第108話 「一緒に戦ってくれ!」
昼時、僕は生身の狼太郎に戦闘訓練を始めるところだった。彼にはウォルフナイトをイメージした重量のあるクローを手足に装着させている。
狼太郎の意識がウォルフナイトの状態で表に出てきた時、しっかりと戦えるように色々叩き込んでおきたかったんだけど…
「お、重い…!こんなんじゃ戦えねえよ!」
「別に実戦でそれ使うわけじゃないし…それに生徒会長達はもっと重量のあるアーマーを装備して戦ってるよ?」
「あれは…動きを良くするエネルギーがハンターズのアーマー全体に…行き渡ってるからで…重っ!」
なんと彼、クローを付けた状態ではまともに腕を振れず、足もほとんど上がらないのだ。
ガダン!
狼太郎が両手のクローを手放してしまい、訓練場に大きな音が響き渡った。
「あらら…」
「ウォルフナイトの手足はこんなに重くねえよ!」
「ん?それはつまり魔獣人になった時の感覚があるってこと?」
「あれ…確かに…今までは記憶だけしか分からなかったはずなのに」
「何度も変身を続けたことで何か変化が起こったのかな…」
彼自身、気付いてない内に力を我が物に出来ているのかもしれない。これは確かな成長だ。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!
その時、天井のスピーカーからアラート音が響き渡った。魔獣が現れたのか!?
「校庭から魔獣のエネルギーを感知!カメラからこれまで交戦した魔獣人を複数体確認しました!」
頭上に突然現れたこの魔力は、今まで戦った魔獣人の物だった。
その魔獣人が一度に6人も…厳しい戦いになるぞ。
「校舎にいる人達を裏口から避難させるのよ!」
「他校のハンターズ達に連絡しろ!」
要塞内は騒がしくなり、僕達は地上を目指して階段を駆け上がった。
ズボッ!
ウエストバッグからミラクル・ワンドが飛び出し、先に上がっていった。
まさか光太を呼びに行ったのか?相変わらず不思議な杖だな!
「ナイン、俺達はどうする?」
「決まってるでしょ!魔獣人達と戦う!」
グラウンドに出て最初に遭遇したのはヨウエイだった。既に魔獣人に変身した状態で、戦う準備が出来ている。
「お、出てきたな…サヤカはどこだ?」
「あいつは私がやるわ!邪魔しないでよね!」
天音が僕の事を睨んだ。彼女は以前とは別の姿だ。アンから新しい魔獣を与えられたのだろうか。
「…ヤバイな」
「どうした?」
「僕、もう魔法使えないよ」
天音のユニークスキル、アンチウィザードで僕の魔法は封じられている。バッグを確かめたが、何も取り出すことが出来ない。
「狼太郎、ウォルフナイトに変身するんだ」
「分かった…フンッ!ヴオオオオオ!」
変身している間に僕はヨウエイに向かって走り出した。ユニークスキルが分からないあいつと狼太郎を戦わせるわけにはいかない。
一方でウォルフナイトに対して、天音のユニークスキルは意味を成さない。純粋なパワー勝負になるはずだ。
天音の方は任せるよ、狼太郎!
「サキュバスに用はねえんだよ!死ね!」
単調なパンチを避けて背後に回ったその時、殴られるような痛みを胸で感じた。
「喰らえ!」
しかしそれに構わず、首を折るつもりでうなじを殴る。しかし効果はなかった。
「…いって~!なんて硬い身体なんだ!?」
「そっちこそ。胸を殴ったのに立ってられるなんてな」
そして振り向き様に繰り出される手刀を僕は避けた。
ブチャッ!
避けたはずなのに、胸に今度は切り裂かれたような傷が出来て血が溢れた。
「うぅっ…どうして?」
「おいおいサキュバス。後ろに気を付けた方が良いぞ?」
背後から強い魔力を感じる。しかもそれは、天音と戦っているはずのウォルフナイトの物だ。
そして爪を磨いでこちらにやって来る彼の姿を確かに見た。
「狙うなら近くにいる天音でしょ!しっかりしてよ!」
ゆっくりと僕に向かって歩いてくるウォルフナイトに違和感があった。野性的に暴れる回る彼が、あんな風に歩いているのは見たことがない。
「そうか…」
すっかり忘れていた。七天星士の中には人を操れるやつがいることを。
「ナインだっけ?ここで殺すから」
生徒会長の友達の宮前遥!あいつのユニークスキルでウォルフナイトが敵に回った!
