第12話 「最低だなこりゃ」
俺は高校を卒業するまでは、父からの最低限の費用で養われることになった。
離婚の報告を受けた次の日にはスーツを着た男達がやって来て、家に置いてあった物をほとんど持って行ってしまった。
たかが男子高校生一人を高級マンションに住まわせておく理由もないので、俺は高校から遠くない位置にあるボロアパートに引っ越しさせられた。
「最低だなこりゃ」
今、そのボロアパートの前まで来ていた。住人は今日から住み始める俺以外には誰もいない、寂しい建物だ。
「よいしょ…!」
リヤカーで運んで来た荷物を部屋の中に運んでいく。中でも特に重かったのは、アノレカディア・ワンド。ナインが作った扉の形をした魔法の杖だった。
「酷いこと言ったなぁ…」
俺はナインを傷付けてしまった。もう元の世界に帰ってしまっただろうか。それとも、俺よりも良い人間を見つけて新しい生活を始めただろうか。
「…ごめん」
彼女に謝るつもりで、俺は扉を向いて言葉を呟いた。
時間は無情に流れ、やがてナインのいない月曜日がやって来た。
「いってきます」
返事はない。虚しい気持ちに襲われながら、俺は部屋を出て鍵を閉めた。
学校ではこれまでと変わらない。仲良く話す相手もいないので、休み時間にはスマホを弄って、授業は静かに受けた。
「でさ~」
「マジでー?」
静かにしろよ…授業中だぞ。
なんだか今日は耳触りな声がよく聞こえる。無性に腹立たしかった。
「チッ…」
「黒金君、なんか悩みでもあるの?」
「どうした急に…」
「凄く表情怖いよ…」
昼休み。廊下で遭遇した灯沢に声を掛けられた。そんな風に見られてたのか。
「…何もない。いつも通りだ」
「黒金君のいつも通りがよく分かんないけど、授業中に大きな舌打ちなんて普通じゃないよ」
聴こえてたのかよ…恥…
「ナインと喧嘩した。それだけだ」
「喧嘩!?それで仲直りしたの?」
「出てったよ」
「えええええええ!?」
灯沢が大きな声を出したので人の視線が集まってしまった。早くこの会話を終わらせないと…
「帰って来てないの?警察には連絡した?」
「多分元の世界に帰ったんだろ。俺教室戻らないとだから」
「そんな…どうして冷静なの?友達がいなくなって普通はもっと慌てたりするでしょ!?最低だよ君!どうせ酷いこと言って傷付けたんでしょ!一緒にいてくれた友達を追い出して平気でいるなんて最低だよ!」
「悪かったとは思ってるよ!謝りたいさ!でもいないんだよ!」
「謝りたいなら探しに行きなよ!学校なんて来てる場合じゃないでしょ!」
確かに…そうだ。
灯沢の言う通りだ。どうして俺はこんな平然と、学校に登校しているのだろう。
「ユッキーどうしたの?…誰、そいつ?何かされた?」
「ちょっとさ、優希泣いてるんだけど…あんた何したの?」
行かないと…まだこの世界にいるのなら、見つけて謝らないと!
「ありがとう灯沢。俺、探して来る!」
「私も…落ち着いたら探してみるよ」
それから日が暮れるまでナインを探し続けた。女に変えられて行った銭湯、金貨を見つけた山、そしてつい先日まで住んでいたマンション。
しかし暗くなるまで街中を走り回っても、ナインに出会うことはなかった。
「ここにもいないか…」
初めてナインと出会った河川敷。前と同じようにこの場所に人はいない。そう、俺以外誰もいないのだ。
寂しい風景だ…ナインがいなくなった後の部屋と同じだ。ここには何もない。
両親から捨てられた時には怒りに満ち溢れてたのに…誰かがいなくなると、こんなに寂しく感じるんだな。
「…どこ行っちまったんだよ」
もうアノレカディアに帰ったんじゃないのか?
「ナイン…謝るから…」
そうして彼女を捜してしる時、俺は見つけてしまった。河川の水面に現れた謎の人影を。
「あれは…」
ナインかと思って近付き、目を凝らしてよく見てみた。
あれは違う。スマホのライトを点けて、水面に直立するそれに光を当てた。
「ひっ…」
言い表せない何かがそこに立っていた。人間でなければサキュバスでもない。この世の物とは思えない、人の形をしている影そのものだ。
俺に気付いたのか、それとも俺が自分を認知したことに気が付いたのか。影はこちらに向かって歩き始めた。
逃げた方が良い。早まる鼓動の警鐘を受けて、俺はその場所から逃げ出した。
あいつはなんだ?助けてくれ…ナイン!