第117話 「あ~あ…」
光太に叩きのめされた天音は、生徒会要塞の尋問室とやらで身体中に装置を取り付けられ、これから記憶を覗かれようとしていた。
どうして学生がこんな物騒な装置を備えているのか…そこには触れないでおこう。
「ナイン、右腕は平気なのか?」
「感覚がなくて痛くもないんだ。後でサヤカに治してもらうことにするよ」
「そうか。こちらの技術不足で治療してやれなくてすまないな」
横に立つ生徒会長は天音をすぐにでも殺せるリモコンを握っている。
死者である友人が七天星士の一人だった彼女は、早くその謎を解き明かしたいみたいだ。
「会長、準備管理しました」
「早速始めてくれ」
僕達がいるのは尋問室をガラス越しで覗ける尋問管理室だ。向こうから僕達を目視することは出来ない。マジックミラーというやつだ。
天音は光太にひたすら殴られてからずっと放心状態のままだ。装置に座らされても、抵抗する素振りを見せなかった。
巨大なモニターに映像が映し出される。天音がここまで視て聴いた記憶が、逆再生で流れ始めた。
「これは…」
彼女を殴る光太の表情が映る。
怖い…もう二度とこんな彼は見たくない。
「…狼太郎ならこんな感情任せな戦いはしない。ナイン、組む相手を考え直したらどうだ?」
「うるさいな。もっと早く巻き戻してよ」
戦いを振り返る暇はない。これで少しでも多く、敵の秘密を暴ければ良いんだけど…
24時間ほどの記憶を覗くのにおよそ30分が必要となる。解析が終わるまで時間が掛かりそうなので、僕は尋問管理室を出た。
どうしようかな…光太は傷だらけのままアパートに帰っちゃって、あの様子だと魔獣を操れるとかいうことについては何も話してくれないだろうし…
そうだ、あの子の様子を見に行こう!
「オロラム!」
足を運んだ訓練場の天井にオーロラが出現していた。
ユッキーが呪文のような単語を叫んだことでオーロラが現れたけど…
「オロラム・ウォール!」
「チェーン・ナックル!」
天井のオローラが地面へと伸びて壁のようになった。それに向かってホッシーがお得意の鎖魔法を発射。
オーロラは鎖の攻撃を拒んで弾き返したのだった。
「すごいじゃんユッキー!」
「ナインちゃん!見てた?私、魔法が使えるようになったんだよ!」
この世界がアノレカディアと融合したからか、それとも元々素質があったのか。ユッキーは魔法を習得していた。
「凄いわよ彼女。魔法の本とか読ませても全く理解出来てなかったのに、急に呪文が思い浮かんだとか言って…オロラムって唱えたらオーロラが出せるようになったの」
「なるほどね」
ホッシーの説明を受けて大体察しが付いた。きっとその単語は、ユッキーのファーストスペルだ。
アノレカディアと融合したことが原因かは分からないけど、彼女の中に眠る潜在能力が目覚めたんだ!
「オロラム・ウォールは守りの魔法よ。私のチェーンを止められる程の防御力を持っているの」
「これで皆と一緒に戦えるよ!」
サポート系の魔法みたいで良かった。戦い慣れしていない人に攻撃系は諸刃の剣だし、何より優しい彼女には似合わない。
「そうだ、黒金君は?一緒じゃないの?魔法見てもらいたいんだけど…」
「光太なら…アパートに戻ったよ。戦って疲れちゃったみたい」
「そっか…」
「ナイン、暇なら俺の相手してくれないか?」
その時、訓練場に狼太郎が入って来た。
「相手って…」
「戦いの訓練だよ。俺とフェン・ラルクの相手、してくれないか?」
ちょうどいい。スペックが上がった義肢のテストも兼ねて、新しいウォルフナイトと力比べをしてみよう。
ユッキー達は観戦席へ移り、フィールドには僕と狼太郎が残った。
この場所で戦うのは生徒会長の時以来か…いい思い出じゃないな。
「さあ…行くぞ!」
狼太郎の目付きが変わった。そして身体が変化していき、機械的な要素を持ったウォルフナイト・リガイチに変身した。
「ふぅん…私に戦わせるつもりなんだ」
「お前が狼太郎の中にいる魔獣フェン・ラルクか…」
「こうしてちゃんと話すのは初めてだね。ナイン・パロルート」
「狼太郎から大体の事情は聴いた…君は味方だって信じて良いんだね?」
ブォン!