「定正、ショウコ。俺達は中にいる敵を殲滅するとしよう」
ニックルとサヤカの姉、それと雪だるまのやつが要塞に向かう。しかし一般人の避難を完了させたハンターズが、校舎から銃撃を開始した。
「ごめん!遅くなった!」
校舎から飛び出して来たサヤカ達は、迷うことなくヨウエイを狙って一斉に攻撃を仕掛けた。
「遥ァ!」
ハンターズの装備を纏った生徒会長は遥に走って行き、そして鞭を振るった。
「人に害を成す魔獣人ならば!たとえ君でも倒す!」
「あの男の子も魔獣人なのに生かしておくんだね…」
魔獣人の遥は口を大きく開いて「ワッ!」と叫び声を出した。すると会長の身体が校舎に激突した。
「ガウッ!」
「お前を丸焼きにしてぇ光太の前で食べてあげる!」
そして僕は狼太郎と天音の二人を相手しなきゃならないのか!?魔法の杖を使えないのに!
「選手交代だ!」
だがその時、巨大なハンマーを持ったノートが天音を叩き潰した!
「ナイスタイミング!」
「あたしのスーツは魔法じゃないんだなこれが…って燃えてんじゃん!一点物なんだぞ!」
「地面を溶かしたから潰れなかったけど…痛いじゃない!」
攻撃を予感したノートがスーツを盾へ変形させると同時に、天音が炎を放った。
「あっづっ!おいナイン!狼太郎は任せるぞ!」
「う、うん!」
「バウッ!」
炎に驚いていたウォルフナイトだったが、またすぐに僕を襲った。鋭い爪を振る動きが、いつもより速い!
戦場を見渡した。数ではこちらが勝っていても、力では圧倒的に敵の方が上だ。
「こらこら皆やりすぎちゃダメよ」
突然、魔獣人が攻撃をやめて校門前に集合した。堂々と現れたアン・ドロシエルは不敵な笑みを浮かべている。
そしてその隣には七天星士の七人目と思わしき少年が並んでいた。
「遥君。あの子をこちらへ」
「はいはい。狼さん、こっちへいらっしゃい」
遥に操られ、ウォルフナイトもアン・ドロシエルのそばに駆け寄った。
「…あら?この子、まだ自分で力を制御できてないじゃない。これじゃあ魔法陣を発動できないわ」
「アン・ドロシエル!どうしてこの世界を滅亡させようとする!」
「そうね…忌まわしきパロルート。そしてそこのメアリスの女への挑戦…かしら」
メアリスの女?一体なんのことだ?
「お前、喧嘩売る相手考えた方がいいぞ?」
ノートがスーツの襟を正しながら警告した。
彼女がそのメアリスというやつなのか?
「たかが魔女一人にどうして君が干渉して来るのかしら?」
「とぼけんなよ。別宇宙に悪影響を及ぼす魔法の使用、この世界への魔獣の転移及びそれを操っての攻撃、世界滅亡画策…許されると思ってんのか?」
「私はただ魔法を極めたかっただけなのよ。君は魔法研究家の好奇心を妨げている。自由の侵害じゃないかしら?」
ズァン!
ノートのスーツからアン・ドロシエルに向かって一直線のトゲが伸びる。それを雪だるまの魔獣人が受け止めた。
「他所様に迷惑かけた時点でお前は自由を捨てたのと同じなんだよ!」
「ならば君を殺して自由にやらせてもらうとするわ」
「私がやるよ」
魔獣人の姿をしたショウコがアンより前に出た。それから急に寒くなり、あの技を予感させた。
「気を付けて。あいつは時間を止められるんだ!」
「早速止まったみたいだぞ」
本当だ!ショウコがすぐ近くまで来てる!
「まずは厄介な君からだ!」
しかも僕を狙っている!このままだとやられる!
「逃げろナイン!」
「逃がさない!タイムフリーズ!」
時間が停止されると思った瞬間、僕の身体は燃え上がった。何もかもが停まった世界の中で、ショウコが僕を睨み付け、氷の剣を突き刺そうと走っている。
「その姿は…!」
正面から来る敵よりも、僕は周りに注目していた。
「光太…!」
学校の敷地外からミラクル・ワンドを掲げて僕の方を見ている光太がいた。彼もタイムフリーズによって止められていた。
情けない…ミラクル・ワンドを使って欲しくないと頼んでおきながら、僕はこうして助けられてしまった。
「…ありがとう!」
「キャアッ!?」
手を構えて炎を発射してショウコを捕えた。そして炎の中に突入し、拘束した彼女を殴り飛ばした。
そして時間が動き出した。
「こんな状況だ!使うななんて言わないよな!ナイン!」
「一緒に戦ってくれ!」
力強く投げたウエストバッグはフェンスを突き破り、光太の足元に埋まった。
「サキュバスさん、変身解いて」
遥が僕に命令をするが、僕の超人モードは維持されたままだ。
「なんで言う通りに動かないの…?」
「ミラクル・ワンドがお前を守ってくれるぞ!行け!ナイン!」
「オオオオオオオウ!」
敵が出揃って最初はどうなるかと思ったけど、むしろ都合が良い!ここで全員ぶっ倒して終わらせてやる!