前遥は私の中学時代の友人であり、そして魔獣に生命を奪われた被害者である。
彼女は私が魔獣と戦っている事を知っていた。それでも友達でいてくれたし、遥の助力があって人々の命を救えたこともあった。
しかし彼女は今、敵として目の前に立っていた。
「飛鳥、私を倒すつもり?」
「そうだ。お前は魔獣人。人に危害を加える存在である以上、容赦しない」
「じゃあそこの少年、狼太郎は?彼も殺すんだよね?」
「そんなことはしない。狼太郎は私にとって大切な人だ」
「じゃあじゃあ、私は大切じゃないの?その子よりも先に友達だったんだよ?」
「お前は遥じゃない。魔獣の力を貰ってはしゃいでいるだけの怨念だ」
蘇った遥をこれから手に掛ける。その事に迷いはない。だからもう、彼女の能力は私には通用しない。
「飛鳥、自殺してよ」
「断る。私は生きなければならない」
「え…なんで効かないの?」
「身体が動くようになった!」
遥の能力は大体推測出来ている。まず、操れるのは1人だけ。私達全員を操れるのなら、既に殺されているはずだからな。
操られていた彼が動けるようになったということは、別の者に命令を出した時点で、前の者は解放されるということだ。
「そいつの能力は──」
「分かっている」
「光太!ドーム・ワンドだ!」
「ドーム・ワンドって…これか!」
ブンッ!
黒金が杖を振る。すると彼を中心にして半球型の透明なドームが現れた。
「少しずつ縮めて遥の逃げ場をなくすんだ!」
私達を包む半球がゆっくりと小さくなっていく。狭苦しく感じるのが気に入らないが、これでもう遥は逃げられない。
「これで逃げられなくしたつもりなんだろうけど…私、普通に戦っても強いよ?」
「そうか」
遥は私が倒す魔獣を可哀想だと言うくらい優しい子だったんだけどな…
そして本格的な戦いが始まった。まずは遥が動き出す直前に、左腕に装置してあるアンカーを射出。それで彼女を捕縛し、さらに電気を流した。
「紺なの効かないよ」
表情には余裕がある。しかしこれはお前を捕まえるための紐だ。ダメージが入らなくても別にいい。
アンカーを引き戻そうと入力した。だが遥はその場で力んでこちらへ来るのを拒んだ。
「その右腕の武器で私を殴るつもり?」
「これはパイルバンカーだよ。鋼鉄のように頑丈な魔獣人の身体も簡単に砕けるはずさ」
前腕に付いている必殺兵器だが、遥に触れて発動しないと効果は出せない。なんとかして引き寄せようと、両肩のエネルギーランチャーを展開して砲撃を始めた。
「そんなもので…うっ!」
「痛いか?こっちに来ない限り何度でも当ててやる」
ブヂッ!と音を立てて遥は絡み付く紐を千切る。そして距離を置こうと後退して、黒金が縮めていたドームに触れた。
「ぎゃあああああああ!」
物凄い悲鳴をあげて遥は倒れた。このドームに触れるとダメージを喰らうようだ。一体、どれほどの痛みなのだろうか。
試しに空になって切り離されたエネルギーパックを蹴り飛ばしてみると、ドームに触れた瞬間に砕け散ってしまった。
そのダメージを喰らっても生きているのは、流石魔獣人と言ったところか。
「さて、まずは…」
パイルバンカーで両足を撃ち抜いた。これでもう動けないだろう。
「や、やめて…」
命乞いなどしても無駄だ。人間に戻ったとしてもお前は殺す。
「私達、友達でしょ?」
「違うな。言っただろう、お前はただの怨念だ」
さらに胸にもう1発。小さな身体に大きな穴が開く。
しかし遥の身体は、魔獣の要素を失いながらも修復を始めた。ナインから聴いた話だが、宿主は魔獣に自身の死を肩代わりさせられるのだ。
「もう魔獣人ではなくなったということか…」
「やめて…お願い」
「言え。アン・ドロシエルは今どこにいる?」
「わ、分からないよ。世界がこんな風になった後、私達の好きなようにやれって言って消えちゃったんだ」
「光太、ちょっと来て」
「え?なに?」
ナインは黒金を呼び寄せてバッグを漁る。そして1本の杖を取り出すと、遥に向けて振った。
「アンから何を命令された?」
「次の魔法でこの世界を必ず消滅させるから、それまで悔いのないようにって…あれ!?私、どうして…」
「ネホリハホリ・ワンド。これで君はもう隠し事を出来ないよ」
脚のホルスターからナイフを抜いて遥にちらつかせると、顔に怯えが現れた。
「次また何か隠すようならこれでお前を刺す。これから私の質問全てに細かいところまで丁寧に答えろ」
