第112話 「俺もっと強くなりたいんだ!」
俺は確か、アン・ドロシエルと戦っていて…あいつが魔法の呪文みたいなのを唱えたんだ。それからどうなったんだ…?
「あいつらはジャヌケ・ワンドとやらのエネルギーに恐れて撤退していったよ。それにしてもあの女、まさか魔獣人を利用した八芒星の魔法を狙っていたなんてね…」
フェン・ラルクも無事みたいだ。しかしアンが魔法を発動して世界が滅びたと思ったけど、生きてるってことは阻止されたのか?
「いいや。この世界はギリギリの状態だ。早く対処しないと本当に崩壊してしまうよ」
ところでここは…生徒会要塞の自室か。あの戦いからどれだけ気を失っていたんだ?
ピンポーン
チャイム音が鳴った。ベッドから降りてインターホンの画面を見ると、ナインの顔が映っていた。
「おや、ずいぶん嬉しそうじゃないか」
「黙れ…ナインか?どうした?」
「ウォルフナイトのことについて色々聴きたいんだけど良いかな?」
扉を開けると美しい白髪の少女が部屋に入って来た。脱いで揃えた靴はスニーカーではなく運動靴だ。いつでも戦えるように準備しているのだろう。
縛られた黒金を背負っているのが少し気になるけど…
俺の暴走は皆がそう呼称しているだけで、実際には身体を支配したフェン・ラルクが好き勝手に暴れている。こいつが悪さをしないというのなら、何をやっても暴走と呼ばれることもなくなるだろう。
「つまり君の中にいる魔獣フェン・ラルクは…一応仲間って信じて良いんだね?」
「あぁ、きっと大丈夫だ」
まだ信頼し合える関係には程遠いけど。
「利害が一致したというわけで、新しい姿はウォルフナイト・リガイチなんて名前でどうだろうか?」
フェン・ラルクはそう囁いてきた。名前なんてどうでもいいだろ。
「そっか、それじゃあ僕の訓練はもう必要ないね。お疲れ様」
「え?もうやらないのか?」
「うん。これからは一緒に戦うフェン・ラルクと相談しながら鍛練していくといいよ」
「いやでもさ。俺もっと強くなりたいんだ!」
俺はナインを引き留めようと、言葉を絞り出していた。
「構ってもらえなくなるのが嫌なのかい?」
フェンの言う通りだ。ナインとの訓練はつらかったけど楽しくもあった。それをもうやらないというのは寂しく思う。
だから俺はなんとか引き留めようとした。
「俺と戦ってくれよ!ほら、実戦形式の訓練的な?それならお互い強くなれるだろ」
「それじゃあ光太が強くなれないから…」
「だったら黒金も一緒にさ!」
「自分を殺そうとしたやつと訓練したいって誰が思う?」
身動きの取れない状態の黒金はいつの間にか目を覚ましていた。そして、鋭い目付きで俺を睨んでいた。
「殺そうとしたって…何のことだよ」
「相変わらず不都合な事は記憶にございません…か。幸せな脳みそしてるんだな」
「気にしなくていいよ。あの時は君達二人が、ウォルフナイトそのものが操られてたから」
「それよりこれほどけよ。1発そのバカ殴らせろ!」
「バカは君だよ…冷静になってよ。やり返したって意味ないんだよ」
また俺は何かやってしまったのか…
「こらナイン!降ろせ!」
「はいはい帰りますよ~…それじゃあまたね」
ナインは部屋を出ていった。あの様子だと、もしかしたらアパートに戻ってしまうかもしれない…
またね…か。もう会いに来てくれないくせに。
「お前、意外とねちっこい性格してるんだねぇ」
ねちっこくて悪いかよ。
これが恋か。凄く苦しい感じがする。
「ここまで狼太郎に気に入られてるなんて知ったら、ハンターズの女子達はナインに嫉妬するだろうね」
あいつらはただ、俺に同情して集まってくれただけだ。けれどナインは、最初は敵だったはずの俺がまともに戦えるように必死になって付き合ってくれた。嬉しかったんだ。
けれど今考えるべきことは俺の恋愛についてじゃない。
フェン・ラルク、次こそアン・ドロシエルを倒すために俺達も強くならないと…
「1つの身体で2人を鍛えるんだ。きっと苦労するよ」
お前だって倒したいだろ?
「もちろんだ。魔獣としてあいつは許せない」
だったら強くなろうぜ。
「そうだな。これからは仲良くやっていこうじゃないか。早速夕食の時間だ。身体の主導権を私に譲ってもらおうか。いつも旨そうに食べているから味が気になっていたんだよ」
味が気になってたって…じゃあ入れ替わってる俺はどうなるんだよ!
「味を感じることなく謎の満腹感に襲われる。今まで私が感じてた食に関しての屈辱を味わうと良いよ」
そうしてフェンは俺の身体を支配した。しかしウォルフナイトにはならず、姿は元のままだ。
食堂へ向かったが異常な光景が広がっていた。皆が掌から炎や水など、色んな物を出しているのだ。
「凄いねぇ。ここの少女達はいつから魔法が使えるようになったんだい?」
いや、魔法なんて会長ですら使えないからな。一体なにがどうなってるんだよ…
「狼太郎、やっと目が覚めたか…狼太郎?」
生徒会長。今あなたが話し掛けてるのは俺じゃなくてフェン・ラルクなんです。
おいフェン、適当に自己紹介しとけ。
「夕飯は?」
「この有り様だ。困ったことに、調理係も魔法に振り回されていてな」
「だったら私が用意しよう」
お前料理なんか出来るのかよ?
「お前の記憶を使えば何とかなるだろう」
「狼太郎、どうしたんだ?」
「調理場を借りる」
フェン・ラルクは生徒会要塞の調理室に入った。そして魔法で暴れていた女子たちを次々と追い出して、料理を始めるのだった。
「フンフンフ~ン」
料理の途中、彼女から楽しいという感情が俺に伝わって来た。
…彼女?
こいつに性別なんかあったのか。これから一緒に生活を続けていくことで、まだまだ色んな事が知れるかもしれないな。




