第114話 「何があったんだ?」
公園での特訓を終えた俺とナインはアパートに向かって歩いていた。
狼太郎の訓練が終わった今、彼女は生徒会要塞ではなく前みたいに俺の部屋で暮らすそうだ。
「あっちで何かあってもサヤカ達いるから大丈夫だね」
「戦力分散させ過ぎじゃないか?俺達二人だけだぞ」
「じゃあ僕達もあっちの部屋借りようよ」
「…嫌だ」
アパートに戻って来た。魔獣の侵攻でインフラがやられて以降、この建物の物は何一つ動かない。
「あ~そうだった!久しぶりにゲームやりたかったのに!発電機で稼働してる要塞での生活に甘えてたー!」
「魔法の杖で発電すれば良いだろ」
「でもそれって魔力使うんだよ~いざって時にどうするんだよ~…お、お腹痛い…」
ナインはトイレへは入らず、アパートの庭へ飛び降りた。それからスコップ・ワンドで小さな穴を掘った。
「見ないでよ!」
「トイレとして使える杖とかないのかよ!」
「壊れて使えないんだよ!最近は忙しくて直す時間もなかったし!」
いやあるのかよ…ナインがいれば怪我と病気以外は何も困らないな。
「…お前左の肩から義肢になってたよな。何があったんだ?」
気付いたのは学校で魔獣人と戦った時だ。ナインの左腕がなくなっていた。出血もしていなかったし、あの戦い以前に左腕を失っていたのだろう。
「色々あったんだよ。心配してくれてるの?」
「当たり前だろ」
ナインの両脚も義肢だ。一度、それを再生させようとアノレカディアへ行って痛い目を見た。
「このままだと四肢全部失くすんじゃないか?最悪死ぬんじゃ…」
「誰かのために戦って失うなら本望だよ」
「本望って…何でそんな風に思えるんだよ。大切な身体の部位を失くしてんだぞ!」
「僕はパロルートの人間だからね。光太、トイレットペーパー投げて」
俺はトイレから持ってきたロール1つを真下へ落とした。
「いたぁ!…誰かを助けるためならこの身が砕けても構わない。お兄ちゃん達もそう思ってるはずさ」
「パロルートの人間って…そんなに家の名前が大切かよ…大体パロルートって何なんだよ」
パロルートはただの名字ではないはずだ。パロルートは戦闘部隊だって言われていた。さらにノートはそのパロルートの上司を名乗っていた。
「パロルートはアノレカディアの平和を守るためにパロルート家の兄弟で組織された戦闘部隊だよ」
「戦闘部隊…傭兵か?」
「戦闘部隊と言ってもお兄ちゃん達は兵士とかじゃない。数多の困難に立ち向かうという意味を込めて、戦闘部隊という言葉を付けているんだ」
戦闘部隊パロルートは色々やるらしい。
無償で危険なクエストに挑んでクリアしたり、戦争へ介入して和解させたり、アン・ドロシエルのような巨大な悪に立ち向かうなど…
「正義の組織なのか?」
「そんな感じかな。まあ正義なんて見方を変えれば悪って言われるように、パロルートは自分の都合で好き勝手動く迷惑な集団だって思われてたりするけど…」
アノレカディアでパロルートに文句を言ってた酒臭い騎士がいたな。
あいつまだ生きてんのかな…
「俺はパロルートを尊敬する。何を言われても誰かのために戦うのはきっと正しいことだ」
「ありがとう。それを聞いたらお兄ちゃん達もっと頑張れるよ」
「だがそれよりもお前自身を尊敬してる。戦闘部隊パロルートの隊員でなく、ナイン・パロルートという一人のサキュバスを」
「馬鹿だなぁ…僕みたいなやつを尊敬しちゃダメだよ」
「パロルートがこれまでどんな事をやったのか俺は知らない。魔王を倒したり何万という命を救ったりしたのかもしれない。けどそんなことより、お前が俺の人生を変えてくれたことの方が大きいと思ってる」
しばらくして出し切ったナインが戻って来た。かなり我慢していたのか、凄いスッキリした表情をしている。
「トイレが使えないって事がこんなに不便だなんて思わなかった。はいこれテレビジョン・ワンド。ニュースが観たいからこれ点けてよ」
「ざっけんな!俺はサポートで魔法の杖を使うんだぞ!肉弾戦主体のお前が自分の魔力使えば良いだろ!」
「やだよ疲れるもん!」
なんだよこの杖!リモコンみたいな柄に薄い液晶画面が付いてるだけじゃないか!
パチッ!
「ニュースをお伝えします」
「うわあ点いたぁ!これ俺の魔力で動いてるのか!?」
身体の力が吸われていく感覚がある。
俺の貴重な魔力を、ナインの暇を潰すために使っているんだ…
「異変が起こっている単端市内への突入を試みる自衛隊の車両は、現在も透明な壁によって阻まれているようです」
単端市外の空はオレンジ色に染まっていた。懐かしく感じてしまう空の色だ。
「八芒星の魔法で影響を受けたのは単端市全域みたいだね。透明な壁って言われてるのは、おそらくアン・ドロシエルが作ったバリアとかじゃないかな」
俺達はいつの間にか単端市に閉じ込められていたようだ。しかしバリアなんて張って何の意味がある?
「バリアはアンを倒せば消えるんだろうな?」
「多分ね」
「だったら心配することはねえな。市外に逃げるつもりはないからな」
「だよね。こんなことしたって魔力の無駄だよ」
さっさと倒そう。そして画面に映っているような元の空を必ず取り戻すんだ。