「は、はい」
私が質問して遥が答える。その度ナインに杖を振らせて、何か隠していないか確かめさせた。
しかし、大した情報は得られなかった。
「所詮はアンに利用されているだけの駒に過ぎないか」
「飛鳥…全部喋ったから殺さないで…」
「そんなに震えるな。もう痛みを感じることもない。安らかに眠れ」
「え…嫌…嫌だ!せっかく生き返ったのに…!」
パイルバンカーの銃口を頭に当てる。遥はジタバタと暴れて抵抗するが、身体は中学生の物なので押さえるのは容易だった。
「飛鳥!ねえ!なんで!?私もう魔獣人じゃないよ!」
「この世界にはもう遥の居場所はない。死人は死人らしく、地獄の底で大人しくしているといい」
遥は大人しくなった。それから耳元へ顔を近付け、二人に聴かれないように本心を述べた。
「正直、今は魔獣から平和を守ることなんてどうでも良いんだ。狼太郎やハンターズの皆と一緒にいられるならそれで良い…内緒にしてくれよ?魔獣を憎んで戦い続けているというクールな生徒会長というイメージが崩れるからな」
あぁ、言ってしまった。誰にも打ち明けられないことを晒してしまった。
これでもう、遥を生かしておくことは出来なくなった。
「そんな…魔獣から平和を守りたかったんじゃなかったの?自分みたいに悲しむ人がいて欲しくないからって」
「昔君が死んだように、君が知っている私はもう死んだ」
「…へへ…そうなんだ…」
ドォン!
「やりやがった…」
「おや、黒金君。刺激が強かったかな?だったら魔法で記憶を消してもらうといい」
赤色の花が咲いた。血を浴びたこのアーマーはデータ1つ残さずに処分しておこう。
「あ~あ…」
遥の死体からモクモクと、白い何かが湧き出て来た。私は武器を構えたが、アーマーは正面にいる遥を認識していなかった。
「幽霊になってまで戦おうとは思わないよ…もうすぐ地獄に堕ちるし」
遥の形をした幽霊は少しずつ地面へ沈んでいる。地下よりももっと下。地獄へ行こうとしている。
「飛鳥にはガッカリだよ。狼太郎っていう少年に惚れただけでここまで落ちぶれるなんて」
「私は魔獣への復讐ではなく愛を選んだだけだ。なぜ非難されなければいけない?」
「私の仇は打ってくれないの?」
「既に終えている」
「1つ教えてあげる。私は狼太郎にあの女の子を襲って…とは命令してないよ。ただ本心のままに行動しろって言った。そしたら、あの子を襲った。飛鳥達じゃなくてね」
「狼太郎がナインにも好意を持っていることぐらい気付いているさ」
「彼は飛鳥たちの事なんてどうでもいいんじゃないかな。いつか飽きてどっか行っちゃうかもね」
「狼太郎は私達の元から離れない…絶対に離さない」
地獄へ落ちろ遥。もう友達でもないお前などに興味はない。
「どうかしたの?」
亡霊は地面に吸い込まれていった。どうやら遥の声は他の者たちには聴こえていなかったらしい。
「何でもない。狼太郎、大丈夫か?あぁ、こんなにボロボロにされて可哀想に…ナイン、君の友達を呼んでくれ」
「サヤカだね。光太が電話してくれてるよ。それにしてもさっき命令されてたのに操られてなかったよね?なんで?」
「それはだな…」
魔獣の能力には対象が1人に限られていることに加えてさらに弱点があると私は考察して見事に的中させた。
それは遥という人間と彼女の出す命令を強く拒否すれば操られないというものだ。命令するのは遥だが、所詮は魔獣から借りている力。きっと完全な能力ではないと思っていた。
実際に以前の戦いで、ナインは心を閉じたことで遥と戦えたそうだ。
「ナイン…操られてたとはいえ、怖がらせるような真似をしてごめん」
「き、気にしないでいいよ」
ナインの義肢は全て破壊されていた。すると黒金が義肢の形をした魔法の杖とやらを用意し、手際よく彼女に取り付けた。
「帰るぞナイン」
「え、でも狼太郎の怪我がまだ…」
「サヤカが治してくれるんだろ。行くぞ」
黒金に連れて行かれるナイン。狼太郎は離れていく彼女を寂しそうに見ていた。
「会長、俺は…」
「私達じゃダメなのか?それともまだ足りないのか…」
「…いいえ」
遥の言った事が本当だとしても関係ない。私達には狼太郎が必要だ。彼が誰を見ていても、私たちから離れなければそれでいい。
これにて2人目の魔獣人を撃破完了。残るは5人か…果たしてこのまま数を減らしたところで、今の事態を解決できるのだろうか。