第118話 「言えば良いんだろ…」
天音が宿していた魔獣の名は豪火魔獣ヴァイ・ハインというものだった。
俺が操った時は既に心が壊されていた。俺の死を肩代わりするように指示しても、動揺せずに命を差し出してくれたのだ。
天音との戦いで俺はあの時死ぬはずだった。その運命を魔獣に押し付けたのだ。
「こんなセコい能力の使い方して…これじゃあアン・ドロシエルと同じじゃないか」
最悪の気分だ…結局、天音は生かしたままだ。あいつのせいで何かあってからじゃ遅いんだぞ…
戦いの後、俺は酷く疲れてアパートに戻って来た。繋がっていた魔獣が死んでいく感覚が、今でも頭の中に残っている。
死ぬ感覚を味わいながらも生きている。凄く気持ち悪かった。
もう二度とこの能力は使わない。ナインに注意されたミラクル・ワンドなんかよりよっぽど危険だ。
「こんな力…いらないのに…!」
ピンポーン
「うわぁ!?だ、誰?…ナインが帰って来たのか?…鍵開いてるよー!」
「お邪魔しまーす」
「光太君!戦いの後で疲れてるって聞いたけど遊びに来たわよ!」
灯沢と水城!?なんでこいつらが入って来るんだよ!
「ねえ黒金君、私魔法が使えるようになったんだ!」
「指導したのはこの私、水城星河よ!」
ナインが言ってたな。水城が灯沢を鍛えてるって。筋トレとかしてるのかと思ったら、魔法の練習だったのか。
「そっか、凄いな」
「リアクション薄っぺら!見ててよ、オロラム!」
天井にオーロラが現れた。
これが灯沢の魔法なのか?なんだかショボいな…
「オロラム・バリベイル!」
するとオーロラは俺の身体に絡み付き、光の衣へと変化した。
「攻撃を受け止めてくれるオーロラの衣だよ!」
「これならナインが怪我しなくて良いな…」
どうやら灯沢はサポート系の魔法を習得したようだ。オーロラは衣の他にも壁や盾になるそうで、高い防御力が期待出来そうだ。
「じゃあな。今忙しいんだ」
「追い出さないでー!」
「こっちお客よ!お茶くらい出したらどう!?」
俺は二人を追い出そうと腕を引っ張るが、机や椅子の脚を掴んで放さない。
「久しぶりにお喋りしようよ!」
「私も光太君とお話したい!」
「えぇい!俺は今悩んでるんだ!一人にさせてくれ!」
しかし彼女たちは諦めなかった。先に折れたのは俺の方で、少しだけ話し相手になってやることにした。
話題は今日あったばかりの天音との戦いについてだ。俺達が地上で戦っている間、二人は要塞内で魔力を吸われて動けなくなっていたらしい。
「大変だったよね~」
「まさか私達がエネルギーとして利用されていたなんてね…本当に急だったの。敵の出現を知らせるアラートが鳴った時には魔力が吸われて動けなくなっていてね」
「そんでサヤカ達は何かの理由で学校を離れていて、戻って来たところ天音と出くわしてやられた感じか…」
しかし急な襲撃だった。どうして今回は単独での襲撃だったのだろう。まあ、そのおかげで勝てたからいいか。
「次の戦いは私たちも加勢するよ!」
「灯沢さん、魔法が使えるからって調子に乗らないの。これからは戦いの動きについて学んで行かないと…」
「そうだぞ。いざって時はナインがいるから無理して戦わなくて良いんだ」
灯沢が危なくならないように、次の戦いからは俺も積極的に動くか。
「…黒金君、ナインちゃんが好きなの?」
「なんだよいきなり…まあそりゃあ、一緒に暮らしてるし…へへへ」
それにキスだってした。今の大きな戦いが終わったら、真面目にデートへ行ってみたいと考えたりもしている。
「そう…なんだ。仲良いんだね…」
俺は水城の鎖で引っ張られて、玄関の前に連れ出された。
「光太君、流石にアレはない。まず灯沢さんがどうしてあんな質問したか分からないほど鈍くないわよね」
「だからキッパリ言ったんだろうが」
自惚れて勘違いしていなければ、灯沢は俺に好意を持ってるはず。ライクじゃなくてラブの好意だ。
「俺はナインが好きなんだ」
「なら含んだ言い方じゃなくて正直に伝えるべきよ…言われたらつらいけど」
水城の言う通りなんだろうけど…
「俺には出来ない」
「なに?今さら傷付けたくないからなんて言い訳しないわよね」
「いや、クラスのカースト上位を敵に回したら遂に教室で孤立することになるから」
「フラれたぐらいで敵に回る女子なんていないわよ!大体、既に孤立してるのにそういう心配する必要ないでしょう!?」
水城が怒鳴っていると、錆びている階段を無視して誰かが現れた。
「ナイン・パロルート登場!メインヒロインである僕の立場が揺らぐようなイベントは許さないぞ!」
「ナイン!帰って来たのか!」
ヤバイ、このタイミングでこいつが来るとは…余計にややこしくなる!