巨大な爪が目の前に来て、それに反応した身体が反り返った。
「退屈していたんだ。相手してくれるかい?」
「速い…!」
避けたつもりだけど服が破れた。軽く組手をする気持ちだったけど、本気で行かないと大怪我するぞこれ!
「レーザー・ワンド!トラップ・ワンド!」
部屋中に赤い光の筋が走り、目には見えない罠がいくつも設置された。光に触れれば罠は作動。僕であろうと容赦なく攻撃してくる。
接近戦はダメだ。あいつとは距離を取って戦わないと。
「迂闊に動けば怪我するぞ!」
「ふぅん」
ウォルフナイトは罠の中を一直線で突っ込んで来た。逃げようにも周囲は罠だらけ。
相手の行動を制限するための罠が、僕の逃げ道を断ってしまった!
レーザーがウォルフナイトに反応して、次々と罠を作動させていく。爆発が起こり毒針が飛び交うが、それを脚力だけで避けている。
発動しても喰らわないんじゃ罠の意味がない!
「どっちも解除ぉ!さらにダミードール・ワンド!」
僕の姿をした人形がフィールドを埋め尽くすほど召喚される。その中に身を隠した。
ウォルフナイトが片っ端から切り裂いている間に、攻撃を用意しないと!
こうなったらこの杖で…
バキッ!
球状の魔力が取り出したばかりの杖を叩き折った!しかもこの球体!周りにたくさん浮いてるぞ!
「私達は強くなりすぎたみたいだねぇ」
今度こそ折られないように、全ての攻撃を避けながら杖を抜いた。
「どんな杖を使うつもりだい?」
「バインド!」
バインド・ワンドでウォルフナイトを拘束した!これで僅かな間だけど、あいつは動けない!
「ふん!」
一瞬で魔力による拘束を破いた!いくらなんでも速すぎる!
さらに振り上げられる足の鋭い爪を防いだせいで、また杖が壊れてしまった。
もう!直すの大変なのに…
「さあ、次はどんな魔法を──」
「そこまで!」
観客席からホッシーが試合を止めた。
「もう充分でしょ?ナインちゃん、今の試合は…」
「僕の敗けでしょ。あ~あ…」
「良い所だったのに…もういい、寝る」
フェン・ラルクの意識は底へ戻っていったのか、狼太郎は元の姿に戻った。
「どうよナイン、俺達の新しいウォルフナイト!」
「頼もしい限りだね」
まさか負けてしまうとは…
いや、これまで通り勝てると驕っていたんだ。反省しないと。
「お前の背中は任せとけ…ってフェンは言わないだろうから、ナインがウォルフナイトの背中を守ってくれよ」
「うん。フェン・ラルクに言っといてよ。僕を背中から斬らないでねって」
「………いつでも倒せる相手に斬る価値はないってさ」
「えー!?なんだよそれ!それに光太がいたら勝負は分からなかったぞ!」
全くもう…とんだひねくれ者だな、フェン・ラルクは…
「あれ、ユッキー?魔法の練習しないの?」
観戦席を降りたユッキーはそのまま訓練場を出ようとしていた。
「今日の練習はもう終わってるんだ。時間もあるし、黒金君に会ってくるよ」
「あ、だったら私も!」
彼女を追いかけてホッシーも訓練場から出ていった。
天音の記憶の解析が終わるまでは時間がある。僕も一旦アパートに戻ろうかな。
「ナイン、帰るのか?」
「そうするよ。傷を治せるサヤカが目覚めるのにも時間が掛かりそうだし」
「飯まだだろ?食堂で食っていかないか?」
「いいや。ご飯なら魔法で用意できるし、光太も食べる相手がいないと寂しいだろうから」
利き手がこの状態じゃ食べるのに苦労しそうだ。光太に食べさせてもらおう。
「またね」
「うん、じゃあ…」
狼太郎に挨拶して、僕は帰ることにした。