第123話 「徹底的にやらないと…」
棘を発生させるスパイク・ワンドと打撃の威力を高めるスマッシュ・ワンド。狼太郎を殴るのにはちょうど良い。
スパイク・ワンドの先端には装飾がされている。球体から鋭い棘がいくつも生えていて、接近戦にも使えるのだ。
それを振ろうと構えた瞬間、狼太郎は後方へ跳躍して攻撃の届かない距離へ逃げた。
しかしこれは棘が生えてるだけの棍棒じゃない。魔法の杖だ。
俺がワンドを空振りした直後、狼太郎の着地する地点に無数の棘が出現。着地と同時に鋭い棘が靴ごと足を貫いた。
「生えろ!」
足を貫通した棘の先端からさらに棘を発生させて、脛にも貫通させた。
どうやら発生させた棘からさらに棘を生やすと、魔力の消費が多くなるみたいだ。少しだけ疲労を感じる。
「まあこれで逃げられなくなったわけだがな」
足を破ろうとしない限り地面から離れられない。
「生徒会のやつらで満足してれば良かったんだ。ナインに手を出そうとするからこうなるんだよ!」
ガッ!
スパイク・ワンドで脇腹を殴った。スマッシュ・ワンドで打撃の威力が増しているので、今の一撃だけでも骨が何本か折れたはずだ。
「や、やめてよ光太!動けなくしたんだからそれで良いでしょ!」
「ダメだ。徹底的にやらないと…」
あんなことされそうになったのにナインは優しいな。でもそれじゃあ駄目だ。痛い思いをさせないと、こいつはまたやるに違いない。
「…くたばれ!」
ボゴン!
杖で殴った左腕が凄い形に曲がった。
痛いとか言ってくれないと面白味に欠けるな。お前に切られた時、俺ってば物凄く叫んだよな。
あんな感じで痛がってくれよ!
「さらに脳天に1発!」
その時、刺さっていた棘が突然折れて、狼太郎は曲がった腕で殴打。俺は殴り飛ばされた。
流石、魔獣を身体に宿しているだけのことはあるな。
身体から弾き出されるように残った棘が摘出されていく。そして傷口はあっという間に塞がった。
「まるでそれじゃあ人の姿をしてるだけの化け物だな」
シンプルな攻撃の2本じゃ相性が悪い。今度こそ狼太郎を倒せる杖が出て来るように願って、別の2本に取り替えた。
「これなら…ファイア・ワンド!」
白田との戦いでも使用した炎を放つワンドを振った。
炎は俺の意のままに動き、逃げる狼太郎を追尾する。このまま体力を消耗させるのもありだが、こいつは確実に倒したい。
「逃げるな!」
諦めの悪いやつめ…
これ以上は炎を維持できないので、俺は攻撃を中断した。その瞬間、狼太郎は俺に飛び掛かって来た。
再点火には時間を空ける必要がある。今度はこの杖だ。
「パワーシェイク・ワンド!」
杖の先端を走って来る狼太郎に向ける。先端の装飾はシンプルで、初見ではどういう能力なのか分からない杖だ。
「死ねッ!」
狼太郎が異変に気付いた時には既に攻撃は成功。空中で姿勢を崩して、地べたに這いつくばった。
パワーシェイク・ワンドの先端は超高速で揺れている。そしてその揺れは近付いてきた相手にも伝播し、振動による大ダメージを与えるのだ。
今の一撃で折れていた骨が粉々になったはずだ!
これでもう狼太郎は動けない。俺の圧勝だ。
しかしここで殺したらナインがうるさそうだ。とりあえず二度に近寄らないように洗脳でも掛けておくか。
「光太!もういい!それ以上狼太郎に攻撃する必要はない!」
「いいわけあるか。ウォルフナイトなんて名前が付いてるが、こいつも結局魔獣人なんだぞ!」
「狼太郎は仲間だよ!」
「ならどうしてお前を襲った!?」
「多分狼太郎は操られてるんだよ!」
「誰にだ?」
「私だよ」
すると曲がり角から女が現れた。あいつは確か、生徒会長の死んだ友人だ。
名前は確か、宮前遥!
「君。何もしないでよ」
こいつの身体も狼太郎みたいにボロボロにしてやる!
「うっ…!?」
身体が動かない!どうなってるんだ!?
「光太!もしかして遥に操られちゃったの!?」
くっ!ナインに喋ることも出来ない!あの女に命令されたからなのか!?
「狼太郎って言うんだっけこの子?倒しておいてくれてありがとう。これで能力を使わないで殺せるよ」
「操られてたんだ…すまない」
この野郎、簡単に操られやがって!
迷惑なやつだ。お前のせいでここまで追い詰められたんだ。
ナインと俺は動けないしこいつは戦える状態じゃない…
そうだ!ミラクル・ワンド!
口が動かせないので心の中で強く呼んだ。すると腰に巻いていたバッグからミラクル・ワンドが飛び出して来た。しかし身体の動かない俺は掴むことが出来なかった。
ガラン!
目の前に落ちたつるはし。これさえ掴めれば逆転できるというのに…
狼太郎!お前のせいだぞ!責任取ってお前がなんとかしろよ!
「か、身体が…ゴホッ!」
立ち上がろうとしていた狼太郎は吐血する。パワーシェイクで既に身体はボロボロになっているのだ。
立てるわけないか…使えない奴め!
「それじゃあ君から…ここでさよならだよ!」
遥が魔獣人に変身した。全身にスピーカーのような物が付いていて気持ち悪い。とても醜い姿だ。
手の甲に付いていた円形のスピーカーが高速回転を始める。まさかあれで首を切り落とそうって言うのか?
「プッ!」
カタン…
ナインは壊された義肢の破片を口に入れて、遥に向かって吐き出した。当然、ダメージにはならない。
「汚いなぁ」
「かむっ…プッ!」
やめとけ!お前が狙われるぞ!
「プッ!」
「いい加減にしてよ!」
回転するスピーカーがナインに向く。せめて俺のバッグをあいつに渡せれば…
「………」
あいつ、どうしてナインを操らないんだ?俺の動きを止めるみたいに命令して、制止させれば良いのに…
「そうだ、前に学校で君にボコボコにされたんだった。ちゃんとやり返しておかないと」
魔獣人がナインに近付く。このままだと本当にあいつに殺されてしまう。
動け…俺の身体!いや、この身体が動かなくても俺には魔獣を操れる力がある!頼むから上手く成功いってくれ!
ジジジ…
名前は言動魔獣ワザル・ドーナ。能力は指示した通りに相手を操る事。
成功した!お前は俺が掌握した!このまま…
「入って来ないでよ」
女の声がした途端、魔獣との接続が切れた。いや、命令されて自ら主導権を手放したって言うべきか…
今の一瞬で魔獣の名前、能力とそれの弱点が分かった。しかしその弱点を今さら知ったところで伝えようがない。
「遅くなったな」
そんなピンチの時、この場に駆けつけたのが生徒会長の滝嶺飛鳥だった。ハンターズの兵器を装備した彼女1人だけだ。
「飛鳥…!」
「義肢に付けていた発信機の信号が途絶えて、来てみたら君に会えるなんてね」
「うわぁまだ発信機なんて付けてたの?プライバシー尊重してよ…」
「飛鳥──」
「私達の敵である魔獣人と言葉を交わすつもりはない。遥、お前を殺す」
凄い殺気だ。どんな人生を送ればあんな風になれるんだ。
とりあえず、身体が動かないから見物するしかない。動けないナインの為にもそいつを絶対に倒せよ…