「早速だけど全員抱くことになるハーレム・ワンドか攻略対象全員と結ばれないと永遠にタイムリープし続けるギャルゲームリープ・ワンドのどっちが良い?」
「どっちも断る!」
「お前それでも男かよ!仮にもラノベの主人公なんだぞ!」
「男の誰もがハーレム望んでると思ったら大間違いだこの馬鹿!」
「色欲ねえな!お前もうサブキャラクター降りろ!」
「ナイン!隣にいる水城の胸を視ろ!まるで絵画の美女モナリザみたいに立派じゃないか…それに比べてお前はどうだ?豊乳氏政じゃなくて平将門じゃねえか!ラノベのメインヒロインを名乗ったやつの胸がまさかの平ら!とんだ笑い草だぜ!」
「チッ!僕がいないとロクに戦えないクセに偉そうにしてんじゃねえよ…」
「あああああ!?いけないんだ!それ一番気にしてることだから言っちゃいけないんだぞ!」
「やーい!後方腕組み主人公!悔しかったら僕に勝ってみろ~!?」
「やってやるよ!あっせーの!」
「ジャーンケン!」
「ジャーンケン!」
「「ジャーンケーン!」」
ボゴン!
こいつ…ジャンケンする気なんて最初から無かった…グーパンチしやがった!
「人の胸をダシにして二人の世界に入らないでちょうだい!それで光太君。どうするつもり?」
「言うよ!言えば良いんだろ…はぁ…」
まだ告白されたわけでもないのにどうやって灯沢を拒絶すれば良いんだよ。
「練習よ光太君?私を灯沢さんだと思って自分の意思をハッキリ伝えなさい」
「分かった………ごめんなぁ灯沢。俺はナインの事が好きなんだよ」
ジャラララララ!
「もげる!身体が裂ける!チェーンやめて!」
「そんなナメた態度でフラれたら誰だって殺したくなるわよ!ここで殺すわ!愛しい弟子のために死んでちょうだい!」
「そっか…そうなんだね」
空気が一気に重くなった。通路にいた俺達は誰一人として部屋の扉が開いてたことに気が付かなかった。
玄関から瞳の潤んだ灯沢が俺たちを見ていた。
「そうだよね…同居だってしてるもんね…」
どうすんだよおい…こっちを見ろよ水城。ナイン、魔法で逃げようとするな。
「でも…だからって、諦めないから!同居してるだけでまだ付き合ってないでしょ!?そうだよね!?」
「うん、それはまあ…」
ナインがたじろぐ。こんな必死な表情をする灯沢、初めて見た。
「じゃあ…これからライバルだから!」
バタアン!
そして勢いよく扉を閉じた。いや、ここ俺達の部屋なんだけど…
「…私帰るわね」
水城め。散々荒らしてつまんなそうに帰って行きやがった。もう二度と来るなよ。
「ユッキーどうするの?」
「とりあえず入ってみようぜ」
ガチャッ
「おかえり、黒金君!」
おかえり…………うわぁ~そう来たか~………
「どうすんだよ…頼んでもねえのに家政婦いるぞ」
「うん、合鍵あるしサヤカ達の部屋使うね。バイバイ」
「待てよお前いなくなったらこいつと二人きりなんだぞ俺!」
「頑張ってね」
カタンカタンと足音を鳴らして降りていくナイン。下からガチャリと扉の開く音がして、部屋に入って行ったと分かった。
「…ただいま」
こうして俺は灯沢との同居生活を始めた。
しかしインフラが崩壊している今、飯も用意できず風呂も沸かせないのでとりあえず寝た。